日本政府によれば、拉致問題が日米首脳会談の重要な項目としてあげられている。これは非常におかしいことである。なぜなら、拉致問題は日本政府独自の問題であり、その他にどこの問題でもないからである。(補足1)日本政府のトップが、今後も政権を維持できるように、日本国民の方を横目で見ながら、トランプ大統領に拉致問題を訴える姿は異様である。
 
日本政府は、そして、日本国民は、まるで米国が日本の保護者なのだから、子供である日本がその被害を保護者である米国に訴えるのが本来の姿であると考えているのだろうか。
 
日本がまともな国ではないのなら、自分たち政権与党が先ずまともな国にすべきである。そして、その様に憲法改正などの法整備を進めるべきであると、日本国民に訴えるべきである。それに日本国民が同意しないのなら、政権を降りるべきである。
 
その結果、どのような被害にあったとしても日本国民の自己責任である。その被害の中で、日本国民は目覚める筈である。自民党政府は、その日本国民を半覚醒のままに戦後75年間維持するという、トンデモナイ悪政を敷いてきたのである。それは自分たちが政治屋としての職業を維持するためである。(補足2)
 
日本人が外国人により、白昼日本国内から連れ去られたことは、100%日本政府の責任である。外国人は国交のない国の人間であるから、その外国人を射殺するなりして、拉致を防止すべきであった。それが出来なかったことに対して、日本政府は被害者家族に保障をしたのか? 謝罪をしたのか?そして、今後そのような事にならないように日本国を作り直そうと、拉致問題との関係を明言して提案したか?
 
この問題で、社民党のみを批判する声が多い。例えば、下の記事などである。辻元清美氏は北朝鮮に占領時の保障していないのに、拉致被害に関して北朝鮮を非難するのはおかしいなどと言っているようだ。これもトンデモナイ言葉であることは確かである。https://ameblo.jp/matsumotokyosuke/entry-10603683375.html
 
しかし、この種の記事では社民党を批判するだけで、自民党やその政党員が一貫して作ってきた日本政府を批判する声がない。
 
更に、拉致されたこととその国名や場所がわかったのなら、彼等を奪回すべく軍をもちいて、取り返すように行動すべきであった。その準備のかけらもしないで、何が拉致問題だ。そんな問題は、その行動を日本国がとらないと決めた(実質的に決まった)段階で消滅しているのだ。
 
ソレにもかかわらず、拉致問題を事あるごとに出して、日本国民を誤魔化している。誤魔化す方、誤魔化される方も、そして、憎まれ役を買って出て、日本国民を半覚醒状態にする自民党に協力してきた日本社会党も、全て問題である。三方全て悪質である。
 
今回の首脳会談では、北朝鮮が核兵器をもったまま政権維持をしそうなら、日本は核武装を考えて、そのための相談をトランプとするぐらいが本来の国家の姿である。一体何をしにワシントンに行ったのだろう、親分への北朝鮮対策についての陳情? 北朝鮮のCVID(補足3)だけを訴えることと、拉致問題? 冗談ならやめてほしい。
 
蛇足: 
米国は米国の利益の為に動く。それはCVIDをごまかして、ICBM抜きでの核保持を認めて和平を築くことである。その後の対策には日本に金をださせることである。これはすでにブログに書いたように佐藤優氏の分析である。 https://www.youtube.com/watch?v=Oc0t8EgvE2I&t=338s ;
 
もちろんこの場合、二枚舌が得意の米国であるから、完全な核廃絶をするという形で、米朝合意を発表するだろう。しかし、それは裏の秘密合意で無力化するだろう。
 
一方、馬渕睦夫氏は完全にCVIDでの北朝鮮の核放棄を信じて居る。最近の謎の一つである。 https://www.youtube.com/watch?v=xwhTg32W8CA ;
 
補足: 
 
1)この件は何度も指摘してきた。例えば、 https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43212986.html  を参照してほしい。 
 
2)日本社会党と自由民主党が、悪玉と善玉を演じて、日本国民を永遠の半覚醒状態に置く体制を55年体制という。 
 
3)CVID=complete verifiable and irreversible dismantlement;完全、査察付き、不可逆な核廃棄
 
 
 
1)最近のニュースでパワハラやセクハラが話題になることが多い。今年のピュリッツァー賞にハリウッドの大物プロデューサーのセクハラ疑惑を報じたニューヨーク・タイムズ紙とニューヨーカー誌が公益賞を受賞したという。
 
ここ数日の日本のニュースでも、財務事務次官のセクハラ疑惑が問題になっている。それで公務員が職を失う可能性があるという類のニュースが流れると、刑法か何かに新しい条項が出来たのかと思う程である。今日のテレビのバラエティ番組でも、肩をぽんと手のひらで叩いた場合でも不愉快になる場合もあるので、セクハラにならないように気をつけるべきだという類の発言もあった。http://lite-ra.com/2018/04/post-3955.html
 
これらの報道に、私は非常に不思議で不愉快な印象を持った。世間知らずの老人と言われることを覚悟の上で言うが、嫌な男に肩を叩かれたら、上司であっても「やめて下さい!」と言えば良いではないか。官庁の事務次官相手でも、セクハラ発言をしたのなら「そんな失礼な言葉は許しません!」とその場で言えば良いではないか。
 
それをグチグチとセクハラとかパワハラとか言ってその場は何もしないで、後で集計して社会問題化するのは、あまりにも情けない。或いは、その時点ではそのような発言や態度を許すことで、取材等で便宜を得て、ずっと後で週刊誌に記事のネタとして売り飛ばしたとしたら、それこそ犯罪ではないのか。
 
2)パワハラやセクハラのハラースメントは嫌がらせや迷惑位の意味を持つ言葉である。それらは、その場で相手に指摘するなどして、解消すべきことである。それほどプライドを傷つけられる職場なら上役にその指摘を先ずすべきである。その結果、職場をクビになったのなら、その時点で不当解雇として訴えるべきである。
 
パワハラやセクハラをした人に対して、一回だけの“嫌がらせ行為”でクビを切るのは異常だし、繰り返しその種の嫌がらせをさせ続けた上で、それをまとめて借金伝票の束を叩きつけるようにしてクビを切るのも異常である。いったいこの社会はどうなっているのか。その異常な社会に関して、報道機関などで発言できる人たちが何も言わないのはどうしたわけか。記事のネタが消えるから言えないだけなのか。
 
私企業がハラースメントであれ、何であれ、契約に違反しない形でクビを切るのは正当な行為である。その種の解雇は、セクハラやパワハラの問題ではなく、不必要な人間だからパワハラ行為などの証拠を利用してクビを切ったということだろう。多くの人はその職場以外で働く能力は持っているだろうから、その件はセクハラやパワハラの問題ではなく、労働力の流動性を高めれば解決する別の問題ではないだろうか。
 
一方、実際には法的責任をとる必要がある場合もある。しかしその場合は、刑法に違反する“古典的”な犯罪であり、それには明確な犯罪名がある筈である。つまり、セクハラやパワハラと言われる行為一般で法的責任をとる必要はない。もっと丁寧に言葉は使えないものか。兎に角、西洋語をありがたがって多用することで、言語環境が汚染されている。もう一つの環境破壊である。

追補

1.「セクハラは失礼な行為だが、女性記者を派遣して、多少セクハラを受けるくらい近づけば、あの次官から記事になる言葉がとれるだろう」、そう考える報道機関のボスが居たとしたら、その人もセクハラで批判されるべきである。
2.福田次官の言い分も想像してみて下さい。「魅力的な記者が近づいてきたので、セクハラ的な発言を誘発された。迷惑な話だ。そのせいで、大事な国家の機密をばらしてしまった。それが問題化された今、おれは枕を高くして眠れない。」身勝手な発言だが、男性なら完全に福田次官を批判する側に廻れるのか?
3. 例えば口先だけのセクハラなら、止めろとだけ言えば良い。実際に触ったのなら、顔を平手打ちでもすれば良い。デウィ夫人の米国での失礼な女にたいする姿勢が参考になる。

国会議員の質の向上を国家の大計とすべきである。それには、①一票の格差の完全撤廃、大選挙区制の採用と、②国会議員間の双方向の総合的政治討論を公的に行い、それをテレビ放送する。 

1)政治議論と政治家の質の現状について: 

現在の政治家の議論は、政府の施政方針や予算案に関して、国会議員が質問するタイプがほとんどである。昨年8月に江崎鉄磨・沖縄北方担当相(当時)の発言でも分かるように(補足1)、内閣の方針は概ね従来の方向で官僚が作るか、方向から外れたタイプの方針については官僚のフィルタリングを通してつくられる。 

 現在日本の政治は”保守政治”とよばれるが、それは官僚独裁政治の包装紙に過ぎない。つまり、今の保守政治とは、日本の与党内閣を精一杯持ち上げて付けた政治名称である。鳩山内閣や菅内閣は、政治の主人公を誤解してしまったため、革新内閣というより自壊内閣であった。官僚のフィルターを通らないことばかり言っていたのでは、自然崩壊するのは必然である。

 そんなわけで、国民が聞いている国会の審議とは、官僚対野党議員の討論に過ぎない。国民は、官僚の脚本で喋る内閣閣僚(とそのトップ)を見ているので、政策討論のように感じているが、誤解だろう。また、野党議員がやっていることは、国家の政治を創造的に議論するのではなく、単に政治の粗探しである。

 2013年から話がややこしいくなった。それは、俳優である内閣が、官僚の人事権を握ってしまったことである。(補足2)そのために、まともな脚本をもらえなくなった内閣は、外交においてもひどい失態をすることになりそうである。今回の北朝鮮問題で、日本に対する配慮がほとんどされていないのは、外務官僚がまともに働かなかったからだろう。佐藤優氏はそのような解釈をしている(と私は感じる)。>https://www.youtube.com/watch?v=Oc0t8EgvE2I&t=157s(動画の最初の7分間)


2)国会議員の質の向上の為の二つの改革:

表記を実現するためには、以前書いたように、日本全国から政治家を選ぶ方向で選挙制度を改めることが大事である。それには、①一票の格差の完全解消と、大きな選挙区から議員を選ぶことである。国会議員は国家の政治を考えるのであるから、我が県に新幹線の駅を作るとか、大学の獣医学部を作るなどという下らないことに関わらせないことが大事である。

 その次に、国会議員に勉強をしてもらうことである。一旦官僚の支援が得られないと国会答弁がどうなるかを、田中直紀防衛大臣の時に見た通りである。(補足3)https://www.youtube.com/watch?v=3Nj8oqH7G6Q<br><br>

 
勉強は、議論を経て身についた知識になる。それは、大学の研究室のセミナーでだれもが知ることである。つまり、そのセミナーに代わる議論の場を現状行われている施政方針とそれに対する質問という形以外で、公的に作るべきだと思う。②それは与野党一緒に、官僚抜きでテーマを決めて議論し、それを電波に乗せて日本中に配信する。

例えば、チャネル桜では、3時間かけて一つのテーマを決め、七人程度の代表が総合的議論している。https://www.youtube.com/watch?v=16qNbZU3yuc&t=7189s

そこでのテーマが、広い裾野からの議論を要するために、参加した人の総合的な視点からの論理展開力や専門的知識のレベルが表に出る。国民はそれを見て、一緒に考えるとともに投票すべき国会議員を決めることができる。 
 
現在類似の場として、NHKの政治討論がある。しかし、そこでなされているのは具体的問題に対する国会答弁類似の議論であり、与野党議員の役割があらかじめ決まっており(補足4)、想像力も創造性も発揮される議論の場ではない。上記チャネル桜の議論のように、「激変する世界の真実」などの大きなテーマについて、総合的な議論をすべきである。具体的政治課題についての討論では、あらかじめ脚本がある政治劇に過ぎず、議論とは言えない。
 
それらの結果、国会議員の力は飛躍的に上昇するだろうと思う。如何でしょうか?

補足:

1)江崎鉄磨・沖縄北方担当相(当時)は、昨年8月、今後の国会答弁で間違いを避けるためとして「役所の原稿を朗読する」などと発言した。
2)官僚組織が自己完結した組織として維持されるには、組織の論理で人事が決定される必要がある。
3)質問者の佐藤正久氏は防衛大学校を出て2009年には自由民主党国防部会長をやっている。防衛問題の専門家が、素人上がりの大臣に、専門知識を問うている。つまり、この時の質疑には別の意図があったとしか思えない。
4)そこでは、犯人が内閣であり、弁護人が与党議員、検事側が野党議員が務める劇に似ている。