1)国政の役割:国民が主人公の政治
国家の政治の重要な役割は、すべての国民に対し平等に自由と福祉を提供することだろう。そのために、国民や法人(会社等人の集まり)が出来るだけ健全且つ自由に活動できるよう、法的及び物理的システム、外交等国際的インフラなどを整備し提供することである。
 
その一方、それらの能力等個別の原因での幸不幸や栄枯盛衰は、原則としては自己の責任で解決されるべきである。しかし、国民全体が適切と考える様な場合、支援を行う法的システムが必要である。この場合、現在及び将来における国民全体の利益を視野におき、平等原則を維持する法的担保がなければならない。(補足1)
 
それらの目的のために、日本国民以外の住民や法人にも、一定の配慮がなされるべきである。しかし、あくまでも自然人である日本国民の安全と福祉が政治の目的であるので、本末転倒があってはならない。しかし、日本の戦後政治を見ると、本末転倒的な政治が横行している。つまり、訳の分からない法人や外国人への配慮が、国民の現在及び将来の福祉を害する可能性に対して無配慮&無関係になされている。
 
たとえば、報道等によると日本国内で日本国政府の私学助成金を受けながら、反日教育が行われている。http://www.afpbb.com/articles/-/3150103 また、日本国民でも無い人に、日本の生活保護制度が適用されている。日本国民は、生活保護の受給を恥として避ける傾向が強いが、外国人はその様な考えを持たないので、生活保護制度では外国人を優先しているのが実態だろう。
 
このようなことが何故起こりえるのか?
それは日本にはまともな政治が無いからである。その原因は、日本には市民革命もなく、本物の民主主義も成立したことが無いからだと思う。その点では、法治の原則が分かっていない隣国とほとんど変わらない。西欧製の市民革命や民主主義を、英国や米国の指導で演じたものの、その意味を未だに理解していないのだと思う。
 
2)明治維新は日本の市民革命ではない:
明治維新は、市民革命的であるが、その真実は英国の対日工作であった可能性が高い。このことは既に何度か書いたが一つだけ下に引用する。原田伊織著「明治維新という過ち」などを材料に書いた記事である。
 
日本の歴史教科書は、坂本龍馬という人物を薩長同盟の立役者のように描く。そして、薩長同盟が日本の明治史の重大事のように書かれている。しかし、香港の英国商社の代理人だった坂本龍馬が、英国本国からの司令により動いただけかもしれないのだ。つまり、日本の市民革命的な出来事は英国からの輸入品である可能性がたかい。
 
昨日の記事で、以下のように書いた:

 

「中世の専制主義国家から共和制的国家が生じたとしても、人々の政治姿勢が個人主義にまで成長しなければ、それは本物の民主主義国家でも共和制国家でもない。その上、それは常に全体主義的色彩を帯びる危険性がある。」
 
明治の政変は、薩摩と長州が彼らの下級武士と京都の下級貴族を使って、更に、天皇という権威を捏造して、江戸の徳川幕府を倒したと解釈できる。そして、その際利用した天皇を重視する姿勢から逃れられなくなって、明治憲法に「天皇は陸海軍を統帥する」や、「内閣は天皇を輔弼するという」という条文を書き込むことになったのである。
 
それらの条文が、何百万人という自国民を死に追い込むことになる昭和の大戦に繋がったのである。陸軍の暴走とかいわれている事態は、まさに天皇の統帥権により生じたというのが定説である。日本政府が学校教育から近代史を排除しているのは、そして、あの戦争が総括できないでいるのは、未だに明治の倒幕勢力が日本政府を牛耳っているからである。
 
3)戦後政治は本物の民主政治ではない:
日本では、本物の民主主義など成立したことがない。戦後政治における日本の民主主義は、米国製の日本国憲法の制定から始まる。それは、国連憲章(前文)やパリ不戦条約(9条)から抜き出した理想主義の憲法だといわれる。例えば:http://peace.arrow.jp/tsc/131027/wake.pdf 占領政策、つまり日本の骨抜き遂行のための憲法である。
 
その理想主義憲法は、本物の民主主義の成立を妨害する野党勢力の誕生と、彼らの国会進出を助けた。更に占領軍は、現実的視点で将来の日本のリーダーとなりそうな人物を公職追放した。また、米国政界も赤色に汚染していたことが原因なのかもしれないが、占領軍は日本において社会主義政党を育成したのである。
 
その占領軍の政策のために成長した日本社会党に、政権を乗っ取られることを恐れた日本の現実主義政党である自由党(吉田茂、緒方竹虎;官僚派)と日本民主党(鳩山一郎、三木武吉、河野一郎、岸信介;党人派)は、保守合同で自由主義経済体制を守った。(55年体制)
 
この様な背景で、本来議論すべき二つの現実的政党である日本民主党と自由党が合併したため、まともな論争が国会から消えたのではないだろうか。日本国の政党であるものの、社会主義国からの司令で動く日本社会党と、現実主義政党とでは議論など成立する筈が無い。(補足2)それにより、議論のない政治が日本に定着し、無能な田舎者議員が永田町に多くなった。現在でも、USBという基本単語すら知らない大臣がいるというから驚きである。https://dot.asahi.com/wa/2018112400007.html
 
米国の赤狩りが一段落したのち、本来なら日本でもそれが行われ、自由民主党が本来の保守党と日本民主党に分裂し、議論する政治に回帰すべきであったと筆者は思う。

 

その後自民党の主力は、上記官僚派の吉田学校の卒業生が担う。そして、官僚的政治、つまり自己保身を優先して厳しい道を選択しない政治に終始することになった。その結果が、最初に紹介した様に、金日成や金正日の額を教室の前面に掲げ、生徒達を反日教育する学校に対して、私学助成金を与える日本の姿である。
 
4)日本政治の幼児性:
岸信介の不平等条約の改定後、官僚派の池田勇人や佐藤栄作が日本の政治を担当した。池田内閣は新生日本が幼児少年の段階から青年の段階に至るべきときに、米国依存のエコノミック・アニマルを目指した。それ以来、日本がまともな国に成長することが不可能となったのかもしれない。(池田内閣、19607月—19647月)
 
片岡哲哉という人が核武装なき憲法改正は日本を滅ぼすという本を書いた。その中に、キューバ危機などを経由して冷戦の中にあったとき、米国のニクソン大統領が佐藤栄作首相に日本の独自核武装を勧めたという記述がある。
 
上記ブログ記事から一節を抜粋する。
1972年1月、訪米した佐藤総理に対して、ニクソンはアジアでの日本の軍事的役割の拡大を主張したが、佐藤総理は「日本の国会と国民の圧倒的多数は、核兵器に反対している」と反論した。これは、ソ連と中国の脅威に対して、日本はアメリカと共に戦う意思はないと表明したことになる。しかし、日本は日米安保条約をあてにしないわけではない。日本は、この子供の論理から戦後四半世紀経っても抜けていないし、抜ける努力もなされていないと最高指導者は言ったのである。
 
この閉塞状況から抜け出す事を目指したのが、自民党元幹事長の小沢一郎である。小沢一郎は「日本改造計画」という本を出版し、そこで民主主義が有効に機能するためには、個人主義的文化の定着する必要性があることを強調した。(補足3)更に、政権交代が可能な選挙制度として、小選挙区制を導入することになった。しかし、政治改革につながっていないのは、上記民族主義的全体主義の亜型である衆愚的地域主義が明治以降の日本政治に巣食っているからである。

 

以上、この数年に学んだ知識から、日本の政治の姿を書いた。玄人の方のコメントをいただければと思う。筆者は国民の一人として、現在の安倍政権を今までの政権と違って一定の評価をしている。ただし、新移民法には反対である。
 
補足:
 
1)日航機ハイジャック事件のとき、時の福田赳夫首相は「(人質の)人命は地球よりも重い」と訳の分からないことを理由に、テロリストに巨額の活動資金と引き換えに人質解放を行った。これが大蔵事務次官上がりの政治家の典型だろう。外国人に国民栄誉賞を与えたり、隣国の宗教家を何も知らないくせに賛美したりで、人格下劣を極めても、大勲位菊花大綬章をこの国は授与したというから、「日本死ね」という言葉が庶民から出ても全く不思議ではない。https://yoshinori-kobayashi.com/9631/
因みに群馬から総理大臣が4人も出たことと、長州の吉田松陰の義理の弟が初代県令になったこととは無縁ではないだろう。なお、長州(山口県)出身の総理大臣は8人である。https://honkawa2.sakura.ne.jp/5237.html
 
2)社会党委員長の勝間田清一は、レフチェンコの証言などからソ連共産党のスパイであることが明らかになっている。また、社会党はソ連から政治資金を受けていたことが明らかになっている。(レフチェンコ文章、55年体制など参照)
 
3)2014年になって、政治学者の御厨貴が明らかにしたところによると、本書の執筆(協力)者は、「国内政治」は御厨(東京都立大学教授)と飯尾潤(埼玉大学講師)、「経済」は伊藤元重(東京大学助教授)と竹中平蔵(慶応大学助教授)、「外交・安全保障」は北岡伸一(立教大学教授)であったという。しかし、それを暴露した当人のTV番組での発言(昨年秋に終了)は、この本の中身とは比べ物にならないくらい退屈なものだった。
今日の中日新聞日曜版に民主化から見た政治という全面2ページの特集が掲載され、世界銀行の調査による各国の民主化度を色で示した世界地図が掲載されている。国民の言論や表現の自由、政治参加の自由などから民主化度を算出し、図示したのである。
 
そのトップランクが北欧や英連邦諸国で、高い方に日本、台湾、米国、フランスなど先進国が位置する。その下に、インド、韓国、南ア、ブラジル、アルゼンチン、ポーランドなどがそれに続く。そして、低い方には、ロシア、アラブ・アフリカ諸国、フィリピン、中国があり、最低は北朝鮮となっている。
 
 
国民のための政治がこの指標だけで判断できるのなら話は簡単であるが、そうではない。最近の保護主義の動きなど過激思想が広がり、それが民主主義への幻滅ではないかと、その解説図に書かれている。民主化度を示す世界地図を掲げたものの、それが世界政治にどれだけ、且つ、どの様に意味がある図なのか?新聞編集者も分からないのだろう。(補足1)
 
そこで、自分なりに原点から、国政における民主主義という考え方の発生のモデルを立てて、考えてみた。尚、以下国政に関する議論であり、政治用語もすべて国政に限定して用いる。(筆者は政治学の素人なので、以下私的メモですので注意して下さい。)
 
1)近代国家の代表的な政治思想に、自由主義(リベラリズム)、民主主義(デモクラシー)、保守主義などがある。それらは数学のX, Y, Z座標軸のような明確且つ独立した座標ではなく、十分には定義も理解もされていないので、どうしても議論が混乱する傾向にある。
 
先ず、民主主義という言葉を考える。ここでは、「国民一般の合意が国政で決定権を持つという思想」と国政を念頭に定義する。歴史的には、専制主義政治からの脱却を意味するので、対立概念は専制主義である。(補足2)
 
次に、自由主義だが、それはLiberalismの訳であり、言葉の上での訳は「解放主義」となる。その歴史的な意味を考えると、中世の封建主義や帝国主義の時代から脱却して、それらの権威による束縛から人間を解放すべきだという政治思想だろう。(補足3)
 
国王などの権威の下の政治(権威主義的政治)から、大衆が個人として解放されるには、何らかの団結が必要だろう。その団結により解放を暴力的に進めたのが市民革命であり、出来た国家は共和国に分類されている。この辺りまでは、異論が出ないだろう。つまり、自由主義の対立概念は権威主義である。
 
自由主義は、権威からの自由を追求する姿勢であり、それは形態というよりも運動の方向を示す。一方、共和制を実現し、一般民の意見で政治を行う制度を民主政治という。これは政治形態を意味する。つまり、一般市民による自由主義運動により民主的政治が獲得された時、その国家を共和制国家と呼ぶ。
 
因みに、戦後の日本は象徴天皇制の国家であり、実質的な国家元首は天皇ではなく内閣総理大臣なので、共和制国家である。これには異論のある人が多いだろう。自民党の憲法改正案では、天皇を国家元首としている。私は、大日本帝国時代の訳のわからない憲法に一部でも逆戻りするのは反対である。
 
2)自由を目指して団結した場合でも、その団結とその方法や組織が別種の束縛となる筈である。(補足4)人間が社会を作って生きる以上、完全な個人にはなり得ない。そこで保存すべき社会的束縛とこれまでの権威主義的束縛に付随した因習的束縛の区分けをして、後者を廃して理想的な社会を目指すのが、民主主義国家における自由主義の立場だろう。
 
これまでの慣習や政治システムには意味のあるものも多い。それらを考慮無く廃止することで、次の世代の社会に悪影響が出ることも多いだろう。そこで、それらの意味を重視し温存する方向で、安全な将来を目指すのが保守主義だろう。従って、ここでは自由主義の対立概念は保守主義になる。民主政治を獲得した国家の政治において、自由主義政党と保守主義政党の対立は、従って、自然である。(補足5)
 
現在民主主義国と見なされている多くの国において、国民はこの別種の束縛の下にあると考えている。その見えにくい束縛に敏感(或いは過敏)に反応するのが、そのしわ寄せが集まるマイノリティーの人たちなのだろう。
 
兎に角、それらすべての個人が政治的に独立した意思で国政に参加するとき、本物の民主主義国家となる。民主主義政治が正常に機能するには、国民の意思が、平等且つ独立的に示され、それを行政機構が正しく吸い上げ、行政に反映される必要がある。つまり、民主主義が正常に機能するためには、その基礎に個人主義がなければならない。
 
現在、社会は民主主義を標榜するものの、個人の意思を集団の意思として纏め上げ、それを再度集計する形で政治が動いている。それは、直接民主制が現実的に不可能なので仕方のないことだが、専制政治或いは全体主義政治に堕する可能性がある。正常な民主主義政治とは、恐らく、主権者たる国民が上記堕落の危険性を常に意識する準安定な政治形態なのだろう。
 
3)この共和制的国家の全体主義化には、これまで左右二通りあった。その左側の一つは、共産主義運動により生じた労働党独裁である。そして、右側の全体主義は、高揚した民族主義と国民国家体制の連結により生じた。これらは市民一般の団結を強め、一枚岩的政治組織を作り上げる点で共通する。実際は、一人または少数のリーダーによる専制政治であるが、民衆全体が組織化されている点が、中世的専制国家と異なる。
 
労働組合運動は、労働党独裁の前駆体となり得るので、廃止を目指すべきである。それは、近代的経済活動において必須である資本提供する階層を、敵対する搾取階級と位置づけ、その経済活動に於ける権威を政治活動に於ける権威にすり替える手法で、集団化した組織である。
 
労働力の市場化を完全にすれば、労働組合は不要となる。労働の完全な市場化は、雇用に於ける差別の完全撤廃、賃金を完全に労働の対価とすること、オープンな労働市場を作ることで可能となる。ただ、賃金つまり収入に大差が出るので、富の再配分制度の充実が大切である。これらの法整備を含む改革により、適材適所の原則も自動的に実現されるだろう。
 
アジアの超大国中国や最近核兵器開発により国際的にデビューを果たした金正恩の北朝鮮の独裁政党は、巨大な労働組合の形をとるものの、中世の帝国に似た全体主義組織である。その専制君主的なトップが「同志」と呼ばれるという事実(これは中国も同じ)で、その制度の“里が知れる”だろう。
 
つまり、中世の専制主義国家から共和制的国家(補足6)が生じたとしても、人々の政治姿勢が個人主義にまで成長しなければ、それは本物の民主主義国家でも共和制国家でもない。その上、それは常に全体主義的色彩を帯びる危険性がある。
 
従って、個人主義の対立概念は、集団主義や全体主義である。政党という存在も、集団で勉強したり、議論したりする範囲なら民主主義と対立しないが、自民党などが良くやるように、議会の決議において党議拘束をかけるのは、集団主義であり、民主主義思想の根本に反する。
 
 
補足:
 
1)世界銀行のThe Worldwide Governance Indicatorsの「Voice and Accountability」という指標で、国民の声がどの程度政治に反映するかを数値化氏ランク付けしたものである。同様の情報が世銀からエクセルファイルで提供されている。
 
2)ウィキペディアには、「国家など集団の支配者が、その構成員(人民、民衆、国民など)である政体、制度、または思想や運動」と書かれている。しかし、構成員が支配者というが、国家の構成員のなかには様々な組織や法人などが含まれるとすれば、それが国民と同等の権利を有する筈がない。この定義はわかりにくい。
 
3)ウィキペディアでは、「国家や集団や権威などによる統制に対し、個人などが自由に判断し決定する事が可能であり自己決定権を持つとする思想・体制・傾向などを指す用語」とある。この定義は、同じくウィキペディアの個人主義の定義、「国家や社会の権威に対して個人の権利と自由を尊重することを主張する立場」と非常に紛らわしく、本質を指摘しているようには思えない。

 

4)ナポレオンが皇帝になったことでも、それは分かる。

 

5)普通、保守主義に対立する用語は革新主義(Progressivism)と思われるだろうが、そうではないだろう。つまり、ウィキペディアには計画経済などを主張する左翼思想とかかれている。日本の所謂「革新」は、Liberalismの意味で用いられているようだ。共産党や社民党がProgressivismの範疇に入るのだろう。兎に角、日本では政治用語を理解せずに使っている風に見える。

 

6)共和国はrepublicの訳語である。英語の辞書には、Republic: state in which supreme power rests in the people via elected representatives," from Middle French république (15c.).
と書かれている。翻訳すれば、「共和国とは、選挙により選ばれた代表を介して市民(people:市民、国民)に権力が存在する国家」である。
 1)火器管制レーダーを照射したとか、していないとかで、日韓が争っている。しかし、元外交官の佐藤優氏は、その解説動画で以下のように言った。「こう云う話になった時には、基本的には友好国間では事実関係を争わないのです」
 
この言葉は最初理解できなかったが、昨日紹介した伊藤貫氏の動画の内容を考える途中でその意味が理解できたと思った。専門家には、長い間に蓄積したその“専門としての知恵”があると思う。
 
佐藤氏は更にその理由として、友好国間で事実関係を争わないのは、国家と国家の上にその争いを決着させる権威などないからと言う。ここで、「友好国間では」は、「その争いの後も友好国関係を継続する合意が両国間に存在する二つの国の間では」という意味である。
 
これらの言葉にも拘らず、実際はその事実を争っている。従って、①日韓は果たして友好国なのか、そして、②米国は日韓の上の権威ではないのか、などという疑問を持つことになるだろう。(補足1)
 
ここで友好国とは、今後も国際政治においてひと塊となって、共同歩調をとる関係、或いは、仮想敵を共有する関係である。現在日韓は、米国とともに東アジアでの民主国家の連合を形成する友好国の関係にある筈である。
 
昨日の記事で紹介した伊藤貫氏の話の中で、アイデンティティー・ポリティックス(以下、IP と省略)に言及した際、伊藤氏はそのIPの行き着く先として、「あなた達にはあなた達の真実があり、私達には私達の真実がある」ということになるという話をした。つまり、日韓の間で問題が生じたとして、事実を争う時の問題は、「日韓は一つの民主国家連合として、真実を共有できる関係にあるか」という問題に帰着するのである。
 
この段階では、佐藤氏の最初の言葉「友好国間ではこのような場合事実関係を争わないのです」の意味がわかるだろう。つまり、アイデンティティーと呼ぶほどの統合的な関係ではない友好国間では、仮想敵に関する真実ならともかく、両国間に生じた問題においてそのような問い詰め方をすると、つまり共通の真実を追い求めると、統合関係が崩壊する可能性があるのだ。
 
日本には日本の事実があると言えば、それに韓国には韓国の事実があると答えることになる可能性が高いからである。実際、そのようになっている。その延長上には、友好国関係の崩壊が待っているのである。トランプ政権は、歯止め措置を施さないだろう。
 
この話がわかる人は日本には少ないかもしれない。何故なら普通、事実は一つであるという宗教に我々は囚われているからである。(補足2)それは日本人に特に顕著である。しかし、我々が事実と言うのは、「言葉にした事実」に過ぎない。「事実を争う」という文章を、これまで「言葉で事実を争う」の意味で使ってきた筈である。言葉が違えば、その争いを続けても、泥沼化してしまうだけである。
 
例えばソシュールの言語学の入門書には、『言葉の体系は、カオスのような連続体である“世界”に、人間が働きかける活動を通じて産み出され、それと同時にその連続体であった“世界”もその関係が反映されて不連続化し、概念化するという“相互異化活動”が言葉の働きである』と書かれている。
 
つまり、アイデンティティーの異なるグループでは、その人間としての活動も異なり、従ってその相互異化活動も異なるだろうから、言語(ソシュールの用語でラング)が異なることになる。
 
このアイデンティティーを、例えば日本国民或いは韓国民と考えれば、それぞれの国の中では事実に容易に到達する筈である。しかし、国を跨いで共通の事実に到達するかどうかはわからない。そこで、互いに友好国であり続けるという意思があれば、事実関係を争わないということになるのである。
 
2)本音と建前について再考
 
「本音と建前」の一対は、それは単に異なるアイデンティティーの間の異なる事実を棚上げして不完全な統合をするとともに、その関係の補修と将来のより完全な統合のための言葉かもしれない。
 
つまり、純粋に一つのアイデンティティーの中では、そのような言葉は不要であり、他のアイデンティティーに属する者から建前に過ぎないと言われた言葉も本物の本音であり、そのような分裂は真面目な話の中にはない。

 

そして、「本音と建前」の分裂を互いに無くするように努力し、そのような人を多数派とする努力は、一応統合できている”不完全なアイデンティティー”(補足3)の保護や、完全な統合に向けた行為なのだろう。
 
例えば、昨日の記事で、独立宣言で「人は生まれながらに自由で平等である」と謳ったジェファーソン大統領が、黒人奴隷をたくさん抱えていたという事実を、本音と建前の違う嫌な人間と考えてきた。しかし、ジェファーソンらのアイデンティティーの言葉では、黒人は人ではなかったのなら、独立宣言の言葉と黒人を奴隷として抱えたことになんの矛盾もない。
 
この例は非常にわかりやすい例であるが、そうとは気づかなかった多くの疑いも同様に考えると消えるだろう。つまり、本音と建前を使い分ける嫌な奴という感覚は、実は厳密に言えばアイデンティティーが異なり、自分とは言葉の違う世界に彼らが住んでいると考えられる可能性が高い。
 
後の世になって、ほとんどの人がジェファーソンの「本音と建前」を批判し、そのような使い分けをしなくなった時、黒人たちも米国の市民として統合されたと考えられる。また、ウィルソン大統領が、本音と建前を使う嫌な言動や行為の人だったと定着した時、日本人も同じ人間と認識されるようになったと考えられる。その段階では、人間という統合的アイデンティティーが構築されたことになる。(補足4)
 
しかし、本音と建前の使い分けの攻撃は、双刃の剣である。本質として融合可能なアイデンティティーの間なら、その攻撃から上記のようにアイデンティティーの融合に向かう可能性がある。しかし、どうしても本音と建前の使い分けに我慢がならないということになると、不完全ながら統合されていたアイデンティティーが破壊されることになる。(捕捉5)ポストモダンの風潮とは、そのような傲慢な人たちが多くなった現代の別角度からの形容なのだと思う。
 
つまり、ポストモダンの風潮の中で明確になったアイデンティティー・ポリティックスは、「本音と建前」に許容的でなくなった時代の必然であると言える。近代からポストモダンへの移行は、社会の発展により経済的な自由度が増した個人、そして異なるアイデンティティーの人たちが、文明がなし得たことを自分たちの能力だと誤解して許容の精神を失った結果である。それは、これまで人類が構築した大きな社会を崩壊させることである。
 
人は動物として独立していた時には持っていた自然の権利(自然権)である生存権や所有権など様々な権利の一部を返上して、群に管理部門を作りそれを引き渡すことで、社会ができる。ここで権利は、この社会の管理部門(公空間と公機関)に自分の何かを引き渡す際に考え出された概念なのだろう。
 
人間解放とは、その引き渡した権利の一部を返還する運動だと考えられる。その際、限度を設けなければ、社会が崩壊する。その部分的に崩壊した社会が、現代でありアイデンティティー・ポリティックスであり、ポストモダンの動きなのだろう。(学術的権威など期待しない私的メモです。) 
 
補足:
1)オバマ政権のときに、日韓で「慰安婦問題での最終合意」を行なった。その時まで事実関係を争っていたが、上の権威である米国の指示で、両国は事実関係を争うことを止め(棚上げして)最終合意をした筈である。日本国内では、保守系で特に反対意見が多かったが、それが外交だという諦めがあった。トランプ政権はそのような権威ではなく、日韓両国の関係は、現在もっとも独立国間の関係に近いということだろう。
2)”北方4島は日本固有の領土であるの”と云う言葉は、事実はひとつであるから、ロシアはそれらを返還すべきであるという、強い信仰の表現である。ロシアは、ロシアには別の真実があると応じることになるだけであり、外交などそこには存在しない。
3)アイデンティティーは同一性の意味。不完全なアイデンティティーとは意見の相違を乗り越えて同一のグループを一応作っている状態と定義する。
4)これは楽観的な考えかもしれない。留学中などの際、嫌な思い出を持つ人は多いだろう。夏目漱石の時ほどでないにしても。
5)これが今回の日韓の情況だろう。日本と韓国では、感情のものさしも約束や法という言葉の意味(役割など)もすべて違うし、その差は時間とともに拡大している。そもそも米国という圧力がなければ友好国の仮面をかぶることさえ、無理なのだろう。(捕捉5は、1月7日早朝追加)