1)米中国交回復はニクソン陣営ではなく中国によって計画実行された

 

現在国防総省の顧問であるマイケル・ピルズベリー(1945年生まれ)が書いた、「China2049 秘密裏に遂行される『世界覇権100年戦略』(2015)という本に、米中国交回復の経緯が書かれているという。このヒルズベリーの本の内容紹介は、発刊早々に北野幸伯氏により書かれている。https://diamond.jp/articles/-/81432

 

それによると米中国交回復は中国側からの対米接近により為され、日本や欧米諸国から軍事的、経済的支援を取り付け、2049年までにアメリカを超える大国になるという「100年マラソン」と呼ばれる戦略に基づいている。

 

「米中和解」を「真」に主導したのは、ニクソンでもキッシンジャーでもなく、中国だったというのである。ニクソンとキッシンジャーはむしろ中国との国交樹立が、ソ連との過度の関係悪化に繋がることを懸念していたという。

 

彼らがその気になったのは、ピルズベリーが入手した情報(ソ連は米ソ緊張緩和の動きを止めない)だったという。そこで、キッシンジャーが1971年に訪中し、毛沢東や鄧小平と意気投合したというのだが、要するに取り込まれたのだろう。

 

ニクソンの「フランケンシュタインを育てるかもしれない」という危惧は、40年後現実問題となった。それは親中派キッシンジャーが中国外交の一本化された窓口であったことが原因であり、それは彼が代々“Deep State”の代理人であった事を示している。

 

2015年、つまりオバマ政権の後期に本格化した米中対立が、いよいよ深刻化したことを象徴するのが、5年後の7月23日にニクソン記念館で行われた国務長官談話であった。トランプのWTO違反が疑われる経済制裁の離れ業により、中国が顕にした本性を見てのポンペオ演説であった。

 

2)ポンペオスピーチ後の中国の柔軟化

 

中国共産党政権の世界覇権樹立の目論見は、北戴河会議を経て若干軌道修正されたようだ。習近平の強行路線から、鄧小平の『韜光養晦』(姿勢を低く保ち、強くなるまで待つ)戦略に戻ったのだろう。つまり柔軟化して、仮想敵対国を誤魔化す戦略を採用した様である。

 

それは、現実主義的戦略とも言える。このような戦略変更が可能なところを見ると、毛沢東独裁時代とは異なり、まだ集団指導体制が機能しているのだろう。この戦略と、北朝鮮の核保有の戦略とはよく似ている。時間稼ぎのために約束をしたり、柔軟になったりする戦略である。

 

この中国の柔軟化の原因となったのは、ニクソン記念館でのポンペオ国務長官による演説だと言われる。トランプ政権首脳は、新バージョンのトルーマン・ドクトリン(ポンペオ・ドクトリン)を採用し、ポーランドなど東ヨーロッパの軍事支援まで行って、ドイツなどに圧力をかけている。

 

法と人権を重視する体制と全体主義体制との冷戦という同じ構図だが、仮想敵国の相対的国力(仮想敵国の国力/米国の国力)が比べて大きいことと、西欧諸国との間で緊密な経済関係が成立していることの二点により、米ソ冷戦のときと話が大きくことなる。

 

勿論、先進技術の全ては中国以外で発達しているので、デカップリング(中国の民主主義圏からの隔離)は理論的には可能である。しかし、それには大きな腫瘍手術のように、西欧諸国に多量の出血や体力の消耗をもたらす。この当りの見積もりは素人には非常に難しい。

 

前回の冷戦の結果は、ソ連の崩壊だったが、今回の結果は中国共産党政権の崩壊だろうか? 私はそうでは無い可能性がかなり高いと思う。それは、上記二つの理由に加わって、人権や人命に高い価値を置く西欧側が、元々全体主義の国に比べて戦争に弱いと考えられるからである。(補足1)

 

その一方、共産党による支配体制を最重要とする中国の体制と、法の支配と人権重視の米国の体制は、同じ時空で両立しない。棲み分けもできないことは、ポンペオ長官のスピーチが示した通りだろう。習近平が明日から知的所有権は完全に守るなどと発言しても、それを裏書きするものは何も存在しない。

 

米国のマスコミやデズニーランドなどを通しての世論誘導や、孔子学院を通して将来の米国を動かす大学生に親中意識を醸成するなど、中国の米国への計画的な浸透は一貫している。その計画は、米国の手足を操縦することだけではなく、頭脳を支配することであった。

 

今回の大統領の任期4年間、仮にトランプが天才であっても、歴史は狂人トランプの気まぐれと記す可能性が高い。足踏みもあるだろうが、世界は恐ろしい現実に向かって着々と進んでいる可能性が高い。

 

 

補足:

 

1)国家の方向転換は民主主義の国では大変である。例えば、対日戦争でF. ルーズベルト大統領が行なった戦争開始のための努力は相当なものであったが、それらは中国では不要である。例えば、炉辺談話などで対枢軸国との戦争の必要性を国民に直接説く一方、和平の妨害のために経済制裁や諜報活動など裏で努力した。https://rcbyspinmanipulation.blogspot.com/2017/08/blog-post_14.html

副題:新チャイナ・シンドロームに気づかない橋下徹と気づいている甘利明(補足1)

 

1)橋下徹氏の二階支持発言:(8月16日のテレビ番組「ザ、プライム」で、この発言を聞いたが、下の動画は別の機会になされたものだろう)

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=JUWzPGdE4mU

 

二階俊博氏(補足2)の「今後とも、日本は中国との(経済的)繋がりを強化すべき」という対中路線を支持するという、橋下徹氏の発言には本当に驚いた。橋下氏は、「地政学的に考えて、中国と繋がるところは繋がり、断ち切るところは断ち切って、そして西側諸国の価値観を守る事が大事。今の議員は、二階氏のこの姿勢を誤解している。若い世代に二階氏のような人が複数現れないとダメだ」と発言している。

 

しかしである、西欧の価値観と中国共産党政権の政治は真っ向から矛盾する。ウイグルやチベットでの統治のあり方、法輪功の弾圧、香港に関する英国との約束違反、知的所有権無視など、多くの事実がそれを証明している。それでも尚、橋下氏は、西側諸国の価値観と中国共産党の価値観に、平和的共存が可能な程度に大きな開きがないと考えているのだろう。

 

これが、橋本氏が十分に考えた後の発言であるとするなら、彼は中国共産党と何らかの繋がりがあると考えるべきだろう。更に、現在の巨大な中国共産党政権を相手に、日本の政府が「繋がるところは繋がり、断ち切るところは断ち切る」ことが出来ると思っていたとすれば、地政学どころか国際政治にも彼は無知である。

 

敵攻撃能力をもたない日本政府は、他の国家との外交など、米国の庇護下でなければ出来ない。日本は、実質的に米国の一つの州であり、自衛隊は米軍に組み込まれている。それが冷戦構造の中でしか許されない準安定な政治形態なのだろう。冷戦或いは新冷戦などの無い世界では、日本は16−17世紀ごろのアメリカ大陸のような他国の草刈場となるだろう。

 

つまり、もし二極構造の世界或いは中国の単一覇権の世界が実現すれば、日本は解体され、東海自治区などと呼ばれる様になり、国民は分別され、中には臓器提供者となる人も出るだろう。この4つの島国は「日本」という言葉の利用も許されない、ウイグルのような“自治権を失った自治区”となるだろう。橋下氏はその未来が本当に見えていないのだろうか?(補足3)

 

 

2)甘利明氏の発言:

 

甘利元経産大臣は、中国企業と取引すると米国中心の経済から締め出される危険性があると、同じく8月16日のテレビ番組「ザ、プライム」で発言した。

 

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=CCrRtqjkrnI

 

甘利氏の発言は、だいたい以下のようにまとめられる:

 

米国のクリーンネットワーク政策は、先進インターネットから中国を締め出す構想である。米国の信頼を完全に失った形の中国と中国企業は、世界のサプライチェーンから締め出される可能性が高くなってきた。

 

中国企業のアプリをスマホなどで用いると、顧客データがそのまま中国政府に流れる危険性を、米国だけでなく、英国やインドなどの各国も気づき始めている。今後、中国企業と組んで企業活動をすれば、データが抜かれるという前提でビジネスしなければならない。

 

中国企業の幹部は、その可能性を否定しても、中国共産党政権が国家情報法をたてにして要求すれば、断ることは企業の消滅を意味するので不可能である。機械技術が漏洩する可能性があれば、日本の企業は米国を中心としたサプライチェーンから外される危険性がある。

 

日本の与党にも、しかもその中心部分に、このような発言が出来る人が居るのだが、マスコミは安倍総理の健康問題だけをこのときの甘利氏の発言のなかから取り出して報道していると、渡辺哲也氏は語っている。

 

(8月21日午前12時 補足2の追加、補足の位置の移動、サブタイトルの明確化など編集)

 

補足:

 

1)新チャイナ・シンドロームは昨年12月17日の記事の題名である。副題の意味は、国家資本主義により中国は世界を支配する計画である。その具体的な表現は、習近平国家主席による一帯一路構想、AIIBによる元の国際通貨化である。

 

2)二階俊博氏と今井尚哉(たかや)首相補佐官が、米国戦略国際問題研究所(CSIS)の報告書において、日本の媚中政策の中心的人物だと批判された。それは、おそらくホワイトハウスからの警告の表明を、CSISの誰かが間接的に書いたものだろう。https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/07/post-94075.php

 

3)これはずっと以前のブログに書いたことだが、在米の評論家伊藤貫氏が予測していたことである。

人間界は虹のように見る角度により暖かくも見えるし、冷たくも見える。また、残酷なようにも、協調の世界にも見える。それらは全て、人と人が互いに繫がって社会を作って生きているからである。氷の世界は、繊細な井上陽水が歌うこの人間界の理解の一つである。なお、一つの表現から、それがその人の世界観だと考えるのは間違いだろう。

 

窓の外ではリンゴ売り、声をからしてリンゴ売り きっと誰かがふざけて、リンゴ売りの真似をしているだけなんだろう

 

これは主人公が、自分の部屋或いは自分の心理空間に閉じこもると決めていることを意味している。これは、始めのようでもあり、この歌の最後の部分に続くとも考えられる。それは兎も角、俺は今外に出ていく気がしないという心理を歌っている。その理由は、歌詞の一番では、外の寒さ、二番では人の世界との繋がりの薄さ、三番ではそれに対する苛立ち、である。

 

誰か指切りしようよ 僕と指切りしようよ 軽い嘘でもいいから 今日は一日張り詰めた気持ちでいたい。 小指が僕に絡んで 動きがとれなくなれば みんな笑ってくれるし 僕もそんなに悪い気はしない筈だよ

 

この二番目の歌詞は、人の集団に溶け込もうとする主人公を歌っている。既に仲間と見做されている人なら、「よっ! 今日どう? 何か良い話し無い?」と呼びかけるのと同じである。少し距離感がある場合の掛け声を、その動機から心理までを比喩的に表現したらこのようになるのだろう。本当にわかりやすいし、素晴らしい表現である。張り詰めた気持ちは、集団の中にあってその関係に束縛されたいという気持ちを表している。

 

流れていくのは時間だけなのか、涙だけなのか。毎日、吹雪 吹雪 氷の世界

 

主人公な、何らかの言葉を投げかけたに違いないが、そのことばは余程鋭敏な神経と優しい心を持っている人にしか届かない。指切りの相手を見つけられなかった主人公は、再び孤独の世界に沈んでいく。

 

自由は孤独であり、束縛はこころの繋がりを意味している。人間は誰でも真の自由など求めてはいない。束縛の中の自由を如何に作り出すかは、民族や地域により異なる「文化」である。この文化の違いで戸惑うのは、異国からの人、異郷にある人、性格や知性などがかなり異なる人などである。(補足1)

 

井上陽水の両親が京城(ソウル)からの引揚者で、幼い頃から一家は馴染みのないところで暮らした。この感覚は、おそらくその時から持っているものだろう。

 

人を傷つけたいな 誰か傷つけたいな だけど出来ない理由は やっぱりただ自分が恐いだけなんだな その優しさを密かに 胸にいだいてるひとは 何時かノーベル賞でももらうつもりでガンバっているジャないのか

震えているのは寒さのせいだろ 恐いんじゃないネ 毎日 吹雪 吹雪 氷の世界

 

なかなか社会に溶け込めないとき、時として、暴力に訴える場合もある。その暴力に訴える人たちが集団化して新しい社会を作る場合もある。暴走族やヤンキー(不良少年など)らの暴力集団は、そのようにして生じた集団だろう。

 

氷の世界の3番目の歌詞の「人を傷つけたいな」も、すんなりと社会に受け入れてもらえない苛立ちを表している。しかし、そのように悪に走るには、心優しい人は自分を改造する必要がある。その恐ろしい自分を心の片方に感じて、震えを感じる主人公は、元々融和で豊かな幼少期を過ごしたのだろう。(補足2)

 

 

 

 

 

なお、井上陽水と仲の良いタモリが陽水を語っているページをみつけたので、サイトを書いておきます。ヒット曲がきっかけで、このような素晴らしい仲間を得たのだと思う。

https://www.pen-online.jp/news/culture/pen_inoueyousui_tamori/2

 

 

補足:

 

1)この集団への溶け込みとして、よく実行されるのが、道化である。道化は、既に集団の中に居ると認められている人が、人との繋がりを簡単に再確認させる場合に行う。そのお道化を演じる当事者は、離れていく自分を感じて、その人々の動きをリセットする場合に行う場合が多いと思う。それが芸能となったのが、漫才などのお笑いのなかのお道化である。私の少ない読書のなかで、小説のなかで記憶に残るこの種の”お道化”は、太宰治の人間失格にある。主人公が幼い頃演じる道化である。

 

2)陽水の父親はソウルに軍医として勤務していた。父母はその地で知り合って結婚したとウィキペディアには書いてある。軍医という身分や現地で結婚したことなどから、おそらく、周囲と比較して豊かで幸せな家庭に育ったと想像できる。