1)日本人の国家意識欠如

 

日本がまともな主権国家になるには、国民に国家意識が芽生えることが何よりも大事だと思う。数年前に、「保育園落ちた。日本死ね。」とSNSか何かに書き込んだ人がいて話題になった。その時、「日本が死ねば、あなたもあなたの子供も死にますよ」とテレビでコメントする人は、全くいなかった。日本国民に国家意識が欠如している証拠である。

https://www.huffingtonpost.jp/2016/03/14/hoikuenochita-blog-_n_9457648.html

 

日本国民の殆は、何かの式典のときに「国歌」を歌うが、何か後ろめたいことがあるかのように小声で歌う。何故か? それは日本国民が、日本国とその歴史に誇りを持てないからである。それは米国のWGIP (補足1)が原因だという人が多い。では何故、それを覆すような歴史の総括を日本政府はしないのか? 何故、何時も歴史認識に問題があると世界から言われ続けるのか?

 

大相撲に外国人力士を大勢入れて、長年最高位をモンゴル人に独占されても、大相撲は国技だと言い張る無神経。更に、その言い分を認めて、公益法人として税金を免除する政府の無原則な姿勢。更に、優勝力士の表彰式で日本の国歌を演奏し、モンゴル人力士も義理か無言の要請を受けてか分からないが、口パクで歌っている振りをしている。それに違和感を感じないのが、日本国民一般の実情である。(補足2)

 

このような情況下で、日本国民に国家意識を持てというのは無理な注文かもしれない。しかし、「日本国が滅んでも良いのでしょうか?」と問えば、100%絶対に駄目だと答えるだろう。殆どの日本人は、まるで出来の悪いわが子に対するように、日本国に愛着を持っている。少なくとも江戸時代から日本人の家系にある私には、それが良く分かっている。

 

国家意識の再生は、天皇を利用すれば簡単かもしれない。しかし、戦前のように全体主義的になっては大変である。現在の安倍独裁政権は、日本の大都市に賭博場を作ることを、国会でも殆ど何の反対も出さないで決めてしまった位だから、何をするか分からない。(補足3)そのように、国家意識を強制するようなことになっては、天皇家は滅びるだろう。それは日本国民の本意ではない筈である。

 

2)政治改革の方法について:

 

日本再生には、世界の何処にあろうとも、日本国民が日本国を誇りに持つと大声で宣言できるようでなくてはならない。義務教育から、現在の日本人の国家意識を改めなくてはならない。そのためには、日本は近代の歴史をレビューし、責任あるものは責任を追求し、被害を受けた者にはその保障をするべきである。 そうすれば、国家意識は創生されるだろう。

 

国家意識の再生ではない。日本人には国家意識など無かったからである。つまり、日本人には、人類皆兄弟的な考えが根強くあった。昭和天皇の開戦時の歌、「四方(よも)の海 皆同胞(はらから)と 思う世に なぞ波風の 立ち騒ぐらむ」は、それを示している。この歌は、明治天皇が日露戦争の時に詠んだ歌である。

 

このような歌を、国家元首が詠むようでは、戦争は始めるべきではないし、始めてしまえば勝てる訳がない。そのように指摘した人が居たと、これまで聞いたこともない。これがこの国の現状である。

 

日本国民の一人一人が一度、この日本文化というぬるま湯から出て、ユダヤの民が味わったような一人の寒さ厳しさを、人が生きる原点として、想像の世界でも良いから確認すべきである。そして、他人及び自分の考えや行動を、議論と評価の対象にしなくてはならない。

 

1952年の講和条約後に、そのように新しい日本として再出発しておれば、日本を話が通じる国として、国際社会が認めただろう。その場合、日本の指導者として相応しくなかった、或いは、致命的な間違いをしたと裁決された人たちは、「戦争における犠牲者としての名誉」(補足4)は剥奪されただろう。

 

日本人の欠点は、非論理的な点である。論理的にあの戦争を総括することなしに、再び民族としての団結を取り戻そうとするのは間違いである。つまり、右翼系の人たちが持つ「あの戦争で死んだ人達は、皆日本の為を思って一生懸命にやったのだから、皆犠牲者だ」という考えは間違いである。(補足5)

 

日本国民が国家意識を創生した後には、「指導者としての資質に欠けた者は、国政に参加すべきではない」、そして「相応しい能力を持っていると自信を持つ者は、その能力を国家のために役立てるべきである」の両方に賛成する人が殆どとなるだろう。

 

3)現状からの脱却

 

現在、地域の利権を国政で実現しようとする類の政治家が与党におおい。最近の例では、現与党幹事長は、和歌山のために捕鯨再開を実現した。それは、地域の利権を実現するとともに、非常に仲の良い国家の意向を汲んで、或いはサジェストにより、動いた結果だろう。それは、インド太平洋構想における重要なパートナーであるオーストラリアが、日本に対して悪い印象を持つように仕向ける策略の一環だとも考えられる。https://rcbyspinmanipulation.blogspot.com/2018/12/blog-post_21.html

 

兎に角、国政から地方の利権は排除されるべきである。そのために、ドブ板選挙から脱却しなくてはならない。(補足6)地方の利権から国政を開放するためには、道州制選挙区と一票の格差撤廃の実現が必要だと思う。それは小さな政府の実現にもつながる。勿論、比例代表制は廃止する。同州制は、元大阪維新の橋下徹氏が唱えていた。その時よりも大分前に、大前健一氏も道州制を提唱していた。

 

優れたアイデアが無いわけではない。それを国民が勇気を持って選択しないだけである。国民に国家意識を再生させて、政治的主体性を獲得させるべきである。それが遠回りに見えるかもしれないが、日本国再生への近道である。

 

 

補足:

 

1)War Guilt Information Programは、日本人に戦争責任を自覚させるための占領軍司令官マッカーサーが実行したプログラムである。身近な例では、ウィキペディアなどの記述が参考になると思う。

 

2)日本には、日本人は天皇家を中心にした大家族であるという考え方がある。例えば、神谷宗幣(日本会議の主要メンバー)という方が書いた本「本当の日本」には、“日本にルーツのある日本人は、歴史をたどると必ず天皇家の一族に繋がっている”という記述がある。更に、日本人には「人類皆兄弟」的な考え方がある。これは、あの笹川良一氏の著書のタイトルである。これらの考え方から脱却することが、日本人に「合理的思考に基づく国家意識」を再生させる重要な一歩だろう。

 

3)安倍総理には、自分には何でも出来ると思い込みがあるようだ。自分が親中姿勢をとれば、日本国民も親中になると思い込んでいるのだろう。自分は、友達が大学を作りたいと言えば、作ってあげられる。自分は、強姦犯でも無罪にできると思いこんでいる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%A8%88%E5%AD%A6%E5%9C%92%E5%95%8F%E9%A1%8C

https://news.livedoor.com/article/detail/13187244/

 

4)日本でも世界でも、犠牲者や犠牲者候補のマイノリティーに特別な権利が与えられるようだ。この人工的錯乱は、米国の一部から世界に伝染している。

 

5)本来なら戦争責任者である筈の者たちが、戦争の犠牲者である一般戦死者が祀られるべき靖国神社に合祀されている。それを可能にしているのが、日本人は皆頑張ったという戦争責任を他に押し付ける思想である。そこでは、戦争をまるで天災のような感覚で処理している。天災だから、マッカーサーは救助隊の隊長のように錯覚された。退任のとき、20万人が“英雄”を米国に見送ったのである。国際社会は本質的に野生の支配の世界であるから、日本が敗戦国になった責任は、日本人が取らなくてはならない。その原点に立たなければ、天動説と地動説を間違えるような結果になる。

 

「日本人は皆家族である」的な考え方で、嘗ての戦争責任者を許す思想は、右翼系に多い。その代表が、櫻井よしこ氏である。「櫻井よしこさんの靖国参拝に関するコラムを読んで解った事」:

https://rcbyspinmanipulation.blogspot.com/2013/08/blog-post_29.html

 

6)どぶ板選挙は、国会議員が地域の有力者とその人脈により選出され、その国会議員は地域に有利な政策を誘導するという政治形態の根幹を為す。それは、中川一郎の自殺を論じた記事に書いた。

https://rcbyspinmanipulation.blogspot.com/2018/01/blog-post_20.html

1)イントロと問題提起

 

先程の朝日放送系(名古屋テレビ)で放送されていた「正義の味方」(2月1日午前9:30-11:00)で、日本のスパイに対する脆弱な体制について議論していた。その最後の部分で、山田敏弘という評論家が日本にもCIA的諜報機関を作るべきだと主張していた。同番組に出席の評論家、宮崎哲弥、藤井聡、高橋洋一らもその考えに賛同していた。

 

私は、それより先に日本国にはすべきことが在ると思う。それは、国民の中に「まともな国家を持つ意思」を育てることである。その運動が、学校や町内会レベルまで波及するように、国会が火付け役をすべきである。野党は、桜を見る会などのスキャンダルを追いかける姿勢から抜け出て、与党をその議論に巻き込んでもらいたい。無理な注文かもしれないが。。。

 

今の安倍政権が強力な諜報機関を持てば、その情報を、政敵を排除するために悪用するだろう。従って、そのような両刃の剣的システムを持つ前に、国民の「国家意識の向上」を出来るだけ早く実現し、その後まともな政治体制を手に入れるという順番で、改革すべきだと思う。そうしなければ、日本の中国化が起こるだろう。つまり、マッカーサーが言ったように「12歳の民主主義しか持たない国」には、諜報機関は内向きに使われる可能性が高くなるのだ。(補足1)

 

米国のような、大人の民主主義政治を持つ国でも、諜報機関であるCIAは、選挙で選ばれた大統領の方に刃を向けた。その所為もあって、トランプ大統領はCIA元高官の機密情報へのアクセス権を剥奪することにしたという。https://www.nikkei.com/article/DGXMZO3433227020082018EAF000/

 

米国政府高官は、退任後も後任への助言などのために、機密情報へのアクセス権を持つことが慣例になっていたという。元CIA長官のブレナン氏は、機密情報へのアクセス権の剥奪は「言語道断の権力の乱用だ」と厳しく批判した。その批判は、民主的に選ばれた行政のトップに対する根拠を欠いた反抗である。

 

「言論の権利に対する侵害だ」(http://www.news24.jp/articles/2018/08/16/10401554.html)というが、言論の自由が基本的人権の一つだとしても、公益に逆らっては要求できない。元高官と言えども1国民は、正統に選ばれた国家のトップの決定が不満なら、司法に訴えるか従うかの選択しか許されない。政治的プロパガンダはすべきでない。

 

それよりも、BBCが報じたトランプ大統領の反論の方が、説得力がある:

「これまで、情報機関や法執行機関の長を務めた人物については、特別な見識を有する問題について後任からの相談に応じられるよう、また職責への礼儀としても、機密情報へのアクセス権限を保持することが許されてきた。どちらの理由も、ブレナン氏が機密情報のアクセス権限を保持することを正当化しない」

https://www.bbc.com/japanese/45204454

 

2)基本からの考察

 

現在の国際政治は、世界政府が無い以上、本質的には野生の原理が支配している。つまり、国際条約は法の権威を持たない。その中で、国家が主権を守るために、諜報活動が行われている。英国のMI6、イスラエルのモサド、ソ連時代のKGB、米国のCIAなどが特に有名である。その活動は、先日のソレイマニ将軍暗殺など、時として国際法を無視して行われている。(補足2)

 

これらの海外向けの諜報機関と協調する諜報活動が国内でも法を無視して行われている筈である。英国のMI5はよく知られているが、各国も公安警察などの名で呼ばれている組織が、それを担当しているだろう。それは国民の権利の侵害を最小限に抑えて行われなければ、公益性の主張ができないだろう。

 

日本のように諜報の意思に乏しい国は、つまり、一人前の主権国家となっていない国は、諜報機関を作れば必ず国内の政敵追放に使われるだろう。(補足3)その力を握った者達が、ある外国の支配下にあれば、どうなるか?それを考えれば恐ろしい。つまり、日本では言論の自由が無くなり、中国のような国家が出来上がるだろう。(補足4)

 

日本に欠けているのは、繰り返しになるが、国民における国家を担う必要性の自覚と実行する覚悟である。それを得れば、本来野生の原理の支配する“国際世界という海”に浮かんだ日本国という船が、海賊たちに襲われて沈没しないように、一定の手段と装備が必要だと国民の殆どが同意する筈。

 

その為の情報を集めるのが諜報機関であり、力の行使を担当するのが国軍である。それを持つ宣言として、直ぐに憲法を改正することになるだろう。それらのプロセスは、自然な流れでなくてはならない。いきなり諜報機関が必要だとか、憲法改正が必要だとか言うのは、子供がピストルが必要だと言うような類の議論である。

 

(編集 14:10;14:50;15:25)

 

補足:

 

1)国民に国家を担う意識が発生すれば、憲法改正は自然に実現するだろう。諜報機関を作れば良いというのが、安易な考えであることを教えてくれる例があったので追加する。韓国のパク・チョンヒ大統領は、国家の主権を確立するために核武装を考えた。それを良く思わない外国勢力が、KCIA (韓国の諜報機関)を動かして、朴正煕を暗殺させた。

 

2)国際法が完全に有効なら、そもそも戦争などは起こり得ない。勿論、国際間のトラブルは起こるだろうが、それらは国際的な警察機関と国際的な司法機関が裁く筈である。そのような世界政府的な体制には、国際連合は脱皮できないだろう。

 

3)現在米国上院で行われているトランプ大統領を対象にした裁判は、まさに、この権利の乱用に関するものである。そのような手続きを完備している米国の民主主義は、流石だと思う。

 

4)国家の対面を優先する中国は、武漢など湖北省の住民の安全よりも、病気の流行を抑えることに国家権力行使の目標を置いている。その結果、武漢は新型肺炎ウイルスの「閉鎖された培養器」のような状態になっている。それを大きな業績のように言うWHOのトップの言動は、中国の諜報機関の活動成果の一つだろう。因みに、戦前の日本でも国内諜報機関(英国のMI5に相当か?)が、一般国民の戦争に反対する声を弾圧する機関となった。特高警察である。(補足1の朴正煕の例も参照)

 

以下に、武漢在住の若者や恐らく日本在住だと思われる中国人の若者が配信した3つのyoutube動画を引用します。本記事の目的は、これらを動画を引用することです。彼らが国際社会へ訴える言葉、「武漢に関心をもってください」に対する「せめてものレスポンス」です。

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武漢市は1月23日午前10時に閉鎖された。その時、既に春節(旧正月)の人の移動が始まっていた。東京新聞によれば、武漢市の周先旺(しゅうせんおう)市長は二十六日夜、武漢が二十三日に事実上の「封鎖」となる前に、約五百万人が帰省や旅行ですでに武漢を離れていたと明らかにした。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/202001/CK2020012802000130.html

 

一体何のための封鎖なのか? (補足1)感染の封鎖にはもはや役立たない。情報封鎖なのか?若者たちは、youtube動画で、武漢市民の窮状を訴えている。武漢市の病院は患者で溢れているという。病院で長時間待たされたのち看てもらっても、武漢市衛生検査委員会に報告され、許可が降りた人のみが病院の治療を受けることができるという。

 

病院に行くことは、自分を感染させるために行くようなものであるという。彼の予想では、政府発表の100倍の感染者が出ているだろうと言う。

 

交通が遮断された武漢市には、野菜などの食料はない。ガソリンスタンドも閉鎖され、自分では何もできないと訴えている。公安を怖れながら、世界に助けを求める為に動画を公表していると言う。武漢の件が国際的に注目されることで、中国政府への圧力につながることを期待しているのである。

https://www.youtube.com/watch?v=pj45VVHBfPA

 

別の若者も、真実を世界に発信するために、youtube動画をアップロードしている。それを日本語に翻訳した人が、日本語字幕を入れて転送したので、我々にも真実の別の一片をしることができる。窮状は上記動画と同じだが、最後の方で、以下のように言っている。

 

皆が洗脳されている訳ではありません。我々も民主主義、自由、開放された社会を望んでいます。助けてください。我々武漢人には国際社会の関心が必要です。我々だけでは何もできません。https://www.youtube.com/watch?v=Mcfn5Eh5OVE

 

更に、日本語で武漢の窮状を訴える若者もいる(日本からかもしれない)。彼もまた、武漢は地獄だという。「政府は、武漢をあきらめたのだろうか」と嘆く。千万人レベルの人の命を雑に扱った武漢市長を、犯罪人だ糾弾する。https://www.youtube.com/watch?v=zaNgOwuQJxw

 

補足:(31日6時30に追加)

1)中国の街は恐らく城壁で囲まれているだろう。従って、封鎖は完璧にできる。それは、例えば山崎豊子の小説「大地の子」の人民解放軍による長春封鎖を描いた部分を読めばわかる。読んではいないのだが、遠藤誉の「チャーズ」にもっと詳細にかかれているかもしれない。勿論、今回の武漢封鎖の光景は「大地の子」の中の地獄ほどではないだろうが、性質としてよく似た恐怖感に苛まれているのだと思う。本当に気の毒である。