1)中国文化に欠けたもの:

 

元記者の中国人の方が、日本、中国、西洋などの文化の違いについて言及し、その中で中国文化に欠けているものがあると、指摘している。それは、「他人に対する愛」である。それは、儒教文化圏の特徴だろう。https://www.youtube.com/watch?v=-X-LRmjDfJo&t=716s 

 

儒教の儒とは、小さい人の意味であり(https://kanji.jitenon.jp/kanjid/1719.html)、従って”儒教”とは侏儒たちへの教えという意味である。論語では、層状に出来た社会構造のなかで如何に生きるかという知恵を与えてくれる。

 

つまり、父子、君臣、夫婦、長幼、朋友の関係を社会の基本的構造とし、孝、礼、義、智、信などで社会の中で、賢く生きる方法を教える。それは社会の安定に役立つ。しかし、その社会における層状の人間関係は、世界的に見れば特殊である。

 

君主への礼、長幼の序、父に対する孝など、層状の人間関係で創られた形式の社会で生きるコツを教えるが、功利的に生きるなかで愛は干からびたものになるだろう。儒教は、社会における人々の生の情を乾燥させ(生の感情の力を失わせ)、神である皇帝の統治を容易にする。仁という考えはあるが、多分に形式的に聞こえる。

 

日本や東南アジアなどの仏教圏には、“仏様の愛”が存在し、情(なさけ)の濃い社会を作る。人間だけでなく、生きとし生けるもの全てへの愛が表現される。極端な人は、生き物を殺して食べることを嫌い、菜食主義者になる。

 

西欧の伝統的な人たちは、キリスト教による“神の愛”を模し、「他人への愛」として持っているようだ。それが社会福祉活動の根源だろう。ホームレスにも住む場所と食事を提供して、再起できるように援助する。ホームレスになった理由は不問にして、援助する心はキリスト教も仏教も同じである。(補足1)

 

ここでの「他人に対する愛」とは、動物でも本能として持っている自分のパートナーや家族に対する愛ではない。見ず知らずの人に面したときにも、その人を大切に考える心である。それは、競合する相手を利する場合(“野生の原理”に反する)もあり、原始の人、社会形成前の人類には無い文化的産物である。

 

その文化は、時代とともに変わる。西欧ではルネッサンスや宗教改革などを経由して、現代は殆ど脱宗教の時代となっている。そんな時、他人に対する愛を教育する明確な根拠はあるのか?何もない。道徳は、宗教に由来するので、宗教心の無い社会で道徳を語っても、虚しく響くだけである。それが、昨今の米国などで荒んだ社会を生み出している理由だろう。それを一層加速したのが新自由主義経済であり、グローバリズムである。

 

希薄に残る宗教心を大切にし、人間に存在する社会性を常に目覚めさせ、他人に対する敵意を持たなくても生きていける最低限の経済的豊かさを維持することが、公空間に “信用”を保ち、社会を維持する上で重要である。それが現在の保守主義の姿勢だろう。

 

2)中国一般大衆の困窮者に対する残酷な態度

 

最初に引用した中国元記者の方のyoutube動画では、中国のある大学の学生が中国最大級のSNSであるWeiboに投稿した手紙を紹介している。その動画公表の時点で、手紙公表後2,3日経つが、その時でも依然話題になっていたという。レベルが中位の大学の学生なので、知性を欠いているという評価は当然あるが、多数派の姿を知るにはもっとも相応しいレベルだと言う。https://www.youtube.com/watch?v=-X-LRmjDfJo&t=1228s

 

その内容は、以下のようなものである。(半分程度に短縮)

 

「私は、貧乏人に生きて欲しくないです。私の親も含めます。私は、国を愛する。西欧諸国は、我々の党をいじめている。我々の経済はショックを受けています。我々の党を消すように、動いているが、我々の党は世界一の偉い党です。党のお陰で我々の生活は良くなってきました。党をもっと愛するようになりました。

 

党に反撃してほしいですが、出来ないみたいです。月収1000元(15000円ほど)未満の貧乏人6億人(補足2)が、我々の国家の足を引っ張っている。この6億人の所為で、我々の国家は大変です。外国に軽蔑されています。 

 

ここで私は、中国の裕福な人々を代表して、国家、政府に提案します。我々を軍人にしてください。この6億人の貧乏人を消してしまいます。発展する国家、社会の足を引っ張る貧乏人は、この世に生きる価値がないです。中国の大学生は皆一致して、これらの敵を消しましょう。 

 

我々大学生は、社会経験がないです。でも、国の発展が一番だということは知っています。国があって、社会がある。社会があって、家庭がある。家庭があって、個人がいる。個人の利益、家庭の利益を捨てても良い。我々大学生は力をあわせて、これら低収入のゴミを消しましょう。

 

このYoutubeの投稿者もショックを受ける内容なので、中国においても、心の中は兎も角、公表する意見としては極端だろう。このYoutuberによれば、これは中国共産党の洗脳の結果だという。この投稿に対して、非難轟々ではなく、賛成者もいると、この方は話している。日本人の方々が見るスマートな中国の都会人は、本当はマイナーな存在のようだと話す。

 

この愛のない中国社会の姿は、本当だろう。飛び降り自殺寸前の女性がなかなか飛び降りないないので、見物に集まった民衆のなかから「飛ぶのなら早く飛べ」という声がかかったというニュースを、これまで何度も聞いた。日本人なら何と荒んだ地域(地区)なのだと思うが、それは地区の問題ではなく、中国文化の問題であることを知るべきである。

https://news.livedoor.com/article/detail/14947776/

https://www.recordchina.co.jp/b61428-s0-c30-d0000.html

 

3)中国の個人主義と欧米の個人主義の違い

 

中国の地政学的特徴とも関係あると思うが、中国文化の中に、宗教を根源とする人と人の間の「無報酬・無条件の愛」が育たなかった。そして、それは中華思想と表裏一体である。社会を構成する人々の間一般に、ポジティブな感情がないのなら、国とその社会をまとめるのは皇帝による独裁的権力だけである。皇帝は神であり、神の権威は国境とは無縁である。

 

それは、上記大学生の文章にある「国があって、社会がある。社会があって、家庭がある。家庭があって、個人がいる」という論理に如実に現れている。つまり、現在の中国は、共産党に名を借りた中華帝国である。

 

皇帝の政治に不満が鬱積すれば、現皇帝の目の届きにくい何処かから革命勢力が発生し、現在の皇帝を滅ぼし、新しい神として君臨する。崇高な神は、人が理解できない能力(崇高な能力)をもって悪を捌く、恐怖の神でもある。従って、中国には皇帝以外に神はあってはならない。神を頂く宗教は、同じく神である皇帝の権力に抵触するからである。

 

先日も引用したが、皇帝が神であるという考えは、最近まで共産党総書記の習近平の片腕であった副主席の王岐山が、中国を訪問したフランク・フクヤマに話した言葉の中にある。http://heiwagaikou-kenkyusho.jp/china/734

 

 

直接縁のない人々に対して、愛や情を植え付けるのは宗教文化であるから、中国には西欧社会のような人と人の間の親和力“愛”はないだろう。因みに日本人は、学校及び家庭や地域社会での教育で、仏教と神道を背景にした教育を受け、西欧同様の情を持っている。これらの宗教は、一般民は気づかないほど、深く日本文化として根付いている。(追補1)

 

個人がバラバラの中国社会は、欧米の個人主義と一見似ている。それが、ニクソンが鄧小平らを話し合える相手と誤解した原因だろう。しかし、西欧の個人は、独立しているがバラバラではない。中国の皇帝の様に、一神教の神が束ねている。しかし、その神は現人神ではない本物の神であり、世俗の争いから超越し、人々の間に無条件の愛を満たす神である。(補足3)

 

本物とは、現人神ではないという意味である。西欧の神と違って、中国の現人神である皇帝は所詮「人」である。見る人により異なった姿を見せる。現人神を頂く場合、人々は現人神への忠義を競い、人々の間の関係を層状にする。それが儒教が前提とする社会の姿である。

 

しかし、キリスト教など唯一神の信仰は、自分と神だけの関係(契)であり、第三者は本来関与しない。そして、人々が自分で勝手に神を解釈しないように、一切の偶像を禁止している。神を知りたければ、その契約書である聖書を読めばわかる筈である。(補足4)

 

4)中国の厚黒学と超限戦:ホワイトハウスでのコロナパンデミック?

 

社会での人と人との“愛を伴った繋がり”を消し去った「皇帝の支配する社会」では、嘘をつくことの心理的抵抗感は消滅する。ただ、抵抗感として残るのは、処罰の危険性を感じることだけである。

 

その結果、人は利益の為に動き、厚かましく腹黒く振る舞うことで富を蓄積する。その様な生き方を記した「厚黒学」は中国(李宗吾著)の書物である。そして、中国の戦い方を記したのが同じく中国の喬良、王湘穂らによる「超限戦」である。経済、情報、医療など、あらゆる分野を含む無限の裾野から戦争戦略を考える。

 

それは、現在の中国において一般的であり、それらの考え方は、グローバル化により世界に広がっている。何故なら、神の権威が消滅しつつある現在、人々の間の親和性は弱まり、健全な社会の維持を良心の呵責に頼ることは不可能だからである。

 

民主的な法治国家の弱点は、嘘が網の間を通り過ぎることである。そして、社会の信用は低下し、個人はあらゆる危険を想定して、無限に近いお金と銃で武装する。法が網に過ぎない場合、現実の政治は網をくぐり抜ける嘘や謀略が動かす。

 

そのような国々の政治は、陰謀論無くしては語れない。米国においては、陰謀論はディープ・ステートなど秘密結社の活動で語られる場合が多い。中国では国内的にはディープ・ステートは不要である。法律は、政権中枢による恣意的解釈により、全て片付けることが可能だからである。そこでは、法は所詮紙切れにすぎないからである。(王岐山の言葉)https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12629638596.html

 

最後に、10月10日の及川さんの動画を紹介する。それは、Youtube当局に消される可能性がある陰謀論的内容である。そこでは、再度、新型コロナ肺炎は中国で生物兵器として創られたという意見を取り上げている。そして、最近のホワイトハウスでの集団感染や共和党議員に選択的に出現する感染者も、「ある一派の陰謀ではなかったのか?」と示唆する内容である。

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=5syAHwMeYK4&t=931s

(15:50;10/13 6:20 編集)

 

追補1: 日本の天皇は現人神ではあるが、既に日本という小宇宙の支配を完了している。白村江の戦や壬申の乱の後、(我々の受けた歴史教育では)天皇があまり武装しなかったのは、中華秩序の中にあったことが関係しているだろう。李氏朝鮮も明と清の下で、本格的は武装が出来なかった。その後、鎌倉時代以降、日本では権威と権力の分裂という特殊な現象が起こった。それを統一したのが、所謂”明治維新”である。(補足(3)参照)

 

補足:

 

1)キリスト教の愛は、例えば“山上の垂訓”という箇所などで語られる。そこには、「敵を愛し、迫害する者のために祈れ。」「天の父は悪い者の上にも良い者の上にも太陽を登らせ、正しいものにも正しくない者にも雨をふらして下さるからである。」と書かれている。親鸞の「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人おや」に似ている。善悪は社会が作り、悪人や落ちこぼれは、善人や成功者の”社会における反作用”として生じる。

 

2)中国共産党常務委員会の李克強(順位第二位)が全国人民代表大会の後の記者会見で明らかにしたこと。これは習近平の政治に疑問を呈するもので、中国共産党政権の内部闘争の一幕である。その後、習近平の側近の王岐山も習近平の敵となったようだ。https://news.yahoo.co.jp/articles/2f24d7aaf8f64784a0fef763bbd4492486c71eab

 

3)このモデルを日本も採用したことがある。それは戦前の大日本帝国である。明治維新は、神である天皇を中心とした国家を作ろうとした。それは全ての国民を束ねる効率的な方法だからである。そのために明治政府は神仏分離令を出した。そして、廃仏毀釈の方向に進んだ。ウィキペディアには、政府の意図したことではないと書かれているが、それは嘘だろう。つまり、明治維新とは、日本の易姓革命であった。

 

4)このように考えると、階層的なカトリック教会の牧師と信者の関係が分からなくなる。ましてや、そこにキリストを表す十字架があれば尚更である。キリスト教は、ローマに受け入れられて以来、拡大するとともに、歪められたようだ。宗教改革の動機は、ローマの国教になった時に生まれたのだろう。

 

(以上、素人の記述です。論理的な批判を歓迎します。)

今朝の及川幸久氏のBreaking Newsは非常に重要な内容を話している。米国の安全保障補佐官ロバート・オブライエンによる10月7日のある大学での講演内容と、今後の台湾の運命についての内容である。このオブライエンの講演のオリジナルな内容が、ネット検索で出てこなかったので、今回完全に及川氏の動画内容を前提にして、以下議論する。

 

オブライエン補佐官によると、中国の台湾に向けての軍事力増強は異常なレベルであり、第一次大戦前のドイツの軍事力と同じレベルであると言っている。(補足1)中国共産党政権(以下習近平)は、米軍を(西)太平洋から追い出して、台湾に上陸する作戦実行寸前だというのである。

 

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=9QU-FTbsk-0&t=2s

 

 

中国の台湾上陸作戦は、台湾海岸線に上陸箇所が少ないなどの困難はあるものの、米国政権にも台湾を守るという法的根拠が未だ明確ではない点が、台湾防衛へ米国が本格的に関与するのなら問題であると指摘する。それは、米国の台湾関係法は台湾を国家承認することを前提にしていないからである。

 

米国と中国(中華人民共和国;中共)との国交回復(開始)は、カーター民主党政権下1979年1月1日に為された。それと同時に、自由主義圏との軍事バランスを考えて、台湾関係法が施行された。しかし、繰り返すが、前提は中共を唯一中国の政権として承認することである。

 

オブライエン補佐官が、台湾の安全保障に関与可能な条項が存在するとの考えを示しているものの、それを明確な意思として中国および台湾に示すには、台湾の国家承認が必要だろう。その方向に進まなければ、台湾を見捨てることになりかねない。オブライエンは、差し当たり台湾はヤマアラシ戦略を取るべきであるという。それにも現在台湾のGDPの1.2%程度の軍事費では不足であると言っているという。(この最後のGDP1.2%とかの話は、差し迫った状況下での話としては理解できない。)

 

大統領選挙で大変な状況だろうが、4年の第1期を全うする上でも、トランプ政権は明確な意思決定をすべきである。そうしないと、トランプ大統領の後世の評価は、世界の秩序を破壊する民主党政権の誕生に協力し、そのゼンマイを捲くために、4年間世界を騒がせた大統領ということになるだろう。

 

米国第一という路線は自由主義圏のリーダーとしての地位を放棄してはあり得ないことを、既にトランプは知っている筈である。時間を要するデカップリングではあるが、それが本格的になるまでに台湾が中共に飲み込まれれば、その戦略も泡として消えるだろう。繰り返すが、トランプの真意をオブライエン補佐官は問うているのだろう。それは、自由主義圏諸国のトランプへの問でもある。

 

何故なら、太平洋から米軍が消えれば、中国の経済活動は日本、韓国、台湾、東南アジアを巻き込んで、本格的に再開するだろう。その後、世界は二極化するだろうが、その10数年後?にはもっと悲惨な最終戦争で、世界は聖書の預言通りになる可能性大である。中国には、平和共存の哲学は無いからである。

https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12629638596.html

 

 

(午前9時編集;10時40分補足1追加)

 

補足:

 

1)この部分は、オブライエン補佐官(安全保障担当補佐官という機関)が、中国の台湾海峡を挟んでの軍事力増強を、歴史的ケースと比較し相対的に把握・評価する能力を持っていることを示している。つまり、諜報活動の成果を、政権中枢へ伝達し、中枢(オブライエン補佐官)はそれを基に状況を評価し、最終執行者の大統領に伝達する能力を持っている。日本にそのような能力があるだろうか?

 

今朝のテレビ番組グッドラックで、足立区議会での白石正輝議員のLGBTに関する発言が、司会者やコメンテーターらにより、「気分が悪くなる」程の悪質な差別発言だとして紹介された。私には、彼らの「気分の悪さ」がさっぱり解らなかった。

 

1)ネットに現れた報道機関による白石議員の発言の紹介と論説;

 

毎日新聞の記事が引用したのは、以下の発言である。

①「日本人の女が全部L、日本人の男は全部G、次の世代生まれますか?」「LとGについてだけは、もしこれが足立区に完全に広がってしまったら、足立区民いなくなっちゃうのは100年とか200年の先の話じゃない。私たちの子どもが一人も生まれないということ。」

https://mainichi.jp/articles/20201007/k00/00m/040/115000c

 

一方、ABEMA Timesも同様に直接白石議員に取材し、上記発言を紹介している。両方の記事とも、この発言に対して何処を批判しているのかが、わかりにくい。ABEMA Timesによる記事では、それに加えて、作家、乙武洋匡氏の以下の意見を紹介している。

 

白石区議が問題の質疑で、②「正常な結婚をし、子どもを産み育てることは、人として最も崇高な使命であると思う。学校教育の中で、子ども達にしっかり伝えるべきと思う」と発言していることに注目した。

 

そして、「“正常な”という言葉を入れる必要があるのだろうか。あえて“正常な”と入れるところに、僕はLGBTQ(補足1)の方々に対する蔑視が滲み出ていると感じてしまう。政治家としては少子化問題に向き合わなくてはならないが、大事なのは産むことを望まない人や望めない人に圧力をかけることではなく、産みたいと思っている人が経済的な事情や労働環境的な理由で産めない状況改善することだ」と指摘する。

https://news.yahoo.co.jp/articles/a9216f5c25f7fec21a19392e3347d137de0056ea

 

ここで初めて判りやすい非難の言葉が現れた。乙武氏は、「同性婚など子供の誕生を期待できない結婚を“異常な結婚”といってはいけない」という意見のようだ。ただ、あとで引用する区議会の要旨によれば、そして白石議員のインタビューでも、産めない人に圧力をかけている部分は皆無である。乙武氏は、恣意的解釈をして論理を無視して批判を展開しているのだ。

 

そこで漸く私も彼らの非難の言葉が理解できた。それは、LGBTなどを対象に、正直に本当のことを言ってはいけないということである。つまり、LGBTは現代文化のアンタチャブル(補足2)であり、よほどのことがない限り触れてはいけないのだ。

 

LGBTは正常ではないし、同性婚は正常な結婚ではない。それに言及する必要があれば、そう発言するのは当然である。つまり、白石議員の発言は、不必要にアンタッチャブルに触れたという非難だろう。

 

2)足立区議会の議事要旨における白石議員の質問:

 

そこで、足立区議会の議事録を探した。白石議員の質問要旨が、しっかりと記載されている。マスコミは何故この議事録を引用しないのか? 令和2年第3回定例会における白石議員の質問は、以下の通りである。(前半部分は省略)

 

少子化問題は政治の大きな課題として取り上げられてきた。しかし「ひとりでも多く子どもを産んでほしい」「最低3人は」等と発言すると、「女性蔑視だ」「軍国主義につながる」という非難にさらされ、政治家は口をとざし、その上、性の多様化、性的マイノリティを守ろうという美辞麗句の下、全国の自治体の中には、こうした傾向を自重するかのような法律や条例が制定され、あたかもLGBTを擁護し、助長するものと思う。

以下、質問をする。

 

①工藤副区長は、第一回定例会の予算特別委員会で、足立区は出生率 1.4 を目標にしていると答弁したが、その真意は。

②LGBTについては、人それぞれの生き方であるから、非難する気持ちはないが、正常な結婚をし、子どもを産み育てることは、人として最も崇高な使命であると思う。学校教育の中で、子ども達にしっかり伝えるべきと思うがどうか。

https://www.gikai-adachi.jp/voices/GikaiDoc/attach/Enq/Enq50_20203t6.pdf

 

乙武氏の批判は、質問②の表現にあるようだ。何故、白石議員はLGBTを引き合いに出したのか?つまり、LGBTに対する配慮を非常に重要なことのようにマスコミ等が報道し、それに反論すると叩かれるようでは、子どもたちが正常な結婚に対する社会的な意味を理解しない可能性がある。そこで、それに反論するために、同性婚を異常婚であり、未来の社会に対する貢献が期待できないと言ったのだろう。

 

どこがおかしいのか? グッドラックや上記紹介記事では、一体何を批判しているのか? 知性的ではない過敏な反応の影に一体何があるのか? 与党保守派を攻撃する政治的目論見が見える。何度も引用したことだが、かの有名な米国の政治学者(故)ブレジンスキー氏は、彼ら「ユダヤ人が米国の政界で大きな力を得た方法は、マイノリティの権利を主張することであった」と言った。その尻馬に訳も分からず乗っているのだろう。

 

(午後10時編集;翌日6時補足2追加、編集)

 

補足:

 

1)下に引用の記事より: Qは、「Queer(クィア)」もしくは「Questioning(クエスチョニング)」という2つの言葉を表している。これは、セクシュアルマイノリティでもLGBTに当てはまらない全ての人たちを表すために、LGBTの後ろにクィアがつけられているようだ。http://rainbow-project.jp/lgbt-q/

 

2)アンタッチャブルとは、触れてはいけない物や事。現代文化でのアンタッチャブルとしては、性に関することが多い。しかし、昨今学校で性教育する時代であり、その壁は薄くなっている。他には、「優秀なヒットラー像」もアンタッチャブルである。日本では、被差別部落民、在日などは、今でも政治的アンタッチャブルである。