宮崎氏のメルマガには教えてもらう部分が多く、非常に有益なのでほぼ毎回読んでいる。無料で配信されていることに先ず感謝したい。今日はマレーシアが前政権時代に中国と結んだパイプライン工事に関する話であるが、その話も非常に面白いのだが、それに引き続いて、表題の本に対する書評が書かれていた。上記書評に関して、一言書きたくなったのである。

著者の乾正人氏は産経新聞論説委員長で、30年に渡って永田町を見つめてきたという。その乾氏が、平成日本政治の「A級戦犯」を語ったのがこの本である。

宮崎さんは、この本を「中味はすこぶる面白い」と高く評価されているのだが、その引用された面白いという部分は、私にはあまり面白く無かった。上記本の内容は、本質的な面で貧弱だと思った。日本の為にも、現在と将来の日本国民のためにもなる本とは思えなかった。

1)先ず書評の概略とそれに対する簡単な私の意見を書く。 


①そもそも日本の政治評論というのは政局を論じるだけで、そのうえ人物論に傾きがちなため、大局的な政治姿勢や外交戦略に関しては語られることが少ない。テレビなどに出る『政治評論家』の多くは「政局解説屋」とでも呼ぶべき講釈師である。

この指摘には100%賛成である。政局ばかりで本質に切り込む場面を見たことがない。

②政治を動かす要素の一つはカネである。理想で奔走する政治家はまれにしかいない。「小沢一郎は権力とカネを掌中に置くことを最大の目的に永田町を半世紀にわたって歩んできた。目的がぶれない、という点でこれまた端倪せざるを得ない」と著者はいう。(補足1)だからこそ、小沢は「大変節を恬として恥じない」ことが出来るのだ。


また、「『平成の戦犯』の東の横綱が小沢一郎なら西の横綱は河野洋平である」(補足2)とし、更に宮沢喜一に関し以下の指摘をしている。

「宮沢喜一というエリート臭丸出しの男は、天安門事件で人権批判が巻き起ったが、国益を損なう行動に出た。かれの国賊的裏切り行為は西側が中国を制裁している最中に、正常化と天皇訪中を認めてしまったことである。宮沢は実行力のある政治家ではなく、問題を適格に把握できる評論家に過ぎなかった」

私は、『平成の戦犯』の東の横綱にこの宮沢喜一を推薦したい。その他この部分の紹介にも賛成であるが、宮沢評の“評論家”は、“生まれながらの官僚”にした方が良いと思う。そして、以下の安倍評を最後に終わっているようだ。

③これら悪習をぶち破り、ようやく再生の道を開きかけたのが安倍晋三だった。安部はカネに群がる政治を断ち切ろうとして、理想を掲げてカムバックした。岸信介以来、久しぶりの信念の人、だから底力を発揮した。ただ、安倍長期政権にも疲れと錆が生じており、消費税増税容認、中国への再接近、靖国神社不参拝、加憲改正議論などは、賞味期限が過ぎたのではないかと示唆している。(要約)
 
この部分への反論はセクションを改めて書く。

2)中国への再接近が何故なのか、その分析がなければ、現時点での評価は出来ないと思う。つまり、トランプは本気で中国制裁をするのか、米国の本流の人たちも世界経済の大混乱を覚悟して中国制裁を続けられるかについて、安倍さんは強い疑いを持っているのだと思うからである。

米国が変節したとき、米国に盲従した日本は、両国によりゴミ箱に捨てられることになる。安倍さんの中国接近は、その可能性の方が大きいと考えた保険なのかもしれないのである。また、靖国神社不参拝は、安倍さん自身不本意かもしれない。しかし、日米戦争(15年戦争)での大失敗の責任者も合祀されているとしたら、靖国神社への参拝はどうかと思う。15年戦争の責任を明らかにするには、明治維新からの歴史の再考察が不可欠である。

100万人近い民間人の虐殺と200万人の兵士を死に追いやった責任を誰かが取るべきである。それを抜きにして、靖国参拝を要求する無神経は腹だたしい。ほとんど馬鹿だ。

更に、消費税増税だが、それに反対するのは分からないではない。しかし、日本の景気低迷を財政出動しなかった政府だけの責任に押し付ける無神経には、同意しかねる。政府参与の藤井聡氏や三橋貴明氏らは、MMT(現代貨幣理論;補足3)を引き合いに出して、消費税引き下げまで言い出す始末である。https://www.youtube.com/watch?v=0B-wvXt86Zw


基軸通貨発行国なら兎も角、このような理論を引き合いに出すのは、責任ある態度だとは思えない。そのような活動をする内閣参与を放置する安倍内閣の姿勢には反対である。日本企業の創造力の減退、日本型人事の欠陥、日本型価値観などの再考、行政の改革軽量化など、企業側にも政府側にもやるべきことが多いと思う。

3)著書を読まず、宮崎氏の解説から中身を判断して意見を書く。

この本の著者は、「日本の政治評論は政局を論じるだけで、大局的な政治姿勢や外交戦略に関しての議論が少ない」と日本の政治評論を評価し、更に、「政治を動かす要素の一つはカネである。理想で奔走する政治家はまれにしかいない」と政治家たちを評価しているようだ。

宮崎氏の評にその原因に関する議論が引用されていないところを見ると、そして、その本の表題から判断して、この本もその種の政治評論ではないだろうか。そうなら、正に目くそ鼻くそを笑うの本である。


日本の政治が本来の姿を失ったのは、日本の政治の不連続性にあると思う。それは、明治の革命である。明治の革命が、日本独自の政治としてなされておれば、折れ目や一時的断裂があったとしても、その連続性が回復出来たと思う。


つまり、明治の革命は英国などの強い影響化で行われ、日本の伝統をほとんど捨てることからスタートしたのだろう。その上、西欧の政治哲学などに学ぶことがなかったので、或いは消化不良で日本の歴史の中に同化出来なかったことが、本質的原因だと思う。そこの議論を曖昧にして、政治家だけを非難し笑うのは、おろかの極みだろう。

そして、明治の新政府の重鎮は、恐らくそのことは知っていただろう。しかし、そこで江戸時代と明治時代の間を接続することを嫌ったのだと思う。その原因は、彼らの革命は大いなるインチキだったからではないのか。つまり、天皇挿げ替えである。明治維新は日本の革命ではなく、長州の日本乗っ取り(日本の植民地化)に過ぎなかったのではないのか。

補足:


1)小沢一郎著の本「日本改造計画」は一応名著の範疇に入ると思う。それは、日本文化の中に日本政治の貧困の原因を探ったからである。ただ、この本は政治学者の御厨貴氏が暴露したように、当時小沢氏が組織した勉強会のメンバーがゴーストライターになって書いたようである。また、この本の根本的欠陥は、米国などは二大政党制で民主主義が機能していると解釈した点である。馬渕睦夫氏が度々述べているように、表舞台で二大政党制を演じていても、米国の支配層は一つである。その誤った認識の下に作った比例代表制は、政治家の質を低下させた第一の原因だと言われている。

2)韓国の捏造に基く慰安婦問題は、河野談話により火に油を注ぐ結果になった。河野談話のかなりの部分は問題ではないが、ただ、「甘言と弾圧で本人の意思に反する慰安婦集めに、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」と述べた部分は、韓国の捏造をそのまま受け入れる内容であり、その後の日韓外交を捻じ曲げてしまう結果になった。

3)政府が財政に必要な紙幣を発行し、税金での徴収は行わないという貨幣の在り方を言う。孤立した経済の国では、税金は集めなくても行政経費は全て発行紙幣で賄うので、インフレは必然である。この考え方は、世界政府が実現したときには可能だと思う。その際、資産課税(相続税を含める)だけは導入すべきだと思う。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E8%B2%A8%E5%B9%A3%E7%90%86%E8%AB%96
尚、現在この方式を採用出来るのは、米国などの基軸通貨発行国だけである。 もし、日本などでそれを行うと、著しい円安が始まり預金及び債権が2−3年で紙くずになるだろう。これを提唱するひとたちは、それを狙っているのかもしれない。

1)日本のネットには、韓国大統領の文在寅を笑う者や怒る記事が多い。それらは何れも、「目くそ鼻くそを笑う(に怒る)」の類に見えてしまう。あるブログ記事にコメントを書いた。
 

近代法治国家には考えられない韓国の対日姿勢が、何故これまで続いたのか? その原因は日本側にもある。その対日姿勢が、国際的には通用してきたということを、日本人はもっと真剣に考えるべきである。捏造した慰安婦像が世界の通説になったのにも、理由がある。(補足1)

 

それは、日本に国家としての存在感、威厳がないからだ。つまり、国家の体をなしていない日本の姿が、韓国という鏡に写っているのだと思う。韓国に腹を立てるのなら、日本が潰れる前に、そのエネルギーを日本の改造に使うべきだろう。(補足2)

 

今の日本のどこが異常か? その根本は日本文化にある。指摘したことは、その根本的欠陥が夫々の部分に具体化し反映されたものである。

2)日本の国政選挙において、一票の格差が2倍程度もあること;国会の主役が田舎の利益を代表する者達で構成されていること。この二点に先ず気付くべきである。しかし、日本国民が主権者としての尊厳を踏みにじられても、現在の支配機構に従順に従う家畜のようなら、如何ともし難い。

香港のようなデモで暴れる大学生は居ない。有名進学校の高校生たちは、医者が最高の職業だと思っている。つまり、優等生と雖も、日本の政治や歴史には無関心である。「日本の建て直しという大義」を果たす姿を、想像する自分の将来の中に発見できないのだろう。


その原因が、日本の教育のなかにもある。

明治以降、西欧列強はアジア進出を実行した。アジア各国は、それに翻弄されたと思う。アジア諸国の中で特異な存在のように見えるが、日本も例外では無かったのだろう。必死になって西欧諸国に混じって、列強の一角を占めようとしたが、そのために受け入れた西欧政治文化は未消化のママだったと思う。

 

おそらくその事実に日本は気づいていない。その証拠に、明治以降の日本の歴史の中で中心的役割を演じた筈の英米が、正しく記述されていないと思う。その前半部分では東アジアへの進出を企んでいた英国である。歴史を再解釈する(書き換える)のなら、英国が中心的役割を果たしただろう明治維新から始めるべきだ。日露戦争で英米の国策として勝たせてもらったことを理解していたのなら、日米戦争は無かっただろう。

まともに歴史を教えられていない日本人に、政治的に振る舞えというのは無理がある。

 

その結果、日本人は自分だけのことだけを考える人間になった。そして、長生きと健康が専ら日本人の関心事項になった。年寄りは、老後が不安で金は使わない。企業は、多額の利益剰余金を抱えていても、デフレが怖くて投資が出来ない。自分以外に頭とエネルギーを使う方向が発見できないのである。それは、上記進学校の高校生や、進学したあとの東大生が明確に示している。

 

補足:

1)これは西部邁と伊藤貫両氏の話にある通りだと思う。以下のブログの7分まで参照。(7分以降は聴いていないので、引用できない。)

https://www.youtube.com/watch?v=MNNeUirop3Y

小沢一郎の本「日本改造計画」では、民主主義政治がまともに機能するためには個人の自立が大事だということを明らかにした。この日本国を支えるのは日本国民各個人であり、その個人が自分の正当な権利を主張することが、民主主義(民主共和制)の原点だからである。

 

その民主主義の原点は、ギリシャやローマの時代に遡る。そこで、貴族的共和制から民主制への移行は、一般民の兵士としての活躍があった。日本で武士が政治の実権を握ったのも、夷狄や内乱に対応出来るのは武力だったからである。

 

生物の方でも、単細胞から多細胞生物、更に哺乳類への進化の背景には、常に外敵との戦いの歴史があったことは明らかである。従って、理想主義、平和主義はそのまま民族の崩壊に繋がるということになる。

 

つまり、国家の中で平和主義や理想主義が席巻するときには、その国家をコントロールする企みやその国家を崩壊させる企みが裏に存在する。それは、下記の馬渕睦夫氏の動画が解説しているとおりである。

https://www.youtube.com/watch?v=xxC2giu1bjk&list=LLfAlDzY3ieElTXtmdKHY84Q&index=7&t=551s

 

馬渕氏が言っているのは、タフトに代わって何故あの理想主義(インチキ)のウィルソンが大統領になったかという話であった。この当たりから世界政治は、表層の理想主義と深層の現実主義という二重構造において、後者が主になった。

 

現在の日本は表層がほとんどであり、この点からも崩壊の前夜にあると考えても過言ではないだろう。その時限爆弾的装置の組み込みは、平和憲法やWGIP(war-guilt information program; 日本は悪いことを考え実行したので戦争になったという布教活動)として、米国が企んだのだろうが、その宗教を払拭できなかったのは、日本人とその文化に原因を求めるべきだろう。

 

その文化とは、学ぶことは重視するが、自分で考え主張することは軽視(蔑視)するという特異な文化である。明治の革命も自国(自分たち)で考えて為し得たことではない。主として英国の影響が大きかっただろう。最初は、薩長の攘夷運動とそこから派生した討幕運動に過ぎなかった。その革命の動力(エネルギー)の出処や経緯をその後考えなかったことが、自己過信になり昭和の国家崩壊に繋がった。

 

2)日本文化において、“自国(自分)で考え主張することの軽視”とは、自分で考える人物にリーダーとしての地位を与えないことによる。それは、念仏重視、論理軽視、「和を持って尊しと為す」、人命最重視などの文化に原因がある。

 

それは、別表現では人柄重視、頭脳軽視の文化である。責任や説明などを軽視し、思いやりや忖度を重視する文化である。節約を重視し、大胆な切り捨てや投資を忌み嫌う文化である。恒常を好み、変化を嫌う文化である。

 

その一例は天皇元首制である。太平洋戦争時の特攻隊員には、国体護持つまり天皇陛下のために死ぬことを要求した。その愚かな政治形態を未だに日本の本来の姿だと信じている人が自民党などには多い。時代は変わった。天皇は伊勢神道の中で、天皇家の論理で永続的に維持されれば良いのである。(補足1)

 

そもそも、「日本の本来の姿」など有る訳がない。存在するのは、日本に済む住人であり日本国民である。その繁栄を考えるのが、日本の目指すべき政治である。「本来」という恒常的なものを求める愚者は、政治の舞台から降りるべきである。

 

また、北朝鮮といえば拉致問題、韓国といえば必ず馬鹿にするなど、思考停止する日本人には将来はない。拉致問題は日本の沿岸警備などの行政ミスであり、今となっては(戦争で取り返す以外の)外交問題として考えるのは間違っている。

 

韓国や中国が反日反日帝で国内を引き締める方法を馬鹿にするのは愚かなことである。日本がそんな方法が通用する国だということに気付くべきである。

 

(素人が直感で書き殴った文章です。批判と議論は大いに歓迎します。<=この文と補足は午後5時40分に加筆)

補足:

1)天皇家は外交の表層で非常に大きな力となる。その天皇家が日本の宝でありえるのは、それにより生じる弱点も意識し避ける方法を確立した後である。もし、現実的・深層的外交ができなければ、戦前のような天皇に頼り、天皇とともに倒れる日本国になるだろう。