種子法の廃止法案がこの3月下旬に国会の農林水産委員会で可決された。種子の開発と保存は国家農政の基本であり、食料安保の重要なことである。この法案が可決されれば、現在遺伝子組み換えで農薬の要らない種子の開発を進めているモンサント社が、日本の種子市場を独占し、日本の農業の支配に繋がるということである。

この問題は、重要だが現在私は十分な知識を得ていないので、この件を指摘された三橋貴明氏の記事を引用するにとどめます。http://www.mag2.com/p/money/169661
また、水島氏司会のネットシアターで議論されているので、それを引用する。尚この議論に農協とモンサント社に出席依頼したが、断ってきたという。https://www.youtube.com/watch?v=_z1_Dvwi8KI

今日中にでも、出来ればこの後ろに問題の要点を書きたいが、一言だけ前者文献から引用します。”種子法は、要するに、「日本古来の原種や原原種の優良品種を都道府県が管理し、農家に提供せよ」という話になります。日本の食糧安全保障、食糧自給、そして食の安全を考えたとき、これは「当然の規制」だと思います。

種子法の肝は、自治体などに対し、「その地域に合った作物の種」の開発・普及を義務づけている点です。すなわち、日本の食糧安全保障の肝である「種」について、単純に「ビジネス」と化すことはせず、農家に安価で優良な種を提供することを、種子法が各自治体に義務付けているのです。

同時に、種子法は遺伝子組み換え作物」の栽培としての普及を妨げる防壁でもあります。何しろ、遺伝子組み換え作物の栽培が始まり、遺伝子組み換え作物の花粉が空中を飛び、在来種と交配してしまう危険は、誰にも防ぐことができません。
この法律の問題点は、モンサントの種子が日本の農業を支配することになった場合に生じる、①同社による独占的種子供給による農作物の価格高騰をどう考えるのか、更に、②遺伝子組み換え作物に関する国民の合意が形成されていないことをどう考えるのか、などである。
安倍政権は、独走気味である。日本という国家は全体主義に走りやすいと以前指摘したが、そのモデルがそのまま安倍政権に当てはまる。森友問題、加計問題、最近では御用記者的な男の強姦事件のもみ消し疑惑まで浮上している。http://lite-ra.com/2017/05/post-3203.html
安倍氏が第一次内閣を組織した時に書いた本を再度よく読んで欲しい。どう考えても知的能力に欠ける人の文章である。小沢さんのように人の知恵を借りるという知恵さえも無いことが分かる。このような人に長期政権を任せば、日本の屋台骨が腐ることになる。
女性皇族を作ることなども、何の躊躇もしていない。外交好きで欧米に出かけているが、どうせ馬鹿にされているだけだろう。その時の馬鹿げた約束が今回のモンサント法では無いのか?
元ウクライナ大使の馬渕睦夫氏による憲法改正に向けた安倍案の説明があった。その動画サイトはhttps://www.youtube.com/watch?v=ux-dO-5Arucである。 

安倍案は、9条の二項を残して9条三項に自衛隊の存在に関する文言を加える案である。この案は自民党の中でもどういう文言を入れるのか想像できないという意見もある(石波茂氏がそう言っていたと記憶する)。馬渕氏はこの件で動かないメディアを批判しているが、それは9条二項を残せば改憲する意味をどう議論して良いのか、分からないからだと思う。 
 
この動画の中で、馬渕氏は憲法の上に国体があると言って居るが、ちょっと同意できない。国体が憲法の上にあるというより、国体を規定する文章が憲法であるというべきである。憲法は、「日本という国はこのような国です」と内外に宣言する文書だから、しっかりと論理明快な文で書くべきであり、訳の分からない憲法を制定する一方で超法規的措置で課題の解決をするという政治を繰り返すのは、日本は無原則で訳の分からない国であると内外に宣伝することになる。そのような国を国際社会は信用しない。 
 
従って、私は憲法9条第二項を全面改定した憲法案をつくり、それを国会に出して議論し裁決すべきだと思う。この緊急時にそれを否決する連中は、他国のスパイという正体がバレる可能性が高い(議論の中で与党はそのように正体をあばくべき;
補足1)。そしてその現場(国会)を国民に見せるべきである。従って、野党も門前払いに失敗すれば、次にはその国民の評価が暴落する危険性を考えて、まともな議論に参加するだろう。 日本の政治家なら、この国難に際して命をかけて、国民に憲法改正の必要性を説明し、賛成するように説得すべきである。そのプロセスを、例えば二度程度繰り返せば、きっと憲法改正をまともな形で出来ると思う。その意味で、この北朝鮮問題という国難をチャンスと捉えるべきである。 
 
野党が反対するのは別に驚くべきことではない。そんな野党を国民が選んできたことの方が驚くべきことである。それは、与党もそれ相応に頼りなかったと言うことである。従って、馬渕氏の野党批判は間違っていると思う。憲法をこれまで放置したのは与党自民党の責任である。吉田内閣の時(サンフランシスコ条約後)とか、岸、池田、佐藤、田中内閣の時に憲法改正を言い出せなかったのは、米国の支配下のもとでの軍隊保持は、朝鮮戦争やベトナム戦争への参加を余儀なくされるからであると推測される。
 
しかし、その危険性が去った中曽根内閣の時、政治基盤がしっかりしていたのだから、総理の椅子など気にせず、せめて国民に憲法を考える場をつくるべきだったのだ。つまり、駄目でも国会に提出し、議論すべきだったと思う。そうしておけば、次に長期政権を築く実力のあった小泉内閣のときに改正できたかもしれない。この二人の首相の怠慢は腹立たしい。 
 
この大問題を国会で考えるのと同時に、国民にも考えることを具体的に要求したら如何か。そのために、日本全国に張り巡らされている自治会組織を使うと良いと思う。現在、町内会では地方自治体の指導で防災訓練をしている。今や地震以上に被害を受ける可能性が高いのが、北朝鮮による攻撃ではないだろうか。 
 
この際、結論への誘導をしないで、憲法を考える集会を町内会レベルで組織するように指導したらどうか。憲法に関する客観的な資料だけ用意して配布し、あとは自由に議論して貰えば良い。町内会レベルの話し合いでも、きっと常識的考えが生き残る筈である。その結果、憲法9条二項の廃止に賛成する世論が形成されると思う。
(編集17:30)

補足:
1)戦後の野党第一党の日本社会党委員長の勝間田清一はKGBのスパイであった。(ウィキペディア参照)その延長上にある社民党が未だに国会に議席を保有しているのは驚くべきことである。
1)日本では、象徴天皇制を採用している。つまり、憲法第一条:天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であり、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。占領軍がこの文言を日本国憲法に採用したのは、既に“象徴としての主権”という考え方を知っていたからだろう。そして、それは英米が“象徴としての民主制”を採用していたからだろうと思う。
 
民主政治の評価に関しては、チャーチルの議会での演説がよく知られている。
「多くの政治形態がこれまで試みられてきたし、これからも罪と悲しみのこの世界で試みられるだろう。民主主義が万能且つ完全であるとよそおうことは誰にも出来ない。事実、これまで試みられた政治体制を除けば、民主主義は最悪の政治形態と言われている」下院演説 (November 11, 1947)(補足1)
 
この演説文を、「民主主義はこれまでの政治体制の中で最良だが、それでも多くの困難を持っている」と解釈している人がいるが、それは間違いである。この文章を素直に読めば、単に「民主主義は厄介な政治制度だ」と言っているに過ぎない。「民主主義より優れた政治体制が過去には有った」という命題を全く否定していないからである。
 
この種の話術に簡単に引っかかってしまうのが、人間なのだろう。「チャーチル 民主主義」で検索すると、ウィキペディアの記事として上記文章と似た“チャーチルの言葉”が出てくるが、誤訳である。(補足2)この演説で「よそおう(pretend)」という単語を用いる時、チャーチルは上記「象徴民主制」を考え、自分は既にそれを採用していると自覚していたと思う。
 
英米では、政治家にとっての演説の重要性が日本よりはるかに高い。それは象徴民主制の演出上(民主主義がベストであるとのpretension上)必要だからである。オバマ前米国大統領の上手な演説には、真実を隠すだけの能力がある。例えば、「核保有国は恐怖の論理から逃れ、核兵器のない世界を追求する勇気を持たなければならない」という広島演説などその典型である。どうせ大衆には記憶力がないので、その場その場で適当に美しい演説をしておけば、象徴民主制が維持できるのである。
 
自由と平等を旗頭に、開放的な社会を目指すというのも、おきまりの文言である。大衆には、彼ら為政者の心地よい住処である現実から、反対の方向を指差して美しく演説すれば良いのだ。不自由で不平等な現実は言うまでもない。英米が情報面で閉鎖的であることも、言うまでもない。強力なCIAMI5 MI6などの諜報機関(スパイ組織)を持っていることがその証拠である。
 
2)5月初旬の文在寅氏が選挙に勝って大統領になる前のニュース解説が、昨日動画配信された。それは、西岡力氏のチャネル桜かなにかでの発言であり、以下のサイトで視聴できる。 https://www.youtube.com/watch?v=Q8MRYxe0wyU&t=860s この中で西岡さんは北朝鮮危機に関して、日本に全く危機感がないことを憂いておられる。その記事に私は以下のような書き込みをした。
 
全く同感です。日本独自の防衛戦略を立てるべきだと思います。米国は無傷で北朝鮮を潰せますが、日本では多くの死者がでることになります。しかも、朝鮮戦争では日本は当事国ではありません。この点で日本と米国は利害が一致しません。日本の政権は米国の後追いしかしません。日本は独自に防衛を考えるべきですし、核軍備なども考えるべきです。しかし、日本人は残念ながら馬鹿です。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43296137.html
 

引用サイトは、昨日書いた記事(姉妹サイト)である。韓国を訪問した日本人(橋下徹氏&他にも)は、日本同様に危機感のないソールの町の気配を報告している。この事実は、大衆は国家の危機に対するセンサーを持ち合わせていないことを示している。しかし、一旦危機感を持つと、そのセンサーはノイズばかりを拾って、大衆は発狂し国家は全体主義に陥ってしまうのだ。

大衆は国家という概念すら理解していないのだから、民主主義を押し付けることは最悪の政治形態をその国に植え付けることを意味している。ニーチェが言ったように、民主主義とはキリスト教の悪影響でできた政治体制なのだろう。そのお家元では、遠の昔にその制度の欠陥を克服するために、裏の支配組織を完成している。つまり、英米の政治形態は「象徴民主制」である。

日本が憲法9条2項を廃止して、自衛軍の保持を宣言し、それに核兵器の持ち込みも検討すべきだと西岡氏は力説している。それは一定の知能があれば、当然の話なのだが、多数決を当然のこととする民主主義に阻まれてできないのが現状である。その原因の一つに、国会に多くのスパイがいることが挙げられる。米国議会にもマッカーシーが明らかにしたように、共産党支持者とスパイが紛れ込んでいたのだから、日本なら当然である。実際、公党の委員長で勲一等の受賞者である勝間田清一がKGBのスパイだったことが明らかにされている。それでも、この民主主義と平和主義に毒された国ではスパイ活動を防止する法律が最近ようやく国会を通過したばかりである。

そこで、欧米の民主主義的先進国では、裏の支配組織に諜報機関をしっかり持ち、(日本の現状がそうであるように)外国のスパイが国会議員に紛れていれば、その身辺には必ず醜聞があるのだから(無ければ捏造でもして)次回選挙で葬るなどの対策をする。私の想像では:英米は、何処かから流れる資金を使ってシンクタンクが政策&戦略を立案し、それを元に支配層政治家が国民にアナウンスし、議会で可決して執行する。最後の最高機関は議論するだろうが、大筋を外すことなどしない。つまり、象徴としての民主主義政治を採用しているのである。

西岡さんが歯ぎしりしても、スパイに話が通じてもバカな大衆には話は通じない。米国の占領政治の果実を今我々は味わっているのだ。毒に満ちた果実である。ああ、やはり森友問題にも、加計問題にもこの際、目を閉じるか。。。
 
補足:
1)Many forms of Government have been tried, and will be tried in this world of sin and woe. No one pretends that democracy is perfect or all-wise. Indeed it has been said that democracy is the worst form of Government except for all those other forms that have been tried from time to time...
2)これまでも多くの政治体制が試みられてきたし、またこれからも過ちと悲哀にみちたこの世界中で試みられていくだろう。民主主義が完全で賢明であると見せかけることは誰にも出来ない。実際のところ、民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば、だが。
https://ja.wikiquote.org/wiki/%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9 私が誤訳としたのは、この最後の文を敢えて二つの文章に翻訳したところである。(追加:17:00)