【討論】朝鮮有事と朝鮮総連-トランプ米政府はどう動くか?

https://www.youtube.com/watch?v=0tFwqjJdF9o
を見た。正確には53分27秒まで観た。それ以上見る前にコメントを出した。それは以下のようなものである。

北朝鮮の核兵器がミサイルに搭載された場合、それが最も大きな脅威となる国は日本である。米国でも韓国でもない。何故なら、米国には北朝鮮を完全破壊するだけの核能力があり、韓国には半島統一のシナリオがあるからである。
 
米国は北朝鮮の核兵器保持を許してはならないとして、韓国へのTHAAD配備など言い出したのは、中国やロシアのミサイルに対する防衛網構築のためであると、習近平・プーチン会談の後、彼らは発表している。その発言は、米国の北朝鮮攻撃を抑止する効果を持つ。
 
日本人が考えるべきことは、米国は日本を潜在敵国と考えている可能性である。つまり、中ロと米国は対立しているように見えて、実は北朝鮮の核装備を完成させ、日本の脅威となることを共通のシナリオとして持っていて、それまでは対立する役を演じているのではないかということである。
 
本当は、そんな紛らわしいことを考える必要はない。完全にこれらの国の演劇のシナリオを破壊する方法があり、それは日本の核武装に向けた計画の発表である。それにむけたNPT脱退宣言だけでも効果があるだろう。それ以外の議論は山ほどやっても無駄だ。

皆さん、中心を避けて、周りをひたすらグルグル廻って居られる。いくら議論しても、何にもならない。米国がやるべきことは、朝鮮戦争の終結と北朝鮮との講和である。

それでも核兵器開発を続けるのなら、日本がやるべきことは核兵器開発である。答えは見えている。それが見えないのは、無能だということだ。

1)今回は二回目で、日本の真珠湾攻撃までの経緯に関するメモである。
米国のフランクリン・ルーズベルトが英国やフランスに対して、ヨーロッパへの参戦の意向を秘密裏に伝達したものの、米国国民の同意をどう得るかが問題だった。民意は、関係の薄い外国の戦いに参加することに反対だったからである。そこでドイツの脅威を宣伝するキャンペーンを行なった。例えば、1940818日のブリット駐仏大使のスピーチを、ニューヨークタイムズが報道している。
「我が国は丁度一年前のフランスの置かれた状況にある(補足1)。今決断し行動を起こさなければ手遅れになる。現在英国艦隊が枢軸国を閉じ込めているが、いつ大西洋に進出し我が国を脅かすか、誰も予測できない。」
一方、19401月に米国は、日本との通商修好航海条約を破棄し、5月には米国主力艦隊を大西洋からハワイへ移駐して、日本との対決姿勢を明確に示すようになる。日独伊三国同盟が成立したのは、19409月である。その時点で日米の対立は一層明確になった。(補足2)
1940115日の大統領選において、ルーズベルトはアメリカ史上初の三選を目指すのだが、そのために大きな嘘をつく。それは上記のような自国民への脅しは成功しなかったからである。1030日のボストンでの演説で次のように述べた。
「今私の話を聞いている父や母の皆さんに、もう一度はっきり申し上げる。私はこれまでも述べてきたように、今後も何度でも繰り返すが、あなた方の子供たちが外国の地での戦争に送りこまれることは決してない。」
当選後の年末に再びヒトラーに対する恐怖を煽る「炉辺談話」をラジオ放送した。しかし、アメリカ国民はルーズベルトのおとぎ話のような脅しを信じなかった。ラジオ及びテレビの発明により、今後多くの“民主主義国”において政府が国民向けに嘘をつく場面が出て来るだろうが、これがその原点であると思う。
2)英国の制空権獲得のための航空戦(1940/71941/5)に失敗したドイツは、目標を独ソ戦に切り替えた。ドイツに駐在武官として派遣されていた米軍のスミス大佐は、194012月に米国に帰国し、ドイツ軍のロシア国境付近への集結と英国攻撃の可能性がなくなったことを報告している。
独ソ戦は、その1941年6月に始まった。米国民の多くは、ヒトラーとスターリンの対戦は高みの見物で十分と考えていたのだが、ルーズベルトは何故かそうではなかった。直ちに「ソ連へできるだけの援助を行う」との談話を発表した。
一方、フーバーは”民主主義と自由の米国”とは本来親和性のない共産主義が、世界に蔓延する可能性があるとの演説を行なって、ルーズベルトのソ連支援を批判した。そして国民世論はそれに賛同した。
ルーズベルトは、既に米国のヨーロッパの戦争からは中立の立場を取るという方針を捨て、武器貸与法(1941/3)を成立させており、英国やソ連に事実上無制限の武器等の援助を可能にした。最終的にソ連への巨額の支援がなされることになったが、それを民主主義の国である米国はどう説明するのだろうか?(補足3)
英国は、独ソ戦の開始で危機は去りホッとしたはずだが、反共主義者のイメージが濃いチャーチルも、この時ルーズベルトに完全同調する。何故なのか。(補足4)
3)ルーズベルトは国民世論を参戦指示に向けるために、ドイツと日本を刺激する作戦を始める。ドイツに対する策は限られているので(補足5)、ターゲットを日本に向けた。
この本には無いが、194011月に日米間の開戦を望まない米国の神父2名が日本を訪れて和平を勧め、そこから和平への話し合いが始まった。神父二人と日本の代表(野村大使、来栖大使ら)はワシントンでハル国務長官と話し合った。しかし、独ソ開戦により米国は和平の敷居を上げていった。https://www.jacar.go.jp/nichibei/reference/index13.html (補足6)
19411126日の野村、来栖、ハルの会談で、日本の最終打開案の拒否と所謂ハル・ノートが手渡される。ハル・ノート第二部には、中国及びインドシナからの軍の撤退を要求しているが、中国の中に満州が含まれるのかどうかは分からない。最後の段階で、“中国(但し満州を除く)”が単に“中国”とだけになったことを考えると、わざとわかりにくくして受け入れがたくしたのだろう。
真珠湾攻撃の翌日に反日だったスチムソン陸軍長官の日記が引用されている。そこには「日本がわが国を攻撃したとの報を受けた時、私の最初の感慨は、これでようやく我が国がどっち付かずの立場から解放されたというものだった。国民がようやく一致団結できる」とかかれていた。(148ページ)
補足:
1)1940614日、ドイツ軍はフランスパリに無血入城(軍隊は英国軍とともに英国本土に撤退していた)し、622日、ドイツとフランスは休戦協定に調印した。
2)1936年に11月に日本とドイツ間で防共協定が結ばれ、1937にはイタリアが加わり、日独伊防共協定となる。その同じ年の7月に盧溝橋事件で日中戦争が始まった。ルーズベルトの隔離演説はこの年の10月であり、その頃すでに対日戦略が練られていた筈である。
3)最終的な支援額は、英国が310億ドル、ソビエトが110億ドル、フランスが30億ドル、中国が15億ドルである。このソビエトへの多額の支援額は、ルーズベルト政権が何を狙って参戦したかを証明している。http://www.historycentral.com/ww2/events/lendlease.html
 
4)チャーチルは次のように演説した。「(ソビエトが犯した)過去の罪、愚かな行為とそれが生み出した悲劇、こんなものは全て水に流す。今ロシアの兵士が太古の昔から祖先が耕してきた大地を必死に守っている。いかなる国家いかなる人間も、ヒトラーと手を携える限り我が国の敵である。」
5)19417月、ドイツ潜水艦の攻撃をルーズベルトは出していた。
6)半藤一利氏の昭和史には、それを直ちに受け入れておれば戦争が回避された可能性がある(昭和史142頁)とし、近衛文麿首相に決断力がなかったと非難しているが、それは間違いだろう。日米の和平の動きを最初から蹴れば、そのニュースが神父から発信され、ルーズベルトは戦争を望んでいることが明らかになってしまうからである。日米諒解案が合意なされても、具体的な話し合いになれば対立が再び本格的になった筈だと思う。
新国立競技場の工事の関係者で過労自殺があった。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170720-00010005-bfj-soci 亡くなったのは23歳の新卒男性であり、自殺直前の1カ月で徹夜が3回もあり、夜22時以前に仕事が終わったのは5日だけだったという。若干不思議に思うのは、「何故そんな会社からさっさと退職しなかったのか?(補足1)」ということである。
 
 以前にも東大卒の電通社員が過労自殺したことが報じられた。http://ironna.jp/article/4218 その際も同じ感想をもった。極端な過重労働を強いられた場合、誰でも退職すべきだと考えるのだが、それでも退職できない事情があった筈である。仕事に特別の責任感を要求する日本の道徳観が背後にあるのかもしれないが、やはり、次の職場が見つけにくいのだろう。
 
このような事件は日本に独特の現象だろう。恐らく労働者と雇用者或いは上司との人間関係が、非常にウエットであることと関連しているのだろう。最近のことだが、日本では労働者と雇用者の関係は封建領主と領民の関係であり、労働と賃金の関係ではないとブログに書いた。

そのウエットな、労使関係や同僚間の人間関係が有るがゆえに、就業後の飲み会などの付き合いや、仕事を離れた場面でも仕事場の上下関係がついて回る現実がある。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43274988.html
 
仕事場を労働と賃金というドライな関係の場(空間)にすれば、新卒の一斉採用や、中途採用や転職を目指す人間への差別待遇などが無くなる筈である。更に、年齢差別や男女差別の他、正規雇用者と臨時採用の職員との給与差別もなくなるだろう。セクハラ騒動も減少する筈である。
 
会社側にも、年功で高給取りになった役にたたない人間の解雇が容易になる一方、気がつけば定年という幸福なのか不幸なのか分からない情況から、労働者を追い出す(或いは解放する)だろう。(補足2)この仕事に於ける一定の厳しさは、日本を人間関係よりも仕事の能力において上昇志向を持つ労働者の社会にするだろう。
 
その結果、年功序列ではなくスキルを向上させることで高い給与を目指す人が増加するので、被雇用者全体の労働の質の向上に繋がる。それは、日本国全体の生産性向上をもたらす。全体的に労働者の給与は上昇する一方、会社は高い給与を避ける意味での設備投資を余儀なくされる。人不足はすぐに解消するだろう。移民や外国人労働者を入れようという風潮は消え、将来の治安の悪化は防げるだろう。 
 
現在、毎年剰余金を積み立てて、配当にも出さず設備投資もしない会社が多い。また、デフレ経済の一因に実質賃金の減少がある。それは労働の質が低いからであり、人脈と年功序列で出世する日本社会の伝統が関係している。

同じ会社で人間関係を駆使して出世し年取った無能な経営者を抱えて、倒産の危機にある会社は多いだろう。東芝やすでに倒産したシャープ、身売りののちに外人社長で業績を回復した日産自動車など、一流の企業にもその日本独特の遺伝子病であるが多い。日本の労働市場の改善は緊急の課題であることは明白である。

この病気が重病且つ万年流行しているのが、霞ヶ関や永田町だろう。各省庁の上級公務員は、くだらない公務員試験を受けて採用される。その狭いなかから、次官レースが始まるのである。どう考えても優秀な事務次官が生まれるとは思えない。その官僚たちの中から、戦後の与党政治家が供給されてきた。日本のなさけない現在の姿は、東芝やシャープの姿と同じ遺伝子病患者の姿である。
 
この理屈が分からない人が、この国に多い。古い労使関係を日本の守るべき伝統と勘違いしている向きが多いのは非常に残念である。オープンな社会の実現は、この労使関係の改革が第一歩だろう。過労自殺の解説記事の殆どは、一方的に会社を攻めるものであり、解析のレベルが全ての報道機関で極めて低い。
 
以前にも似た事件を異る角度から議論をしたことがある。内容は書いた本人も忘れてしまっているので、引用だけしておきます。

補足:
1)最初、退社ということばを使ったのだが、退社は普通夕方仕事を終わって家に帰る事を言うので、退職に代えた。会社が労働者を”クビ”にする場合には解雇という言葉があるが、労働者が会社を”クビ”にする場合、退職以外に言葉がない。違う会社で同じ職に着くという言葉が、日本語の中にはないのだ。
2)筆者は、一般会社の厳しい労働環境を知らない。一方的な見方である可能性もある。従って、批判や議論等特に歓迎します。