1)マイノリティとマジョリティ:

 

マイノリティとマジョリティという言葉は、人の社会での少数派と多数派の意味に夫々用いられる。現在、多くの国では幾つかの民族が共住し、マイノリティの権利や尊厳を守ることは一つの課題である。

 

マイノリティには、先住民族と流浪の民族の二つがある。先住民族の場合は、マジョリティの中に飲み込まれ、自治を許されてそのまま存在することもあるだろう。大きな国の少数民族などがその例である。しかし、歴史的には悲惨なケースが多いだろう。

 

流浪の民が作るマイノリティには、華僑(中国人)やユダヤ人(ディアスポラの民)などがある。流浪の民が、ある場所に棲みつく場合には、マジョリティの先住民との摩擦が起こることが多い。多くの場合、マイノリティが虐めの対象となる。西欧やロシアでのユダヤ人が虐めの被害者となったことは良く知られている。

 

ただ、文明に大差がある場合、マイノリティがマジョリティを虐殺して、その土地を奪ってしまう場合もある。南北アメリカ大陸やオセアニアがその例である。人類の歴史は、そのような生存競争の連続だった。それを現在の善悪で裁くのは愚かなことである。

 

その人類の歴史の中で稀有な出来事が、マイノリティであるユダヤの人たちが米国を実質的に支配したことである。その背景に、米国の国是であり建国の精神である、「自由、平等、フロンティア精神」があると思う。アメリカの理想論が、ユダヤ民族の実力発揮の環境として最適であったということになる。

 

そんな世界史の中で、米国社会をユダヤ系がどの様にして支配するに至ったかについて、元ウクライナ大使の外交評論家の馬渕睦夫氏が、動画「ひとりがたり」のシリーズ8回目で、語っている。最初にそれを紹介して、あとで私が議論する。

 

2)馬渕睦夫氏の分析:米国を支配するユダヤ系が主力のディープステート

https://www.youtube.com/watch?v=Z85BnnOPmZ4&t=412s

 

馬渕氏の仮説(理論)では、米国の政治を支配しているのが、ユダヤ系が主力のDeep Stateである。(補足1)

 

マイノリティであるユダヤ系が米国を支配するに至ったプロセス(あるいは手法)は、米国のユダヤ系政治評論家のブレジンスキーが、著書(The Choice; 邦訳 孤独な帝国アメリカ)に書いている。それは「マイノリティの地位を向上させること」であったという。他のマイノリティとしては、アフリカ系黒人、ヒスパニック、アジア系などである。(上記動画の7分ころ)

 

その具体的手法は、(A)メディア、金融、司法(司法省、FBI、裁判所、弁護士)を支配するである。このDeep Stateの原型ができたのが、ウィルソン大統領の時代であり、新たに大統領直属機関として、広報委員会が創られた。そこで働いていたのが、エドワード・バーネイズやウォルター・リップマンであった。

 

エドワード・バーネイズは著書「プロパガンダ」の中で、「アメリカ国民の考えを、国民が知らない様に誘導できる者が真の支配者である」、そして「そう言う勢力が目に見えない統治機構を構成している」と言っている。ウォルター・リップマンの言葉「アメリカの民主主義は幻想である」は、この別表現である。

 

アメリカのオバマ大統領までを決めてきたのは、そのディープステートである。二大政党というのは表の現象であり、深層ではこの一つの支配機構により大統領も決められている。大統領の側近の多くはユダヤ系であり、優秀な彼らがこの重要な活躍の場を得ることになったのは、上記マイノリティの権利が拡大されたからである。

 

カーター政権時のブレジンスキーやニクソン&フォード政権時のキッシンジャーなどが著名である。ブレンジンスキーの「マイノリティの地位を向上させる」運動の中で、他のマイノリティをユダヤ人たちは米国支配のために利用したのである。

 

この動画の20分以降の主旨は、「ディープステートの考えに基づいて行われたグローバリズムは、米国民のためではなくユダヤ人の思想実現のためである。それに反旗を翻したのが、トランプである」と要約される。馬渕氏は、トランプのアメリカ・ファーストは、同時に各国ファーストであり、反グローバリズムであると言っている。(補足2)

 

 

3)私の考え:

 

上記の話を私なりに分解すると、大きく分けて以下の三項目となる。一つ目は、①「マイノリティの地位の向上」、二つ目は、②「政界等の分野(上記A)へのユダヤ人の進出」、三つ目は③「ユダヤ人の考え方・思想によるアメリカ及び世界の政治経済の支配」である。

 

これらのうち、一つ目と二つ目は、既に最初のセクションに書いたように、(異民族の)社会の中で生きる術に長けた人が多く居たとしても、米国の国是である自由、平等、フロンティアの精神と理想論及び論理を大切にする国柄があってこそ、その支配が可能になったのだろう。

 

つまり、流浪の民であったユダヤ民族にとって、アメリカという新参者が集まって作った、歴史や文化の浅い国を見つけたのは、ラッキーだったと言えるだろう。

 

自由、平等、論理(理想論)を国是とする国では、マイノリティと言えども、平等のレベルまでその地位は向上させられるべきである。また、フロンティア精神の国では、潜在能力が高く知識と技量を身につけた者が高い地位に登るのは、当然である。

 

馬渕氏の解説の最後の方で「ユダヤ系が他のマイノリティを利用した」というのは、偏見のように感じる。むしろ、他のマイノリティもその恩恵を受けたというべきだろう。コリン・パウエル、スーザン・ライス、コンドリーサ・ライス、バラク・オバマなど、ユダヤ以外のマイノリティが政界の中心に進出できたのは、その良い例であると思う。

 

むしろ、マジョリティの分裂と、その左翼の部分つまり民主党が、その勢力を利用して政界の主力の座を獲得したと思う。ウッドロー・ウイルソンやフランクリン・ルーズベルト、最近ではビル・クリントンなどである。

 

三つ目「ユダヤ人の考えかた・思想によるアメリカ支配」だが、これが共産主義思想に始まるグローバリズムの考え方である。共産主義とそのロシアでのスタートは、マルクス、レーニン、トロツキーなどユダヤ系が担った。その思想は被支配者の解放という点で、ユダヤの民には福音だったと思う。

 

ただ、理想論を翳す人たちは、理想論の弱点を見逃して失敗する。理想主義者は、当然その理想に向かって直進する。しかし、現実は理想主義者が思うよりも複雑である。例えば、共産主義の計画経済を企画する人は、人間を単純に見てしまうだろう。その失敗例の典型が、毛沢東の大躍進運動(補足3)である。

 

グローバリズムでも、理想と現実の乖離はすぐに始まった。30年程で、グローバリズムは単に中国の農村戸籍の安い労働者を奴隷のように使って、ニューヨークの資本家と中国の政治中枢の一部が、そしてキックバックを受ける米国の政治家などが、利益を蓄積するシステムに成り果てた。

 

従って、中国共産党政権の抑圧政治が、現在のグローバリズムにとって必須である。グローバリズムとは、観点を変えれば、地球規模の奴隷制度である。その土地では、生きた下級奴隷の内蔵も商品である。その現実をわざと見過ごしたのがオバマとヒラリーの8年間ではなかったのか。

 

理想論者が予期しないファクターに出会った時に採る行動は、理論の変更ではなく、嘘による誤魔化しである。考え方を、即座に替えるのは現実主義者のすることである。新しいファクターを次々に取り入れて、新理論組み換え出来るのなら、彼らは理想主義者とは呼ばれないだろう。単に、優秀な現実論者という分類となる。理想主義者と現実主義者の分類は、横の分類であり、縦の分類(つまり優秀か馬鹿か)ではない。

 

この誤魔化しのために利用するのが、メディアである。(補足4)理想的な看板を掲げ、メディアでプロパガンダを行い、裏で誤魔化す。それが横に現実主義者をおいた時の理想主義者の姿である。現実主義者は、木訥でのろまに映るだろう。

 

勿論、現実の政治には、これらの二つのベクトル合成した政党が存在するだけだろう。理想論を掲げて出発した政党が、対立する政党よりも現実的になったりすることもあるだろう。赤狩りの結果、米国の民主党がどのように変化したのだろうか? 素人の私にはこれを書く十分な知識はない。

 

国家の先頭に立つ人を選ぶには、優秀な人を選ばなければならない。華麗な看板を掲げて、嘘を付くタイプを選ぶのは破滅への道である。そして、大衆は優秀で誠実な候補者を育て、大衆の中から選び出さなければならない。政治貴族を作ってしまうのは、政治の腐敗の出発点である。(補足5)

 

そのために、大衆も学ばなければならない。謙虚でなくてはならないが、議論の場においては積極的でなくてはならない。そのために、言葉を十分知らなければならない。大衆が退廃的享楽的になれば、政治の世界には理想主義者も現実主義者もいなくなるだろう。嘘とインチキを競い合う人たちだけになるだろう。(15時30分、編集)

 

補足:

 

1)Deep Stateという明確な組織があるわけではない。秘密結社などで結びついた人たちがシンクタンクや報道機関などを支配して、米国の政治を誘導すると考えられている。そのための多額の資金として、欧州(英国を含む)ロスチャイルド家などが蓄積した金融資産が使われたと考えられている。石油王のロックフェラーとの関係についても諸説あるだろう。

 

2)グローバリズムはアメリカが維持する世界秩序が前提であった。トランプのアメリカファーストは、そのアメリカのリーダーシップを放棄する匂いがある。従って、私は完全にはトランプ大統領の支持が出来ない。

 

3)大躍進運動は「鉄は国家なり」という言葉を信じた毛沢東が、農業や工業の発展の基礎は鉄であるから、その大増産を行わなければならないと考えて、素人まで鉄の生産を行った。鉄が供出出来なければ、自分たちが使用している鍋釜を出して、共産党役人の攻撃を避けた。この話は、小説「ワイルドスワンズ」に描写されている。

 

4)オバマ政権時代に、ヒラリー・クリントンは自分の仕事の内容を誤魔化すために、公職にありながらメイルアドレスを私的なものに変更していた。これだけでも、選挙に負けるのに十分なのだが、それでも投票数でトランプを超えたというのは驚きである。

 

5)無能な政治貴族が支配する国が日本である。総理や副総理は言うまでもない。昨日通産大臣の姓に聞き覚えがあったので調べたら、やはり父の地盤を受け継いで政治家になった人だった。

1)米国での暴動の正体

米国ミネソタ州ミネアポリスで起こった、白人警官による黒人男性George Floyd氏殺害に抗議するデモは、略奪や放火にまで発展した。更に、それが今や反トランプ運動である面も明らかになり、6月1日の記事に書いた推測が正しかった。

 

CNNは、Tim Waltzミネソタ州知事(民主系)の言葉を引用して、黒人男性の警察官による殺人を触媒にして、州外からの人も参加した抗議活動になったと言っている。また、ミネアポリス市議会議員のエレミヤ・エリソンは(ミネソタ州司法長官の息子)、白人のテロリストが略奪、放火、その他の暴動活動に参加しているとツイートで述べている。

 

この主導者として、トランプ大統領は早々にAntifaという組織を非難し、テロリスト集団に指定すると発言した。しかし、それは早まった声明のようである。主要メディアも、Anificaが米国の主要都市での暴動の主な扇動者かどうか、分からないとしている。Antifaという組織は、どうもアモルファス(非定形)な組織のようである。(補足1)

 

時間の経過とともに、このデモの中心が平和的なデモから暴動も含む形に変化してきた。そして、現在でも、平和的で静かな人種差別に反対するデモ、トランプ政治に反対する反政府デモ、それにコロナ不況に苦しむ人の鬱憤発散としての暴力行為などを、含む形の無定形なデモだろう。決して結束の硬い単一動機のデモではない。

 

更に、この白人警官による Floyd氏殺害を糾弾するデモは、全世界に広がっている。どうも変だ。https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/post-93575.php

 

これまで、白人警官による黒人男性の射殺事件は何度もあった。しかし、暴動、略奪、放火を含む騒乱或いは内乱的なものとして、全米から全世界に広がるほど巨大化することはなかった。

 

この大きくなったデモ及び暴動の一角に、そして反トランプ運動に限ればその中心に近い位置に居て、これを扇動しているのは、中国政府の意向で動く中国人たちだろう。その証拠動画を、大紀元という香港系中国系メディアが流している。(補足2)https://www.youtube.com/watch?v=mxfJ7eLE4vI

 

アモルファスなデモの中に、幾つかの明確な目的をもった少数の活動を入れることで、自分たちの望む方向に爆発(暴動)全体を誘導するのである。このコロナ不況と人種差別的犯罪で米国中に溜まった鬱憤という火薬の中に、導火線をいれることで、破壊する対象を決めることができるのである。破壊の対象はトランプ政権である。

 

2)宗教を持たない人たちの犯罪

 

今回の暴動の中で、トランプ大統領など歴代の大統領が祈りを捧げる由緒あるセントジョーンズ教会が放火された。

https://www.youtube.com/watch?v=Cl4K5vdalpU

 

水間政憲氏は、この放火は、もし中国と米国の戦争が起こったのなら、間違いなくその歴史の曲がり角の象徴になるだろうと発言している。更に、これは宗教を持たない人の犯罪だと言っている。つまり、犯人は中国人だろうと。

 

たしかに、2016年奈良で、2017年には京都・奈良・沖縄・大阪・東京で油をかけて寺社を汚す事件が発生し、朝鮮族の中国籍の女2人に逮捕状が発布された。中国は、神も仏も存在しない無宗教の地である。その人達にとって、神社も寺も教会も、単に鬱陶しい存在でしかないだろう。

 

そして、思い出すのが中国の国防動員法と、長野オリンピックの際の中国人の暴動である。https://www.youtube.com/watch?v=4ay_Aa7vQeA この騒動は中国大使館が計画し、在日中国人を動員した騒乱だった。この動員に応じなければ、終生中国政府からいやがらせや虐待を受けるだろう。しかし、応じれば日当が出るのだ。

 

国防動員法は、本来国内法だろうが、その拡大解釈により、全世界に散らばる中国人を動員する事ができるようだ。(補足3)それを確認するためのテストとして、長野五輪の際の「暴動が実施された」と言われている。

 

今回の全米から世界に拡大したジョージ・フロイドさん事件に抗議するデモは、非常に高い確率で、中国政府の意向により動員された在米(在外)中国人たちにより、暴動にまで拡大誘導されただろう。

https://www.sankei.com/premium/news/150827/prm1508270002-n1.html

 

追補:この件で著名人が多く抗議の表明をマスコミで流している。その中に、大谷翔平、大阪ナオミ、錦織圭など日本人がいる。私はこのようなパーフォーマンスに反対である。彼らは著名人で人気ものであるが故に影響が大きい。そして、今回のような騒動を正当化してしまう。これら影響力の非常に大きい人たちには、詳細がわからないなら何も言うなと言いたい。

 

補足:

 

1)愛知県主催で開催された「表現の不自由展」が、昭和天皇の写真を燃やす場面などを展示したことにより批判され、開催中止となった時、それに反対するデモが Antifa-名古屋により主催された。しかし、暴力集団のようには見えない。https://www.asahi.com/articles/ASM845RWLM84OIPE00N.html

 

2)今、香港系メディアを信じるのかと言われそうである。しかし、証拠として挙げられた映像と録音の証拠能力は高い。

 

3)中国の政治文化では、国内法は外国に居る国民をも対象とするのだろう。更に、中国人の意識では、仮に日本国籍をとっても中国人として中国政府の意向で動く人が多いだろう。日本国籍を取った有名人に張景子氏がいる。彼女はテレビ番組に出演中「何故日本国籍取ったのですか?」という質問に、「日本のパスポートは便利だから」と答えた。論理を超えて中国を擁護する発言に不信感を持った司会者の質問だったが、その疑問の意味が分からないほど、無防備に答えてしまったのである。

(午前10時40分編集)

日本では今、俳句が静かなブームになっている。毎日放送毎週木曜日の夜のテレビ番組「プレバト」で、芸能人が俳句で競うコーナーがあり、その影響もあるだろう。そこでの指南役は夏井いつき先生で、生徒役の芸能人とのやり取りも面白い。(補足1)

 

私は、この俳句という軽妙な文学をメインロードに置く日本の文化に、納得していないと何度もブログに書いてきた。そこで、その趣旨をここに書いてみたい。その切掛は、今朝の毎日新聞一面の余録が与えてくれた。

 

今日の「余録」には、昼寝を季語(夏の季語)に用いた俳句が紹介されている。それらの句は、魂が身にぶっつかり昼寝覚め(上野泰)、生き返る方をえらんで昼寝覚め(井上菜摘子)などの秀句である。

 

昼寝でも当然意識はなくなる。そこからの目覚めを、前者は、一度離れた魂が再び体に戻ったと捉え、後者はY字路から生きる方の道に来たのだと詠ったのだろう。これらの俳句が唱う目覚めの感覚は、多くの日本人には共有できるだろう。しかし、外国人、特に一神教の人たちには共有されないと思う。

 

ここでふと思い出したのが、秀吉の辞世の句である。

「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢」(補足2)

日本の権力を握った秀吉でも、死ぬ時には、自分の命を露の一滴のように感じたのだろう。それは、一神教の世界には無い感覚ではないだろうか。

 

これらの俳句や短歌で詠われている命の感覚は、日本の文化の特徴ではないだろうか。

 

私は、この生命の感覚が、仏教の「四苦」や「生即苦」の教えと、神道の教えの融合によると思う。その結果、日本人は「整合性のある自然の時間的発展の中に、自分の生も死もある」と信じる(或いは感じる)ようになったと思う。

 

つまり、仏教の形あるものは本質的ではない(色即是空)という考えでは、自分の生病老死(四苦)も、自然の成り行きであり本質的ではないということになる。神道の自然崇拝の中で、この仏教の教えはスンナリと受け入れられる。その結果、上記の生命観が日本文化の中心に座ったのだろう。

 

西欧人には、その生死の感覚は“日本人の命の軽さ”と受け取られるだろう。西欧文化では、死は神の裁きの前に出ることである。自分の生のプロセスは、自分が天国に転生するか地獄に苦しむかを決定する。人の生は、従って、もっと重厚でなくてはならない。或いは、戦いの場にあって然るべきである。

 

その一つの反映として、自然科学でも文学でも、本が分厚い。その知的な分野での、西欧人たちが戦って得た労作を利用して、我々も大学等で学び、私もその延長上で仕事をしてきたと思う。その結果、自分の死生観も典型的な日本人のものから“歪んだ”のだろう。最初に下線部分に記したことが、理解していただけたと思う。

 

尚、ミネソタでの事件とその後の全米でのデモ、略奪、放火を見て、日本ではあり得ないと思う一方、彼らは”命を掛けて”生きていると思ってしまう。

 

 

 

補足:

 

1)水彩画などのコーナーもある。そこで活躍している多くの芸能人の方々、例えば千原ジュニアさん(絵や俳句)や東国原英夫さん(俳句)などの、才能の高さに驚いている。

2)この短歌の「消えにし」の用い方が今ひとつ解らない。高校で古文をならったのだが、殆ど昼寝の世界だった。なお、この秀吉の辞世の句についての解説を見つけたので、紹介しておきます。 https://shuchi.php.co.jp/rekishikaido/detail/4220