オバマ大統領のスタンドプレイに付き合うのは辟易だ

1)核兵器の無い世界を目指すと発言してノーベル平和賞をもらったオバマ米国大統領が、伊勢志摩サミット後に広島を訪問することになったようだ。それをNHKニュースウオッチ9(5/11/21:00)では歴史的ニュースと報じたが、それにどれだけの意味があるのか全く疑問である。米国一国だけを対象に、しかもその国家の最高指導者であるオバマ大統領が言った「銃規制を強化する」という理想論の末路を考えれば、その発言の軽さがわかる。 http://www.bbc.com/japanese/35239828


広島や長崎を訪問する前に、米国大統領にはこれらの原爆投下に関して確認することがあるはずだ。米国が核兵器を使ったことは、国際法というのが存在するとすれば、明確にそれに違反している。民間人を無差別大量虐殺したからである。米国大統領としてそれを認め、日本と国際社会に謝罪をしない(補足1)で、広島や長崎を訪問しても何にもならない。「原爆投下に対する謝罪を意味しない」という言葉は、悲惨な光景の単なる見物にしかすぎないと言うに等しい。
 
広島で、「原爆投下された広島の悲惨な状況を目にして、核の無い世界を実現しなければならないという思いを一層強くした」とでもいうのか。このような”第三者的口先だけの理想論”を、世界の覇権国の最高指導者たる米国大統領には言って欲しくない。また、「広島が原爆で攻撃された」と受動態で発言できるのは、米国以外の国であることを忘れてもらいたくない。米国大統領なら、能動態で言わなければならない。「我が国が広島に投下した原爆」と、はっきりと言って、その後に意味のある発言をしてもらいたい。それなら、広島を訪問する資格がある。オバマ大統領にその覚悟などあるまい。

2)G7外相会議での広島宣言と米国国務長官の広島訪問の際に、この件は議論した。 http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42726855.html
そこに、「核廃絶などできるわけがない。格兵器廃絶を口に出するのなら、多数の核兵器を保持している米国、ロシア、中国などが集まり、明確に廃絶プログラムを示して実行に移ってから出すべきだ」と書いた。(補足2)

日本の隣国である中国は、核大国である。その中国の朱成虎少将は、核兵器で世界人口を減少させると、平気で言える人間である。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%B1%E6%88%90%E8%99%8E 毛沢東も人の命を軽視する発言を多くしているし、実際に大躍進運動や文化大革命で数千万人という自国民を殺したと言われている。中国の政治文化を見ればわかるように、大国の中で国際法の精神から最も遠い国だろう。http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42782961.html

その核大国の核兵器にたいして、日本がどう対処すれば良いのか? 広島を訪問するからには、中国からの核兵器の脅威にたいして、日本はどう対処すべきか言ってもらいたいものだ。もし、何も言え無いのなら、或いは「米国との安保条約があるではないか」というだけなら、それは「世界から核兵器をなくすべきだ」と同じレベルの理想論にすぎないと日本人の多くは思うだろう。きれいごとや理想論だけをいうのなら、私は米国大統領には日本の聖地である広島と長崎に行って欲しく無い。 

元ウクライナ大使の馬渕睦夫氏がどこか(多分youtubeだったと思う)で言ったように、近い未来は新しい中世であるのなら、近代の論理(第一次大戦後の)に拘泥していては、日本の将来はないだろう。米国のオバマ大統領の外交顧問であるあの著名なブレジンスキー氏の著作や言葉を、オバマ大統領十分知っているはずである。プレ人スキーは日本を「ひ弱な花」と言ったのは、自国の防衛が自国では全く出来ない現在の日本の状況を喩えたのである。 

更に、ブレジンスキー氏は「多くの人が政治に関心を持つようになり、100万人の人を説得するよりも、その100万人を殺す方が簡単だ」といった冷酷な現実主義者である。https://www.youtube.com/watch?v=Gc9rsvBIh9U また、遠くない過去にブレジンスキー氏は韓国の核武装の可能性を指摘している。http://japanese.donga.com/List/3/all/27/416478/1 この新しい国際環境の時代に、ブレジンスキー氏の様な現実主義者を顧問に持つオバマ大統領が、再び日本の聖地というべき広島で空疎な理想論を吐くことは、日本敵視政策であると私は思う。 

補足: 
1)国際法が出来てそれが育つということは、世界の国々が国際的な共同体を意識し、国際的な価値基準を持つことになる。それは、国際紛争解決の基準を与え、それは必然的に、相手国の考えが互いに読めることになり、国際紛争を防ぐことになる。 
原爆投下は、国際法を明確に無視したため、このような国際秩序の芽生えを破壊した。 
2)核兵器でも何でも、拡散は物理現象であり、それに歯止めをかけるのには相当のエネルギーを要する。世界政府が出来、常備軍を持てば話は別である。その萌芽的機関として国連はあるが、未だに第二次大戦の戦勝国連合にすぎない。せめて、国連憲章を改めて、世界政府的に改革をしてみたらどうか? それも出来ないなら、オバマ大統領の広島訪問のどこが歴史的ニュースなのだ。
(5/11/7:00編集)
表題の本は、平成に入ってから比較的若い日本の近現代史専門の方による、昭和天皇と戦争の関わりについて論じた本である。テーマの中心となるのは、大戦後の極東国際軍事裁判である。この東京裁判が、天皇の戦争責任を避けるという方針のもとに行われた日米合作の裁判であったと説得力をもって説明されていると思う。覚書としてその内容の概略に自分の考えなどを加えてここに記す。
 
1)満州事変から太平洋戦争の終わりまでを15年戦争と呼ぶが、その原因としてよく言われるのが、軍部特に陸軍の暴走である。実際、A級戦犯として裁かれた28名のうち、陸軍関係者が半数以上の15名(海軍関係者3名)を占める。(補足1)日本国を破局に陥れたのは、軍部と一部の国家主義者の責任であると、日米開戦を決める御前会議の2回目まで総理大臣であった近衛文麿はマッカーサー元帥に告げている。
 
戦犯として逮捕される直前に近衛は自殺したが、手記が朝日新聞に公開された。そこには、天皇の決断があれば日米開戦は回避されたとする記述があった。近衛がマッカーサーにした上記話は、近衛の本音だろうが、責任逃れの意図もあっただろう(補足2)。一方、高松宮や三笠宮など昭和天皇の弟二人も天皇は退位すべきとの意見を持っていた(補足3)。高松宮と親交のあった加瀬英明が「あの戦争は陛下がお停めになろうとすれば、お停めになれた筈だ」と高松宮から聞いたという。
 
一方、マッカーサーの下で日本との交渉にあたったボナ・フェラーズ准将は、米内光政にGHQの方針として「戦争責任のすべてを東条に押し付けることで、天皇の免責を計るように日本側の論証に期待する」語った。したがって、「天皇は日米開戦を止めようと思えば、止められた」という発言や、「天皇は退位すべき」という発言は、GHQの方針としても好ましくなかったのである。
 
2)国体護持(天皇制の継続)が終戦時に最もこだわったことである。そして実際、ハルノートにその条件をつけて受諾しようとした。
 
ナチスドイツを裁いたニュルベルク裁判の場合、連合国米英仏ソの4大国間の連携がとられたが、東京裁判のときにはその進行と冷戦が平行したので、裁判の中心となった米国の対日宥和政策が裁判に多大の影響を及ぼすことになった。裁判長と首席検察官はマッカーサーの権限で指名されるなど、米国の国益を優先して裁判が進められた。その結果、当初第二第三の継続裁判で起訴を前提に拘束されていたA級戦犯容疑者が次々と釈放された。
 
また、連合軍の本土侵攻前に終戦となったので、裁判までの間に書類はほとんど焼却処分され、裁判は日本側の証言に頼ったことが、ニュルンベルク裁判と大きくことなる。米内光政からGHQの方針を聞いた宮中グループは、その対策の一環としてまとめ上げたのが「昭和天皇独白録」である。宮内省宗秩寮総裁の松平康昌、宮内大臣松平慶民、宮内省内記部長稲田周一、宮内省御用係の寺崎英成、侍従次長の木下道雄の5人が聞き取りに当たった。
 
明治憲法には、「天皇は国の元首にして、統治権を総攬しこの憲法の条規により之を行う」とある。そして、政治の実務は帝国議会、内閣、裁判所が行うことを定めている。行政では、憲法55条に「国務大臣は天皇を補弼し、その責に任ず」とあり、その責任は国務大臣にあると書かれている。しかし軍事については、第11条に「天皇は陸海軍を統帥す」とあり、軍令のトップには天皇が存在していたのである。
 
しかし、絞首刑の判決を受けた陸軍軍務局長の武藤章中将は、「日本歴史は公卿の罪悪を掩蔽して、武家の罪のみを挙示する傾きがある。大東亜戦争の責任も軍人のみが負うことになった。武人、文に疎くして歴史を書かず、日本の歴史は大抵公卿もしくはこれに類する徒が書いたのだから、はなはだしく歪曲したものと見なければならぬ」と日記に書いた。
  
この本を読み終わり、A級戦犯とされた人たちをも靖国に合祀する理由がわかったような気がする。それは、昭和天皇の参拝を取りやめることになった理由として引き合いに出される「富田メモ」の信憑性が疑問だということにもつながる。また、以前に櫻井よしこさんのA級戦犯合祀は当然であるという発言に反対する文章を書いたが、櫻井よしこさんは上記のような背景をご存知で、武藤中将の意見などと同様の考えをお持ちだったのかもしれない。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2013/08/blog-post_29.html
 
補足:
1)終戦時陸軍大臣の阿南惟幾と、東條英機の後任として陸軍大臣になった杉山元も、生存しておれば絞首刑になったと思う。開戦時の海軍大臣の嶋田繁太郎は禁錮であり、軍令部総長の永野修身は公判中に病没した。もう一人の軍務局長の海軍中将岡敬純は日米開戦を強く主張した人物とされたが、禁錮であった。終戦時に海軍大臣を務めた米内光政は戦犯にはならなかった。
2)日米開戦を避けるべく駐米野村大使とハル国務長官のまとめた日米了解案を受けいれるという当時首相の近衛文麿が決断すれば、日米戦争は避けられた可能性があったと、半藤一利著「昭和史」第11章には書かれている。しかし、それはあくまで天皇に決断する力がなかったとする前提があってこそ成り立つ論理である。戦犯として逮捕される直前に近衛は自殺したが、手記が朝日新聞に公開された。そこには、天皇の決断があれば日米開戦は回避されたとする記述があった。近衛がマッカーサーにした上記話は、近衛の本音だろうが、責任逃れの意図もあっただろう。
3)三笠宮の発言は1946227日の枢密院本会議においてなされた。しかし敗戦後の会議の記録は未公開である。
 
なんども同じことを書くのは、日本政府やマスコミは決してそれを言わないからである。https://www.youtube.com/watch?v=aPYvFNmU6Ag
上記は辛坊治郎氏の昨日の放送だが、北朝鮮がまったくマトモな国に程遠く、更にそのトップの金正恩が無茶苦茶な人間のように、茶化しながら言っている。しかし、北朝鮮は国連に加盟し、百数十カ国から承認を得ていることや、米軍の脅威の下にあるなどのことに決して言及しない。
 
北朝鮮を承認していない主な国は、米国、韓国、日本である。つまり、この3国が未だに敵対しているのであり、その強力な米国や米韓連合の軍と戦争状態に戻る可能性を残しているのである。その脅威は、仮に米国が日本列島から引き上げたとした時に、日本が感じる中国の脅威である(トランプ氏の躍進を考えれば、仮になんて言っておられない)。そこで国防の方針として核開発をしているのであり、私から見れば当然の判断である。
 
確かに共産主義国家の建設は間違いだったと言えるだろう。しかし、一旦ある方向に走ってしまえば、そこから別の国家の枠組みの方向に軌道修正することの難しさは、日本が70年たっても非武装中立の憲法を持ちながら、立派な自衛隊という軍隊を持ち、未だに米軍を占領軍的に頂いていることでもわかるはずである。
 
核兵器を開発中に、朝鮮戦争の休戦協定に参加した北朝鮮、中国、米国に韓国を加えて、平和条約を結べば解決したと思う。そこで、日本とも日本北朝鮮基本条約を結び、韓国にしたような経済強力をすれば、拉致被害者も自動的に取り戻すことができたはずである。
 
要するに、米国はアジアに混乱の種を残し、日中韓(あるいは朝鮮)連合などという、厄介なものができないように保険をかけたのが、北朝鮮という存在だろう。中国は日米韓との干渉領域として、北朝鮮を必要としていると思う。このあたりは、馬渕さんの「国難の正体」の受け売りかもしれないが、まともに反論できないから、日本の主流派とそれに抱えられている宮家氏らの評論家、それを真似る辛坊治郎氏などは、「無茶苦茶」という言葉でごまかしているのではないのか。