1)ディアスポラは、撒き散らされたものの意味で、普通世界中に散らばったユダヤ人のことを指す。西暦70年のローマとの戦争でユダヤ人の大半が殺され、残ったユダヤ人は世界中に散らばった。本のカバーにはこのユダヤ戦争の絵が使われている。

先づ一言だけ、全体の印象について書いておく。これは非常に野心的な作品だが、設定と話の進行がかなり強引であり、ついていけない読者が大半だろうと思う。小説ではあるが、「民族」、「ナショナリスト(民族主義)」、そして「右翼」などを考える上でも、非常に参考になると思った。
 
この小説の設定は、以下の様である。原発の爆発事故か何かの大災害が起こり、日本人は最早日本列島には住めなくなる。そこで、生き残った人たちが難民として世界中に散らばることになる。国連の斡旋で一部が中国に受入てもらうことになり、一部は西チベットの高地で暮らすことになった。中国政府がチベット人の村メンシイの一角を強引に日本人キャンプとして提供したのである(補足1)。
 
管理人兵士を含めた漢人たちやチベットの現地の人たちと一緒に住み始めた日本人は、10数世帯であった。事故で亡くなった人の初盆が近づき、避難民たちもその準備を考えるところから話が始まる。

国連とも非常に太いパイプを持つ秘密組織から、国連職員として調査に送り込まれた諏訪という日本人が語り手である。諏訪の表向きの上司である国連職員のダヤンはユダヤ人であり、ユダヤ人としての話を時に応じてする。話の中心は、諏訪と親しい関係になった内田家の両親と18歳の娘の撫子である。
 
貧しいが比較的平穏な日々が続いてきたのだが、事の成り行き次第では日本人キャンプの住人全てにかかわる可能性が高い事件が起こる。重い高山病(補足2)に苦しみながら、帰国に備えて飲食店で不許可のアルバイトをしていた母親が、漢人の札付きに殴り殺され財布を盗られたのである。
 
真相が日本人キャンプを管理する二人の漢人兵士に知れ、犯人の漢人が重く裁かれることになった場合、漢人の援助で生きる日本人キャンプの住人全てに大きな困難が降りかかることになるだろう。最初に知った娘の撫子はそう考え、高山病の急激な悪化で死んだと考える事も出来るので、事件を伏せて死亡したことだけを漢人の係官に報告するつもりだと、諏訪や現地で得た男友達のナムゲルに告げる。そして、父親にも正確な話をしないと決める。諏訪は、撫子が日本にいたなら決してこのような逞しい若者にはならなかったであろうと思いながら、決心した後の彼女の涙に自分の袖を濡らす。
 
撫子は、年上のチベット人ナムゲルと付き合い始め、この地で漢人の下で生きる上での知恵を学んでいたのである。そして、母の受けた暴力を自分一人と、やがてナムゲルと結婚すれば生まれるだろう自分の子供が引き受けると覚悟を決めたのである。撫子はナムゲルの協力を得て、母親をチベットの風習に従ってあの世におくる決心をする。鳥葬である。(補足3) 
 
2)国連職員として調査に送り込まれた諏訪が、日本人たちの様子を秘密裏にリポートするのだが、その秘密組織は日本民族が再び集まった時に、求心力を持つことができるかどうかに関心があるという。(補足4)当然のこととして、世界にばら撒かれながら2000年という長期間、民族のアイデンティティーを保持したユダヤ人達と比較される。<br><br>
 
この本の主題は「民族」とは、そして「民族のアイデンティティー」とは何か、という問題である。語り手の諏訪とユダヤ人の国連職員ダヤンとの対話が参考になる。その部分を以下にピックアップする。 
 
そもそも「民族」とは何なのか。その答えは、諏訪をチベットに送り込んだ組織の主任研究員の言葉として語られている。民族という概念は19世紀になって初めて出来たのである。海にかこまれているという地理的理由から、「日本人」という考え方は自然に成立していたが、近代になって、国家として島から外に押し出していくにあたり、まとまりを作ろうと慌てて作ったのが民族なる言葉なのだと。 
 
では、ユダヤ人の場合はどうなのか? 強いユダヤ信仰についての型どおりの話のあと、ダヤンは本音を言う:「我々の神様だって、そんなに力があるわけじゃない。そのことだけで、民族としての結束が保たれてきたと思うほど私は単純じゃない」と。そして、ユダヤの民も北宋の時代に大勢中国にやってきたことがあるが、水に落とした塩のように消えてしまったと語る。
 
中国は元々は鷹揚な国であり、清の時代まではチベットには漢人は住んではいけなかったという位であった。そのような環境では、ユダヤの信仰もそれほど必要ではなかったのである。つまり、大事な信仰だからそれを護り通したと言うよりも、周囲(同じ一神教の貧しい人たち)の抑圧から自分たちを守るための団結の印として、その教えを彼らは堅持したということなのだろう。 現在国際政治の場面で話題になっている強固な信仰も、豊かで障害のない日常が彼らに約束されたなら、徐々に消え去るのだろう。 
 
3)宗教や民族のアイデンティティー、更に民族ごとの伝統も、人が協力して困難を乗り越えて生きるための「他の人との間に懸ける橋」のようなものだと思う。あらゆる困難がなくなれば、それらは全て必要がなくなるだろう。しかし、人間としてのアイデンティティーとは、実はその「人と人の間に懸ける橋」にある。 
 
豊かで平和な時代になり、そして全てをデジタル技術とロボットが担当する時代になった時、他人との協力が無くても生きられる。その結果、人は人間ではなくなるのではないだろうか。既にその時代は始まっている。この小説を読み、そのように私は思った。
 
補足:
1)場所は西チベット国道219号上の小さな町メンシイである。その近くにチベット仏教の信仰の山カイラス山がある。標高6638mの美しい独立峰である。(グーグルマップでの写真<=Click 時間がかかります。)
2)標高約4500mのこの村での酸素濃度は平地の約半分であり、慢性化した高山病は低地に移らなければ治らないとのこと。肺水腫になっていたと書かれている。
3)早朝、山の上の決まった場所に遺体を運ぶ。僧侶がお経を上げた後、死体の処理人が少し離れた場所に遺体を運び、そこでバラバラに解体するのである。処理人が去ったあとは、集団となって舞い降りてくる禿鷹の仕事である。ただ、日本人が自分の親を鳥葬にするという決心は、どう考えても違和感が残る。
4)p34に、「世界中に散った日本人たちの集団の中に、新たなる「核」が生まれつつあるのか。“組織”の彼らは少なくともそれが知りたいのだ」「核を見つけ出して日本人を一つにまとめようとする意図と、それに対してどこかから莫大な資金が出ているらしいことに、きな臭い匂いを感じる」
という記述がある。私にはこの部分の意味がわからない。
1)岡田英弘の「歴史とはなにか」に、歴史は科学ではなく文学であると書かれている。その言葉は、“人類に生じた事実の時系列的整理とそれらの相互関係の解明”が、①どのような事実を取り上げるのか;②相互関係の解釈をどう記載するか、という二つのバリエーションに対応して、無数の歴史が存在しうることを示している。
 
学校教育では、時の権力(政府)が認めた事実とその物語を教えている。時の権力の意向に沿った歴史を「正史」といい、私的な解釈で作り上げた歴史を「外史」というが、ほとんどの人は一生、“正史の歴史観”から抜け出すことはないだろう。つまり、歴史教育は歴史に関する洗脳とも言える。
 
太古の人類に起こった出来事が対象の場合(つまり、考古学)、それらを見る視線の方向に、その時代(近現代)の民族や国家に起因する違いはない。しかし、現存の民族や国家がプレイヤーとなっている過去の出来事に関する物語(つまり歴史)は、それを語る国家や民族毎に、それらの名誉と利益を毀損しないように作り上げられる。
 
例えば、アジア最古の歴史書の史記は、武帝の正統性を語るという明確な目的の下に書かれた物語、つまり正史(の世界最古のもの)である。それに他民族の視点での“事実”が書かれている保証はない。それは日本書紀も同じであり、古代日本の真実がわかると考える方々の姿勢は滑稽である。
 
この正史の性質と役割は、近現代史でも同じだろう。つまり、現在我々日本人が知る世界の出来事は、日本及び同盟国(米国)の権力により選別と解釈を経たものであり、将来「正史」に組み込まれる“出来事”のみだろう。それらをそのまま信じていては、世界の動きの真相は見えない。(補足1)
 
以下に近代の歴史的出来事について、正史からのバリエーションの例をあげる。日本の正史において、高く評価されている吉田茂元総理の話、そして、もっと広く近現代史全体の流れについてである。
 
2)吉田茂は、占領軍に対しても卑屈でない国士であったという「正史」ができ上がっているように思える。しかし最近読んだ、鬼塚英昭著の「白洲次郎の嘘」には全く違うことが書いてある。吉田茂が部下として重用していた白洲次郎は、外国人(ジャーディン・マセソン商会;補足2の操り人形であったと書かれている。また、吉田茂の父(吉田健三)は、そのユダヤ系の会社の番頭であったという。彼らは、GHQの政策に協力する一方、GHQを利用して自分たちと上記外資の利権確保のために働いたと書かれている。
 
GHQは占領政策として、日本の無力化を徹底して行うために、優秀な政治家や官僚を公職から追放(パージ)した。吉田と白洲は、それに乗じて自分たちの権力保持のために、鳩山一郎等有力政治家のパージに協力的に振る舞ったと書かれている。GHQのパージの理由は、将来の日本のことを考える政治家が日本政府の中にいると、占領政策が円滑に進まないことである。吉田茂は新憲法制定時の総理大臣(第一次吉田内閣)であったが、憲法条文などにほとんど注文など付けなかった。つまり、GHQの思惑通り、ことが運んだのである。
 

吉田茂は、戦後日本の再生に最も大事なサンフランシスコ講和条約(1951/9/8署名)の前後6年間(1948/101954/12二次〜五次吉田内閣)にも総理大臣であったが、日本の骨格作りに尽力しなかった。これらの指摘は、著者の偏見でも筆者の思い込みでもない。例えば、当時官僚として働いていた中曽根康弘元総理の自伝「自省録」に、上記内容と整合性のある吉田評:「吉田茂は狡猾で、鳩山一郎などの公職への復帰を嫌がっていた」が書かれている。(補足3)

 
3)日露戦争において日本が勝ち、ロシアではその戦争への疲弊もあって共産革命が起こった。更に、第二次大戦後、中国では毛沢東が蒋介石を追い出し、共産中国ができた。そして、共産圏と自由主義圏との冷戦の時代が数十年続いた。これらの世界史の流れは、正史では“個別の主体性を持った国家とその勢力が衝突して、未知の領域に進んだ結果”という歴史観で書かれている。しかし、実は複数の歴史のプレイヤー(国家など)を操る別の存在があった、つまり一定の部分については計画があったという解釈が存在する。
 
日露戦争の資金調達に米国に向かった高橋是清の努力の結果、日本は米国ユダヤ系資本家のヤコブ・シフから多額の軍資金を借りることに成功し、米国大統領の仲介もあって、やっとのことでロシアに勝利することができた。その融資の理由も、帝政ロシアを潰す意思を持った勢力が金を貸した側にあり、その思惑通り日本が動いたというのである。その後のロシア革命も、同じく裏の権力者の計画どおりだったというのである。
 
鬼塚英昭著「20世紀のファウスト」は第1章で、米国ユダヤ資本のソ連革命への資金的援助が書かれている。また、マルクス他、レーニンやスターリンなど主なロシアの革命家も全てユダヤ人だったと書かれている(83頁)。中国の共産革命も、それまであった蒋介石への強力な援助がなくなったのが理由であり、それも歴史の表面でのプレイヤー(毛沢東と蒋介石が代表する両勢力)とは別の勢力の計画があったというのである。もちろん、何もかも予定通りに進むわけはないが。
 
4)正史の裏で歴史を動かすのは、お金と人のネットワークである。資金は何よりも大きな力の源泉であることを疑う人はいないだろう。(補足4)しかし、日本のメディアに出る代表的評論家たちは、秘密組織やユダヤの人脈などを持ち出して歴史を解釈するのは陰謀論であり、陰謀論に嵌るのは知的頽廃であると語る人が主流である。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42023202.html
 
しかし、例えばイエール大学という米国の名門大学の秀才のみ(毎年15名と言われる)に限られた、スカル&ボーンズ(秘密結社)の意味が分からなければ、近現代史の詳細な解釈は出来ないだろう。世界に多く存在する秘密結社や秘密の人脈に対して目を閉じる態度こそ、知的頽廃ではないのか。
 
スカル&ボーンズの入会儀式は、その“墓(The tomb)”とよばれる部屋の中で行われる不可解なもの、死と蘇生の儀式である。そのメンバーの顔ぶれの大きさは、背後の力としてその役割が想像される。例えばジョージ・ブッシュ(父子とも)元大統領、CIAの母と呼ばれるジェームズ・アングルトン、前国務長官のJohn KerryTimeFortuneといった雑誌の創刊者、巨大資本Morgan Stanleyや最大の物流会社FEDex などの設立者、などなどである。その存在はよく知られているが、その会員たち(Bones)からは何も聞けない組織なのである。
 

2004年の大統領選では民主党からの候補JohnKerrySkull & Bonesの同窓会メンバーだった。GeorgeW. Bushは自伝のなかで、大学4年の時に会員になったが、それ以上は言えないと書いている。有力大統領候補の二人ともBonesmenだったことの意味を問われて、ケリー氏は「Not much,because it’s a secret(多くは喋れない。それは秘密だから)と答えた。

 
以上、スカル&ボーンズに限って少し紹介したが、世界には数多くの政治的私的組織がある。英米をまたぐエリザベス女王をパトロンとするピルグリムソサエティーもその一つである。それらと、正式な国家組織であるNSACIAFBIなどと密接な関係がある可能性もある。それらを無視した正史とは、民主社会で主権者のワッペンを貼った凡庸なる大多数の市民を誤魔化すための装置であり、その装置を動かすのはテレビなどによく出る例えば元官僚の評論家たちである。
 
補足:
(1)イスラム教圏とキリスト教圏の争い、例えばアラブの春とかイスラム国の報道は、キリスト教圏特に英米の視点での報道に我々は接している。そして以下の紹介記事にあるような何か変だなということがあっても、大手の報道には現れない。
 
(2)中国広州に設立された英国の会社。アヘン戦争に深く関わっている。アヘン貿易で財を築き、現在も国際コングリマットとして存在している。
(3)中曽根氏の自省録4950頁にはこのように書かれている。「(吉田茂は)狡猾な人で、様々な局面でマッカーサーの虎の威を借りていることがあからさまでした。」「我々青年将校だけではとても国は支えられないから、急いで追放解除を実現してもっと老練な政治家を復帰させて日本を再建しようと、追放解除運動をやったことがあります。しかし、吉田さんは追放解除をかなり嫌がっていました。」「重光さんや鳩山さんが自主防衛とそのための憲法改正を主張すると、それに対抗するために当時の左翼的雰囲気に迎合して安易な方向に行った。吉田さんの本質はオポチュニストでした。」
(4)明治維新も類似の資金が流れてこなければ、失敗しただろう。長州に最新式のスナイドル銃やスペンサー銃を買う金など元々なかったのだから。同様に、最近の北朝鮮のミサイルのお金がどこから流れているかが、その背後に隠れている勢力を明らかにする鍵である。
1)日本での話だが、理系人間と文系人間の考え方にかなりの差があると思う。それを強く感じるのが、最近の豊洲問題や放射線被曝事件における報道等を見たときである。
 
この国の行政や各種団体の管理運営などの担当者等には圧倒的に文系の人が多い。彼らの考え方には一定の特徴があり、その考え方が出身大学の学部等(文系)とかなり相関があるのなら、それは文系人間の思考パターンといえるのではないだろうか。以下は、それらと筆者の思考が理系パターンであると考えて導きだしたものである。

もちろん、世の中の人間を理系と文系に分類するのはあまりにも大雑把である。以下は、人間の思考パターンをいくつかあげて、それらが人の群の中に偏在し、その偏在は職業や受ける教育課程などとも強い相関があるという話である。以上を承知のうえ、あえて文系と理系という言葉を用いる(補足1)。
 
先ず、私が考える理系人間と文系人間の思考パターンを要約してみる。
①理系人間は、自然現象への理解を通して、因果関係、相関関係、集合論的関係などを意識して前面に出した思考パターンをとる。
②文系人間は、人の心理や社会文化に対する思考を通して、人と人の繋がり、社会と個人の関係などを前面に出した思考をする。
③文系人間の視点は自己から他に向かって広がり、思考は各論的且つ現実的である。反対に理系人間の視点は原点に向かい、思考は原理的且つ理想的である。
 
また③は、理系人間は前提を置かない思考、つまりゼロ(原点)からの思考が得意であるが、それは既に存在している前提を看過する傾向がある。そこから、大きな間違いにつながる可能性がある。それを避けるには、上記以外の知性の部分としての想像力や直感力、そして美的感覚が大切である。
 
以前のブログで知的能力を、1。記憶力、2。論理・分析力、3。想像力、4。直感力、5。空間的時間的感覚、6。美的感覚、に分けて、それらは生命体としての能力の一面であると書いた。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42404287.html 上記の①〜③は、知的能力の1。と2。に焦点を当てた分類である。因みに、大学などの入試も現状ではほとんど、記憶力と論理分析力に関してなされている。

一方、文系人間は、原点からの思考がなく、これまでの前提を不可避の条件と考える知的怠慢の傾向がある。それでは欧米の感覚での普通の社会改革すらできない可能性がある。改革には常に飛躍が伴うからである。それは、憲法改正や社会の構造改革の問題などに手間取る日本の原因ではないかと思う。
 
2)幼少期にはだれもが自然に対する関心を持つが、成長に伴い人と人が作り出した文化に関心を持つようになる。理系人間は、自然に対する関心が自然に対する理解に進み、その深まった興味と理解の正のFeed Back Loopにより、自然科学的な分野を自分の進路に選ぶことになる。
 
自然の成り立ちと運動は、人間とその集合のそれらよりも理解しやすく、比較的容易にそれらを支配する法則に到達できる。論理的能力は、基本的仮説(法則)から自然現象を頭のなかで再構成する際に必須である。以上が、上記①の思考傾向の由来である。
 
原点から多くの思考の階段を登る際、途中に考慮すべき束縛条件(捕捉2)などへの注意が欠けると、結果として極端で間違った判断に到達する可能性がある。その際、原点から最後の結論まで見通すには、直感力を必要とする。それに欠ける場合、自己の優れた思考力への過信から過激な原理主義に走る可能性がある。
 
連合赤軍を牛耳っていた、坂東國男と永田洋子やその他の中心メンバーに理系が多い。また、東大闘争の全共闘代表の山本義隆は東大物理学科でも秀才だった。彼らは、遠くを見通す直感力や想像力にかけていたと思う。
 
文系人間の犯した間違いというか社会の停滞は、既に上に書いた。最近の例では、豊洲市場問題などもその典型である。問題の出発点にあったのは、ベンゼンによる地下水の汚染に対して「人体に対する危険性の定量的把握」という視点が全く都知事に欠けていたことである。
 
地下水中の環境基準(飲用としての適性)の77倍のベンゼンの危険性を正しく理解するためには、他の多くの危険性と定量的に比較検討することが必須である。この経緯を見ていると、そのような原理的及び論理的考察の形跡がほとんどない。その結果、地下水中の少量のベンゼンという小さな危険(補足3)と、長期間の努力と多額の出費をして建設した豊洲市場への移転を延期するという大きな危険とを交換してしまったのである。
 
3)幼少〜青少年期に特別な教育が行われなければ、知能に優れた子供は最初理系人間に向かうのではないだろうか。人間は、元々自然の中で生きる動物だからである。一方、高度な社会の中で生きる知恵を、特別なレベル、つまり社会のリーダーに必要なレベルにまで育てるには、早期にその目的を意識した教育が必要であると思う。(捕捉4)
 
つまり、幼少期に出会う自然の理解と興味の正のfeed back loop から、子供を一旦取り戻す教育の文化がなければ、優秀な国家のリーダーとなるような人材を育てるられないと思う。日本の弱点は、この優秀なる社会のリーダーを育てるメカニズムがほとんどないことだと思う。
 
補足:
(1)大学の学部への所属数から、理系文系の人数を文部科学省のサイトから拾ってみる。学生を文系(人文、社会科学系)、理系(医歯薬含む)、そのほか(家政、体育、芸術など)に分けた場合の人数比は、平成15年のデータで、理系が28%、文系が55%、その他17 %である。http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/04011501/002/001.htm#1
 
(2)束縛条件とは最適化問題や運動の問題を考える際に、変数に与える条件のことである。
(3)飲料に供するレベルまで豊洲の地下水を浄化する必要などない。この件、昨年の930日詳細に論じた。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42994605.html
(4)米国は階層社会であり、上層部にはグロートン校などの全寮制名門校からアイビーリーグの名門大学に入るコースがある。グロートン校の卒業生には、アチソン国務長官(トルーマン政権下)、ジョセフ・グルー(元駐日大使)、アベレル・ハリマン(元ソ連大使、“桂ハリマン協定”のハリマンの息子)など歴史上の人物も多い。