1)現在の政界の陣容は貧弱である。そこで言葉狩りを始めたら機能不全に陥る。豊田議員の暴言は病的なので処理は簡単に済んだが、安倍総理の加計問題や稲田防衛庁長官の発言は、原則論としては重要だが、それほど大きな問題ではないのだから、未解決問題として暫く放置すべきであると思う。
 
稲田防衛庁長官の東京都議会選挙応援演説での失言は、野党及び自民党幹部の方々から批判を受けたのち、総理大臣が罷免しないと決断した。総理の決断が出た段階で、稲田氏の履歴に失言の一つとして書き込まれたことだけを残して、問題としては終わった。
 
この発言は、本質論では国家行政特に軍事に関する行政の地方議会に対する干渉であり、不適切であると非難されるのは当然である。その問題点の論理は以下のサイトに解説されている。http://www.news24.jp/articles/2017/06/28/04365510.html
 
しかし、既に与党(総理がどのような指摘をしたか分からないが)が行った厳重注意で十分であり、今後国政をストップするほど大きな問題ではない。軍隊が政治に干渉することが危険であるというのはその通りであるが、地方議会であり国会など国政に対する干渉ではない。この国ではむしろ、地方自治体が軍政に干渉する方が著しく、現実問題として、軍隊のトップが政治に対して干渉する意図は、あの稲田氏の発言からは感じられない。
 
原則論は、数学者がやる場合には徹底してやっても絵になるが、政治家が原則論に拘るのは滑稽である。原則論をやれば、自衛隊が憲法9条第二項に違反していないのだから、軍隊ではない。従って、上記サイトの論理、つまり稲田氏を攻撃している論理は全くナンセンスである。自衛隊員は肩身が狭くなるのは問題だが、それを大きな問題として国会は取り上げたいのか?
 
全ての言葉狩りは原則論である。そして、ポリティックスという言葉が意味するように、政治の本来の姿は総合的に判断し決断することである。原則論の旗を振って、政治をするつもりになるのは、極左翼の姿勢である。
 
2)稲田氏が応援演説であのように言いたくなるのは分からないでもない。あの都民ファーストとやらが都議会を抑えてしまうと、国家の防衛体制に大きな影響がでる可能性があるからである。
 
現在、北朝鮮問題で何時何が起こるか分からない緊張した時間を自衛隊は過ごしている。また在日米軍の横田基地など重要な軍事施設が東京にある。稲田防衛大臣が危惧しているのが、極端な話ではあるが東京の沖縄化だとすれば、一言出てしまうのは無理なからぬことである。
 
都民ファーストのトップは元防衛大臣の小池百合子氏であるが、彼女は自分ファーストであることを既に豊洲問題で証明している。その政党というか小池自分党が東京都議会を抑えると、豊洲での失点を何か大きなことで挽回しようと考える可能性がある。
 
勿論、国防や国民の命に直接関わることでは、小池氏も国家に協力する筈である。しかし、地方自治体に所属する知事には国家の機密情報が与えられないので、間接的だが重要なところで国家行政にポピュリズム的反旗を掲げる可能性がある。
 
小池知事といえば豊洲問題であるが、その出発点は既存の腐敗した勢力との対決を演じる場として、豊洲新市場を選んだことである。大衆迎合的なパーフォーマンスを演じるために、極微量の地下水中ベンゼンを利用したのである。その異常さは、比較の対象としてふさわしいかどうか分からないが、豊田議員の暴言と大差ない。未だに安全を確保できなかったことにお詫びすると発言した位である。
 
稲田氏の言葉は、現在の非常に緊迫した国際環境の中で、日本の首都であり重要な軍事施設を有する東京都の政治を、小池自分党が抑えてしまう危険性を感じて思わず出たのではないだろうか。加計問題などと同様に、この問題も本質論から言えば大事だが、問題としては小さい。それらと、現在の異常な国際環境下で日本国民の命と安全を守るという、最大且つ本質論でも最重要な問題を見えなくすることは止めてもらいたい。
 

小さくても、目の前の木っ端一枚は熊をも隠すのである。もう両方共しばらく放置して、本来の問題に向かう姿勢を政治は見せてもらいたい。重ねて言うが、上記の総理に関する二つの問題は緊急の問題ではないので、後で評価すれば良いと思う。

 
== 原則論が好きな素人ですが、敢えて四面楚歌の稲田大臣を弁護しました。議論反論期待します。 ===

1)朝日新聞の記事から引用: 東京都議選(7月2日投開票)に立候補した259人のうち、約3分の1は議員経験のない人たちだ。立候補を決める際、「仕事を辞めるかどうか」は大きな問題で、悩む人は少なくない。識者は、サラリーマンらが選挙に出やすくなる仕組み作りを提案する。
 
「仕事を続けたまま立候補できるなら、そうしたかった。」「仕事を続けながら立候補できるようにならないと、議会は世襲や家が裕福な人だけの世界になってしまう。」金融機関を退職することを決め、初めて選挙に出た30代の女性はそう話す
 
この問題は非常に重要であるので、ここで考えて見たい。私も、上記立候補者と同じ意見である。都議選はあくまで地方選挙であるが、地方議員が国会議員への一里塚であると考えると、国政を含め政治を世襲貴族から一般国民の手に奪い返す方法として、仕事をしながら立候補できる道をつくる必要があると思う。
 
立候補者を一定の能力がある人に限ることは、議員の質の低下を防ぐ上で大事である。そのために、供託金制度が存在する。立候補のバリアとしてはこの制度のみにすべきである。それ以上に、仕事を辞めた場合の生涯賃金の大きな減少に対する覚悟を立候補に際して要求するのは、政治を世襲貴族か芸能人など金と知名度を既に得た人間の独占にしてしまう。
 
2)この問題を考える時、日本の労働市場の特殊性を同時に考える必要がある。「日本では何故、大学や高校を卒業した直後の4月にほとんどの人が就職するのか?」日本人のほとんどが当然と考えていることだが、そのことの異常性に注目してほしい。
 
これは、日本においては会社に入ることが仕事に就くことだけではなく、“会社の家来になる”という封建的な意味をもっていることと関係している。一斉に4月に入社するのは、その後退社せずに“出世”して、年功序列的に上昇する給与を考え、人生の全てがその時点を起点として設計されることを意味している。
 
これは公務員で最も顕著な傾向であるが、大企業でも同じだろう。給与は仕事に対する賃金ではなく、奉公にたいする扶持或いは俸禄なのである。従って、非正規雇用者は会社の家来でないため、賃金も労働の対価としてのみ計算され、一般に低くなる。米国などでは、労働の流動性が高く、勤続年数や正規雇用と非正規雇用の別で賃金にあまり差がないだろう。年齢を理由に採用などを決めるのは差別行為として禁じられている。
 
欧米のように仕事に対する賃金であれば、たとえ選挙に立候補して落選しても、次の日から同じ仕事を探して仕事につけば、同じ賃金を得ることができる。年齢と賃金の関係は、自分の技量と知識など仕事の能力を介した関係であり、その会社に長年“勤めることと、賃金や生活設計は無関係であるべきである。(補足1)
 
日本は近代国家だと思っている人が大半だろうが、日本には中世がいたるところに存在する。近代的な制度である政治を国民全てで行うという民主政は、未だに日本に根付いていないのである。立候補と離職の問題という視野で考えていたのでは、大きな問題にはできず、改革の方法が仮に見えたとしても(補足2)、既得権益を持つ勢力に潰されてしまうだろう。全ての問題は日本国の政治や文化など全体を視野に入れないと、解決はおろか問題の把握すらできないのである。
 
例えば、現状の教育制度のままでは、日本の労働市場の閉鎖性にも一定の根拠がある。(補足3)最低でも、会社からの立候補支援制度を法令化すべきである。このままでは政治家の質の低下は歯止めが効かず、「日本崩壊の危機」とか「日本が中国になる日」(補足4)がくる時まで続くだろう。
 
加計問題や森友問題、防衛大臣失言問題、全て政治家の質が諸外国に比べて極めて低いことが原因である。
 
 
補足:
1)仕事には各人の連携が必要であり、そこに人間関係のあり方が関係する。日本人は個人としては閉鎖的であり、人間関係も内向きである。これが終身雇用性と関係が深い。この独り立ちしない個人が、日本の民主主義政治を機能障害に陥らせていることは、既に小沢一郎氏(著というより編集というべき)の「日本改造計画」で指摘されている通りである。これは幼児教育や初等教育の重要な課題である。
2)法令で立候補者支援制度を各会社に義務付ける。例えば、「立候補して落選した場合には再雇用を義務付ける。その後の差別を設けない。」という制度を罰則付きの法令として定める。逆差別的な対応としては、社員1000人あたり5名程度の立候補を義務付けることも考えられるが、その種の法令が国会を通過するとは思えない。
3)一般に卒業後極短期間の準備で仕事を始められる状況にはないだろう。従って、給与を支払いながら教育を行うなどの人材への投資が必要となる。その場合、投資分を回収するだけの期間は会社に留まって仕事をしてもらわないと採算がとれない。日本の封建的な雇用制度の撤廃を一斉にする場合、その教育期間内の低い給与と一定の束縛年数を置くことを許可する規定は必要だろう。(今日の大学の社会における位置を考えると、そこでの教育を即戦力を育てる方向に修正すべきだと思う。;この文は2020/1/20に挿入)
4)いずれも、本の題名。両方とも説得力のある内容。

日本国民の政治的知識は極めて貧弱である。それは明治維新以来、薩長の下級武士出身者が政治を独占したことと関係が深いと思う。知識のない国民に憲法改正を叫んでも、その声は届かない。その件について、以下考える。

1)明治維新の初代は、改革の時代を生き抜いた者たちであったが、それ以降政治を担当した世襲の政治貴族の質は、低下するのが必然である。そして、欠点を多く持つ明治憲法を聖書のように受け取ってしまったのが、昭和の敗戦に繋がったのだと思う。(補足1)
 
ダイナミックな世界の姿に接した明治政府の初代の構成員が次第に消え、緊張感に欠け能力にも劣る2代目以降が政治貴族と化し、政治情報を独占するのが伝統化したのが日本政治の姿である。独占が必要なのは、公開してしまえば、自分たちの無能がバレて、政治貴族の地位を失うからである。

昭和憲法のケースも同様である。マッカーサー憲法が制定され、長州の吉田茂とその手下(吉田学校卒業生)という官僚的人間が政治を独占したために、昭和憲法が聖書化された。パージされた党人政治家たちが早期に復帰して、日本の政治を立て直しておれば、あるいは防げたかもしれない。それを邪魔した吉田茂らの罪は深い。(補足2)それを戦後の名宰相と考える政治評論家も、超保守的な日本の悲劇を演出する一派である。(補足3)
 
2)安倍総理は、流石に憲法改正の必要性を感じて、「臨時国会が終わる前に、衆参両院の憲法審査会に自民党案を提出したい」と述べ、秋から年内までを想定する臨時国会の会期中に、党改憲案を提出する方針を示した。https://mainichi.jp/articles/20170625/k00/00m/010/040000c
 
しかし、その必要性について国民に知らせる努力を政府はこれまで、実質的な意味でほとんどしてこなかった。つまり、国民は憲法改正の必要性を実感していないのである。北朝鮮問題は確かに大きな問題である。しかし本当の巨大な脅威は中国であり、現在の38度線の緊張が、いわゆる第一列島線に移動し中国の勢力下に入った統一朝鮮と対峙する時代がそこまで来ているのである。
 
北朝鮮のノドンミサイルは日本のほぼ全域を射程にいれているが、そこに核兵器を搭載するまでには至っていないだろう。しかし、中国の東風21という核ミサイルは既に24基、北朝鮮の近くに配備されて日本列島の主なポイントに照準を合わせている。(補足4)中国は、核兵器を保持していない日本に照準を合わせ、核ミサイルを24基も配備しているのである。あのロシアでさえ、エリティン大統領の時代に、日本を核ミサイルの照準から外したと表明しているのである。
 
その事実をどれだけの日本人が知っているのか、また、日本国政府は知らせているのか? それらの事実を早い時期に知らされて、危機感を国民が持っていれば、憲法改正の必要性を自覚していただろう。喉元に包丁を突きつけられていることを知れば、日本人も生き物なら自衛手段が必要だと感じる筈だ。
 
自民党政権幹部や自民党議員たちは、国家のことよりも自分たちの子供や孫の仕事を考えて、簡単で楽な国会議員という職業をまるで貴族の地位のように世襲してきた。KGBのスパイとして働いて来た野党議員(何名かは判明している)たちも売国奴だが、彼らも同様に売国奴ではないのか。
 
補足:
1)天皇に陸海軍の統帥権を置いたのは、「明治政府は、薩長の田舎侍と下級貴族たちではなく、天皇が直接治める」という形を作りたかったからだろう。30年ほど経って、薩長の下級武士たちも立派な明治の元勲に見えて来た時に、憲法を改正して議会と内閣が政治の実権を持つ形に改憲すべきだったと思う。それは、明治天皇と明治の元勲たちの力関係が反転する前にやらなくては永久にできない。
2)朝鮮戦争の時には日本からも義勇兵が出ているし、国際的な緊張感があったと思う。それがなくなる前に憲法改正すべきだったと思う。李承晩の反日政策の時には、憲法改正の話はでなかったのだろうか?
3)6/25放送の「そこまで言って委員会NP」で橋本五郎とかいう読売系の政治評論家が、吉田茂や中曽根康弘らの歴代総理の業績を評価していた。第一位が中曽根康弘で第二位が吉田茂だった。吉田茂は、マッカーサーの言いなりになって、鳩山一郎や石橋湛山のパージに協力し、更にその復帰を遅らせ、その間に官僚たちを政治家にして自分の力を拡大しようとした(吉田学校)、とんでもない政治家だ。彼が一位にあげた中曽根康弘の自伝”自省録”の中に正にその様な吉田茂の評価が書かれている。読んでないのか?
4)DRC中国研究会、「日本が中国になる日」、光人社(2008)参照。