日本でも米国でも、そして恐らく世界中で、人々は真実を失いつつ在る。それは同時に多くの不正でこの世界が満たされつつ在ることを意味する。そこで今回は「真実」とは何か、どこにあるのかについて書いてみようと思う。

 

1)真実とは、共同体で共有する命題(の集合)である(補足1)

 

先ず、「真実とは何だろうか」を考えてみる。デカルトは「我考える故に我あり」(補足2)が唯一の真実であるとした。換言すれば、「我」が自覚する真実は、「我」という意識が存在することのみだとデカルトは言ったのである。

 

しかし、「我」という言葉のなかに、対立概念「他」が存在するので、「我」が存在すれば、「他」も存在することになる。これは矛盾である。更に、「在る」の議論は、ウィキペディアにもあるが、言葉の限界を感じさせる人間にとって不毛な行為である。近代合理主義哲学の祖であるデカルトのこの言葉は、合理的というより宗教的である。(補足3)

 

誰であれ、言葉で語る時点で、他の存在を意識している。一人で考えるときでも、言葉を用いる時は、必ずそれを聴く人物を想定している。もちろん、自分を二つに分けて、喋る自分と聴く自分を心に想定して言葉を用いる場合もある。そうすると、デカルトが言う「我」は二つに分裂している。

 

このデカルトの思想に対する私の否定的な考え方の基礎にあるのは、言葉は共同体の共有物であるという思想である。つまり、言葉(言語)は、共同体と宗教を含めた三つを必須要素として発生し、一体となって進化したと私は考えている。(補足4)つまり、デカルトが言葉を用いた段階で、共同体としての真実を探していることになる。我を一人と言葉を用いて考える段階で、既に矛盾を内包している。

 

何が言いたいかというと、「真実とは、共同体のメンバーで共有する命題(の集合)である」ということである。 完全に一人だけなら、命題を持ち出す必要はない。真も偽もない。「これが真である」とは、我々(共同体)はこれを真として選択すべき「良き命題」つまり自分たちと周囲の世界の理解に役立ち、共同体の永続と発展のためになるという意味である。

 

それは善も同様で、「善」とは我々(共同体)がその維持と発展のために選択すべき「良き行為」に付けられるラベル或いは「物差し」である。つまり、共同体から完全に落ちこぼれた人に善は無意味である。親鸞の「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人おや」は

この善の相対性を語った名言である。(補足5)

 

従って、共同体が異なれば、何が真で何が善であるかも異なっても別におどろくべきことではない。「Xが真である」や「Yが善である」を絶対的普遍的な命題群として把握している人が多い。補足3の繰り返しになるが、それらを絶対的な命題とするのは、宗教的であり科学的ではない。
 

2)真と偽の相対化

日本人には、人類全体としての共同体意識が残存する。笹川良一の「人類皆兄弟」という言葉が日本で一定の存在感があることからも分かる。その考え方は西欧にも存在した。国連などもその意識の具体化だろう。この人類が共同で豊かな社会を維持しようと考える根底には、人類が科学や技術を用いて、豊かな近代文明を多くの地域で共有している事実がある。

 

この人類が共通して享受している文明に関する部分(部分空間での共同体)には、それに対応する「真理の集合」が存在する。一方、国家と国家或いは集団と集団で対立する場合、その対立関係の基礎に、「真理の集合」が二つの集団で異なるということになる。
 

この考え方では、異なった集団の間でも「真理は一つだ」という考えは、宗教的であり科学的ではない。この情況を別表現すると、二つの集団の間で“ある争い”があったとすると、その争いに関して、真偽の判定が可能な一つの命題として、それら集団の二つの言葉で表現することは非常に困難だということである。

 

それは言葉が、歴史的に一つの共同体内で一つの宗教とともに出来上がったのであり、他の言葉への厳密な意味での翻訳は不可能だということでもある。

 

前々回の記事に書いたことだが、今年米国を中心舞台にして明らかになった世界の変化の根底には、人間関係が相手を思う関係(共同体の感覚)から、損得の関係に変化したことがある。そして、世界の人々は地理的にどれだけ狭く限定しても、共同体的感覚を失っていることになる。(補足6)

 

更に、共通の利益を持つ人々の集合は、経済の“発展”のなかで米国内や世界で斑に分布し、建国以来存在してきた共同体の感覚が破壊されているということである。それが人間関係の、「人類愛の人間関係」から「金銭愛の人間関係」への変質の結果である。共同体が失われた場合、真も善も共有できなくなる。現在の米国の混乱を見て、それを強く感じる。

 

3)トランプ政権について

 

トランプは、大統領選挙が多くの不正により間違った人物を選んだと主張している。しかし、何に照らして不正かといえば、昔の建国の精神が生きている米国の憲法とその精神に照らして不正だと言っている筈である。

 

しかし、その憲法の精神が、米国全土で崩壊しているのなら、トランプの主張は古い物差しで新しい米国を測っていることになる。BLM運動が、シアトルで治外法権の地区をつくっても、市長は「別に!」と言って放置し、連邦軍を派遣しようとしても、エスパー国防長官が「断る!」と言ったのも、民主主義精神が希薄になっている現在の米国なら自然である。

 

テキサス州が、激戦4州を「選挙制度を州議会による法改正を経ないで変更し、大統領選挙を行ったのは合衆国違憲に違反する」と言って提訴したが、最高裁が門前払いをした。50州が憲法の下に団結して連合国を作るという精神が風化していれば、最高裁判事らが敢えて火中の栗を拾うのは止めようという態度は、自然なことだろう。

 

つまり、古い衣は着ているものの、その中は今や全く別のアメリカなら、トランプが逆転するのは、古いアメリカに戻るという革命に相当する。それを行うなら、戒厳令を出して、軍政を布くしか無い。自分が先頭に立って戦わなければ、革命は成功しないだろう。

 

1月6日の両院合同会議において、ペンス副大統領が激戦州から出された選挙人名簿を拒否する権限があるのだから、トランプ逆転勝利のためにそうすべきだという考えには、無理がある。副大統領に、米国群衆を背景にして先頭に立って戦って呉れと大統領が言うのでは、敗戦は必至だろう。https://www.youtube.com/watch?v=PPigZYtQhkg&t

 

トランプの現在の姿勢では、最終的にはマイケルフリンも、シドニーパウエルも、リンウッドも、そしてトランプの多くの支援者も、正常な行政プロセスを妨害したとして逮捕される可能性が高い。(https://www.youtube.com/watch?v=kpxEKMcWeRc&t

 

反トランプ陣営も、自分たちの真と善に基づいて、統一する時期である。古い衣を脱ぎ捨てた中に、しっかりと共同体としての新しい社会主義国アメリカが存在するのなら、トランプの応援団として活躍してきた人たちを訴えるのは自然である。しかし、反トランプは呉越同舟、国共合作状態のような氣がする。トランプが勝っても負けても、米国は混乱するように思う。


 

補足:

 

1)命題 (proposition)とは、判断を言語で表したもので、真または偽という性質(真理値)をもつものである。この「もの」という言葉に何時も引っかかる。この“もの”は物でも者でもない。英語では、多分That is what I mentioned a few seconds ago. That is it. (又はThat’s it.) のような文章のwhat itを、日本語で「もの」というのだろう。別の表現では「命題とは、数学で、真偽の判断の対象となる文章または式である」。

 

2)デカルトのこの言葉(Cogito, ergo sum)は、英語では"I think, therefore I am"と翻訳される。この「think」を「思う」と翻訳するのは間違いだろう。https://en.wikipedia.org/wiki/Cogito,_ergo_sum

 

3)ほとんどの人が科学について誤解していることは、「科学は真実を明らかにする」という命題を「真」だとすることである。科学は真実を想定しない。科学の世界に在るのは、仮説のみである。科学の大きな成功つまり進歩は、真実を決定しなかったことによる。

 

4)この言語の発生と進化に関する理解は、「宗教と言語は、共同体社会とともに発生し、外敵からの防御のために“善悪”の創造とそれによる地域共同体の団結を可能とした」と表現することができる。このモデルを前回記事で引用したが、元は昨年6月に書いた「言語の進化論」における、「言語、宗教、共同体」の発生と進化に対する私の理解(モデル)である。

この件に関して私が何時も注目するのは、聖書のヨハネによる福音書の冒頭にある有名な言葉である。「はじめに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。全てはこの方により創造された。」は、「言葉が共同体と宗教とで三重らせんを形成して、進化した」というモデルを否定している。

 

5)この善の相対性により、ある共同体(国)が戦争で敵兵を殺すことや犯罪者を死刑にすることが、「人殺しは悪である」という命題から自由になる。その一方、犯罪者が死刑になったとき、その犯罪者に悪のラベルを貼り付けるのは、その特定の共同体の独善に過ぎなくなる。阿弥陀如来は、特定の共同体の所有でないのだから、そのような人を極楽往生させる筈である。

 

6)世界の独裁的な国々では、自国民向け洗脳政策で国家を愛する意識を植え付けている。しかし、それらの国々では、人と人の間の自然な愛情は破壊されており、本当は共同体としての国家は成立していない。以下の中国での話は、それを証明している。その話とは、ビルから飛び降り自殺をしようとベランダに立った人が、なかなか飛び降りないので、見物に集まった人たちが「飛び降りるなら、早く飛び降りろ」と声をかけたという、寒々とする話である。https://business.nikkei.com/atcl/report/15/258513/070500081/

何か重要なことが生じなければ、米国大統領選についてはもう書かないだろうと一週間程度前(12月21日)の記事に書きました。しかし昨日、非常に重要な公式発表がペンシルバニアから出されたとの「カナダ人のニュース」さんの情報に接し、一言書くことにしました。(追捕あり、2020/12/30/21:30)

 

(この記事はYouTubeで検索しても出てこない。4:30からの部分をご覧ください)

 

 

ペンシルバニア州議会が、大統領選挙の集計による投票数が実際の投票数よりも17万票多かったと発表した。トランプとバイデンの票差は8万票あまりなので、これでペンシルバニアの公式の結果は意味のないものとなった。

 

これは重大な結果である。何故なら州議会が報告した数字であり、ペンシルバニア州でインチキ選挙が大規模に行われた事を公式に確認した結果だからである。これは①トランプに最強手段を採る根拠或いはきっかけとなるし、②16日の上下両院の会議で、113日の選挙に基づいて選ばれた選挙人による、1214日の各州の選挙結果を16日に開票するのだが、その結果に対して、無効だと主張する根拠ともなるからである。

 

①では、今回の大統領選挙の不正は大規模であり、他国の影響も見られるというトランプの観測結果を米国民の多数が共有するという確信、及び、その一つの証拠としてのペンシルバニア議会の上記結論から、国家反逆罪の疑いでバイデンなど民主党の人物などを軍事法廷で裁く可能性である。

 

上記選挙不正は、シドニーパウエル弁護士の報告や、ピーター・ナヴァロ大統領顧問の報告で述べられているので、トランプの夢想だとして退けることはCNNやニューヨーク・タイムズと言えども困難である。前者パウエル氏の報告では、中国によるドミニヨンの投票システムへの介入により、バイデン票が相当数上積みされた疑惑を述べている。

 

この中国の関与は極めて濃厚な疑惑だが、テキサス司法長官の訴えを最高裁が門前払いしたことで、一旦は、それを根拠に強硬手段の可能性が薄れたと考えられた。しかし、ペンシルバニアで明らかになった今回の不正の証拠により、トランプが2018年に出した大統領令に基づいて、軍事法廷を開く可能性が再び出てきた。

 

その時、シドニーパウエルが検察官になるだろう。そして、その首謀者として民主党の何人かが逮捕される。その一人として、バイデンが含まれるだろうから、来月6日の両院総会の意味もなくなる。

https://www.agenticglobal.com/dictionary/election-counting-5/

 

②のケースでは、両院合同会議で上下両院から1名づつ前に出て、1214日の選挙人の投票結果を受け入れないと主張すれば、議長であるペンス副大統領がその採決を行うだろう。そして、1214日の選挙結果が幾つかの州で無効だと決定されれば、だれも選挙人の過半数を得られなくなり、下院の各州代表で大統領が、上院で副大統領が選出される。(合衆国憲法修正第12条)

 

この場合、恐らくバイデンが当選するだろうとWashington Postは予想している。それは、共和党内にバイデンと書く人がかなり現れるからである。既に上院では、マコーネル院内総務がバイデンの勝利を確認している。その背後に中国人妻とか、その中国との太いパイプなどがあるが、そのような関係にある議員は多いだろう。その結果、共和党は深刻な分裂を経験することになる。https://www.agenticglobal.com/dictionary/election-counting-5/

 

このシナリオについて、既に2年ほど前に論文に書いた人がいる。 Edward B. Foleyという民主党系の学者である。エドワード・フォーリーは、所謂ブルーシフト(時間が立てばバイデン票が増え続けるという理論)を提唱した人である。その論文で、激戦州で113日の結果を認める州知事と、それに反対する州議会が異なる選挙人名簿をワシントンに送るということを予言し、論文に書いている。(pdfで取得できる。)https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=3446021

 

そのエドワード・フォーリーがワシントン・ポストに、トランプが16日を待たずに敗北宣言をしたほうが賢明だという記事を書いている。どうせ、下院の投票になってもバイデンが当選するというのである。https://www.washingtonpost.com/opinions/2020/12/22/its-time-mike-pence-choose-trump-or-truth/

 

恐らくそのとおりだろう。米国が民主主義なのは外套一枚であり、その中はマスコミから政治経済まで、中国とあまりにも関係が深くなってしまっている。合法非合法に関わらず、中国女性と深い関係があり中国に取り込まれている議員は、中国の女性スパイと肉体関係を持っていたことが発覚した(128日)エリック・スウォルウェル(補足1)や中国共産党幹部と親しい中国人(人種の意味)を女房に持つ共和党重鎮のマコーネルだけではないだろう。

 

つまり、トランプが勝つには、今や軍事法廷の利用が唯一の手法だろう。その結果は、深刻な米国全体の混乱だろう。米国は上記外套を脱いだ現在、「米国は民主主義の国」という嘘に戻ることは出来ないからである。もし、16日の上記プロセスを経て、バイデンが大統領になっても、米国は深刻な分裂をする可能性がある。テキサスは独立する意思を見せているし、それに同調する赤い州も多いだろう。

 

兎に角、2021年は世界史的に大混乱の年になるだろう。もちろん、一番静かな年にするのなら、できるだけ早期にトランプが敗北宣言することだろう。その場合、トランプ、パウエル、リンウッド、フリンなどは刑務所行きだろう。自分と仲間を犠牲にして、静かなインチキのアメリカを採るのは難しいだろう。私も、何方が日本にとって得か、わからなくなった。

 

日本にとって一番大事なのは、日本のマスコミが外国支配から脱却すること、そして、日本人が原点から、つまり国際社会は野生の世界であるということを学び、憲法改正と積極的な政治への参加の覚悟を持つことである。(補足2)そして、現在永田町と霞が関にいる愚劣な政治家をできるだけ早期に一掃しなければ、日本に将来はない。

 

尚、何方かが刑務所に行くモデルは、1121日の記事「刑務所に行くのはトランプなのかバイデンなのか? 米国の独裁化と歴史改竄の可能性」に書いた。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12639316194.html

 

追捕: 上記カナダ人ニュースさんの動画中で、大統領選挙でトランプとバイデンの投票数合計が、約17万票実際の投票数より大きかったと言う報告がペンシルバニアの州議会から発表されということでしたが、実際は17名の共和党議員団の発表のようです。バイデン、トランプ、もうひとりの候補者の票数の合計が、集計システムが示している投票数合計より20万票多いという矛盾があるのは事実のようで、システムそのものに不正があったのだと思います。この発表されている投票数と有権者の推計(11月19日の記事に掲載)から計算すると、投票率が77%以上と異常に高くなり、これも不自然です。

 

 

 

補足:

 

1)エリック・スウォルウェルは、ロシア疑惑を吹聴して一躍注目され、大統領選に出馬したカリフォルニア州選出民主党下院議員で下院情報委員会メンバー。情報委員会のメンバーだというから呆れる。推薦者は、あのナンシーペロスである。

 

2)これには米国占領軍が日本に植え付けた戦争犯罪史観(War Guilt Information Program)の払拭も大事だが、古くから日本にある平和信仰(17条憲法)を捨てることである。日本文化の改造であり、一朝一夕にできることではない。場合によっては、日本の皇室の意味も再考する必要があるだろう。

 

 

 

1)人間関係の金銭関係への変質

 

米国を始め多くの国では、社会は金融資本が支配する構造に変質している。ミクロに見れば、人の間の親和力に基づく関係が希薄になり、対人関係で残るのは、売買関係と仕事上の関係のみとなりつつある。資本主義の進展が、ローカルな共同体を破壊し、対人関係を金銭関係に切り替えたのである。

 

この社会の変化をもう少し微細に整理してみる。人材教育、その配置と移動は、資本主義の原則に支配される。その発展に伴い、①2060代の人の行動半径が、地域コミュニティから全国規模に、更に地球規模へと拡大した。それは、家族や親族との関係、地域コミュニティとの関係などを物理的に希薄化した。

 

同時に、②隣近所での力の貸し借りや、家族の養育や介護、料理や洗濯までもが金銭関係、つまり、金銭的契約行為となり、GDPの成長の中身となった。その結果、上記人間関係を、希薄化及び金銭関係に変質させる。

 

人間関係の分断は、当然、社会における様々な係争を増加させる。米国では、日本では裁判にならない類のことまで、多額の費用を費やして裁判し、GDPを増やしている。(補足1)増加した銃器等による殺人も米国のGDP増加に貢献している。多分、米国の軍産共同体の国外での20世紀以降の行為は、この国内の個人や法人間の係争関係をモデル化し、国家間に適用した結果だろう。(補足2)

 

契約社会と言えば知的に聞こえるが、商品に対する詳細な説明書き、それに対応した詳細な法令、より安全な通信や暗号システム導入など、人間社会は普通の人間にとって住みにくくなる一方である。

 

衣食住以外のGDP算定項目が増える一方なのは、果たして人類に好ましい社会のあり方なのか? 法と契約を意識した人間関係は、人類にとって幸福な関係なのか?その疑問が本稿を書く動機である。

 

2)善悪の消滅と不正の蔓延

 

中世の独裁政治は、論理無視で人を弾圧した。宗教は、その政治の権威付けに利用された。中世の人間復興は、硬直化した宗教からの解放だったと教えられたように記憶するが、その背後に独裁政治が有ったと思う。

 

宗教により決められた善悪は、人々を縛るが論理とは関係が薄い。近代とは、個人が論理的に動くことにより、独裁から解放された時代だとすれば、その論理は宗教的規範にも向けられる。その結果、善悪という行動規範は、論理の産物である合法・非合法に置換されたと思う。そして善悪の感覚は、人々の心の中でも薄くなったと思う。

 

近代の科学&技術の発展は、その近代合理思想によってもたらされた。その合理主義が基礎に置くのは、善悪ではなく事実と論理である。善悪は人間のこころの中にあるが、事実はある場所に観測結果として存在し、論理は個人の頭の中にある。

 

人々が論理を用いて、公空間に於いて対面するのは法や契約書であり、“善悪”に基づく判断は、人間関係が法的関係(契約の関係)や損得の関係に置き換わることで、価値を失ったのである。本来宗教を基礎に出来た“善悪”は、2021世紀に宗教とともに幻となって消失することになる。(勿論、違法=悪という関係で悪は残るが、悪の宗教的感覚は希薄化する)

 

上記①により、視野と行動半径が地球規模となれば、ローカルに存在する事実は人々から遠ざかることになる。事実或いは真実を重視する姿勢は、損得感覚と相性が悪い。そして20~21世紀には事実の現場が遠くなり、欺瞞や詐欺が横行する時代となった。善悪という抗菌剤を失った社会に詐欺や欺瞞という細菌が蔓延りだしたのである。

 

 

 

3)共同体、宗教、言語は、同一起源である

 

宗教と言語は、共同体社会とともに発生した。その主目的は“善悪”の創造による地域共同体の団結と外敵からの防御である。これは先人の著作にあるかもしれないが、私のオリジナルな仮説である。(補足3)そして、多くのトラブルを乗り越えて生き残った民族は、地政学的な因子を除けば、高いレベルの言語と宗教を持ったからだろう。

 

宗教は極めて優れた指導者の言葉を最高の知恵として信じることで、思考のエネルギーを少なくできる。それが記述する行動基準は、善悪という座標軸とともに人々に示される。宗教(つまり、その偉人の知恵)が優れていれば、行動の効率が格段に上がり、他民族や他グループとの生存競争に有利である。

 

行動の前後に多くの言葉を用いる必要がなく、多くのルールや多段階の論理で考察する必要がない。人は単に善をなし、悪を懲罰するだけで良い。善悪は共同体のメンバーに記憶され、文化の中に明確に存在する。(補足4)

 

キリスト教文化でも、およそ1000頁ほどの文章を読むだけで良い。例えば、米国政府が今回出した予算書は5500ページあるというから、この宗教的生活の高い効率が理解できるだろう。(トランプが拒否権を行使した予算書:https://www.youtube.com/watch?v=RD8emQ8GqAA

 

資本主義が進み社会が法と論理の支配になれば、合法は宗教の善と対立するケースも発生する。宗教の善悪は、人と間の濃い関係の中でこそ力となり、重要である。従って、人と人の関係が、金銭と契約の関係に置き換わったとき、上に述べた様に、善悪は地位を失い事実と論理が社会の基本的価値となる。(しかし、事実は社会の複雑化と強大化で、だれでも確認可能でなくなる。)

 

 

4)新しいタイプの束縛と新バージョンの人間解放

 

I ) 新バージョンの人間解放の必要性

 

宗教及び善悪により過度に縛られた人を、古代ギリシャのようなもっと自由な世界に解放しようと言うのがルネサンス(人間解放)なら、その原動力になったのは、経済の発展、特に資本主義経済の発展だろう。(ルネサンスは数世紀後の市民革命につながる。)

 

 

 

その後、経済システムが資本主義、金融資本主義、ネオリベラリズム(新自由主義経済)と変質発展したことと同期して、コミュニティや家族における基本的人間関係まで希薄化が進み、社会における人間性軽視が進行する。コミュニティや家族などの基本的人間関係は、善悪の関係(宗教的関係)だからである。

 

つまり、人間は経済発展により、法と論理の社会に生きることになり、暗い束縛された地下室から解放されたと思った。しかし外の広い空間で、精神的な豊かさを育む善悪の関係を失うことになったと考えるべきだろう。

 

近年のグローバリズムで地球規模となった経済の世界では、人はその経済システムの要求に従って、全国から主として大都市に集められ、団地に住み働くことになる。更に、経済システムは法と論理により、必要に応じて個人の職種変更や配置転換などに命じることになる。

 

希薄化された人間関係の中で、新しいタイプの束縛、資本主義の進んだ国家などでの、人間関係の希薄化と法と契約による束縛が現れることになった。その束縛は事実を隠して、善悪を無視した形で、巨大資本の利益最大化を目指す中で、形成された。

 

II米国における新束縛からの解放の試み

 

経済主体の地位は、個人から法人に、そして現代では更に、法人から巨大資本へと移った。それが世界の主人公となり、世界の政治を支配している。民主主義というのは、個人を最高の権力源とする制度であり、従って巨大資本の国米国では、幻影でしかない。

 

中国では、民主主義の歴史を持たないので、直線的に新貴族(米国ではエスタブリッシュメント)と国民(人によっては家畜あるいは奴隷と形容するだろう)の身分制度を採用することになった。何方にしても、両国は本質的に同じである。米国は衣が体を現していないだけである。(補足5)

 

また、中国の農村部の安価な労働力を利用して、グローバリズムと称する経済システムで資本の成長を目指した米国新貴族の政治に対決して、その経済構造を修正し、両身分での貧富の差の縮小を目指したのが米国トランプ政権だろう。

 

トランプの政治を、新しい人間復興運動と見る事ができる。ただ、トランプ初期の「グローバリズムが人間的でないから、ナショナリズムに戻る」という考えは、時計の針を逆回転させるような企みであり上手くいかない。トランプが、「国民重視」の政治経済の復活に向うのなら、各国はそれを支持すべきである。(補足6)

 

嘘とプロパガンダを武器にして、ネオリベラリズム的に資本の増大と軍事力の増強、それらを用いて世界支配を目指す、米国内外の善悪を意識しない勢力(米国のDeep Stateと中国のCCP政権)の世界支配を阻止すべきである。トランプは、今回敗北するだろうが、その後米国民が立ち上がることに期待したい。

 

勿論、その結果日本は本当の意味での独立を求められるので、日本国民はしっかりと、国家と個人の関係を習得すべきである。

(編集:16:45;18:00,今ひとつ整理し切れていませんが、今後少しつづ編集します。)

 

補足:

 

1)先日のテレビ番組での話。ハワイでイカガワシイ映画を撮影していた人が逮捕され、懲役300年位になるとどこかから聞かされた。危機感の末に非常に優秀な弁護士に弁護を依頼した結果、罰金刑で済んだという。その弁護士費用は、数億円に上りこれ迄の映画で稼いだ金の大半を失ったという。米国では裁判も弁護士次第だという話である。GDP成長率やランキングを作っても、中身を精査しないと、何の役にもたたない。

 

2)後述するが、9.11のテロとアラブへの米国の介入は、おそらく米国により計画されたことだろう。つまり、基軸通貨としての地位を失う可能性が高い米ドルを護るために、アラブでの存在感を増す必要があった。米国は世界のGDPの中での米国の比率が下がるに従って、米ドルの地位が下がり、ユーロなど他国通貨がその代わりをすることが考えられる。特に近代産業の血液とも言える石油取引を、米ドルに限るという大目的と、これらアラブの内戦との関連が疑われる。因みに、ビンラディンはサウジアラビアの人間であり、事件後米国からソット出国させたという。

 

3)言語の進化論として、2019618から3回に分けて書いた。その後、書き足すつもりだったが、そのままになっている。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12482800585.html

 

4)宗教は極めて知的な人が導き出した知恵の結晶だとしても、所詮一人の人の思想である。しかし、無限の人によるオープンな議論により、連続的に修正を加え導き出した知恵は、一人の神がかりの思想を質的に超えるし、時代の変化に即応できる。西欧の近代とは、将にこのオープンな社会での無限の人による対等な議論を動員するという、「科学の方法論」により導かれた。

 

5)現在、このようなネオリベラリズムと言われる政治経済体制から離れて、独自の方式を採っていると思われるのが北欧諸国である。それについては、伊藤貫氏の講演を用いてレビューした。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12549364718.html

 

6)12月に米国上下両院が提出した予算案は、5500頁以上あり、その内容は米国民の生活を豊かにするという視点のものはごく一部で、その他は利権集団が税金を蚕が桑の葉を食い荒らすような構成になっていたようだ。(及川幸久氏のyoutube動画)トランプ大統領は即座に拒否権を行使したのだが、それと同時にオバマ時代のツイートをリツイートしたという。その文章が面白い。「私達が他の惑星で生命体を見つけないことを私は願っている。何故なら、米国政府は間違いなく彼らにお金を送るだろうからである。」 各国への軍事支援金などは、両院議員たち新貴族の既得権益と絡んでいると言っている。