1)今日の「そこまで言って委員会」は、「世界を変えた報道写真の謎」という題目で、歴史的瞬間を収めた有名な報道写真が紹介された。

 

それらは:①天安門事件の際、鎮圧にあたった軍の戦車の前に立ちはだかる男の写真、②9.11同時多発テロの時に取られた「9/11 The falling man」(崩壊する高層ビルから飛び降りた人)の写真、③湾岸戦争本格化の切掛になったと言われる「油に塗れた野鳥の写真」、④アフリカのスーダンで餓死寸前の少女の後ろでその死を待つかのようなハゲワシの写真、⑤長崎原爆の被害を撮影した米軍従軍カメラマンによる「焼き場に立つ少年の写真」、⑥硫黄島の戦いの後に島に星条旗を掲げる兵士の写真などが、とりあげられていた。

 

それらの写真についての背景や情況を紹介し、写真を撮影した写真家の立場や気持ち、報道写真が果たした役割・意味や疑問点などを紹介する内容だった。

 

この番組で何時も引っ掛かるのは、この放送の興味本位に事件を語る姿勢である。以前、司会の辛坊治郎氏が、この番組はニュースショウでありニュース解説ではないと言ったが、それでも放送する限り公共の福祉に寄与するものでなくてはならない。(先日のブログ参照:https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12474103253.html)しかし今回も、残念ながらコメンテーター達が重大事件を雑談風に議論していた。(補足1)上記の内、3つの写真についての放送内容を要約して示す。

 

2)2番目の写真は、アルカイダに乗っ取られた飛行機が世界貿易センター(WTC)ビルに突っ込んだ事件に関係した写真である。WRCビルは、その後災に包まれて崩落するのだが、その高層階に取り残されたある人が、ビルに残って死ぬか飛び降りるかの選択に迫られ、究極の選択として後者を選び、まさにその人が落下中の写真であると紹介していた。その想像を超える恐怖を、明確に示しているように見える。不思議なことに、そのWTCビル崩落の場面は、現在米国では放送を自粛しているという。

 

WTCビル崩壊の場面は、中東での米国の軍事行動の際には、大いに利用したのに、何故今さら放送を自粛するのか?上記写真やWTCビル崩壊の動画を、米国マスコミが放映自粛しているという話をするのなら、この事件そのものの謎についても話をすべきである。例えば、WTCビルの第1、第2ビルの他に、第7ビルも崩壊したことの謎は、米国政府や報道機関の通常の説明では納得できない。何故なら、第7ビルには飛行機は衝突して居ないからである。何故、WTCの跡地を早々と公園にしてしまったのか?https://dot.asahi.com/wa/2012092600508.html

 

①の天安門事件の戦車の前に立つ男の話の時、現在中国では天安門事件全体がタブー視されていると詳しく紹介しながら、WTCビルの崩壊について、その謎の部分も紹介しないのは、非常に不自然である。(補足2)

 

4番目の餓死寸前の少女とその後ろのハゲワシの写真は、1993年にケビン・カーターというカメラマンが撮影した。この写真はニューヨーク・タイムズ紙に掲載され、アフリカの悲惨さを象徴するとして、世界中で有名になった。しかし、この写真家は1994年にピュリツァー賞を受賞した3ヶ月後に自殺したという。この写真に関して、過酷な状況にある幼い少女を助けずに、写真を撮ることを選んだ写真家を非難する声が巻き起こったことを、番組では写真家の自殺と関連つけて紹介していた。(補足3)https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20120125/297289/?P=2

 

番組のこの部分では、参加したゲストコメンテーターのカメラマン二人に、写真家の姿勢に関して意見を求めて居た。そこで宮島茂樹氏は、自分は写真を優先的に撮っただろうときっぱりと発言していたのが印象的であった。カメラマンとしてのプロ根性を正直に明らかにした宮島氏には好感を持った。何故なら、カメラマンは現場に干渉しないことで、カメラマンたり得ると思うからである。現場に干渉する人間は、写真を捏造する人間にもなり得る。実際、③や⑥の写真は、現場を作って写真を撮ったということも、番組で紹介されていた。

 

なお、この写真に関する重要な点を、この番組は隠していた。それは、ハゲワシに狙われているという少女の母親が、そのシャッターを押す時、すぐ近くに居たことである。食料配布所で、両手を塞がれて居ては、十分な食料を手にすることが出来ないから道脇に暫く放置したのである。更に、ハゲワシは近くの汚物置き場に多数集まっており、写真の一羽も特に少女を狙っていたわけではないとウィキペディアのケビン・カーターの項には、その同じ場面にいた同僚の話として書かれている。

 

宮島氏らカメラマンもその話は十分知っている筈である。何故、話さなかったのか?

 

5番目の写真は、長崎への原爆投下で死亡した弟を背負い、焼き場に持ち込んだ少年の写真である。その写真は米国の従軍カメラマンのジョー・オダネル氏により撮影されたが、彼は40年以上封印していたという。1989年に反核の思いが込められた彫刻像を見たことを契機に写真を公開し、原爆正当化論が根強い米国において、批判に耐え続け2007年8月9日に85歳で亡くなるまで、各地で写真展を開き戦争反対を訴えたという。(https://www.asahi.com/articles/ASK877VJMK87PITB00V.html

 

番組では、米国の一部がこの写真が原爆投下後の長崎で撮影されたとは思えないという疑問を、幾つかの根拠とともに提出しているということも極簡単に紹介していた。確かに、死亡した少年の顔も、それを背負う子供にも火傷などの痕は見当たらない。更に、何よりも43年間も封印されていた事情が、写真撮影を仕事にした人の考えとして納得できなければ、上記疑問を退けて真実を写したものとして受け入れられないだろう。

 

つまり、40年以上封印したことと、公開後は米国での批判に耐えて死ぬまで写真展を開いて戦争反対を訴え続けたたという後半部分の姿勢との接続が、我々視聴者の頭の中でスムースに出来ない。その困難を解消すべく、その公開する決断の経緯と心情の変化をもう少し詳細に紹介する義務が、番組を政策する者にあると私は思う。

 

3)結語:

 

これらの写真を全て同じ報道写真という範疇で紹介しているが、その中には最初から政治利用を目的に作られた写真が混ざっている。それが混ざり得るのは、それを紹介するマスコミが金儲け主義を報道の動機としているからである。

 

何が言いたいのか:一枚の写真は、どこまでも一枚の写真に過ぎない。その中に(衝撃的な)事実を十分な確度で含む事も、写真の出来次第で可能になると考えるのは間違いである。事実は常に、写真を含む多くのデータとそれらの綿密な分析と考察があってこそ明らかになる。その基本を無視した報道、それを持てはやす“何とか賞”は、有害無益である。(6月17日早朝編集)

 

補足:

1)報道番組には一定の基準(内部基準かもしれないが)がある。その基準を無視したいために「そこまで言って委員会」はニュース・ショーという性格づけを行なっている。

2)①と②の写真は供に、国家の政治と深く関わった場面である。その政治的出来事の意味とその中での写真の位置付けについて、一定の精度で話すべきである。天安門事件に関しては、特別ゲストとして6才から12才までを中国で過ごした岡田紗佳さん(25才)をゲストに呼び、「天安門事件のことは日本で初めて知った」と証言させている。

3)人の自殺には相当に深い事情があると考えるのが、思慮ある人間の姿である。また、他人が自分の仕事の大事な部分を詳しい事情も知らずに批判したとき、怒りをエネルギーに変えて反撃するのが普通のプロの姿である。

1)安倍総理のイラン訪問は、今後何か特別のことが発表されなければ、非常に愚かなことだったと思う。トランプ米国大統領と会談の中で、自分ならイランの最高指導者に会えると言ったのだろうが、日本の総理大臣がイランと米国との睨み合いの仲介などという大役ができる筈がない。

 

昨日のNHK9時のニュースで、イランの専門家の慶応大教授が以下のように言っていた。日本が米国の対イランの姿勢に従わないで石油を買い続けるくらいのことをする覚悟がなければ、本当の意味での仲介などできないだろう。日本の安倍が行って説得しても、イランは一歩も動かなかったという、イラン攻撃のカードを一枚米国にプレゼントするだけである。しかし、そんなことは素人でも分かることである。https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190614/k10011951761000.html?utm_int=news-international_contents_list-items_020

 

ホルムズ海峡での日本タンカーの攻撃の分析が進んでいる。軽い気持ちでイラン訪問をする、日本の総理大臣に対する警告であったとの結論になりそうである。時事ドットコムニュースでは、イスラエルのイラン専門家メイル・ジャベダンファル氏(イラン出身)が電話取材に答えて、「攻撃はイランによるものだ」と主張したという。https://www.jiji.com/jc/article?k=2019061400158&g=int

 

また、米国のポンペイオ国務長官は、タンカー攻撃はイランの責任だと発表した。そしてその後米国は、不発に終わった吸着型機雷を除去している、イラン革命防衛隊の姿を撮影した動画を公表した。https://www.jiji.com/jc/article?k=2019061400174&g=int

 

タンカーが沈没しなかったこと、乗組員全員が無事退去できたことは不幸中の幸いだった。しかしそれは、対日関係をあまり悪化させたくないという攻撃した側の気持ちをあらわれていると考えると、上記イランの専門家や米国務長官の話が正しいように思える。

 

評論家の宮家邦彦さんは、この時期に首相がイランを訪問するのは、良いことだとしながらも、次のようにその危険性をたとえ話で話している。(9日のニッポン放送)

 

「イランとアメリカ、そしてサウジアラビアは、硬球を使って甲子園に出場できるようなチームです。しかし日本の野球は、軟球かソフトボールです。うまくやらないと火傷してしまいます。彼らは本気で命を懸けているのですから。」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190609-00010016-nshaberu-int&p=1

 

2)安倍総理のイラン訪問は、大失敗だったと結論されるだろう。それは国際的に、日本の外交能力の無さを印象つけることになったという意味も含めてである。宮家さんのたとえ話では、所詮軟球か庭球を用いる草野球レベルなのである。

 

そんな草野球レベルの子供達に、高価で本格的な野球バットやグローブが必要だろうか? つまり、安倍総理がエースピッチャーで君臨している野球チームのレベルでは、そのような一人前の装備品は不要だろうということになる。

 

何が言いたいのか? 安倍総理は、中途半端な憲法の改正を自分の任期中にやりたいと思っているらしいが、それはやめた方が良いだろう。一人前の軍隊を持つ国として、相応しい実力を日本が備えているか疑問だからである。

 

悔しいが、モスクワの北野幸伯氏が言うとおり、日本は現状では憲法改正する外交能力がないようである。憲法改正は、日本が真の独立国家であること、独自の外交路線をとることの表明であるから、政治家や外交官の実力もそれに相応しくなくてはならない。

 

この件については、何度もブログに書いた。素人ゆえ、私自身の意見もかなり変わってきている。直近の意見は、先日チャネル桜で、「日本に本当の国家主権はあるのか?」という番組の感想文として書いた記事をブログに上げた。

 

そのチャネル桜の討論の出席者は、小堀桂一郎、加瀬英明、古森義久、馬淵睦夫、西岡力、室伏謙一、浜崎洋介の七氏である。https://www.youtube.com/watch?v=e6Rivki3O9k

 

その記事で以下のように書いた。

 

日本が国家としての体をなしていないことの原因を、出席者らはもっぱら第二次大戦後のGHQの日本統治と日本のメディアに求めている。彼らが、日本国を骨抜きにした結果、このような体たらく日本が出来上がったのだというのである。そのような把握の結果として、小堀桂一郎氏らは骨抜きにされる前の日本を復活させることを考え、司会の水島社長も天皇を中心とした国家体制の復活を主張するのである。

過去の政治に何の反省も必要ないのなら兎も角、あの戦争はやってはならない戦争であったことは確かである。それを承知しているのなら、その原因追求が先である。それをしないで、憲法を改正して戦争のできる国にするというのは、少なくとも、日本に住む日本国籍の人たちの総意ではないだろう。(一部編集あり)

https://rcbyspinmanipulation.blogspot.com/2019/04/blog-post_25.html

 

この意見が正しいことを、今回の安倍総理のイラン訪問は証明したと思う。この日本の弱点克服についても、何度か書いてきた。そのエッセンスは、上記記事の最後の方にも、以下のように書いている。それを結論にして、今回は記事を閉じる。

 

選挙区を道州制にして、一票の格差を完全撤廃する。この選挙制度改革は、地方の利権と中央政府の政治との間に距離をとることを主目的とする。更に、中央政府の機能を外交や治安などの限られた分野に限る。道州政府が成長すれば、互いに切磋琢磨することで、日本は活気付くだろうと思う。今回はこの点の指摘だけにする。

最後に一言だけ追加したい。それは、上記問題等いろんな問題を考えた時、何時も「日本には議論の文化がない」という基本的問題にたどり着く。其の議論なき文化の国、閉鎖的な組織の国から、議論のある開かれた組織の国への脱皮が如何にして可能になるかを考えるべきである。

 

追補:(6月16日)

 

ホルムズ海峡での日本企業タンカーの爆撃がイランによるという米国の発表について、日本政府は米国にその証拠を要求したようだ。(中日新聞、16日朝刊)これは大変な事態になる可能性がある。

1)6月6日の会見でロシアプーチン大統領は、日本との平和条約の締結は現状困難であるとの認識を示した。その理由のひとつは、日本と米国との軍事協力だという。5月30日の外相会談でも、ラブロフ外相は日本のイージスアショアに対して、ロシアの脅威だと発言したのも、プーチン・ロシアの対日姿勢の一貫かもしれない。


イージスアショアも、日本の防衛というより、米国の防衛のために置かれると考えられるのかもしれない。(素人なので、中国が韓国のTHAAD配備に激しく反応したことと同様に考えた。)ただ、米国とロシアが何故対立するのか、今ひとつ分からない。


しかし、有力なモデルがないわけではない。それは、米国は世界の警察官としての仕事で高給をもらってきたというモデルである。元ウクライナ大使の馬渕睦夫氏が示したものである。その馬渕元大使の分析には説得力がある。しかし日本政府は、警察官を信じる以外に、日本の生きる道はないと考えているようだ。そして、それも本当かもしれない。(補足1)


警察官が必要な世界には、必ず悪人がいる。もし、世界に悪人がいなければ、警察官は必要なくなる。ソ連が共産主義を捨てても、引き続き悪人の役を引き受ける羽目になったのは、ロシアの性根が腐って居るからだと世界の警察官は言ってきた。その世界政治が21世紀初めの20年間続いた。


米国大統領にトランプさんが就任して以来、どうも悪人がもう一人出来たようである。隣国中国である。昨年10月だったか、ハドソン研究所でのペンス副大統領の演説で、それが明確になったと言う人が多い。こんなブログ記事を書きながら、本(文章)を読むことが幼少より大嫌いだったので、未だ読んでいない。下記サイトに全文が翻訳されているので、今日中にでも読んでみようと思う。https://www.newshonyaku.com/8416/


トランプ大統領は、就任時から今まで、古いターゲット(悪人)と仲が良さそうだということで攻撃されて来たのだが、確かに議会等のトランプ攻撃の刃が鈍っているようだ。悪人役が交代の時期の様なのである。しかし、悪人役を長く演じると、自分は俳優だったのか本当の悪人だったのか、真実はどちらなのかわからなくなるかもしれない。(補足2)それが現在の世界政治の姿だということである。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-05-29/PS9YAZ6TTDS701


2)話を元に戻す。警察官の高給の中身とは、ドル基軸体制の維持で得られる莫大な利益である。米国の連邦準備銀行(FRB; federal reserve bank)は世界中に決済通貨として米ドルをばら撒いている。そのばら撒く方法は、自分たちが刷ったドル札という紙切れで、諸外国に投資や融資をし、或いは、自国に必要な資源を買うことなどである。つまり、紙切れで世界中から買い物ができるというのだから、並みの高給ではない。(注:連邦準備銀行の元締めもFRB,The Federal Reserve Boardと呼ばれる)

そのことを貸借対照表で見るとわかりやすいかもしれない。債務欄(Liability)には、紙切れに印刷したドル札の合計額が書かれる。反対側の資産の欄には、対外投資額や外国への債権額が書かれる。それらは、一定の利潤を米国に運ぶだろう。総資産額が毎年自動的に大きくなるのである。世界一の借金王の米国の国債が、今でも一番信用がある。その理由は、米国が世界の警察官であるという身分と不可分な関係にあるということである。(補足3)

更に、発行したドル札には金利がつく。紙幣の本質は借金証書、つまり金を預かっていますという証明書なのに、利子というお金をその証書の発行主に支払うのである。(補足4)最初は不思議に思うのだが、紙幣の意味において、コペルニクス的転回が生じたのである。(下記の「警察官は泥棒を必要とする」というのも、社会のコペルニクス的転回である。)

そのFRBに入る金利や、諸外国への投資の利潤は、更に同様の対外投資に回されれば、原理的には諸外国の金融資本のほとんどを徐々に米国金融資本の配下に置くことも可能だろう。その非常に有利な国際的地位を簡単には手放す訳にはいかない。


何故、ロシアと対立してきたのか? それは、米国が世界の警察官というボスの位置に座るためにプレイしてきた芝居ではないのか? そのように謎を解決したと馬渕大使はおっしゃるのだろう。繰り返しになるが、警察官を演じるには悪人が必要である。それを引き受けて呉れたのが、或いは、引き受けさせたのがソ連であった。その延長上に現在の悪役ロシアが存在する。


つまり、米国はソ連を世界の脅威とすることで、米国の地位を確立したということだろう。そのメカニズムを1960年代に米国のケネディ大統領が破壊する可能性があった。(補足5)それがケネディ暗殺の本当の原因であるとほとんどストレートに馬渕睦夫氏は言っている。https://www.youtube.com/watch?v=WrigE8FsZmY&t=597s

上に引用の大使の話は非常に興味深い。ケネディ大統領は、ロシアと敵対しなくても良いと考えたというのだ。当時外務大臣だったグロムイコの回顧録に、そのことが書いてあると馬渕睦夫氏が暴露している。直接上記サイトの動画を視聴して見てください。 


そのモデルを用いて、「何故、米国はNATOを東欧諸国にまで広げようとしてきたのか?」また、「何故ウクライナでの政変で親露のヤヌコビッチを追い出す運動を支持したのか?」「プーチンは本当に悪なのか?」などの疑問を考えると、何か明確に見えてくる様な気がする。日本の外務官僚や元外務官僚が忌み嫌う陰謀論である。DEEP STATEの存在である。https://www.youtube.com/watch?v=j1BQSxfMUkk

 

補足:

 

1)米国の覇権は、現在の世界秩序の上で大事である。ただ、一つの社会内部の言葉で語ると、以下のように狡いという印象の文章になる。その原因は、一つの言葉は社会の壁を跨いだ出来事を正当に表現する機能をもたないからである。例えば、野生の世界を一つの言語を用いて語ると、残酷で非情な描写になる。また、戦争とその周辺事項を通常の言語で語ると、一般人は忌避反応を示すことになる。世界政治を語る場合、その言葉の限界を知ることが特に重要だと思う。(午後9時に追加)

 

2)善悪は社会が成立したときにルールとして制定される。半野生の現代政治において、善悪を論じるのは、半ば愚かなことである。更に野生の世界(あるいは生物の世界)全体を見れば、悪とは敵の別名にすぎない。親鸞の「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人おや」は、社会から阻害された人物に悪の烙印を押すのは、社会側の構成員の傲慢であるという意味である。全体を見る”阿弥陀如来の目”には、両者に差はない。むしろ悪人の方が、その生涯において十分不条理な苦労を強いられて来たのであり、阿弥陀仏の憐れみの対象としてふさわしい。

プーチン・ロシアが反米なのは、ソ連時代の延長線上にある。そこから急に踵を返すことは出来ない。10年間はかかるだろう。その10年は、日本にとっても正念場である。中国を敵とすることの困難は、朝鮮半島が世界1であり、日本が世界2である。文在寅が親中路線をとったのも、安倍総理が日中友好の看板を新たに掲げたのも、それを示している。米ソ冷戦時代は、日本にとっては幸せな世界だった。

 

3)国債の信用は、そのCDR (credit default swap)の代金(保険料金と考えて良いらしい)を見るとわかる。下図はそれを示した図で、DEEP MAXというyoutubeサイトからとった。

縦軸が0.01%単位での料率である。中国国債がもっとも高いので、国債信用が中韓日米の中で一番低い。また、日米の国債の信用は、一番高い。世界の金融マンが計算したこの数値からは、中国の国債がデフォルトする危険性は2018年の末時点でも、そんなに高くないことを示している。

 

4)本質は借金証書なのだが、ニクソン大統領の時に、金には交換しませんと宣言した。それでも、しっかりと米ドルは世界の決済通貨としての地位を保っている。それは何故か? その答えが、米国の国力が世界ダントツだということである。国力とは、経済力と軍事力の二つの積であると考えるのが普通。その考え方では、日本の国力はゼロに近い。何故なら、日本は軍事力がゼロ、つまり戦争できない国だからである。日本人がそれでも平和を享受できるのは、米国の属国だからなのだろう。原爆を日本に落とした米国も、もう罪滅ぼしはしたのだからと、路上に孤児として日本を放置する日が近い。子殺しが頻発する昨今、いつまで丸山穂高をいじめて馬鹿騒ぎをする国なのだ。

 

5)トランプ大統領はケネディ暗殺に関連する文書の公開を見送った。そのことは、米国国家の本当の権力者たちが彼を暗殺したことを示している。そこで最も疑われるのがCIAであるが、CIAかどうかはわからない。その原因は、ソ連を敵と見なす方向を転換し、米国の真の支配者と対立する可能性が高くなったからだろう。ケネディは、トランプのようにもう少し慎重であるべきだった。https://biz-journal.jp/2018/06/post_23585.html