中国武漢で、昨年10月18日から10日間の日程で開催された世界軍人競技会( the World Military Games)があったが、そこに参加した多くの選手が新型コロナ肺炎に感染したという話がある。5月13日、日本在住の中国系youtuberのケイさんから、資料とともに紹介があった。

https://www.youtube.com/watch?v=Hv1UCebJSRs&t=459s

 

その話を、オリジナルに近い報告とともに紹介する。この世界軍人競技会でのCOVID-19感染の話は、英国のdailymailが発信するネット記事に出ていた。参加した5種競技の世界チャンピオンのフランス人選手Elodie Clovel(31歳)は、自分だけでなく、そのパートナーも感染したと話す。その記事は以下のMail Onlineにあるので、読んでもらいたい。

https://www.dailymail.co.uk/news/article-8291755/Did-European-athletes-catch-coronavirus-competing-World-Military-Games-Wuhan-OCTOBER.html

 

イタリア人のフェンシングのオリンピックチャンピオンMatteo Tagliariol選手は、武漢の世界軍人競技会が、新型コロナ肺炎のホットスポットだったと疑っているという。彼は、「我々が武漢に到着し、全て病気に罹った。他国の代表を含む同じ宿舎の6人がすべて感染した」と証言する。ひどい咳に苦しみ、他の者も熱がでたという。予後は原文に譲る。

https://www.web24.news/u/2020/05/military-world-games-in-wuhan-in-focus-we-are-all-sick.html

 

これらの話は、台湾発の記事(Taiwan News, May 12, 2020)にまとめられており、ケイさんの上記動画は、この台湾のニュースが出所だろうと思う。https://www.taiwannews.com.tw/en/news/3932712

 

ケイさんは、その頃武漢P4研究所の周囲で、10月6日から11日の間に携帯電話の通信記録がないなど、何らかの異常事態が発生した可能性があるという報告を紹介している。この件について関心の在る方は、以下のサイトをご覧頂きたい。

https://www.nbcnews.com/politics/national-security/report-says-cellphone-data-suggests-october-shutdown-wuhan-lab-experts-n1202716

 

更に、ケイさんは、中国がこの世界軍人競技会の受入準備として、空港などでの異常事態に備える訓練を行ったのだが、その際の書類の記述に、新型コロナウイルスの文字があると指摘する。つまり、世界軍人競技会以前に、中国当局は既に新型コロナ肺炎の流行を知っていたというのである。

 

下にそれを報じる大紀元のニュースからとった図である。4行目中央付近に新型冠状病毒(新型コロナウイルス)の字が見える。

大紀元は、法輪功系の新聞なので、中国共産党政府には極めて敵対的な報道をすると考えられる。以上すべての内容は、陰謀論として排斥される可能性があるが、一応覚書として残すために紹介しておく。取り扱いは、勿論、要注意である。

 

あとがき:

 

中国の武漢で発生したと思われる新型コロナウイルスが昨年秋に日本でも流行していた可能性があるという話が、京都大学大学院医学研究科の上久保靖彦特定教授と、吉備国際大学(岡山県)の高橋淳教授らの研究グループが発表して注目されている。この紹介は5月11日の夕刊フジ誌上でなされた。

 

そこでは、感染力や毒性の異なる3つの型のウイルス(S型とK型、G型)があるという話である。この上久保教授の説は、5月13日のブログに紹介したが、その説は日本の被害が欧米に比べて桁違いに小さい理由として、4月21日の記事で既に紹介している。

5月13日の記事:https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12596815974.html

4月21日の記事:https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12591256497.html

 

武漢では、昨年9月の段階で既に流行していたとすると、それは上記仮説を支持することになる。

北野幸伯氏の動画を見た。北野幸伯氏は「クレムリンメソッド」という本の著者である。その中には、世界の現実主義政治とはどのようなものかが書かれており、その実態を知らなければ、日本の今後は非常に危ういと指摘している。

 

ここ数年、北野氏が警告をしているのは、中国、韓国、ロシアを中心とした日本包囲網の存在である。その一角であるロシアを日本の味方に取り込むことは、日露平和条約の締結と経済協力で可能となる。それは、日米の緊密な関係を維持しながらでも可能であると指摘している。

 

この防衛上大きな利益となる日露の連携は、米国が戦後と冷戦時代に仕組んだ北方領土問題が障害となっている。(補足1)この外交枠組みの大きな転換は、この領土問題を棚上げにすることで可能となる。日米露の提携は、トランプの考える方向とも一致するだろう。中国共産党政府の本質が見えた今、日米の軍事を含めた絆を強めること、そして、ロシアとの平和条約締結と経済的連携を強めること、などのタイミングでもある。

 

そのためには、日本国民はガラパゴス状態から抜け出さなければならない。

勿論、北野氏をプーチンから派遣されたスパイと見ることは可能だが、それは中国や韓国の日本在住のスパイたちが努力して、日本人にサジェストする視点だろう。

 

その動画は、「靖国参拝が大バッシングされた本当の理由:中・韓が世界でばらまく反日プロパガンダの恐ろしさ」と題する動画である。ここで主題に取り上げている田中上奏文は、中国国民党政府により1930年頃つくられた偽書であり、英訳されるなどして世界中にバラ撒かれた。

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=Udey1_kOQ18

 

この反日プロパガンダは、世界に反日の空気を作り出し、最終的には日米戦争につながった。しかし、それを知る人は日本の大衆の中には少ないだろう。その同じパターンを現在も繰り返しているという。是非その最初の10分程を聞いてもらいたい。

 

次に、その安倍総理の失敗の靖国参拝について述べたのが、以下の動画である。

https://www.youtube.com/watch?v=YaC0fp1JlBc 視聴者から、ほとんど何の反応もないので、サムアップするとともに、以下のようなコメントを投稿した。

 

日本の政治家は薩長とそのグループが未だに抑えている。戦争で200万の軍人と100万の民間人の死者を出しながら、大日本帝国政府が憲法という衣は着替えているが、令和の政府にそのままつながっている。

 

あれだけの被害を出しても、革命もクーデターも起こらなかった。その上、何の反省もなされていない。そして、政権与党の自民党の人たちとその応援団らは、日本国民が法廷を開いてあの戦争の責任者を裁いた時、その被告人となるはずの人間まで合祀した靖国神社に参拝するべきだと言っている。XXとしか言いようがない。

 

補足:

 

1)何度かあった2島返還による平和条約締結は、主に米国の反発とそれを利用した国内政治勢力の妨害により流産した。http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/311439.html

以下は、古い記事から比較的閲覧があったものの再録です。グーグルブログの検索機能が及ばないので、自分で読み返すためにここに再録します。(2013年9月1日投稿)

 人は言葉を話す唯一の動物である。私は、言葉に関する感心は昔から強く、日本語の特徴や成立についても特に感心が高かった。そこで、表題の本(ちくま学芸文庫、2008年)を見つけて早速購入し読んでみた。この本は主に、近代言語学の父と呼ばれるフェルナンド・ド・ソシュール(フランス、1857-1913)の言語学を中心とした近代言語学の入門書である。ソシュール以前の言語学は、 第I期:世界に色んな物や概念の存在は先験的なものであり、それに名前をつけるのが、言語であると考えられていた。その後19世紀になって、第II期: インドの古語、サンスクリットの発見に伴って、言語の歴史と起源を探ったが、結果は惨憺たるものだったということである。ソシュール以降が第III期であり:ソシュールの新しい言語論を出発にして、言葉のあり方とその構造についての考察が主な主題になった。

 ソシュールは言葉の“概念とその具体的な存在形式”を厳密に考察した。そして “人間の持つ普遍的な言語能力、抽象化能力、象徴能力、カテゴリー化能力、及びそれらの行動”をランガージュ(Langage)と呼び、色んな地域(言語共同体)での国語体をラング(Langue)と呼んだ。そしてラングは体系をなしている。ソシュールの意味する体系をなすラングとは、他(の単語)との関係において個(の単語)が意味を持つような相互依存型の体系である。そして言葉の状態とその変遷を、共時態と通時態という概念で解析した。(注1)

 ソシュール言語学で重要な点は、言葉に依存しない概念も事物(もちろん、人間が知覚し把握する事物や概念)もないという考え方である。そして、『言葉の体系は、カオスのような連続体である“世界”に、人間が働きかける活動を通じて産み出され、それと同時にその連続体であった“世界”もその関係が反映されて不連続化し、概念化するという“相互異化活動”として形成される。』(103頁)と要約される。つまり、言葉は既に存在する概念にたいする表現ではなく、言葉は表現であると同時に内容(概念)であるということである。ソシュールは、その表現をシニフィアン、内容(概念)をシニフィエと呼ぶ。両者は言葉のユニットの両面であり、統合的にシーニュと呼ぶ。

 その他、言語の恣意性(つまり日本語では牛はcow, ox, beefも牛という言葉を用いるなど、国語により言語(概念)体系が異なること)、更に、言葉には外示的意味(最大公約数的意味、denotation)と共示的意味(個人的、情況的意味、connotation)があるなどの記述がある。しかし、それらは言語学的には大切であっても、私にはそれほど興味はない。

 私が最も興味があるのは、その言語の発生と人間が言語を習得する過程である。前者に関しては、言語学は既に書いた様にヨハネの福音書のことばを持て余している状態である。つまり、言語学第II期を教訓として言葉の発生に関しては議論出来そうにないとして避けた。私は、最初に書いたヨハネによる福音書の中の「始めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」という言葉の定義は、人間の智慧では否定できそうにないと思う。(注2)

ソシュールの言う相互異化過程も、その過程を仮定しただけで、我々はその結果としてのことばしか知らない。(注3)一方、後者は教育学か発達心理学の領域なのかもしれないが、恐らく未開拓領域だろう。それは、私がHP上(注4)にかいた、生物学的ヒトが人間になる過程と定義したものである。(注5)結論として、言語学が言語の発生および習得過程(人類として、そして、一人の人間としての両面での)に何も言えないのなら、未だ萌芽期の段階に留まっていると言えると思う。

注釈:

1)ある一定の時期の言葉の体系(共時態1)と次のある一定の時期の言葉の体系(共時態2)の変化、つまり体系全体としての変化を研究するのが通時的研究ということになる。その変遷のあり方を通時態というのだろう。この第5節(82-89頁)の最後に突然、共時態と通時態という言葉があらわれたので、それを用いて、自分でこの節の解釈を要約してみました。

2)あるネット記事(http://web.sfc.keio.ac.jp/~oguma/kenkyu/99s1/saussure.html)には「諸言語の起源の問題は一般に認められているような重要性をもたない。そんなものは、存在すらしないのだから」(『一般言語学講義』)と書かれている。言語学を理解していないのだろう。しかし、丸山圭三郎のこの「言語とは何か」には、「この問題(言語の起源)の重要性を否定したからではありません。逆に、言語の起源を探ることが、あまりにも大きな問題であるだけに、言葉そのものの本質を究明したあとでない限り手がつけられないという、方法論上の反省に基づくものでした」(48頁)と書かれている。

3)もちろん、国によって概念の区切りがことなるという、言語の恣意性はその異化過程の結果だろうとは考えることは一つのモデルとして可能である。

4)私は福音書の文章についての感想及び日本語と英語の比較について、HPにアップロードしている。

5)これについては、HPの上記文章で、幼少期に母親とその周囲から獲得する言葉によりヒトは人間に生まれ変わると書いた。
= 2014/6/18pm; 6/19am, edited;=