人は可塑的であり、その土地の文化により育てられて、人間となる。人の着る布の材料や品質、そしてデザインなどは、その国の文化の一表現であるように、人間の行動には生身の生物としての部分と、それを修飾する着物の部分がある。社会での行動は、その後者の着物の部分であり、その地方、その国によって大きく変化する。
 
1)サウジアラビア政府によると思われる、同国の政治記者の在トルコ領事館での殺人事件は、事件そのものも異常だが伝えられる殺し方も残酷である。生きたままテーブルの上で切断されたという。https://www.fnn.jp/posts/00403389CX
 
日本では想像できないこの種の残酷な政治的殺害で思い出すのは、北朝鮮での張成沢などの殺害である。http://news.livedoor.com/article/detail/13662935/
同じ人間のすることかと思う。しかし、そのような行動とそのパターンは、動物としての人の遺伝子に直接書かれていることではないだろう。
 
人間は社会的動物であり、それを維持する機能として“相手の立場に立つ”能力を持つ。更に、他の動物よりも想像力があるため、普通は残酷な殺害は好まない。ただ、その想像力や社会的能力は、憎しみという他の動物にない感情とともに存在する。従って、敵対する相手に対する殺害の方法は、他の動物よりも残酷になり得る。(補足1)
 
殺し方だけではない。例えば、女性の西欧社交界における大胆な服装や、アラブ社会での顔を完全に隠した服装なども、社会の主役であった男性が、古い時代より性欲とどう戦ったかという文化を表している。
 
西欧では、貴族や騎士道などの文化が創られ、それらは性欲に惑わされることを蔑む文化であり、大胆な服装はそれを反映している。一方、アラブ社会は専制政治の下、そのような文化は育たず、荒れ狂う性欲から女性を庇う方法は、見せないことであるという上からの司令(宗教的司令)が、そのまま女性の服装に反映したと考えられる。(補足2)
 
つまり、アラブでは専制的な支配が、西欧では貴族による封建的支配が、女性の服装という文化の一側面にあらわれたと見るべきである。(補足3)ただ、どちらも同様に戦っていたことは確かであり、動物としての人を見た場合、アラブの男性の方が性欲に支配され易いと言うことは出来ないだろう。
 
この西欧の進んだ(sophisticated) 文化は、貴族階級の存在とその社会(貴族階層に生じた社会)が生み出したと思う。独裁国では、文化の担い手は大衆であり、その環境下では今日の科学技術も、それに裏付けされた文化も誕生しない。なぜなら、科学は自然哲学であり、哲学は対話により可能となるからである。(補足4)哲学は開放系であり、そこに多くの人間が関与する手法を取るからである。
 
同じことを独裁者が考えても、哲学は作れない。創れるのは、宗教である。宗教は哲学とは対照的に閉じた系であり、堕落するのみである。社会主義独裁の国家が堕落するのは、当然の結末である。(補足5)
 
2)作日の中日新聞朝刊35面に埼玉県で刺された老夫婦の記事が掲載されていた。男性は特にひどく切りつけられ、死亡した。その犯人として逮捕されたのが、孫の中学三年の少年である。同居していたわけではないのだが、老夫婦は同じマンションに住む関係で幼い頃から可愛がっていたという。
 
何があったか現在のところ十分報道されていないが、気の毒な老夫婦である。それまで、その少年に注いだ愛情の報いが、短絡的な何かへの怒りとそれによる祖父の刺殺だったとは。そのような事件の記事を見るごとに考えるのは、肉親の愛情も水も、上から下に流れるということである。愛情は常に親から子供に注がれる。老人から孫に注がれる。しかし、逆流はしないということである。
 
親族の愛情は、子供を育てるという生き物の遺伝子が由来だろう。生物には、子が親の面倒をみるという遺伝子はないのである。一方、子が親に対して持つ愛情は、人間の文化による支配がほとんどだろう。つまり、artificial (文化的)な愛情である。人間特有のこの愛は、山を登るような愛である。一方、歌謡曲などで歌われる男女の愛は、ポテンシャルの底に落ちるような愛であり、動物などにも共通している自然(nature)としての愛である。
 
この人間に特有の愛については、哲学者Erich Frommの「The art of loving」(日本語訳、「愛するということ」)に議論されている。このartartificial (「人工の」と訳される)の語幹のartと同じであり、artの対義語がnature(自然)であることを知って、初めてartの意味が理解できる。artを芸術と訳するが、その本来の意味を知る人は少ない。日本語訳では、上記表題を直訳できないのは、いうまでもない。
 
人間特有の文化的愛情は、社会の構造などの変化で大きく変わる。現在の肉親間の関係も、貧しい時代の親子関係などから大きく変わった。その極端な例として、上記事件などを、我々は毎日見ている。
 
現在と近い将来、高度に発達した資本主義社会と、その中で生じた大衆文化は、どのような人間を育てるのだろうか。そのような視点にたって、教育から今後の政治経済システムまで考える必要があるのではないだろうか。
 
補足:
1)大昔の日本でも、似たようなことがおこなわれていただろう。ただ、大和朝廷誕生の時の出雲の国譲伝説や、明治の革命時での江戸無血開城など、日本の文化の下では、穏便にことを済まそうとする傾向が強い。それは、同じ土地で生きることを優先した結果であり、仲間意識が残っていたからである。
 
2)この問題から目をそらしたり、意図的に軽視しては、本質的議論はできない。例えば、プラトンの国家では、ソクラテスに対するケパロスの「老齢になり性欲の衰えとともに、談論の喜びが増してくる」という話に始まり、その話が「正義」の議論の口火となっている。(私はこの本をほとんど読んでいないので、なんとか読み通したいとおもっている。)
 
3)紳士は性欲なんかに支配されないという文化が、あのような女性の大胆な服装を作ったのだろう。しかし、その裏の仕掛けや暗黒部分はしっかり存在していた筈である。この問題で非常に興味深いのは、日本の吉原である。そこでの花魁の格の高さは、どのようにして生じ、どのような意味をもっていたのか?
 
4)独裁国では、結局トップは一人である。文化の担い手は大衆であり、今日の科学技術に裏付けされた文化は誕生しない。なぜなら、科学は自然哲学であり、哲学は貴族階級的な人たちの対話により産み育てられたからである。つまり、哲学は「文化」を開放系にして、そこに多くの知的人間が関与する手法を取るからである。同じことを独裁者が考えても、哲学は作れない。創れるのは、宗教である。宗教は閉じた系であり、堕落するのみである。
 
5)東アジアに社会主義国家が根強く残るのは、封建時代を持たなかったからだとどこかで見聞きしたことがある。対話つまり議論の習慣の無い文化圏では独裁政治が蔓延りやすい。日本では、議論と口論と喧嘩の区別が今ひとつされていないのが、心配である。日本の議論のない政治の世界は、ほとんどヤクザの世界である。
 

昨日の「マット安川のズバリ勝負」のyoutube公開動画を視聴しての感想。ゲスト解説者の潮匡人氏の核武装論や日露平和条約に対する考え方がさっぱり理解不能である。https://www.youtube.com/watch?v=SvrWPQHOwkQ

 
 
この潮氏は、日本の評論家などによる核武装論を、「自分は軍事の専門家だが、そのプロセスや国際的影響などを考えれば、非現実的である」と元自衛官の経歴を武器にして、葬っている。どこが非現実的なのかという具体例は一切あげていない。更に、核兵器を超える能力をもつ戦略兵器が開発されている今、長期計画で核武装を考えるのは馬鹿げているという始末。
 
どんな兵器かというと、極超音速飛翔体というのをあげている。その飛翔体がマッハ5で飛んだとしても、衝撃波はすごいかもしれないが、核兵器ほどの破壊能力はないだろう。何を積む兵器なのか?やはり、迎撃不可能な核兵器と違うのか? そこで以下のようなコメントを書いた。
 
コメント1:(17分)潮氏は、100年後の核兵器より強力な兵器の原理として、一体何を想定しているのか? 極超音速飛翔体のどこにそのような能力があるのか? いい加減なことを言うな。専門家ズラするな。
 
更に、ロシアとの平和条約交渉に関連して、戦後日本の伝統となっている「米国の犬的対応」をすべきだと言っている。この人は、平和条約の意味を知らないのではないのか?第二次大戦のとき、如何にソ連がひどいことをしたかは、プーチンも良くわかっているだろう。しかし、ロシアはソ連ではない。また、戦争で負けたのは日本であり、ソ連ではない。更に、現在軍事的に圧倒的に強いのは、ロシアであり日本ではない。
 
平和条約は、戦争に最終的なピリオドを打ち、未来志向の関係に入ろうという重要な条約だと、素人ながら、私は理解している。賠償金の要求も今後しないという約束も、日ソ共同宣言の時のようにしてもらわないと困る。さっさと歯舞色丹を返してもらい、日ソ平和条約を締結しようとした時、ダメを出したのはダレスかだれかではなかったのか。第一、サンフランシスコ講和条約で日本は択捉国後を放棄していることを忘れてもらってはこまる。
 
そこで以下のようなコメントを書いた。
 
コメント2:国後択捉は我が国の固有の領土という宣伝は、米国と戦後米国の犬状態の自民党政府が作ったもの。鈴木宗男氏の国会質問関連の衆議院資料(平成18年)を見れば、国会において吉田茂総理と西村条約局長は、国後択捉はサンフランシスコ講和条約で放棄した千島に入ると答弁している。(平成十八年二月十五日提出質問第七三号)そんなことも知らないで、或いは隠して、この問題を議論するなと言いたい、何が玄人だ
 
このような人が電波でいい加減なことを喋ると、まともな意見がかき消されてしまう。確かに、核武装論は非現実的な印象はある。しかし、米国の核兵器を共有するというNATOと同様の国防政策は可能かもしれない。それを門前払いするのは非常におかしい。石破だって言っていたではないのか。
 
日露の新しい関係は、米国のアジアにおける存在感がなくなる将来を考えると、なんとか実現すべきである。この人は、そのようなことも何もかんがえていないのだろう。中国が東アジアの覇権国になる可能性が非常に高い。
 
そして、核保持の統一朝鮮が中国の番頭のような顔をして、慰安婦だとか、徴用工だとか、植民地支配とか持ち出して、永遠に日本をいじめる可能性もある。そこでまともな独立国になれるかどうかは、広い視野で日本の未来を考える必要がある。その一つが日露関係である。あなたは反日分子ですか?潮氏にそう聞きたい。
1)先進国の大企業は、発展途上国に工場を移転して、安価に物を作って売りさばくことで、世界シェアの拡大を考える。しかし、元の国では雇用の喪失と安価な品物の輸入によりデフレが進行する。その発展途上国は、先進国の資本を受け入れ、その技術やノーハウを吸収し、自前の製造業も起こして、経済発展する。 
 
その途上国も元の先進国も市場となるので、先進国の大企業は市場を大きくし、且つ、自身を巨大化して世界市場で有利に戦うことが出来る。その結果、国際的資本家は利益を拡大出来るのである。この様な資本進出を途上国の新しい植民地支配と見る人もいる。(補足1) 
 
以上が経済のグローバル化とその結果に対する私の理解である。この経済システムを企業資本家から取り上げようと戦っているのが、トランプ大統領である。一方、そのやり方は、これまで作られてきた世界経済の慣習を破壊するので、これまで通り自由貿易を守ろうと主張して世界を飛び回っているのが、日本の安倍総理である。日本では日米首脳は仲が良いと報道されているが、実際のところはさっぱりわからない。「仲がよい」というふざけた表現は、日本の報道のレベルを表している。兎に角残念ながら、明らかにトランプ大統領の方が、先をみて行動しているだろう。 
 
自由貿易といえどもルールがあり、それを守ることが前提である。社会を作って生きる人間の自由は、ルールを守る自己規制があっての話である。世界をルールが支配する体制にするには、世界に通じる権威とそれを支える権力が必要である。米国が抜けた世界に、そのようなものは望むべくもない。
 
安倍総理は何を考えているのだろうか。最も権力のない国のトップが、掛け声だけでルールの支配する世界が出来るとでも思っているのだろうか。 
 
2)NHKスペシャル:資本主義の未来(10月14日午後9:00放送) 
 
10月14日夜のNHKの午後9時からのNHKスペシャルで、世界の債務残高が増加して、資本主義経済が破滅の道に入っているという趣旨の話があった。その根拠として番組の最初に出された情報が、世界の債務残高は164兆ドル(1京8000兆円)と巨大化しており、世界のGDPの2倍以上にも達しているという話である。(補足2) 
 
NHKの番組でも紹介されたように、資本主義の基本パターンは、借金をしてそれを投資に回して新規産業を創出するなど、経済成長をするという図である。従って、債務残高があるということは問題ではない。因みに、債務残高は貸借対照表の右側にある値のうち、純資産を差し引いた値と考えられるが、それは通常貸借対照表の左側に書かれている資産に変化している。問題があるとすれば、その資産が不良資産の場合、あるいは別の表現で、純資産がゼロまたはマイナスの場合である。 
 
日本のサラリーマンの財布を例に説明すれば、銀行にローン(債務)があってもそれに相当する住宅(資産)がしっかりと資産価値を持っていれば、その借金は別に問題にはならない。債務残高が増加したと言って騒ぐのは、債務の中身の分析がなければ、ほとんど空騒ぎにすぎない。そのような解説は、上記債務の急上昇に関してほとんどなかった。NHKの制作部門は解っているのだろうか?(補足3) 
 
兎に角、この急激な債務の増加の一つの原因は、経済のグローバル化により、発展途上国におけるインフラ投資や先進国企業の安い労働力を目的とした工場移転などの資本投下である。そしてもう一つは、その結果先進国経済に空洞化が起こり、各国が景気回復の為に金融緩和策をとったことである。この10年間での急激な債務増加は、後者がメインだろう。 
 
もしもその資本投下が、発展途上国政府の杜撰な計画に基づくインフラ投資なら、更に、その投資が途中で不正に抜き取られるようなことがあるとしたら、その国の経済は発展しない。その場合の投資は、不良債権化するだろう。また、途上国への企業進出を埋めるだけの新規産業が先進国に起こらないで、且つ、その企業が従来の先進国の需要に頼るのなら、先進諸国がデフレ不況になるのは当然である。 
 
その「もしも」が現実化した結果、先進諸国はデフレになり、その克服のために、大幅な金融緩和が行われたのだ。しかし、金融緩和したから新規産業がおこるという様な簡単な話ではない。その金は、新規投資ではなく不動産や株式などへの投資に向かう可能性が高い。それら不動産や株式の価値が上がったとき、その上昇理由が主として貨幣価値の低下であると気づいた時、バブル崩壊となり金融危機の再来となると思う。 
 
この恐ろしいシナリオは、貿易戦争や中東などでの実際の戦争を切っ掛けに起こり得ると思う。急激な物価上昇が起こり、国債や債券の値下がりから、金融機関の債務超過という連鎖反応がおこるだろう。日本銀行は主なる資産として日本国債をもっているので、我が国でも金融危機につながる可能性がある。
 
3)資本主義の行き詰まりなのか?  
 
NHKの番組では、資本主義の未来という副題がついていたが、その副題についての話はあまりなかった。つまり、従来型のグローバル化した資本主義が成立しないというネガティブな話に終始した。 
 
先進国は、その住民たちに十分な生活を保障できるほどの供給力を付けている。それなら、無理に資源枯渇までの時間を短縮するように、途上国へ資本主義経済システムを輸出するのは、愚かなことである。そのシナリオでは、先進国住民には今後大きな損害しか無い。先進国は、途上国に資本介入するのではなく、途上国独自の歴史的発展過程を見守るだけで良い筈である。 
 
つまり、それがトランプ大統領の考えだろうし、それを支持する馬渕睦夫氏らの主張ではないだろうか。つまり、発展途上国を植民地化しているのは、先進国の一部の資本家であり、先進国の住民ではない。そして、深刻な貧富の差が生じて、国内が二つの層に分断されている。(補足1参照)彼ら資本家から、先進国住民は政治的実権を取り戻すべきときなのだ。トランプが大統領に当選したのは、その国内の分断線の下側に大多数の国民がいることに米国民は気付いたことが理由である。 
 
つまり、それ(政治的実権を大多数の国民側に取り戻すこと)が資本主義の未来という意味の筈である。NHKは、それが資本主義者の日本政府自民党政権が恐ろしくて言えなかったのだろう。国民から視聴料をもらって経営しているのだから、それをはっきりいう義務があるのではないのか。NHKは国民から視聴料を取らずに、その経営費用を政府予算として認めてもらうべきだ。 
 
(19日午前6:30編集)
 
補足: 
 
1)昔の植民地化の時代では、先進国の住民は兵士として対象国に出て命をかけて戦った。今回の植民地化では、先進国住民はデフレ不況で貧困化する。一方の資本家は、自分をトップとして、それに協力する芸能人やスポーツ選手、更に投資家を新しい貴族階級とする。何れにしても悲惨なのは、下層の住民である。先進国政府は住民の本来の意図に沿って活動していないが、その国家を民主的に維持しなければならない。それに協力しているのが、上記芸能人やスポーツ選手、それにテレビなどのメディアである。国際資本家は頭が良いのである。(西部邁さんが好きだったオルテガや、ニーチェは、大衆は馬鹿だといえる正直者だった。) 
 
2)ここで言う債務残高は、世界中の国家(つまり政府)の債務残高の合計ではない。世界中の国家など公共団体、民間団体(企業等)、個人などの債務の合計である。一般の人は、164兆ドルつまり1京8000兆円の債務のうち、日本の債務として1200兆円だけ入っていると思ったのではないだろうか。 
 
この急激に債務が膨張している問題の指摘は、経済ジャーナル“ダイヤモンドオンライン”でもこの問題が7月19付け記事で指摘されている。そこでは、2017年末のデータとして債務残高が174兆ドルとなっている。NHKのデータが何年末のものかわからないが、何れにしても恐ろしい数字ではある。 
 
その記事の出だしを再録する。
「グローバル債務残高」が膨張を見せている。これは先進国と新興国の政府部門、企業部門、家計部門の借金を国際決済銀行(BIS)が集計したものだ。世界金融危機前の2007年末は110兆ドルだったが、17年末はそこから58%も増えて174兆ドルに達した。https://diamond.jp/articles/-/175050
 
3)債務残高が非常に多くなっていることが、本当に深刻かどうかは数字ではわからない。例えば、日本を代表する優良企業であるソフトバンクの債務残高(純資産額を除いた負債)は、売り上げの2.7倍であることを考えれば分かる。http://www.ullet.com/9984.html