8月24日の記事として、この記事の拡張版を書きました。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43737445.html

一部語句を修正したものを別サイトに掲載しました。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2017/10/blog-post_14.html;以下の文章はオリジナルなままに残します。

§1。あらすじ:
山科の薮の中で、夫婦が盗人(多襄丸)に襲われ、縛れれた夫の前で女房はレイプされる。翌日樵(きこり)により現場に残る夫の死骸が発見され、その近くに縄(ロープ)と櫛が落ちていた。殺されたのは金沢の武弘26歳で若狭の国府の侍、女房の名は真砂で19歳である。母親の証言から、真砂は男にも劣らぬ位勝気な女である。母親は同時に金沢の武弘を優しい気立ての男と証言している。

盗人の多襄丸は女房を載せていた馬を奪い逃走するが、途中で落馬し下級の役人(放免)に搦め捕られる。多襄丸、妻の真砂、そして巫女の口から語られる殺された武弘の死霊が事の顛末を語るが、それらは自分の立場を守るために嘘を含んでいて、当然互いに異なっている。そして、真実は「薮の中」だということになる。しかし、著者は謎解きの解答を当事者の証言の中に用意している。

この出来事に関係した人たちの証言の要点を以下にかく。

A) 第一発見者の樵の証言:死骸は水干に烏帽子を被ったまま、仰向けに倒れていた。近くに縄と櫛が落ちていた。死骸の周りの草や竹の落ち葉が一面に踏み荒らされていたので、その男は殺される前によほど手痛い働きでもしたのだろう。

B) 多襄丸を捕らえた放免(下級の係官)の証言:多襄丸という男は女好きの盗人で、昨年も寺の後ろ山で物詣にきたらしい女房が童女と一緒にころされていたのはこの男の仕業だと思われている。

C) 嫗(妻の真砂の親)の証言: 男は若さの国府の侍で、26歳の金沢の武弘という気立ての優しい男である。娘の真砂は19歳で、男にも劣らない位勝気な女である。

D)多襄丸の証言:男を殺すことはわけないが、その時はできるだけ男は殺さずに、女を奪おうと決心した。二人に近づき、山の中の古墳から多くの宝をみつけ、山の中に埋めてある。安い値でよいから譲りたいといって、男をその気にさせ薮の中にさそった。そこで杉の木のあるところで素早く男を組み伏せて、杉の木に縛り付け、口の中に笹の落ち葉をいっぱい押し込んで喋れないようにした。道のところに馬とのこった女に夫が急病で倒れたから来て欲しいと連れ込んだ。縛られた夫をみると、女は小刀を引き抜いて襲って来た。女ながら非常に手強い相手だったが、その小刀を振り落として、思いを遂げた。その場を去ろうとすると、女が縋り付き、二人の男に恥を見せるのは死ぬより辛い。どちらにしろ、生き残った方に連れ添いたいといった。そこで、その男を猛然と殺したくなった。しかし、卑怯な殺し方をしたくないとおもい、男の縄をきって太刀打ち(決闘)しろと男にいった。
私は男が倒れると同時に、女の方を振り返ったが、あの女はどこにもいなかった。ことによると、あの女は人の助けを呼ぶために薮をくぐってにげたのかもしれない。私はそう考えると、すぐさま山路に出た。そこにはまだ女の馬が、静かに草を食っていたので、その馬にのり逃げた。

E)女の懺悔:盗人は私を手ごめにしたあと、夫を嘲る様に笑った。思わず夫に駆け寄ろうとしたが、盗人に蹴倒された。その時夫を見ると、私を蔑む冷たい目を向けていた。それを見た時我しれず何かを叫んでその場で気を失ってしまった。気がついた時泥棒は去っており、再び夫を見た時、夫の目の色は全く変わっていなかった。「あなた、こうなった以上、もう御一緒にはいられません。私は一思いに死にます。あなたも私の恥をご覧になりましたので、お一人残すわけには参りません。足元の小刀をひろい、こう夫に言いました。「ではお命を頂かせてください。私もすぐにお供します。」夫の唇の動きからその言葉を覚りました。「殺せ」と一言いったのです。夫の胸を一刺ししたあと、再び気を失いました。気を取り戻したとき、私は泣きながら、死骸の縄を解き捨てました。
そうして私はどうなったかは、申し上げる力もありません。いろいろな事もして見ましたが、死に切れませんでした。 

F)巫女の口を借りた死霊の物語:盗人は妻を手ごめにすると、腰をおろして妻を慰めだした。その間目配せして、この男のいうことを真にくけるなと伝えたいと思った。一度でも肌身を汚したとなれば、夫との仲間も折合うまい。自分の妻になる気はないか?
何と妻は返事をしたか?「ではどこへでもつれて行って下さい。」
盗人に手を取られながら、薮の外に出ようとする時、「あの人を殺して下さい。わたくしはあの人が生きていては、あなたといっしょにはいられません」 この言葉は嵐のように、遠い闇の底へ、俺を吹落とそうとする。
それを聞いた盗人は返事をしない。そして次の瞬間、妻は竹の落ち葉の上に蹴落とされた。盗人はおれに眼をむけ、「あの女はどうするつもりだ? 殺すか、それとも助けてやるか? 俺はこの言葉だけでも、盗人の罪は赦してやりたい。妻は、俺がためらう内に、何かひとこと叫ぶが早いか、薮の奥に走り出した。盗人は咄嗟に飛びかかったが、取り逃してしまう。その後俺の縄を一箇所だけ切り、その場を去った。
あたりは静かになった。いや、まだ誰かの鳴き声がする。縄を解きながら耳を澄ますが、気がついて見れば俺自身の泣き声だったのではないか?おれは妻がのこした小刀を手に、自分の胸を刺した。
その後、日陰薄れていくなか、忍び足に俺に近づくものがある。誰か?その誰かは見えない手に、そっと胸の小刀を抜いた。同時におれの口のなかには、もう一度血潮が溢れて来た。

ここまでは、事件の概略と証言の形で再構成した要約ということになる。

§2。解釈:
上記証言のうち、盗人多襄丸、女房の真砂、夫の金沢の武弘の証言が一致する部分は事実と考えられる。また、上記三人以外の人物の証言も事実と考えて良い。従って、女房が盗人に手ごめにされたこと、夫が木に縛られたこと、現場の踏み荒らした様子(証言A)から、決闘のようなことがあったことなどは、事実である。また、盗人の多襄丸は女好きで、童女も殺す位であり(証言B)、人の命を考えるというような人間ではないことも事実である。

しかし、何故この夫を殺さずに真砂を手に入れようとしたか?それは、現場近くに来た時には真砂を女房にしたいと強く思ったからだろう。真砂を手ごめにした後、多襄丸は真砂を慰めて自分の妻にしようとする。それを聞いて、真砂は「決闘して勝った方に添うことにする(結婚する)」と言った。そのように仮定すると全ての謎が解ける。

多襄丸は自分の腕に自信があったので、そして、真砂にそれを見せつけるためにその提案の飲むのである。その言葉は証言の中には現れない。夫はその言葉を聞いて女房への憎しみに狂う。

男にも優る勝気な女である真砂は、盗人よりもはるかに冷静に計算付くの言葉と行動で、逃げることに成功したのだ。女房を野盗から守ることが夫の役割であるはずなのに、それに夫は失敗した。その上に、女房の恥かしめを受ける姿をみて、こともあろうか女房を蔑む男など、今後の人生には不要であると冷静に考えたのだろう。(補足1)その夫の最後を見る必要があるのは女房以外には考えられない。死霊の証言の最後の部分は真実であり、そこで自分の落とした小刀を回収することになる。

その推理を頭に置いて、上の証言を読むごとに、事件の全貌が理解できると思う。

補足:(後日追加)
1)男勝りの勝気な真砂は、当時既に夫武弘を低く評価していたと思う。そして、盗人の「古墳を見つけて出土品を隠してある。それらをを安く売りたい」という話に簡単に乗ってしまう夫にある種の軽蔑感をもっていた。その証拠に、妻の真砂は道外れの出土品を隠してあるという場所には行かず、馬とともに道脇に待機している。
 
1)通貨を政府が発行する場合、最初の段階で従来使用されていた紙幣、つまり日銀券、を政府紙幣へ交換をしなければならない。日本の場合では、国家の債務は日銀の通貨発行量(約450兆円)から日銀所有の国債分を差し引いた額だけ増加することになる。その増加した債務と釣り合う額の資産も日銀から引き継ぐことになる。(補足1)
 
日銀の国債保有残高はこの4月28日の発表では375兆円あるので、昨年度末の国債残高の840兆円からそれを引くと、日本の国債残高は465兆円に減少するだろう。そのかわりに、通貨発行量分(450兆円)が新たに政府債務となる。ただ、通貨発行は銀行に利子付きで行われるので、利子分は政府の収入となるだろう。https://www.boj.or.jp/statistics/dl/loan/yaku/yaku1702.pdf
 
紙幣発行の非常に大きな権利は、本来債務である筈の紙幣発行により、利息をもらえるということである(勿論、利息をゼロにすることも可能である)。しかも、現在不換紙幣であるから、市中銀行が紙幣と引き換えに貴金属などを紙幣発行元に要求できない。出来るのは市中への貸出か、直接それを使って何かを購入するかである。
 
政府が紙幣を発行する場合の欠点として、よく言われるのが放漫財政に陥る危険性である。日本銀行が政府から直接国債を買い取ることが財政法で禁止されているのは(財政法5条)、放漫財政を防止する目的である。
 
2)日銀は現在国家の支配下にある。それは日銀の株(額面100x100万株=1億円)の55%は財務省保有であり、株主の権利は完全に国家の支配下にあるからである。従って、現在の国家の財政状況は上記モデルと同じであり、その健全性が日本国債の信用が高く、その金利が相当低い理由である。
 
政府紙幣への交換は簡単だと思う。つまり、日銀が看板を財務省の一部局に名称を変更して、日銀券を政府紙幣と今後読み換えるという法律でも作ればよいのではないかと思う。(補足2)問題はその後、政府紙幣に日銀券時代の信用が受け継がれるかどうかということである。


同じ信用が続く筈であるが、その切り替えを引き金に理由不明の円の急落がありえる。しかし、それも日本にある豊富に保有している外貨で買い支えをすれば、世界にばらまかれている日本円を安価に回収できると思う。つまり、そのような暴落はおこらないだろう。
 
次の問題として、放漫財政に国家が陥る場合である。その理由として、例えば軍備増強を急ぐことなどがあり得る。米国の南北戦争の時に、リンカーンが政府紙幣を発行することにしたケースなど、緊急に多額の軍費を要するような場合に政府紙幣を政治家は考えるだろう。(補足3)


急激に多額の政府支出があった場合、当然政府紙幣の価値が急激に低下する。最初はインフレが起こるが、人々はそれを計算にいれて物資やサービスの価格を設定する。その範囲では、悪影響は回復可能である。しかし、紙幣そのものへの信用が薄くなるという段階になると、経済活動の停滞を招くことになり大きなる問題となる。
 
以上の考察では、政治家の質が一定レベル以上なら、政府紙幣への交換は良いことの方が多いような気がする。(補足4)

 (5/7/9:00 語句の編集あり; 尚、以上は素人の考察です)
 
補足:
1)政府以外が持つ日銀の株は、現在の時価総額366億円のうち45%分(165億円)あるだろうから、株主に株券と引き換えにその金額が渡されるだろう。純資産が相当あるとすれば、政府の日銀買収は儲かるだろう。http://money-magazine.org/8301-jojo/
2)政府以外の所有する株券は、市場価格(現在一株37000円、合計165億円)で買い上げるだけで良いと思う。気になるのは、日銀の配当は一株五円だそうで、この37000円という高い株価の理由がわからないことである。また、何故上場する必要があるのかも疑問である。
3)米国でその後政府紙幣の発行を考えた大統領にケネディがいる。不気味なのは、両者ともその後暗殺されたことである。
4)10年ほど前に、当時自民党だった亀井静香議員が政府紙幣の発行に触れたことがあった。しかし、その時には日銀券との交換ではなく、並行して一定額を発行するということだったと思う。その場合、政府紙幣はお断りということが起こり得て、混乱すると思う。
1)昨日、たまたま表題の短編を読んだ。短いので直ぐに読めたのだが、誰もが気になるのは真実はどこにあるのかということである。文学の世界でも研究の初期には真相を明らかにしようとされ、“「藪の中」を研究するということは事件の真相を明らかにしようと試みることにほぼ等しかった”とウイキペディアには書かれている。
 
どうもスッキリとした結論は得られなかったようで、「真実探しに意味があるのか?」という意見もあったらしい。その後、黒澤明の映画「羅生門」がこの「薮の中」を原作として作られた。そこでは、死体の第一発見者が顛末を見たと言う設定になっているという。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%AA%E3%81%AE%E4%B8%AD#.E6.98.A0.E7.94.BB

 
私も明け方推理してみたが、割合簡単に結論らしきものが頭に浮かんだ。それは映画「羅生門」の筋書きとは異なる。「藪の中」と「真相」でGoogle検索して見つけたいくつかのサイトを見たが、それらの推理とも異なっていた。
 
「薮の中」の話の筋は以下の様である。
山科の薮の中で、夫婦が盗人(多襄丸)に襲われ、縛れれた夫の前で女房はレイプされる。翌日樵(きこり)により現場に残る夫の死骸が発見され、その近くに縄(ロープ)と櫛が落ちていた。樵の証言では、死骸の周りの草や竹の落ち葉が一面に踏み荒らされていたという。殺されたのは金沢の武弘26歳で若狭の国府の侍、女房の名は真砂で19歳である。真砂の母親の証言によると、真砂は男にも劣らぬ位に勝気な女である。また、同時に金沢の武弘を優しい気立ての男と証言している。
 
盗人の多襄丸は女房を載せていた馬を奪い逃走するが、途中で落馬し下級の役人(放免)に搦め捕られる。多襄丸、妻の真砂、そして巫女の口から語られる殺された武弘の死霊が事の顛末を語るが、それらは自分の立場を守るために嘘を含んでいて、当然互いに異なっている。そして、真実は「薮の中」だということになる。しかし、よく読むと、著者は謎解きの解答をしっかりと用意していると思う。そうでなければ、作品に重みが出る筈がないだろう。
 
私の推理では、この事件の後半部分の筋を決めたのは、被害者の女房である。レイプされたあと、口惜しさの中でもそれに支配されず、その場から生還することと今後の生き方の方策を、冷静に考えて実行したのである。
 
2)私の推理を書く前に、黒沢明の映画「羅生門」での筋書きを書いておく。その方が理解しやすいと思うからである。この映画では、武弘の死体の第一発見者である樵が一部始終を目撃して、語り手として登場するらしい。その証言として、以下のような筋書きがウイキペディアに書かれている。
 
盗人は手込めにした武士の妻に情が移り、土下座して求婚する。しばらく泣いていた妻はやがて顔を上げ、武士の縄を切り、2人に決闘を促す(つまり、決闘に勝った方の妻となるとの意思表示)。しかし武士は、盗人の求婚を拒絶しなかった妻に愛想を尽かし、離縁を言い渡す。盗人はその武士の言動を見てためらい、考え込み、最後は武士に同調し、その場を去ろうとする。すると泣き伏せていた妻は突然笑い出し、2人のふがいなさを罵る。罵られた2人は刀を抜き、決闘を始める。しかし両人とも場慣れしておらず、無様に転げ回って闘う。辛くも盗人が優勢になり武士にとどめを刺す。しかし妻は盗人を拒み、逃げ去る。1人残された盗人も、武士を殺した恐怖心から逃げるようにその場を去った。(上記ウィキペディアの中の記述) 
 
この筋の中で、()内に決闘に勝った方の妻となるという女の意思表示に至るプロセスは間違いだと思う。また、暫く泣いていた妻という記述と、不甲斐ない二人を見て突然に笑い出す(補足1)という記述は、短い時間の心の動きとしては全く不自然である。  
 
私の考えた話の筋の前半は、多襄丸の白状したことと同じである。しかし、武弘と多襄丸の決闘の動機について、多襄丸は嘘をついている。つまり、「卑怯な殺し方をしたくないので、男の縄をといて“太刀打ち(決闘)をしろ”と言った」というのは、武弘の女房の真砂の策に嵌ったことを隠すための嘘である。  
 
多襄丸という泥棒は、人の命をなんとも思っていない。多襄丸を捕らえた放免によると、昨年も寺の後ろ山で物詣にきたらしい女房が童女と一緒にころされていたのは、この男の仕業だということだと証言している。
 
手籠めにされた真砂は、自分を守れなかった不甲斐なさと、自分を見る目に蔑みの表情を見て取り、夫武弘を腹立たしく思った(補足2)。そして多襄丸が自分に未練を残しているのを見て取った真砂は、多襄丸に夫を殺させその間に逃げる策を考えた。多襄丸を手が離せない状況に置くため、「決闘して勝った方に添うことにする(結婚する)」と言ったのである。その気にさせるセリフには色々あるだろう。真砂には、勝敗は見えていた筈である。<br><br>
 
多襄丸も真砂の魅力に負けて、その策に嵌ってしまう。太刀打ちで男を刺した後、真砂がいないことに気づいた多襄丸は、とどめを刺さずに急いで彼女を探す。真砂が助けを求めに行ったに違いないと考えた多襄丸は、追っ手が来るのを恐れてその場を早々に逃げ去る。  
 
女房の真砂は逃げた振りをしてどこかに身を隠していたのだろう。現場に戻って、悶えている夫武弘にとどめを刺す。死霊がかたる「誰かは見えない手が胸の小刀(自分が最初自害のために刺した)を抜いた。同時に俺のくちのなかには、もう一度血潮があふれてくる」という最後の一刺しは、真砂によるものでしかありえない。 
 
もちろん、死霊がかたる最後の自害する直前の場面で聞いた泣き声には、真砂の泣き声も混じっていた可能性はあるだろう。また、真砂の証言の中の、夫の自分を蔑んだ目で見るところまでは真実だろうが、夫を刺したのは自分だけであり、自分も後を追うつもりだったというのは嘘だと思う。 
 
以上が私の推理である。小説にかかれた内容と矛盾する点は何もないと思う。薮の中から見える断片的な姿を繋ぎ合わせれば、真実は見える筈である。  
 
上記ウィキペディアの記事には、「薮の中」の研究が簡単に文献とともに紹介されている。その中には、そもそも「藪の中」は「原画」を欠いているという主張や、芥川自身が自作に否定的な発言をしているといった記述がある。これらの言葉は、私には作品に対する難癖のように思える。 

補足:(後日追加)
1)はっきり言えば、安劇場風脚色である。
2)男勝りの勝気な真砂は、当時既に夫武弘を低く評価していたと思う。そして、盗人の「古墳を見つけて出土品を隠してある。それらをを安く売りたい」という話に簡単に乗ってしまう夫にある種の軽蔑感をもっていた。その証拠に、妻の真砂は道外れの出土品を隠してあるという場所には行かず、馬とともに道脇に待機している。