2016年3月の記事からの再録である。12月20日の記事「国家の没落を我々は食い止められるのか:ロックインモデルを用いた考察」に吉田茂の罪について書いたので、その点を補強する意味で掲載します。

 

戦後史の本である片岡鉄哉著「日本永久占領」(講談社α文庫、1999; さらば吉田茂—虚構なき戦後政治史、文芸春秋1992)を読んだ。その前半に書かれている米国の占領政策と日本の政治は、連合国最高司令官であるマッカーサーの独善的な個性に大きく依存した。そして、それに協力した吉田茂の役割も大きかったと思う。憲法と天皇に関する部分についてまとめ、感想なども追加して書く。(引用は文庫版の頁で行なった)

1)天皇制と憲法

ポツダム宣言にも、占領軍により通知された「降伏後初期対日政策」にも、天皇制維持の保障は何も書かれていなかった(補足1)。実際、米国国務省からマッカーサーの下に政治顧問として送られたジョージ・アチソンは、「天皇を処刑するのも一つの選択肢である」とトルーマン大統領に助言している。(54頁)一方、マッカーサーは敗戦国の元首の処刑には武人として抵抗がある上に、円滑な占領政策の遂行には天皇の協力が不可欠であると考えた。

マッカーサーは天皇を救うために、天皇制を明記した憲法に改定することを考え、幣原内閣に新しい日本国憲法草案の作成を命じている。国務省から憲法問題への干渉をなくすこと、具体的には、アチソンの憲法への関与を取り上げる目的で、それをGHQ民政局(GS、Government section)の専管事項とした(補足2)。1946年2月1日に、内閣の憲法問題調査委員会委員長である松本烝治国務大臣が作った原案が毎日新聞にスクープとして出た。松本案は天皇を立憲君主制の元首と位置付ける草案だった。マッカーサーはそれを却下し、二日後民政局に1。天皇を国民統一の象徴とする、2。戦争を放棄する、3。華族の廃止を骨子とした草案作成を強引に指示する。しかしこれは、ポツダム宣言第12項の規定を無視したことになる。(補足3)

松本草案の却下と民政局作成の草案を示された時、内閣を構成する人々は茫然となった。特に外相・吉田茂の顔は憂慮に満ちていたと書かれている(補足4)。民政局に説明されても内閣では受け入れるという結論に達しないため、又も最後は天皇の聖断(2月)を仰ぎ、受け入れることになる。その後、幣原内閣は総辞職する。(補足5)

そして、6月20日開催の国会で憲法が議論されることになる。幣原の後に総理大臣になった吉田茂は「これは自由に表明された日本国民の意思に基づいたものであります」と説明する役割を担うことになる(補足6)。マッカーサーのその後の異常とも思える日本統治は、すべてこの憲法を守り抜くことが縦糸として存在すると考えれば、説明がつくと「日本永久占領」には書かれている。

マッカーサーは、「日本の憲法を書く機会をつかんだときに、これでシーザーになれると思い込んだのだった」と著者は書いている。そして自分の作った憲法に強い執念をもち、全てにおいて憲法が出発点になった。(148頁)この考え方は一般的ではないかもしれないが、マッカーサーの性格などをウィキペディアでみると分かるような気がする(補足7)。https://ja.wikipedia.org/wiki/ダグラス・マッカーサー

憲法改正を言い出さない社会党を執拗に育てようとしたことも、その考え方で納得が行く。そして、1949年の選挙で大勝するまでは、吉田茂はマッカーサーのしつこい虐めの対象であった。吉田が選挙で大勝したあと二人は緊密に連携するようになったことの裏に何かあるはずである。つまり、憲法を守る二人の約束があったとすれば説明がつく。(153頁)そして、吉田は憲法改正よりも経済優先の政策を始めることになる。憲法は1946年の11月3日公布、翌年1947年5月3日施行された。

東京裁判は1948年に閉じられ、天皇が罰せられる危険性は消えた。1951年4月マッカーサーは司令官を首になり、その年の9月8日にサンフランシスコ平和条約の調印が行われた。しかしその後、吉田政権及び吉田学校の出身者の内閣からは、憲法改正の話はでなかった。

2)マッカーサー統治の評価

マッカーサーが天皇陛下を救ったのは、円滑な武装解除と新しい日本の構築が目的であった。大規模な要人追放(パージ)で、社会党などの左翼を一大政治勢力にしたのは、日本の政治を大きく左方向に旋回させるためであった。新憲法を含む大規模改造は、天皇の命を救うことと引き換えになされたため、日本国内での強い反対を封じることになった。国民一般にも非難の声が広がらなかったのは、厭戦気分と日々の生活で精一杯だったからだろう。ひもじい思いをしていた日本人に食料を放出し、DDTをかけてシラミ退治をしてくれたことも、寛大な占領軍を印象つけたのだろう。

一方、国務省から視察に来たジョージ・ケナンはマッカーサーの日本統治を厳しく批判している。「マッカーサー将軍のこれまで(1947年4月)の占領政策は、一見して共産主義の乗っ取りのために、日本社会を弱体化するという特別の目的で準備されたとしか思えないものだった」と回想録(George F. Kennan,”Memories” p376)に書いているそうである(補足8)。

つまり、世界は冷戦の時代に入っており、米国本土では日本との講和条約の締結と再軍備が考えられていた。戦争放棄の憲法には国務省は懐疑的であり、国防省と統合参謀本部は絶対反対していた。裸の独立国家にはあり得ないからであり、従って、講和条約の交渉で日本の首相が改憲と再軍備を主張すれば、両省は支持するのに決まっていた。(149頁)

マッカーサーは日本の再軍備に反対であった。「それまでおこなってきたことと矛盾し、日本における我々の威信を傷つける」と言ったという。つまり、日米の政治よりも自分のメンツを優先したと考えられる。その他、再軍備は極東の諸国を離間させる;再軍備しても植民地なしでは5等の軍事パワーにしかなれない;コストが高すぎて日本には賄えない;日本人自身が反対している;そして、最後に”日本の軍国主義を復活させる”が後日付け加えられた。

そこで、マッカーサーは講和条約と同時に米国の日本防衛義務を考えていた。これらは全てマッカーサー憲法を守るために考えられたというのが、この本に書かれた戦後史のモデルである。とにかく、日本の現在まで続く異常な政治の原点がここにある。

3)以下感想を混ぜて書く。

その後マッカーサーは、米国議会での証言で「ドイツ人は45歳だが日本人はまだ12歳くらいである」という言葉を、日本と自分の政策の弁護のために用いた。

私には、日本人はマッカーサーにより20歳の青年から、12歳の少年にされてしまったと思う。それまで20歳の未熟な青年レベルだったというのは、明治憲法における国家の形が、権力と権威を分離するものであり、国家の方向を決めるシステムとして不完全だったからである。そのため、肝心な場面で内閣だけで決断ができない。また、戦争で負けてもその責任の在り処が明確に出来ず、同じ間違いを何度も繰り返すことになる。

立憲君主制に拘れば、天皇処刑の理由を米国国務省やロシアなどの他の連合国に与えることになる。それでも、内閣で象徴天皇制の受け入れを決められず天皇の聖断を仰いだ(86頁)ことも、明治体制の不完全性を証明している。明治憲法は明治維新後、明治時代の早い時期に象徴天皇制に改正すべきだったのではないだろうか。それができなかったことは、明治維新も日本独自で成し遂げたのか疑わしいということになる。(最近、西鋭夫はそう講演しているらしい。(例えば: http://mickeyduck.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/post-f92d.html

吉田茂は、憲法ができ象徴天皇制として天皇の地位が安泰となったのち、マッカーサーの下で権力を振るうことになる。再軍備と憲法改正に反対だったマッカーサー路線を、マッカーサーが帰ったのちも引き継ぐ。経済発展が先ず大事だというのはわかる。しかし国家の骨組みである憲法をまともな形に改正できないことはない。既定路線を走る官僚的政治家だったのだろう。

この本の210頁に書かれている文章をコピーする。
吉田とマッカーサーは何をやっていたか。彼らは、米国政府の政策と日本の国益に反して戦後体制を温存していた。逆コース(まともな独立国に日本を戻すこと)をサボタージュしていた。マッカーサーは追放の解除を引き延ばして、吉田内閣の安定をはかっていた。吉田は再軍備阻止のために社会党と裏取引をやっていた。吉田は1949年の総選挙以来、官僚を政治に登用して、追放中の職業政治家のお株を奪おうとしていた。(後日、これが吉田学校となる。)そして、もっとひどいことに、二人だけで日本の将来の外交を恣意的に決定しようとしていたのである。

マッカーサーが朝鮮戦争の方針でトルーマンの意向に反したことで、1951年4月司令官を首になる。日本を離れる時に、沿道に20万人の日本人が詰めかけて見送り(補足7)、毎日と朝日の両新聞はマッカーサーに感謝する文章を掲載したとのこと、更に、衆参両議院がマッカーサーに感謝決議文を贈呈すると決議し、東京都議会や日本経済団体連合会も感謝文を発表した(ウィキペディア参照)。

一般市民は何もわからないだろう。しかし、新聞や国会のこの姿は非常に情けない。日本国のまともな政治家などを根こそぎ追放され、国家の骨組みを破壊されたことを感じてさえいないのだろうか。その後、マッカーサーが行った米国議会での証言を聞いて、マッカーサー記念館の創設などの話は立ち消えになったという。騙す方も悪いが、騙される方にも責任があると思う。

補足: 1)ポツダム宣言には天皇の地位に関する記述はなかったので、政府は「天皇の国家統治の大権を変更するの要求を包含し居らざることの了解の下に、帝国政府は右宣言を受諾す」と8月10日(1945年)連合国側へ回答した。しかし、12日に米国から「降伏の瞬間から、天皇と日本政府の国家統治の権限は連合国最高司令官に従属する」という回答が届いた。従属するという文章に議論が起こりまとまらないので、天皇は14日の御前会議で宣言の受諾を確認された。内閣書記官長の書いた終戦の詔勅には、国体の護持に成功して降伏するとの一節が入っていた。しかし、皇室の安泰について、米国政府は何の約束もしていなかった。


2)マッカーサーの資格は連合軍最高司令官(SCAP)と米軍の極東司令官であった。SCAPとして行うことには、米国国務省の力は及ばなかった。


3)ポツダム宣言第12項「日本国国民が自由に表明した意志による平和的傾向の責任ある政府の樹立を求める。この項目並びにすでに記載した条件が達成された場合に占領軍は撤退するべきである。」


4)この時、民政局長のホイットニーから、他国からの天皇を処罰せよとの圧力が強くなっているので、この案を作ったという説明がされた。


5)「天皇が統治するが、各省大臣は天皇を補弼する」という権力の在り処が分からない憲法では、最も大事な場面で天皇の聖断を仰ぐという形になる。これではまともに国家の運営などできないことは何度も学習してきた筈である。それでも、この形に拘る幣原首相や吉田外相などの日本の官僚出身政治家は、性根から自分は一ミリのリスクも取らず、長いものには巻かれるのである。 新憲法に関する人民投票は4月10日行われた。幣原内閣は22日に総辞職し、その後の選挙で鳩山一郎の自由党は第1党となるが、直後に鳩山は追放される。マッカーサーはまともな政治家は徹底的に追放するのである。


6)これは「日本国国民の自由に表明した意思」というポツダム宣言第12項の体面を繕うためである。そして吉田は、「国体が維持されるという保証があったから日本はポツダム宣言を受諾したのであり、この憲法で国体は事実上維持されたと言明した。しかし、民政局から「日本の降伏は無条件降伏である。発言を訂正せよ」とのクレイムがついた。つまり、GHQはポツダム宣言にこだわっていないことになる。因みに、吉田はこの時第9条について「これは自衛の戦争も否定するものだ」と言っている。


7)3代前は英国人(スコットランド)だったというが、名誉欲が強く、制服を嫌い格好つけることに熱心、絶対に自分の間違いを認めない性質など、この人のキャラクターが日本統治に濃く反映されたのではないだろうか。マッカーサーが解雇されて米国に帰る時、20万人が沿道で見送った。それを、マッカーサーは回顧録で200万人と書いているという。このエピソードも、この人の性格をよく表していると思う。


8)ケナンは、「パージは全体主義的だ」と決めつけている(111頁)。更に、東京裁判についても、「戦争指導者に対する制裁は、戦争行為の一部としてなされるべきであり、正義とは関係ない。またそういう制裁をいかさまな法手続きで装飾すべきでない」と言っている。


米国の政治勢力も一枚岩ではなく、政治や外交においても、多くの勢力のせめぎあいの結果であると思われる。

1)事件の概要と問題提起:

 

凄絶な教師間のいじめが発覚した神戸市東須磨小学校の件、昨夜のサンデーXというテレビ番組で放送されていた。そこでは橋下徹元大阪府知事や太田光さんなどが議論していた。彼ら出演者の議論は、若干未整理なように思えたのでここで議論してみたい。

 

その事件を報じたある記事からその概要を書く。主犯格は40代の女性教師。彼女に30代の男性教員ら3名が加わって、20代の男性教師に激辛カレーを無理やり食べさせたり、目に入れたり、被害者所有の新車の上に土足で乗ったりするイジメを繰り返したようだ。

https://www.j-cast.com/tv/2019/10/08369515.html?p=all

https://waon-guam.com/sumashou-ijime-hasegawa/

 

その被害男性教師は新任教師であり、主犯格の40代女性教師(A)が彼の世話係となり、二人はよく行動を共にしていたと言う。週刊誌報道によると、被害男性がAに交際相手の女性を打ち明けたことが、暴行が始まる切掛だったようである。従って、原因は明らかである。ただ、それが事件化した背景には日本の現代の文化がある。(補足1)

 

上記テレビ番組では、この事件について口角泡を飛ばして議論していたが、問題の核心を外れていた。何故なら、出演者の方々はイジメとは何かについて定義もなにもしないで、自分勝手に議論の対象を決めていたからである。

 

イジメとは、上の身分の者が、下の身分の者に対して行う暴力である。従って、民主主義を採用する法治国家の日本において、対等の関係にある大人の間では本来あり得ない。ある記事には、教師カーストが関係していると書いている。https://www.j-cast.com/tv/2019/10/08369515.html?p=all

 

日本には本来あり得ない教師カースト(職員室カースト)の存在は、公務員制度全体の問題として重要だが、その議論は別の機会にしたい。今回は、本来善良なる市民である筈の大人の間で、所謂イジメが生じることの異常さを考えたい。それは、職場でのパワハラやセクハラとも同根であるが、より本質的な問題を明確に示しているからである。

 

2)日本人と現代日本文化に欠けたもの

 

教師間のイジメは正に日本病の症状を分かりやすく示している。それは、現代日本文化の中に、人としての尊厳或いは威厳(英語でdignity)という概念が殆ど無いことである。それは人権とはことなる。人権は外に向かって主張するものであるが、ディグニティは防衛するものである。

 

勿論、人としてのディグニティ(補足2)を守るために人権を主張する場合もあるのだが、人権は生活の利便性などについても対象とするので、より広い意味をもつ。

 

ここで、上記教師間のイジメで、事件が大きくなったのは、被害者側にも法的責任ではないが自分自身に対する重大な責任がある。それは自分の人としてのディグニティを守る行動に出なかったからである。早期にその行動に出ていれば、深刻なイジメには発展していなかっただろう。何故なら、加害者達も本来は善良な人たちだったからである。(補足3)

 

教師は公務員である。その職場を追われることがないので、会社の内部でのパワハラとは違い、解決はより簡単である。自分のディグニティを守る行為で終わっていた筈だからである。勿論、その後被害男性には苦しい後始末が残るだろう。それは、無視や執拗な告げ口の類にイジメが変質する可能性が高いからである。それを跳ね除けることが、自身のディグニティを守るコストである。(補足4)

 

「和を以って尊しと為す」の日本文化では、このような断固とした行為を取り得ない人が多いだろう。筆者もその一人だろうかもしれない。しかし、個人の独立と自己の人としての尊厳を守ることは不可分である。もし、近代国家の中で生きることを主張するのなら、自己の尊厳はまもらなければならない。

 

この個人の自立は、日本文化が欠いているもっとも重要な因子であり、それを明確に指摘したのがあの小沢一郎の「日本改造計画」である。ゴーストライターの手によって書かれたとは言え、その内容は非常によく出来ている。もし、日本国が国際的地位を確立したいのなら、そして、独立国としての地位を失う可能性を取り除きたいのなら、今からでも「個人の自立」を学校教育の柱とすべきである。

 

同じことを繰り返すが、日本の非武装中立という馬鹿な憲法を改正できないことも、この日本文化が原因である。

 

補足:

 

1)この暴行事件の発覚が遅れたのは、校長の姿勢も関係しているようである。校長は、「(加害教師たちは)指導力も、力もあり、校長である私自身も教えてもらうことが多かった」と釈明したという。校長の無能さも、この件が大きくなった原因の一つだろう。

 

2)ディグニティと英語のカタカナ表記をここで用いるのは、日本には正しくこれに代わりうる言葉がないからである。その意味は、「自分自身を神聖な領域或いは存在として考えること」である。尊厳が近いが、日本人の語感ではdignityとは異なると思う。筆者自身(戸籍上は純粋な日本人らしい)が、この日本文化が嫌いで、その言葉を使いたくないだけかもしれない。

 

3)日本国の防衛問題と同じ構図である。

 

4)デビ・スカルノ氏が、米国で売春婦呼ばわりされ、相手を殴った事件があった。いつもこの種のイジメやパワハラの類のニュースが出ると思い出す事件である。彼女は、敢然と自分のディグニティを守る行為として、平手打ちを相手に見舞った。この件だけで、彼女が米国で有罪になったのなら、米国も馬鹿な国である。因みに筆者はデビ夫人に全く好意はない。別の件(北朝鮮関連)で、日本に好ましくないことを行なっているからである。

1)再韓米軍の駐留経費負担額大幅増の話し合いは12月18日から米韓で行われたが、その結果について及川幸久氏の動画が紹介している。非常に重要な話なので紹介したい。本文では、一部本ブログ筆者の考えも加えている。及川氏のブログを視聴されれば、以下の文章を読む必要はないかもしれない。https://www.youtube.com/watch?v=oOUyCeBh5Oc

 

この米軍駐留経費の大幅増額要求は、実は米国の対中国防衛計画と絡んでいることが明らかになった。むしろ、米国の考えの中心にあったのは自国防衛計画であり、その交渉戦術として、駐留経費5倍増の要求が最初韓国に突きつけられたようだ。

 

今回の米韓の交渉は、合意には至らなかった。そして、来年1月に再度交渉されることになった。今回の会議後、米国の担当官により以下のような話がなされた。「当初の要求には拘らない。最終合意においては駐留経費の韓国負担額は、これまで言及していた額から変わるだろう。その代わりに、韓国が米国から武器を買うことが重要な交渉のポイントになってきた。」

 

韓国に対して、米軍駐留経費5倍増の代わりに、本来の要求を持ち出してきた様なのである。その解釈の為に及川氏が言及したのは、先月(11月)に韓国を訪問したエスパー国防長官の韓国に対する要求内容である。エスパー長官が要求したのは、日韓でのGSOMIA維持だけではなかった。米軍の韓国駐留経費の大幅増と、対中国の中距離ミサイルを韓国配備を承認することである。韓国はそれら米側の要求全てを拒否した。

 

エスパー長官の訪韓後直ぐに、中国の王毅外相が5年ぶりに韓国を訪問した。そして、中距離ミサイル配備の交渉が本格的に開始されていないにも拘らず、米国によるその配備を許さないと警告した。中国がこの件に非常に神経質になっていることを示しているが、それは逆に、米国が対韓国の交渉において中距離ミサイル配備を非常に重要だと考えていることを表している。

 

エスパー長官の訪問後に、駐留経費5倍増の話が米国によって持ち込まれた。そして、その交渉は短時間に、米側担当官は怒って椅子を蹴る形で終了している。このパーフォーマンスは、今回の12月18日からの米韓交渉の布石だったのである。

 

 

2)中距離ミサイルの日本配備計画について:

 

及川氏の解説によれば、この米国による中距離ミサイルの東アジア領域への配備計画は、日本も対象にするとして、既に今年10月末ロシアに通告されているという。日本での候補地は北海道と沖縄である。日本では殆ど報道されていないが、沖縄では報道されたようである。(補足1)

 

今年8月に米露間の中距離核ミサイル制限条約が失効したことを受けて、米国は戦略構想を新しくしたのだろう。その一環としての、中距離ミサイルの東アジアへの新規配備だと考えられる。オーストラリアにも配備されるようである。それらは、中国を念頭においているし、中国は上記のように相当神経質になっている。(補足2)

 

及川氏は、この中距離ミサイルの配備を、ここ2,3年に尖閣などで予想される限定的な軍事衝突に備えた計画だろうと推理している。そして、トランプは、それらは日本や韓国を防衛するために配備するのだから、日本や韓国がその費用を負担するのは当然であるというだろうとしている。

 

この話は非常に重要である。これまで日本の核抑止力に関して、米国の核の傘という表現が用いられて来た。そして、それは純粋に日本の防衛のためというのなら、破れ傘だろうと考えてきた。しかし、今回の米国の対韓国の要求として予想される中距離ミサイルの配備は、米国の核抑止のドームの端を韓国に置くという話のように聞こえる。

 

つまり、米国の「日本や韓国の防衛の為におくミサイルだから、日本や韓国が経費を出すのは当然だ」という及川氏が予想するトランプの言葉とは裏腹に、それらは第一に米国の防衛の為だと考えられる。そして、韓国及び日本における米軍の存在は、今後、両国の防衛だけでなく米国本土の防衛のためという意味を一層明白にもつことになる。

 

その理由だが、中国の軍事力増強が進み、西太平洋においては、米国よりも中国の方が有利な情況にあることが考えられる。これは、チャネル桜の「日本核武装論」という番組での矢野元陸将補の発言である。(https://www.youtube.com/watch?v=l3WVHGBNC68 13分あたりから)そのアンバランスにより、中国による南シナ海での国際法を無視した基地建設が可能になったと、矢野氏は語っている。

 

更に、矢野氏は同番組で、中露のミサイルの質量ともに近年格段に上がっていることに言及している。元々、多弾頭の大陸間弾道弾は、多弾頭が攻撃目標に鉛直上方から落下するので、迎撃は困難である。そして、最近開発された極超音速ミサイルが米国本土に発射された場合には、迎撃は不可能である。従って、中国に対して抑止力を十分に維持するには、その近くに相応の抑止戦力を配備する必要があるという。https://www.fnn.jp/posts/00406810HDK (補足3)

 

そのため、米国は今後同盟国である韓国、日本、オーストラリアなどに広く中距離ミサイルを配備する計画のようであり、それにより西太平洋において中国との軍事バランスを釣り合いの取れた形にすることを、米国は第一の目標と考えているのだろう。

 

トランプ大統領は、今後米軍駐留費として、80億ドル要求する話がくるだろう。その後の話の展開で、上記中距離ミサイルの北海道と沖縄への配備の話が出てくるだろう。もし、安倍総理の訳のわからない親中姿勢が、韓国の文在寅大統領と同じ方向の姿勢なら、日本は将来既に述べたようにウイグルのようになる。つまり、最大のピンチと自主独立の最大のチャンスが同時に訪れる様に見える。もしその件で解散総選挙になるようなら、日本国民は亡国の選択をする可能性がたかい。

 

 

補足:

 

1)このような話し合いは、おそらく日本政府との間でなされていただろう。そして、その内容が沖縄で新聞報道されたのだから、国会議員は当然知っていなければならない。それにも拘らず、日本の国家では質問にも登らなかったようである。何故なら、桜を見る会で忙しかったからである。何という異常な国だろうか。

 

2)韓国と中国の間がギクシャクしだしたのは、高高度迎撃ミサイルシステムTHAAD   の韓国への配備だった。米国の中距離ミサイルを配備すれば、中国は当時以上の反応を示すので、韓国は拒否するだろう。その後、米軍は韓国を撤退することになると思う。その布石として、11月18日韓国の国防長官は、中韓両国の国防長官の間で軍事ホットラインの数を増加するなどの協定に合意したと発表している。

 

3)素人の予想だが、国境付近への配備が可能になれば、ICBMなどでも発射直後の破壊なら可能ではにだろうか。更に、相手国の軍事情報収集や、敵基地攻撃を効率よく行うことが出来るのではないだろうか。