1)自民党の憲法草案は、不合理な点が多い。例えば、第一章天皇の第一条には、「天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」と書かれている。
 
元首とは「国民の首長。君主制では君主、共和国では大統領。国際法上、外部に対して国家を代表する。」(広辞苑、第二版)と定義される。従って、自民党草案の第一条で“天皇は、日本国の元首であり、”と、それに続く“日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく”は矛盾している。
 
英国に成文憲法が無い理由は、国王(エリザベス女王)と事実上国家元首である首相とについて、国家における役割を言語の定義を保ったまま憲法で記述することが不可能だからだろう。自民党の憲法草案では、それをやってのけたのである。
 
現在の日本国憲法第一条は、言語上問題はない。それを何故このような言葉遊びのような文章にしたいのか?それは、自民党独裁を天皇の権威を利用して、実現したいからである。つまり、大統領制や首相公選制に移行する機会を日本国から奪い、自民党総裁を日本国首相とし、実質的な元首としたいのである。
 
主権が日本国民にある政治形態は、英語のrepublicつまり共和国にあたる。Republic (語源res publica)とは一般の人々(国民)の国の意味だからである。現在、日本の政治は停滞している。このままであれば、大統領制或いは首相公選制にすべきという声が挙がる可能性がある。天皇を元首に持つと憲法に明文化すれば、その声をいざとなれば封じることが出来るのである。
 
9月には自民党総裁選が行われる。現在、安倍現総理の圧勝が予想されている。自民党総裁はほとんど自動的に首相に指名されるから、国の実質的元首を自民党員の上層部という閉鎖的なグループが選ぶことになる。このことを、我々は良く考えるべきである。この形態は、中国とほとんど同じである。中国でも、共産党の一部が共産党総書記を選び、それが全国人民代表大会(全人代;日本の国会にあたる)で国家元首に当たる国家主席となる。
 
世界史の廻り角にある現在、日本は危機的情況にある。その時、一部の自民党員のみが実権を持つ政治体制で良い筈がない。「内閣総理大臣を選ぶのは国会である」と建前を言う人が多い。それを認めても、国会議員選出の票には大きな格差が設定されている。それは、選挙権において田舎の何も考えない人たちの比重を増し、自民党独裁を守るためである。
 
2)以下は、余談である。
この国では人事を支配するのは人脈であり能力ではない。(補足1)その結果、未だに薩長政治が続いているのが実態である。そこから脱却しなければ、最終的に日本は崩壊するだろう。では一体、薩長のどのような人たちが実質的にこの国を牛耳っているのか? それについては、前の記事の余談(最後のセクション)で述べたとおりである。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43733783.html
 
日本国民一般が、この困難な情況を乗り越える為にとり得る一つの方法として、首相公選制が考えられる。それは、国民の政治への距離感を一挙に縮めることになるだろう。勿論、日本にとんでもない首相が出現する危険性が生じ、知識層に危機感が生じるだろう。それは知的階層の積極的な政治参加の切掛になる可能性がある。この停滞した政治からの脱却を図る方法は、差し当たりそれしかないだろう。
 
これまでのしがらみとか惰性からの脱却を図る方法を考えない限り、日本は今まで通り、米国CIAの企んだように自民党と野党の馴れ合いの国会を見ることになる。(補足2)官僚たちも、その殻の中の日常に慣れきっているのではないだろうか。以下に、カンフル剤注射的な改革案を羅列する。
 
首相公選制:これについては上に述べた。
道州制の採用:これは橋下徹氏の案のとおりである。国会議員の選挙区もこの道州大選挙区とする。首都遷都:東京の風土から離れてリフレッシュした方が、頭も冴えるだろう。それに多様な人材が、官僚となるだろう。首都には、北海道や沖縄が良いかもしれない。沖縄を首都にした場合、国境警備の必要性を議員や官僚は身にしみて感じるだろう。
 
将来の人材を考えた場合、教育改革も大切である。その一つ大学改革(私案)では:
大学教官を教育に専念させる。大学の卒業資格は、大学の成績と全国共通の資格試験(区分は現在の学部よりも少なくする。)の合格者に与える。その内、希望者を成績順に一定数、国立大学院に入所させる。国立大学院をエリート養成機関とし、現在の名称をそのまま用いる。博士号取得まで、一定期間有給とする。私立大学院の設置は認可制とする。大学院には実績に応じて研究資金を給付する。
 
補足:
1)東アジアでの人脈重視の根源には、家族、大家族のつながりを唯一信用できる人間関係と考える文化がある。そこには公的空間(public space)という考えは根付いていない。人権、自由、平等などの近代社会の基礎は、公的空間の存在により担保される。しかし、東アジアにはそれがないのである。最近の例では、加計学園への便宜は、安倍総理と安倍氏の遠縁にあたる加計氏との人脈で解釈する人が多いと思う。裏を取っている訳ではないが、以下のサイトを引用しておきます。
2)Tim Weiner著「Legacy of Ashes The history of the CIA」には日本人が知るべき多くの情報が掲載されている。自民党と社会党右派の両方にCIAは金をだしていた。共産勢力の増加を警戒するためだろうが、それは馴れ合いの55年体制を定着させたと思う。
1)8月16日ジュネーブで開催の国連人種差別撤廃委員会において、対日審査会合を開き(4年ぶり)旧日本軍の従軍慰安婦問題を討議した。その中で、2015年の日韓政府間合意では問題解決にならないとの見方を米国のマクドゥーガル委員(人権活動家https://en.wikipedia.org/wiki/Gay_McDougall)が示した。
 
マクドゥーガル委員は、「何故元慰安婦らの満足の行く形で日本政府が謝罪と保障が為されていないのか、理解できない」と指摘したという。また、ベルギーのボシュイ委員も「被害者目線を欠くとの指摘がある」とのべ、日韓合意を「最終的解決」とする日本政府の姿勢に疑問を投げかけた。(補足1)
 
これらに対して、最終日の17日の会合で大鷹正人日本政府代表が、「日本はお詫びと反省を表明するため、償いに取り組んできた」と反論、また「問題を次世代に引継がないことが重要だ」と述べた。人種差別撤廃委員会は、30日に日本への勧告を公表する予定だという。(補足2)(以上、中日新聞818日号朝刊123面の記事から要約)
 
2)慰安婦問題はこれまで何度も書いてきた。私の理解は、慰安所つまり売春施設の運営管理については官憲の関与はあったが、官憲及び、官憲から直接的な依頼に基づいての第三者による所謂”強制連行”はなかったというものである。慰安婦は、家族に裏切られ売却されたり、高給を目的に自らの意思で参加するなどの経緯で参加することになった人がほとんどである。(補足3)
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一部日本軍の意思に反して、犯罪的に連行されたオランダ人などもいたが、関与した者は犯罪者として処罰されている。この件、時代背景などを抜きに考えれば、非常に悲惨である。従って、国家、この場合は韓国、或いは民間ボランティアが(村山内閣時代に発案のアジア女性基金が存在する)による、何らかの支援があることは望ましいことである。(補足4)
 
しかし、この件には戦争の中での悲劇という側面は存在するが、本来事件性はない。事件性の有無は、強制連行があったかどうかで判断されるのである。この幻の事件は、最初朝日新聞の吉田清治が自著を出版し、そこに「慰安婦狩り」を捏造して書いたのが始まりである。それを、政治利用するために韓国が騒ぎ始め、それを鎮めようと考えて発表された、河野談話や2015年の安倍総理と李恩恵韓国大統領の日韓合意が裏書きしてしまったのである。その背景には日本人の曖昧に事を収めてしまう、国際的に誤解を招く「和を重視する宗教」があると思う。ただそれは、彼ら(河野洋平と安倍晋三)があまり知的でない善意の日本人と仮定した場合の話である。(補足5)
 
この幻の慰安婦強制連行事件については、良識ある韓国人にも捏造を認める人も多い。中でも「帝国の慰安婦」を書いた朴裕河韓国・世宗大学校日本文学科教授の研究は説得力がある。朴教授によると思われるブログ記事は、私が同書を読んで信憑性が高いと判断したので、和訳しブログ記事として掲載した。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.com/2017/07/blog-post_15.html
 
そこにはほとんど全ての真実が語られている。官憲による強制連行などなかったのである。時の日本軍も、朝鮮を植民地として差別し、そこの若い女性を強制連行して戦地に性奴隷として“運搬”するのなら、慰安婦などという名称:「軍への間接的応援を女性とその家族に依頼するという感覚で付けられた名称」など用いないだろう。欧米人マクドゥーガル委員やボシュイ委員には、このような繊細な言語感覚が無いだろうから、慰安婦という名称の意味は理解不能だろう。(補足6)
 
朴裕河さん以外にも、良識ある韓国系の人がボストンに居ることが最近報告されている。韓国での犯罪や違法行為を眺める立場にあった人(日韓併合条約後、朝鮮で検事の最高位にあった人)を父親に持つ人(88才で戦争末期には十分理解力があった)が、慰安婦問題の詳細について証言し、その中で「強制連行など聴いたことがない」と断言したという。それは上に掲載した米軍に捕虜になった元朝鮮出身日本兵の証言にもある通りだし、済州島で老女等から聞き取りした研究者もいる。詳細は、以下のサイトを見ていただきたい。https://www.sankei.com/west/news/180718/wst1807180005-n1.html
 
この問題については、これ以上は書きたくない。あまりにもバカバカしいからである。なお、日韓慰安婦合意についての批判は、次の記事を読んでほしい。「櫻井よしこ氏による、慰安婦問題合意(2015/12/28)は大きな外交的勝利だという愚かな評価」https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42609855.html
 
ただ、「一国の官房長官や首相が、果たしてそのような国際感覚が無いものなのか?」という反論があり得る。特に、慰安婦問題が十分認識された3年前の安倍政権のときに、どうしてあのような日韓合意がなされたのか全く理解に苦しむ人が多いだろう。それは、隣国の文化的影響下にある人達以外の共通した感覚である。
 
3)以下は余談的であり、読み飛ばして頂いても良い。
GHQが日本国を骨抜きにする計画を実行する際、何故自由党(当時)の議員達は協力的であったのか? 何故、自民党と旧社会党との協調的な政治怠慢が延々と続いたのか?それらの疑問と共に、最近、自民党議員の中にも半島出身者或いはその子孫が大勢居て、彼らが反日政策に裏から協力して居るのではないかと思う時がある。
 
そう思う切掛になったのが、石川久遠という人のブログに紹介されていた本、Legacy of Ashes The History of the CIA”(2007)とそこから引用されたある事実である。この本は、NYタイムズで20年以上もCIAを取材してきたTim Weiner記者が、膨大な資料と関係者の証言を元に、CIAが決して公表してこなかった裏の歴史を描いた本だという。日本語にも翻訳されているようだ。(文春文庫)。
 
「日本人として注目しなければならないのは、安倍晋三の祖父である岸信介が児玉誉士夫と並んで、CIAが戦後の日本政府を意のままに操作する為に採用した最も有力な工作員であると明記している部分である。」そう上記ブログには書かれている。(近々確認をするので、もしこの点に間違があれば、このブログサイトに書く予定である。;8月20日午前、本が届いたので見たところ、Part II, P133からのセクションに明確に書かれている。そこには自民党や社会党にも資金を出していたという記述もある。
 
何故、日本の政治を牛耳るひとたちのほとんどが、日本を裏切るような人たちばかりなのか?この疑問は、日本国には主に日本人が住み、統治していると考えると解けない。むしろ、現在政界やマスコミ界など、日本の中心には半島出身者が大勢居て、むしろ彼らが日本政治を支配していると考えると分かりやすい。どう考えても、この種の問題を議論するには幕末に戻る必要があるようだ。
 
明治維新は、最初倒幕というクーデターに始まり、その後近代的革命に発展したと考えている。強固だった武士階級を破壊することが、その「革命」には必須だった。その初期、幕府が実権を天皇家に渡した(大政奉還)後、孝明天皇は薩長側に反対して幕府の官僚組織を利用して政治外交を行うことを主張した。それらの障壁は、通常の感覚では超えられるものではない。
 
その障壁を乗り越えられたのは、一つには英米仏などから外圧と中国の体たらくについての知識、更に英国の指導(または干渉)などがあったこと、それに薩長下級武士という原点から物事を判断できる人が主導したからだと思う。最後の主導者の気質の違いは、話が進まない小御所会議における西郷隆盛の一言に現れている。(補足7)
 
その他、この乱世の様子は、孝明天皇をたまたま病床に伏された機会に暗殺し、長州田布施村の大男を明治天皇として身代わり即位させ、革命軍の旗頭にしたという話(噂?)などから伺い知れる。(田布施システム参照;補足8)この秘史には、急いで江戸へ遷都したことや孝明天皇の御陵が作られなかったことなどが状況証拠として存在する。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43461422.html
 
これらの大きな歴史のうねりと、和を大切にする気の小さい日本人とその文化は、どうも不釣り合いである。

その後、その極めて聡明な明治維新の元勲達が、10年程度経過した時点で当時意のままに操れる天皇から、軍の統帥権などを何故内閣に取り戻すことを怠ったのか非常に不思議である。それが半世紀後、日本国を破滅に導く関東軍の暴走や、太平洋戦争の敗戦の伏線になった可能性があるからである。
 
この一連のことは、朝鮮人たちの被差別部落村だった田布施が未だに日本を支配しているのが原因だという風に説明されると、反論出来るのだろうか。この陰謀論は、正史からは程遠い。

しかし、何故日本のマスコミのほとんどを半島系が支配するのか、何故未だに在日朝鮮半島人達が大勢日本に住むのか、何故それら外国人が生活保護を受ける権利などの日本国民しか持ちえない筈の特権を持っているのか?それらの疑問が、明治維新以降の歴史に朝鮮半島出身の日本人や子孫(つまり田布施の出身者)が深く関与しており、現在の日本もその影響下にあるという考えを用いると多くが氷解するのである。

薩長土肥という外様大名の支配していた藩が、明治維新を成し遂げて旧来の日本勢力を支配層から追い払った。そして、戦後も吉田茂、岸信介、佐藤栄作などの同じ4藩の出身者が、対米従属路線で、日本を自分たちの勢力下に置くことに成功した。その中心が長州出身者であり、朝鮮半島出身者の田布施システムが日本を支配するという陰謀論が真実を綴った日本外史ではないかと疑いたくなる。何故、近代史を日本の学校で避けてきたのか?その疑問も氷解する。
 
また、安倍総理の外国人の受け入れ法案、憲法9条の1,2項をそのままにして、自衛隊を明記するという人間の使う言葉そのものを破壊するような憲法改正案、それにあの日韓慰安婦合意、それは全て日本破壊工作なのかと言われれば、頭を抱えてしまう。日韓慰安婦合意をオバマ大統領の日本脅しの結果だと思っていた。しかし、そうではなくオバマの要望を簡単に受け入れる形での安倍総理の決断だとしたら、我々の安倍総理に対する理解は180度変えなければならない。


そう言えば、この世界史の曲がり角という重要な一年間、国会を占拠したのは安倍総理のスキャンダル:加計&森友学園疑惑であった。日本は何か大きな力で、
国会の空転など配慮せず、この問題を疑惑の中心に触れないで抑え込んだ感じである。その加計学園に、朝鮮人留学生枠がつくられているという話がある。一体、これをどう解釈するのか? https://blog.goo.ne.jp/j4goocast/e/39f4c8c8c1415c063d9368e250461d08

 
補足:
1)両委員は慰安婦問題を全く知らないで議論しているのか、韓国のロビー活動で利益のある方に加担して、このような発言をしたのか分からない。多分、専門家なら後者の方だろう。ただ、「日本政府が”広義の強制制”なる訳の分からない言葉を使って何やら言っているが、強制連行を認めている以上、被害者の利益を重視するのは当然である」は、正論である。
2)日本側委員は、河野談話や安倍総理の日韓合意が在る以上、「強制連行など無かったので、あの合意案は日本の大幅譲歩である」とは言えない。そのような発言を委員がするには、政府が新たに河野談話を否定する発言をしなければならない。それは、日本側も韓国同様、安易に事実を無視して動く国との悪評を覚悟しなければならない。結論として、慰安問題全体は、日本政府に居る獅子身中の虫の仕業である可能性がたかい。
3)その当時の時代背景を考えて、物事は判断すべきである。当時の半島は非常に貧しく、人身売買はそれほど珍しくなかったという証言がある。日本でも女性は小学校を出たとき、口減らし(食料節約)のために奉公に出るのが普通であった。
4)外交問題としては、日韓基本条約において決着している。韓国は経済協力金を受け取っており、その他の賠償要求は一切放棄している。しかし、問題を複雑にしたのは村山内閣時代のアジア女性基金(政府出資金を含む)である。ここで、日本政府は日本側の法的(外交上)責任を認めている様に見える。兎に角、何もかも滅茶苦茶であり、日本の政府はアホか日本破壊工作員で構成されているように見える。
5)17条憲法のはじめにある「和を以て貴しとなす」を宗教のように信じる日本文化を、国際問題に持ち込むのは無知の為せる技である。和のためには言葉も曲げて用いるのである。「広義の強制制」などという曖昧な言葉を外交において使用する河野洋平は、政治家失格である。しかし、それは善意の解釈かもしれない。そもそも、彼らは日本国民や日本に悪意を以てそのような合意をしたのかもしれない。
6)慰安婦は、戦闘に参加する兵士を慰安するための女性を意味する。女性が応募する際に、その女性や家族の心理的抵抗を少しでも和らげるため、そしてそれが「聖戦」を戦う兵士のエネルギーになるのだという意味をもたせて作った言葉だろう。
7)「短刀一本あれば片が付く」とドスの効いた薩摩弁で言ったのだろう。つまり、会議に参加している岩倉具視に、大物諸侯であっても反対者は切れと、諸侯に聞こえるように言ったという。出席者は有栖川親王、岩倉具視、松平春嶽、山内容堂、島津忠義、尾張徳川など大物諸侯であった。その他、江戸での薩摩藩士、京都での長州藩士などのテロ行為は、まともな神経では出来ることではない。
8)田布施システムの出発点に、豊臣秀吉が朝鮮半島から連れ帰った陶工などの朝鮮人達が存在するという説が有力らしい。人の寿命60年の4-5倍だけ過去に遡った出来事の影響は、被差別村なら十分残りうる。http://rapt-neo.com/?p=16811
昨日は平成最後の終戦記念日であった。先の大戦(戦闘)が終わって70年(講和条約から67年あまり)経つ。多大の被害と犠牲者を出したが、そこから我々の国日本は十分学んでいるだろうか。そのことについて少し書く。
 
1)「815日の終戦記念日とは何があった日なのか」について、評論家佐藤健志氏のラジオ放送「おはよう寺ちゃん活動中815日」で解説している。https://www.youtube.com/watch?v=N1l3sHcL8Qc そこで佐藤氏は1945年8月15日は実は先の大戦が終わった日ではないと指摘する。
 
つまり、戦争が正式に終わった日、つまりサンフランシスコ講和条約が署名されたのは、195248日であり、発効した日が同年428日である。また、戦闘の終わりが確定した日がミズーリ号上で降伏文書に署名した194592日、また、降伏の意思を連合国に伝えたのは、1945814日であった。
 
815日は天皇がポツダム宣言受諾した旨を国民に通知した日であり、国際的には対日本戦勝の日としている国は殆ど無い。連合国では、女王の居る英国のみである。因みに、韓国や北朝鮮は光復節として、815日を独立回復の日としているが、それらの国々は日本の対戦国ではない。
 
佐藤氏は、あの戦争から得るべき最大の教訓は、「国際戦略を考える場合、自国の都合や価値感を考慮に入れるだけではいけない。相手方の考え方も知る(相手側の視点に立つ)ことが、戦争などのときに勝利を得るには必須であると理解すること(内容の要約)」と話す。

そして、「天皇陛下の終戦の勅で戦争が終わったという印象を、国民に与えることに最後までこだわるようでは、あの戦争から教訓を得ることは無理だろう」と言う。つまり、歴史の歯車を回す資格や能力は、日本政府にも天皇にもなかったのであり、何らかの教訓を得るとしてもそれを受け入れることが前提となるのである。
 
勿論、当時国体護持(天皇制を守ること)にこだわり、一億玉砕や本土決戦などを唱えた人たちがかなり居たことを考えると、10年間位は8月15日を戦争が終わった日とすることも良かったかもしれない。しかし一定期間後に、それを戦争全体の考察を通して、最も相応しい日に変更する柔軟性が日本にないのが、日本の最大の欠点だろう。ましてや、戦争全体のレビューなど国家の視野の端にも無いとしたら、何をか言わんやである。
 
2)一昨日書いたブログにおいて、先の戦争を大東亜戦争と呼ぶことに拘る人たちが作った番組:「【討論】もし大東亜戦争の開戦が無かったら?」[チャネル桜H30/8/11]で展開された戦争に関する評価を批判した。中でも、出席者の小堀桂一郎(東大名誉教授)、髙山正之(元産経新聞)、田中英道(東北大名誉教授)らは、「実は、大東亜戦争に負けていないのだ」という主張を展開した。https://www.youtube.com/watch?v=mZ0_wOxSUyY
 
その根拠は、大東亜共栄圏構想で描いたように、戦後続々と東南アジア諸国は欧米の植民地という立場から脱却することに成功したことである。勿論、それは事実であるが、日本が世界に誇るべきことではないし、世界の正史に日本の業績として殊更強調されることでもない。
 
また、そこで引用されたマレーシアのマハティール首相の「もし日本なかりせば」という言葉は、彼の支配するマレーシアは、日本の友邦であることの証明であるが、それは第三国との外交の基本を決定する要素ではない。http://www.carlos.sakura.ne.jp/essay-j/mahathir-jp.html(補足1)
 
昨夜、NHKでノモンハン事件に関する放送があった。その放送で指摘されたように、関東軍のソ連軍に関する甘い把握と暴走、そして参謀本部にそれを止める能力がなかったことが、大敗の原因である。同様のことが、半島一利著の「ノモンハンの夏」にも書かれている。(補足2)
 
参謀本部から関東軍に人を派遣しても、互いの情報から一つのより高度な作戦に止揚するという意思など双方に無い。そのような思考回路そのものが、日本文化にはないのだろう。その日本文化の欠点は、別の表現を用いれば、思考の過程で抵抗なく他人の視点に立つということが出来ないことである。上記佐藤健志氏が指摘したことである。
 
これらを比較すれば分かるように、現在の日本も当時の日本とほとんど変わっていない。つまり、日本はほとんど昭和の戦争から何も学んでいない。自国の都合と価値観に拘る言論界の重鎮達の姿は、客観的視点に欠けた関東軍の参謀などの姿と重なる。(補足3)
 
3)この日本文化の弱点は、換言すれば、“日本人は、自分の言葉は自分自身であるという感覚を持っている”ということだと思う。(補足4)それは、所謂“言霊文化”を一つの角度から見た記述である。その結果、日本人は自分の意見に最後まで拘るか、完全に撤回して沈黙するかのどちらかしか知らないのである。
 
日本人が数人集まったとしても同様である。一つの意見にまとまるとしても、それは数人の誰かの意見であり、議論による考え方の成長など生じない場合がほとんどである。日本に“討論”があったとしても、それは個の意見を集め精査し止揚して、真理へ向け集団で努力するのではなく、言葉で勝ち負けを競う論争でしかない。従って、討論番組と言いながら、番組が成立するように同じような意見の持ち主を集めて開く場合が多い。
 
日本文化における自己とは何か? おもて(表面)に現れる像(その一つが自分の言葉である)以外に自分が存在しない。言葉や外見、そして、学歴や職歴以外に、確固とした自分(内なる自分)が存在しないのである。従って、他人の視点で自分を見ると、自分が常々意識している醜い姿や弱い姿が映る可能性が高い。その像を対象としてみる余裕がないので、直ちにその像を抹殺し、その(他人の)視点を放棄するのである。それは陸軍大学校軍刀組の辻少佐(補足3参照)も同様ではないのか?
 
自分が自立した生命体なら、自分の命と生活を第一に考える。他人にどの様に写ろうと、たとえ殺人鬼と写ろうとも、その第一にゆらぎがないのが本来の生命体である。その自己(自分)のままであれば、他人の非難や中傷も、単なる一つの自分に対する表現であるとして、冷静に受け止める事が可能である。そして、他人の言葉は、その言葉の主とは区別して考えることも出来る。それが言葉をコミュニケーションの道具として用いる条件である。
 
敢えて繰り返す。自立した個が形成する社会においては、自分の主張(言葉)は自分自身ではない。言葉はコミュニケーションの道具であり、魂を持つ訳ではない。従って、議論の結果、目の前の他人の言葉を取り入れて自分の言葉とすることも可能である。日本の言霊文化の下では、自己主張の言葉を発したのち、他人の言葉を受け入れることは、自己消滅となってしまう。(補足5)
 
国際社会は個の自立を前提とした「野生の原理」で動いている。昨日有用だと引用した記事“日本の国益を無視した白色人種への憎しみ/髙山正之の限界”の中で、筆者は以下のように書いている。
 
日本人にとって大切なのは、日本の国益であって、アジア諸国の利益ではない。極端な言い方をすれば、日本人にとって有利なら、帝国主義者の西歐白人と提携し、アジア人を踏みつけたって構わない。血も涙もない仕打ちだが、国際政治は冷酷非情の原理で動いているのだ。(補足6)
 
その思想の下でしか、リアリズムは存在しない。真の保守主義も存在しないと思う。日本がどのようなことをしたかという世界史の上での評価が大事なのではない。日本が存続し繁栄することが大事なのである。アイヴァン・モリスというアイルランド出身の人が書いた「高貴なる敗北—日本史の悲劇の英雄たち」という本が上記チャネル桜の討論番組の中で話題に上がっていた。高貴なる敗北とか、高貴なる死滅などは、suicide bomber を賛美する言葉であり、ある意味非常にふざけた題名である。


しかし、その番組では高く評価していた。異論は何も出ない。最後に、あのような本は日本人が書くべきだったという始末。救いがたい。
 
 
補足:
1)非常に参考になる文章が、以下のサイトに書かれている。http://www.carlos.sakura.ne.jp/essay-j/mahathir-jp.html
英語の諺:繁栄は友人を作り、逆境は友人を試す。(Prosperity makes friends, adversity tries them.)を引用して、日本の友人マハティールを紹介している。そして、彼の東アジア経済協議体構想を事も無げに無視した、日本の政治(外務大臣、河野洋平)のレベルの低さを、戦後政治の問題の核心として指摘している。
2)戦後、ソ連の損害は日本の損害以上であるというデータが明らかになった。しかし、戦争は白旗を揚げた方が負けである。時間が経った今、「実はノモンハンでは日本は負けていなかった」という話をする人まで現れている。これも上記三人の大東亜戦争に関する間違った評価の図式と良く似ている。
3)半島一利著「ノモンハンの夏」第二章。「満ソ国境紛争処理要項」を起案推敲した辻政信参謀(陸軍大学校の軍刀組)は、事件の「前後を通じて、当時の関東軍の司令部程上下一体、水入らずの人的関係はかつて無かった」と言ったという。秀才にも、頭は切れるが総合的視点に欠ける人間も大勢いるだろう。グループの内部で議論があれば、その感覚の異常さを見つけることができる。個人評価をしないのが日本病の重要な特徴であるが、それは機能的組織の中でさえ議論がないことが原因だろう。その辻政信は幾つもの失敗の責任をとるでもなく、戦後は国会議員になった。その後、自分から国際紛争に惹かれて飛び込んだようである。魚住昭「日本陸軍の腐ったリンゴ~悪魔のエリート参謀・辻政信はいかにして軍を懐柔したのか」(ウィキペディアの記事も参考になる)。
4)言葉と人格が一致するのは、キリスト教の神のみである。(新約聖書、ヨハネによる福音書の冒頭)
5)イジメへの加担など日本独特の多くの現象が、このモデルで説明可能となる。日本においては、ある社会に実力者が現れたときに、独裁に向かう可能性が高い。イジメも独裁も同じ現象である。
6)念の為補足する。マハティールもアジアの為に日本が犠牲になることを要求していない。彼のLook East政策は、東アジアの中で生き残りのチャンスを探るのが、日本にとって大きな利益をもたらすというサジェスチョンだろう。https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/malaysia/toho.html