1)昨日のBSフジ(プライムニュース)で田中均氏は、朝鮮問題の解決は韓国による吸収的合併(朝鮮統一)という形でなされるべきであると言っていた。これが小泉内閣のときの日朝平壌宣言作成に深く関わった当時の外務省アジア太平州局長の言葉である。現在の状態は、米国の意向の代弁者と言うしかない。韓国による統一などできるわけがない。同席した佐藤正久氏のいう通りだ。

核兵器の開発に成功したのは、小泉政権が終わってからだろう。朝鮮戦争休戦後既に、50年以上たってからであると思う。それまでに米国は、朝鮮戦争を終結し、半島を安定にしておくべきだったのだ。しかし、米国は国益を考え、日本や韓国などの平和安定の願望を無視して、朝鮮半島に対立を残した。そして、それを足がかりにして東アジアの支配を継続してきた。中国も緩衝地帯として北朝鮮を考えてきた。

何れにしても、米中の縄張りの境界が38度線以外に移って固定化したとき、朝鮮半島の統一が実現されるだろう。日本がそのとき緩衝地帯になるのかもしれない。緩衝地帯というのは現在の北朝鮮のように、そしてウクライナのように、常に悲惨な状態に置かれる運命にある。 

もう一人の無責任な人が出演していた。武貞秀士とかいう人で、最近もアントニオ猪木の訪朝団に同行したという(多分米国の意思だったのだろう)。武貞氏は「北朝鮮の言う体制維持は、韓国の統一である」という。この人は、米国の考えの通り言っている。北朝鮮は口先だけは威勢の良いことを言っていても、相応に知識のある金正恩が、韓国統一できるなんて考えている訳がない。体制維持はキム王朝の安定的継続であると思う。 

武貞氏は、トランプ氏が米国大統領になれば北朝鮮が韓国を吸収して半島を統一する可能性があると言っていた。無責任に米国の現在の支配層の指示を受けて発言しているという感じだった。流石のトランプ氏もそんなことをするはずがない。トランプ氏は北朝鮮を承認はするが、韓国と平和共存を考える筈である。その方法は、トランプ氏の発言通り韓国への核兵器貸与かもしれない。田中均と武貞秀士の二人は、米国の意思の代弁者としてなのか、発想が固定化しており、最早この問題を語る資格はないと思う。その点、佐藤氏の方はこれまで深く関わっていない分、発想が自由である。

2)この件は上記のように米国と中国に責任がある。中でも世界を支配してきた米国の責任が重いと思う。米国は、朝鮮戦争を終結して安定な国家を作り中国型の経済発展を目指したい北朝鮮と、朝鮮戦争終結の話し合いを拒否してきた。そして、6カ国協議という訳のわからない会議に丸投げして解決しないようにしてきた。今となっては、北朝鮮の核開発が進んでしまい、失敗だったと思っている可能性が高い。

北朝鮮が核保有国になる前に、北朝鮮の軟着陸のチャンスはあったと思う。小泉元総理は、朝鮮戦争の終結を米国に勧めたが、一蹴されたという。米国の意図を無視した自主外交の開始と失敗は、小泉元総理が米国と日本の本質的関係に無知だったからだと思う。小泉氏は直感力に優れていても、自民党主流派ではなく日米関係に詳しくなかったから起こったことなのだろう。そして、その後の長期政権である安倍内閣では、北朝鮮外交は拉致問題に拉致された格好になり、残っていた戦後処理の終結ができなくなってしまった。それは、戦後regimeからの脱却と虚しく演説する、安倍総理の能力のなさだと思う。(永続敗戦論、第二章参照) 

もし、武貞氏のいう北朝鮮による半島の統一となれば、戦後賠償としての経済協力金は日本経済に核保持国としての恫喝を考えれば、悪影響を及ぼすレベルになるだろう。そして、日韓基本条約とその時の経済協力金は無駄金となるだろう。更に、上記のように日本は米中の緩衝地帯となり、悲惨な結末を迎えるかもしれない。そのとき仮に日露関係が順調に行っていたとしても、あの敗戦間際の状況を考えれば、ロシアは再び信用の置けない“北の熊”に変わるだろう。 

北朝鮮の核は、米中にとって大した脅威ではないが、日本にとっては大きな脅威である。現状では、「北朝鮮が核保持国になった以上、日本も核軍備をせざるを得ない」という意思を米中に感じさせることが、在るとすれば唯一北朝鮮の核開発をやめさせる方法だと思う。それを日本国民は真剣に考えるべきである。トランプ氏は正論を言っている。日本も韓国も核軍備するしか、北朝鮮の核に対峙する方法は現状ではない。(おそらくトランプ氏は、北朝鮮の核よりも中国の核を念頭においたのだろう。)米国の核の傘は幻であること位、わからない者は(勝手なことは言えても実際に)外交を司る資格はない。中川昭一氏が生きていたらと思う。 
 
====以上は素人のメモです。読み飛ばしてください。====
1)今朝の読売新聞によると、昨年12月に株式会社「電通」の新入社員が自殺した件に対して、労働基準監督署は今年9月30日に労災の認定をした。労基署は、直前1カ月の時間外労働が約105時間に達しており、長時間労働で精神障害(うつ病)を発症し自殺したと認定した。うつ病発症の根拠であるが、昨年11月頃に友人へ送ったメイルの内容などから推定したと書かれている
 
労働災害は、例えばタクシードライバーが交通事故を引き起こした場合とか、架線工事中に誤って鉄塔などから落下したとか、低いが一定の確率で生じる労働中の事故や災害の補償のための制度だと思う。上司に暴力があったとか、過重な労働を強いられたというような場合は、労基法など別の制度で対応すべきではないのか。
 
このニュースを読んだ時、新入社員が単に電通という会社の業務に不適応だっただけではないだろうかという疑問が生じた。上司の言葉にその方のパーフォーマンスが高くないことへの言及というか非難が含まれており、残業時間が延びた理由のようだからである。人には向き不向きがあるので、もし自分に向いていない仕事なら、退職して職場を代わるのが普通ではないのか。最高学府を出たその人には、広い選択の自由があった筈である。
 
自殺の多くは、今後の人生における大きな不安や不満を抱えて、鬱状態から発作的に実行されると想像する。残業(過労)の問題、職場での人間関係の問題などが引き金になるかもしれないが、それが主原因になり得ないと思う。おそらく、この方の描いた自分の将来計画と自分の適正との不一致が大きかったのではないかと想像する。それなら、厚労省の基準にある個体側要因が本質的な原因であり、労災にはならないと思う。http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/120427.html
 
2)このようなケースで労働災害を認めることは、自由社会における適材適所の機能を否定することになる。(補足1)自分で夢を持つのは自由である。しかし、自分の能力や適性を考えて、自分の進むべき道を選ぶのが社会で生きて行く上での基本である。それは、場合によってはその職場の上司に対する反論や“戦い”を通して気づく場合もあるかもしれない。
 
つまり、上司による叱責なら反論か甘受のどちらかだろう。甘受できない不条理と思う叱責なら、受けた側も反論や反撃をすべきだし、それが出来ず最早耐えられないと判断すれば退職するしかない。一年の浪人だと思えば、そんなにハンディーを背負うことにならない筈だ。(遺族は、パワーハラースメントを受けていたと主張したそうである。補足2)
 
もちろん言うのは簡単だが、実際には労働の流動性が低く、自己抑制的な振る舞いを善とするこの国では、かなり困難なのかもしれない。しかし、戦わずして自分から命を断つ人にあまりに同情的になるのは好ましくないと思う。兎に角、社会に出れば自律した個人としての行動をとるべきであるし、そのように振る舞えるような人間を育てるべく教育すべきである。原因と結果の関係を曖昧にして、あたかも天災のごとくに処理するのは日本文化的であるが改めるべきであると考える。
 
補足:
1)退職と就職において自由な選択をとることが、適材適所を実現する。通常、嫌な仕事は適さない仕事である場合がほとんどで、就職の段階で適材適所の人材配分が機能する。しかし、社会での評判やマスコミなどで流れる情報は、好きな仕事と”自分が就くべき(と思い込む)仕事”にズレを生じさせる場合も多い。このような状況は、学業成績に優れた人に多く出現する。例えば、医師が優れた仕事という社会での通説により、多くの優れた才能が向かない医師の仕事に就くことで浪費されていないか心配している。
2)新聞が論理的な文章を書くメディアなら、パワハラという曖昧な言葉は定義なしで使うべきではない。違法行為(暴力)なのか合法行為(助言)なのか、どちらかに割り振るべきである。結論として出された労災認定というのは公的な行為であり、それには灰色領域はない
1)小説「永遠のゼロ」にも記述されている様に、旧日本軍は兵士を消耗品の様に使ってしまい、戦争終盤では極めて悲惨な負け方となった。例えば海軍航空隊では、大事な熟練パイロットをほとんど失っており、ソロモン海での戦い(1942年)以降、訓練が十分できていない兵(補足1)を現場に送ったという。この様なことが何故日本軍で起こったのか?
 
その原因は、戦争をマクロに見る最高幹部からミクロにみる現場将校までの命令系統の間での相互の情報交換が上手く出来なかったことだと思う。言葉が一方的に上から下に流れるだけでは、兵士の状態や環境に変化があっても、うまく対応できない。最高幹部は現場を知らないという批判があるが、それは現場から事実がリアルタイムで伝達されなかったのが重要な原因の一つだろう。
 
下から上には、上が期待する通りの情報ならスムースに進むが、期待を裏切る情報は上手く伝達出来ず、時として粉飾して伝達される。それでは、上層部が把握している筈の広い視野から現場の状況を改善することは出来ない。つまり失敗から学ぶことが出来ないので、同じ失敗を繰り返すことになる。
 
日本には「沈黙は金」という諺がある。また、人の仕事などに対する姿勢として、黙って努力することに最高の価値が置かれる。それが、職人的な仕事には高いレベルを維持できたが、相互の情報伝達が必須の組織的な仕事では、強い団結力の割には成果がでない理由だろう。
 
2)その原因は、日本の話し言葉は①情報を伝えるためだけではなく、②人間関係の再確認の証を常に付け足して使われることにあると思う。そして、その人間関係は、その人の業績以上にその後の人生を決定することになるのである。
 
英語での二人称代名詞youは情報(話)の受け取り手の意味であるが、日本語になると、②の意味をつけ加えるために、あなた、あなた様、貴殿、おまえ、きみ、など多様である。もちろん、英語圏でもそのような用法はあるだろうが、日本語で特に顕著である。
 
言葉だけなら問題は小さいが、その人間関係の再確認の重要性に対する過剰な意識は、話の内容に影響する。それが大きな問題となる。つまり、上下で或いは上を挟んだ三者で、精密な情報交換により問題の共有がなされないのである。
 
日本軍の例を出すと、あの対米戦争の開始に対して海軍は反対意見が多数だった。山本五十六が言ったように、半年くらいなら戦いになるが、それ以上は負ける方向に進むことがわかっていたからである。それにも拘らず、そして米国での野村大使らの努力で戦争を避ける方法もあったにも拘らず開戦となったのは、陸軍と海軍の間で対米戦争という問題が共有されていなかったからである。(補足2)それは恐らく、天皇という一段上の人にたいする関係を陸軍が過剰に意識して、天皇の判断を誤らせる情報を伝えたからだろう。
 
そのような言語環境にあるため、人事はもっぱら人間関係や出自によって行われ、能力は大きな要素ではない。
 
最近話題になった一つの例を挙げる。週刊誌で、「学者としては全く実績のないM女史が何故、ある大学の学部長になり、有識者代表として日本国の重要問題である天皇の退位に関する会議に参加するのか?」と報道された。その関連記事のサイトを下に示す。
 
学歴詐称についての疑いは晴れた様だが、学者としての実績については全く評価に変化はないようだ。天皇陛下の退位を議論するレベルの学者でないが、人脈の凄さだけは確かなようである。日本とはそのような国なのである。
==以上は素人の見解です。===


補足:
1)「空母から離艦はできるが、着艦は出来ないレベルの兵を戦争に送った」という記述が上記小説にあった。
2)米国のルーズベルト大統領が戦争をしたかったというのは事実だろう。それを抑えることが出来なかったという意味で会うr。