1)中日新聞3月2日の3面、移設断念が憲法の要請と題した記事が掲載されている。関口という記者が、憲法学専攻の小林節慶応大学名誉教授氏に聞き取って記事としたのである。
 
その本文の書き出し「県民投票で、辺野古移設の反対票は7割を超えた。」からして、事実を曲げている。これが憲法学専攻の学者の意見なのだから、日本の大学は狂っている。それが、日本の病気の重大な症状の一つである。
 
今回の県民投票とその結果を利用した県知事の行動や、それを報じる新聞などの報道は、多くの誤魔化しを含む。この記事もその一つである。住民投票は、「辺野埋め立てに反対」「賛成」「どちらでもない」の三択で行われた。7割を超えたのは「辺野古埋め立て反対」の票であり、「辺野古移設反対」の票ではない。
 
言葉の上では些細な違いのようだが、この違いに今回の投票の本質が現れている。
 
一旦埋め立てを仲井真県知事の時に許可している。まだ工事開始前なら、今回の住民投票を利用して、辺野古埋め立て許可の取り消しを行うことは可能だろう。しかし、既に事業は開始されており、その国家事業の中断を要求する「辺野古移設反対」という選択肢を立てた県民投票はできないのである。
 
地方自治体が、国家行政を妨害するのは違法であり、従ってそれを要求する類の住民投票は実施できない。県民投票の選択肢は、県知事の権限内の地方行政にふさわしいものにしながら、それを利用して辺野古への基地移設妨害を企てたのが、今回の知事の行動であり、それは法の範囲を超えて国家行政を妨害するテロリズムに似た行為である。その事実を新聞等は全く報道しない。
 
翁長知事が、仲井真知事の「辺野古埋め立て許可」の決定に瑕疵があるという根拠で一度国に対する埋め立て許可を取り消そうとしたが、裁判で敗訴して取り消すことに失敗している。それでこの件は、結論が出ている。
 
2)小林節氏が、上記記事にあるとおり喋ったのなら小林氏は憲法学者というより政治プロパガンダをするのが商売のようだ。
 
小林氏が問題としているのは、憲法95条の規定:「特定の地方に関する特別法を制定する場合、住民投票で過半数の同意をえなければならない」である。小林氏は、「普天間飛行場の辺野古移設は法律によるものではないが」と言いながら、今回の投票と憲法95条は無関係という反論を形式論だとして退ける。
 
そして、この憲法の規定を無理矢理、「辺野古埋め立て反対」住民投票の結果と結びつけ、政府は「普天間を辺野古に移設すべきでない」とおっしゃる。(補足1)小林氏は、住民投票の選択肢の文言「辺野古埋め立て反対」と、政治的主張の文言「普天間を辺野古に移設すべきでない」の違いなど、素知らぬ顔で無視するのである。
 
更に、憲法13条の「国民が幸福追求の権利」に照らしても、その考え方が正しいとおっしゃるのだ。憲法95条の地方自治と政府の法令に関する条文と、憲法13条の幸福追求権に関する条文の「精神」に、辺野古への基地移設は反するという驚きの主張である。
 
小林慶応大名誉教授の、「法は条文を厳密に解釈して適用するのではなく、法の精神に照らして適用すべき」という発言は、法学者として正気の沙汰ではないと思う。「法の拡大解釈は厳に慎むべきである」という人間文化の根幹すら、どこ吹く風である。
 
勿論、「法の解釈は立法者意思に沿ってすべき」という指針はある。しかし、それも言葉の壁(言葉の意味)を超えてはならない。つまり、「辺野古移設が法律によるものではないが」と言っているのだから、当然憲法95条を適用して、移設は中止すべきという話はトンデモナイ無理筋解釈である。
 
憲法13条の精神「個人の幸福追求権」だが、その条文の後半に「公共の福祉に反しない限り」を完全に無視している。(補足2)政府は、日本の防衛のために、そして、普天間での重大事故を警戒して、辺野古移設を決定したのである。それは公共の福祉の向上に寄与し、もし沖縄に他の多くの基地がないならば沖縄県民にも反対の理由は無いはずである。
 
憲法13条の前半だけと、沖縄に過剰に負担をかけるべきではないという一般論でもって、国家の安全保障政策を邪魔しようというのは、憲法学者の解説ではなく、左翼の政治運動そのものである。
 
沖縄の基地負担が重くなるのは、その地政学的位置の所為であり、沖縄県民に対する差別意識があってのことではない。どうしてもその重い基地負担に我慢がならないという人には、県や国に何か別の対策をとってもらうしか無い。(補足3)それは沖縄に特別の事情であるから、それこそ沖縄県に関係する特別法つくり、特別の経済的援助の措置を国はとるべきである。沖縄県民は、国家への要求をそのように変えればどうか。
 
 
補足:
1)辺野古移設反対の根拠として、以前テレビで盛んに流されたのは、サンゴ礁の保護であった。サンゴ礁の保護という考えで埋め立て反対に投じた票の全てを、基地移設反対の票として、彼ら左翼の人たちは利用している。
2)憲法13条:すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
3)沖縄県民のなかで、基地の多く在る島に住みたくないと考える方は、日本国の何処にでも移住は可能である。我々も多くは故郷に住みたいが、仕事などの事情で遠く離れて住んでいる。故郷に住むことと仕事の両方を同時に選択する幸せを、憲法13条をたてに要求するようなことはしない。また、本土から老後は沖縄に移住するという人が増えても良い。
以下は日本の近い将来に関する最悪の予測というか、悪夢です。それが本当にならないように祈るのみです。
 
1)トランプは、ベトナムと同様の統一朝鮮の建設に中国と協力して進めるつもりだろう。そして、それと米中経済戦争の解決案とを絡めて、自国に説明することを考えているのではないだろうか。米中経済戦争を華為技術など5G通信関連と知財関係に絞って合意をし、米国経済や世界経済への悪影響を最小限に抑えるのである。
 
その為、北朝鮮の核問題などは中国に任せるため、わざわざベトナムやマレーシアを開催地に選び、金正恩に中国の助け請う様に仕向けたのではないか。マレーシアでの第一回会談の時にはそのつもりがなくとも、そのような効果があることに気づいたのかもしれない。その様に考えると、米朝トップ会談をやるごとに金正恩が中国を訪問して、緊密になっていくことの説明がつく。
 
中国は、金正恩を亡き者にして、その代わりに金正男を北朝鮮のトップに据えることを考えた国である。金正恩にとって、中国訪問は大きな決断の必要なことだっただろう。その実現のためには、米国は中国以上に恐ろしい存在を演じる必要があった。その姿勢もこれで最後かもしれない。
 
明日、米朝会談が行われる。これまでの交渉のプロセスで、米朝関係は表向きそれほど進展していない。しかし、完全なICBM開発放棄と、中距離核の「嘘の完全廃棄」ということで、米朝は最終的には(明日でなくても)同意すると思う。その嘘に、トランプ大統領も次期選挙に向けた演出のために、大喜びの姿を見せるだろう。
 
習近平もそれに協力するだろう。所詮、一億人死んでも未だ12億人残っていると言える、骨の太い国のトップだから、北朝鮮の核ごときにビクビクなどしない。一億人が殺される間に、朝鮮半島にはネズミ一匹いなくなるのだから。(補足1)
 
日本の安倍総理は、それに気がつかないか、気がつかないふりをして、幻の成果のおこぼれと数名の生き残り拉致被害者を、2兆円ほどの経済協力金を支払って手にいれるだろう。それで吉田茂や佐藤栄作などよりも偉大な総理大臣として、歴史に名を刻まれるだろう。その順番は、まさに偉大な売国奴の順位であるという真実を誰も暴かないだろう。
 
将来の日本国民は、核武装し、経済発展を遂げた統一朝鮮から、嘘で厚く塗り固めた慰安婦問題や徴用工問題というキャッシュカード(補足2)で、なけなしの預金を引き出されることになるだろう。これまで、東アジア諸国には大きな経済協力をしてきた。197年の日韓基本条約後には韓国に対して、1972年の日中共同声明後からは中国に対して、更に、来るべき北朝鮮の日米による承認の時からは、北朝鮮には2兆円規模の膨大な資金を提供するだろう。
 
韓国、中国、北朝鮮が、経済大国になる為に大きな資金協力をしながら、尚、これらの国々により日本人はナチスを生んだドイツ人よりも醜悪な民族にされるだろう。
 
ドイツは徹底的に反ナチスの姿勢をとることで、自分たちが選び熱狂的に支持したヒットラー政権を、敗戦後に自分たちの敵とすることに成功した。しかし、日本は慰安婦問題などで朝鮮の植民地支配や中国での虐殺行為を謝罪し認めたものの、いつまでたっても、心から謝罪の意志を表明していない。謝罪していながら、あれは嘘だという始末だ。(補足3)
 
地球に気候不順の時が来た時、(補足4)その罪悪の刑として、中国に指示された朝鮮により、中性子爆弾のミサイル投下が、東京などに6大都市にevacuation のためになされるかもしれない。そう、それはevacuation である。対象は“人でなし”なのだから。神がおられれば、かわいそうな民族だと哀れんでくださるだろう。しかし、神は人間のことなど無関心であることを日本人は一番よく知っている。
 
2)将来、日朝は国交を回復するだろう。その合意に大きな価値を持つのが、生存中の拉致被害者を全て帰国させるという約束だろう。その様に約束をして、北朝鮮は実害のない人を返還し、実害のある人を殺害して遺骨にするかもしれない。すでに死亡していると考える方が自然だろう。
 
何度も書くが、本来拉致被害者の返還は金を出して実現することではない。彼らは拉致し殺されたシベリア抑留者と同様であり、平和的交渉で返してもらうえると考えるのは異常である。返還要求をしない方が、もし存命中なら彼らのためになるだろう。https://rcbyspinmanipulation.blogspot.com/2019/02/blog-post_23.html
 
何故、政府は吉田茂の政治を永遠に継承するのか? 何故、普通の国のように軍事力をつけて、まともな国家にする努力をしないのか。何故、その必要性を国民に教えないのか? 何故、それを同盟国である米国と話し合わないのか。勿論、米国の都合から、ニクソンは佐藤総理に、そのようなチャンスを米国の要求として呉れた。しかし、佐藤はそれよりも自分の地位の安泰を最優先して、それを捨てた。(補足5)
 
その本来の国家としての建設を目指さないのか、そもそも、朝鮮併合に関して謝罪し、賠償金を支払う必要などないのである。(補足6)それが、軍事力のない非独立国日本の対韓国土下座外交であることを、何故正直に日本政府は言わないのか。
 
英国がインドに賠償金を支払ったか?米国がフィリピンに支払っただろうか?オランダがインドネシアに支払っただろうか、そんなことはする筈がない。体制変化と無関係な何らかの明確な損害を与えたのなら兎も角、一般的な植民地支配に対して賠償を要求することは、歴史を遡って賠償等を要求することになる。それは、遡及して事後法を適用し処罰をすることの要求に等しい。
 
補足:
 
1)毛沢東の言動「一億死んでもまだ十億残っている」が示している様に、中国人は他人の命を非常に軽く考えている。それが他国の人間の命となれば、なおさらである。最近の例でも、元中国軍の少将で、国防大学教授であった朱成虎は、「世界の人口増加にもっとも良い解決方法は、核戦争による人口抑制である」と発言した。
 
2)歴史を厚く塗り固めて固化させるのは、嘘である。嘘という糊がなければ歴史をしっかりと束ねて固定できない。それは史記や日本書紀などの歴史書以来、アジア人、否、人類の伝統である。
 
3)和を重視する非論理の文化を持つ日本は、東京裁判以降、やっていないことでも謝るという土下座外交を強いられて来たのだろう。尚、本文のこの部分の表現は、朝鮮や連合国側に立ってのものである。この日本叩きに、世界のユダヤ財閥なども賛成だろう。何故なら、あの日露戦争の時のユダヤ資本家の協力、戦争幕引きの時のS.ルーズベルト大統領の協力等があったにも関わらず、あのハリマンとの満州開発の約束を反故にする裏切り民族なのだから。
 
4)人類が民族の淘汰を経験する可能性:https://rcbyspinmanipulation.blogspot.com/2018/09/blog-post_18.html
 
 
6)1910年、日韓併合条約が調印されたが、その裏には1905年の米国と協力して東アジアを支配する協定(桂タフト協定)があった。つまり、S.ルーズベルトはフィリピンを支配する一方、その後の桂ハリマン協定(1905年)でもわかる様に、満州利権を手に入れることを考えていた。英語が読める方は、https://historynewsnetwork.org/article/121083が良いかも。
昨日の辺野古埋め立ての賛否を問う県民投票についての意見を書く。沖縄県民の感情に配慮すれば、非常に書きにくい内容である。沖縄県民の考えと本土人の考えに或る種のズレがあることは事実だろう。しかし、沖縄県民の考えをどの様に国政に反映するかは、本土の人間も十分に考えるべきことだと思う。ただ、今回のケースを特に法的側面から批判することは、日本を取り巻く現在の非常時に近い世界情勢から考えて、差し当たり必要だと考える。
 
1)辺野古の米軍新基地建設に必要な埋め立ての賛否を問う県民投票が24日行われた。この投票は、埋め立てに「反対」、「賛成」、そして「どちらでもない」の3択方式により行われた。沖縄タイムズの記事によると、開票結果は以下の通りである。埋め立てに「反対」は43万4273票に上り、投票総数の71・7%を占めた。「賛成」は11万4933票で、「どちらでもない」は5万2682票だった。投票資格者総数は115万3591人で、投票総数は60万5385人。投票率は52・48%だった。
 
ただ、この住民投票には不自然さがある。住民投票に法的根拠がないこと、つまり結果に法的拘束力がないことである。それと関連するが、投票の選択項目の建て方が、何を問うているのか分かりにくいこと、つまり、住民投票を考えた人の目的と、質問の建て方との間に微妙なねじれがあることなどである。
 
質問がこの記事の通りなら、「埋め立てが反対かどうか」を問うている。埋め立てが米軍基地移設に必要なら、何故「米軍基地移設に反対かどうか」を問わないのか。国家が米軍基地の辺野古移設が安全保障上必須であると結論して進めているのなら、地方自治体にはそれに反対する根拠はない。住民には反対の意見を本来の方法で表現してもらいたい。

つまり、国政選挙での意思表示などは勿論だが、住民には他にも多くの方法で自分たちの考えを訴える方法があると思う。例えば、インターネットでの配信、東京の国会議事堂前でデモ、更に、全国の住民に直接討論を持ちかけるとか、を考えるべきである。また、当然のことだが、この問題は全国民が自分の問題として考える義務がある。

県民投票の質問形式に戻る。「普天間にある基地の移設に反対かどうか」を聞けば、移設には賛成の意見が増加するだろう。今回の「埋め立て賛成」の票よりも賛成派が増加することを危惧したのだろうが、辺野古埋め立て反対派には、サンゴ礁を保護すべきという立場から反対する人も含まれる。

一般に趣旨が明確ではなく、立場によって複数の意味が生じるような質問は避けるべきである。また質問の選択肢を、投票者の回答をある方向に誘導するように建ててはならない。今回の住民投票はその禁忌を犯していると思う。
 
2)国民投票には、法的な裏付けがなければならない。そして、質問形式(選択肢)は、明確に単一の意味しかもってはならない。また、国民は投票にあたって、汎ゆる側面から今後の自分への影響を考えて、厳粛に投票に参加しなければならないと思う。(補足1)
 
住民投票も同様である。今回の住民投票が県の公金を用いてなされたからには、法的意味付けがなければならない。沖縄県民条例に基づいてなされたというが、その投票結果に法的拘束力がないのなら、その条例自体に違法の可能性がある。
 
つまり、法的拘束力のない住民投票は、県の公金を用いた「国政に反対するデモ」ということになる。今回の沖縄のケースは、国家の安全保障に直接関係があるので、住民投票と国政の関係が議論しやすい。今までに行われた他のケース(補足2)も突き詰めれば同じ疑問を生じるのだが、この類の住民投票の合法性の問題は、「地方自治体がその予算を用いて、国家からの独立を問う住民投票を行うことが許されるのか?」という問題に帰する。(補足3)
 
当然、許される筈がない。その様に考えれば、日本国政府は本来、この住民投票の違法性を裁判で問う必要がある。何故、新潟のケースでそれを行わなかったのか?政治家と官僚の力量に疑問を持つ。

14:10 編集あり(補足1を追加;従来の補足の番号付け変更)

追補(2月27日20時):

沖縄県は、「普天間にある基地の移設に反対かどうか」を聞けば違法になるから、県知事の権限内にある、ある「海の一部を埋め立てること」に反対かどうかを問う選択肢にしたのだろう。
しかし、埋め立ては既に国行政の一環として実施しているのだから、その選択肢の建て方は論理的におかしい。意味のある選択肢としては、「国による埋め立てを中止すべきかどうか」が考えられるが、それも国政への干渉となり違法となるのでできなかったのだろう。何という姑息な知事だろうか。どこかの国のスパイのように見える。

 
補足:
 
1)英国は国民投票でEUからの脱退を決定した。しかし、その経済への影響などが明らかになってくるにつれて、国民は戸惑っているように見える。もし、今再度国民投票をすれば、脱退反対が多数を占める可能性が高いという観測も多い。それが間接民主主義の国で、国民投票を行うことの危険性を示している。国民一人一人が十分な知識を持っていない時、そして、その無知の状態からの脱却をする努力が十分成されていないと考えられる時、直接投票で国政上の判断を問うのは、間接民主主義で選ばれた大統領や国会議員たちのサボタージュに等しい。

尚、国民投票をやり直すことは、民主主義の自殺行為である。唯一ありえる方法としては、前回の国民投票に何らかの欠陥を見つけて、最高裁判所が論理的に国民投票の無効を宣言することが出来れば、再投票は可能だろう。(14:08追加)

2)新潟県巻町(現新潟市)で平成8年に原発建設の賛否を問うた住民投票が行われた。このケースも国政に関して賛否を問う住民は皆同じ問題を持つ。
 
3)この件、クリミヤでの住民投票を思い出す。あの住民投票ではロシアが恐らく背後に存在しただろう。今回の住民投票の背後に中国が存在していないと言えるのだろうか?