1)最近話題になっている高価格の抗がん剤がある。その新薬は小野薬品工業が製造販売する「オプジーボ」で、体重六〇キロの肺がん患者が点滴として使用すれば、年間約三千五百万円かかる。保険治療が各種ガンで可能になりつつあるが、高額療養費制度の適用でそのほとんどは国庫からの拠出になるため、保険財政の破綻は目にみえている。http://xn--kcksp5s2a1d.com/news/151214k01
 
辛い決断だろうが、保険適用外にするしかないだろう(補足1)。そうすると、金持ちだけが命を買うことができるという、日本人が一番嫌いな現実を突きつけられることになる。しかし、社会通念などを一旦排除して、原点に戻って考えてみれば、命の値段は有限であり、当然個人差がある。現実主義的立場にたてば、予算が限られている以上その決断は受け入れざるを得ないと思う。
 
目を医療制度から社会全般に転ずれば、日本にも生活ができず就職もないために、あるいは借金を抱えてしまって前途に希望を無くして、自殺する大勢の人間がいる。彼らの命の多くは、同額の3500万円を国庫が拠出すれば、助かるだろう。この場合は、オプシーボで期待される20%程度の有効性よりはるかに効果的である。http://www.nikkei.com/article/DGKKZO98555710X10C16A3TJN000/
 
しかし、努力をしなかったから無職になったのだとか、借金をつくったのは自己責任だと言って、冷酷にもそのような対策を拒否する意見は多いだろう。しかし、がんになったのも自己責任ではないのか? 
 
2)責任には、自己責任、(政府など)他の責任、それに連帯して負う連帯責任などに分けられるだろう。連帯で責任を負うべきことには、例えば会社の運営などがある。倒産すれば連帯して責任を負う。政府などの公共機関の責任で行うべきことには、国防など国民共通の利害が関係する業務がある。
 
がん治療の責任を、連帯責任や他者の責任に帰すことが出来ないのなら、自己責任以外にはないのではないか。つまり、病気も多くは喫煙、暴飲暴食などが原因であったり、両親から引き継いだ遺伝子が原因であったりして、広い意味での自己責任で対策を考えるべきである。
 
もちろん、健康保険制度に加入して積み立てているということで、どれだけ高額であっても保険金の受け取りは国家(健康保険組合)との契約で得た権利であるとの主張には一理ある。
 
しかし、憲法25条にある、「国民は健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する」や、「国は全ての全ての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」というのも、国家と国民との契約である。其れゆえ、国家は憲法25条の国民との契約において、(労働の義務を果たす様に指導した上で)貧困を撲滅する義務がある。
 
ブラック企業を止めたが、その後職がなく、前途を悲観して自殺してしまうというケースも、国家の運営に一定の責任があり、簡単には自己責任で済ます訳にはいかない。そのような理由により、膨大な赤字をだしてまでオプシーボを保険適用にするよりも、失業対策や景気浮揚策、自殺防止のカウンセリングとアフターケアの充実など、その他の福祉向上にお金を使うべきだと考える。
 
予算は限られているのであり、最大多数の最大幸福を許された予算という束縛条件の元に解くのが政治である。その政治の原点を国民に説明して、経済的な制度とその運営ルールをつくるべきであると思う。
 
補足:
1)開発者の小野薬品(株)に、開発費の早期回収など諦めて、日本の医療に携わる会社の義務として安価にするよう圧力をかけるべきである。保険適用外になれば売り上げ減少になるので、一定の値下げは期待出来るはずだと思う。財政破綻は目にみえている。
  (編集17時)
 
今日も白鵬の相撲は最低だった。肘打ちで相手をノックアウトするプロレス技を出す横綱は史上初めてだろう。先日の勢関を相手にとった相撲はその典型である。左で張って、右肘で相手の顎を狙い、殴り倒すのである。フラフラになって勢関が倒れた時には、体に異常が出ないか心配した。

今日も豪栄道にたいして顎を狙った。すぐには倒れずかなり攻めることができたが、最期は足が滑ったような不自然な負け方にも見えた。あのよう肘打ちは、自分が前に出る為ではなく、相手の顎を殴り傷害を与える目的にやっている様に見える。相撲では相手が倒れれば勝ちだからである。

「ルール違反とは言えないので、仕方がない」と解説の北の富士が言っていた。違法でなければ良いのだろうと下品な相撲をとる姿は、舛添都知事に似ている。両者とも、セコイという言葉がぴったりである。

白鵬に比較して朝青龍の相撲は模範的で、昔の栃若を思い出すような力と技の相撲だった。相撲協会は、彼をモンゴルに帰ってサッカーをやったとか言う下らない理由で引退に追いやった。それが白鵬の一人横綱時代が長くなった理由である。

朝青龍がサッカーをモンゴルの少年たちと楽しんだのは、故障の治療中とはいえフリーの時間でのことである。体調管理は自分のスケジュールでやれば良いのであり、負担にならなければ子供相手にサッカーをやっても何の問題もない。巡業などにでて相撲をとるのとは大違いで、体にも負担にならないだろう。

横綱審議会委員は、朝青龍は巡業に出られない体なのに、サッカーをやったとして、横綱にふさわしくないと決めつけた。内館とかいう歳とった女性や漫画家のやくみつる氏の、テレビでの(重箱の隅を突っつく様な)上記発言を思い出す。彼らには横綱審議会で、白鵬の肘打ち相撲に対する意見を是非発表してもらいたい。

我々の子ども時代には相撲と野球が主な遊びであり、それだけに相撲に親しみがある。力と技を競い合うまともな相撲をとってほしいものである。相撲協会や横綱審議委員会は良い相撲を取る力士を横綱にしてもらいたい。


1)NHKテレビの午後9時からのニュースにおいて、核兵器禁止条約の実現を目指す会議について報道があった。核兵器のない世界など実現するわけがないのに、このような活動をする人には、どこかの核保有国から活動資金が出ているのだろう。唯一の被曝国は核兵器禁止条約に関して寄与する義務があるという発言には、怒りさえ感じる。むしろ、核保有国が存在する限り、すべての国が核兵器を持つ権利があると考えるべきである。
 
もちろん、国力から考えて経済的にも技術的にも核兵器など持てない国は、核兵器禁止条約を実現しようと努力するのはわからないでもない。しかし、それも無駄な努力である。核廃絶を言いながら、米国代表を会議に送れないオバマ氏をみればわかる。弱小国は連携して核兵器の共有を目指すか、強力な核保持国を同盟国とするしかないだろう。
 
私は、オバマ氏が何故、あのような核兵器のない世界を目指すという演説をしたのか分からない。出来そうにない核廃絶を口にするのは、日本など核保持のポテンシャルを持つ非核保有国への牽制の意味しかない。それは核保有国のエゴイズムである。核保有国の国民とそれと強く同盟を結ぶNATO加盟国にとっては、日本や韓国が核兵器を持つことを禁止できれば、より安心だろう。
 
2)このケースで思い出すことがある。それはブラジルの奥地で暮らす原住民テンべ族が、最近彼らの土地を奪われるケースが多発しているとのニュースである。一昨日、AbemaTVで見た。土地の樹木を伐採され、その跡地を牧場にして他所から移住してくるのである。その一つがメジャー牧場と呼ばれていた。http://ameblo.jp/kenkoudoujou-20100119/entry-12133171646.html
 
政府は彼ら原住民の権利を認めているものの、違法入植者を追い出してくれない。そこで、彼らは武装して、命をかけてその土地を守るのである。命を落とす若者もいるが、土地が彼ら部族の生きるためには必須であるので、仕方がない。
 
核兵器禁止条約を目指して、賑やかに国連で会議を行う人たちは、この現実をどう思うのか? 原住民の銃保持は、平和的な姿勢でないと言って、攻撃するのか? オバマ氏のように、銃保持制限法を制定すべきだというのか?