新型コロナ肺炎の対策として、ファイザー社の新型ワクチンを厚労省が急いで承認した。このワクチンは、ウイルス(SARS COV-2)の表面のスパイク蛋白質を人体内で合成する為のメッセンジャーRNAm-RNA)を脂質膜で包んだものである。

 

一般に、m-RNAは細胞のDNAから作られ、タンパク質合成の鋳型のような働きをする。注射で入ったm-RNAは、リボソームでSARS-CoV2ウイルスのスパイク蛋白を作り、それが抗原となって、この病気(Covid-19)の免疫が体内に生じるという。

 

ただ、この方法は今回始めて実用化され、既に多くの国で全地球規模で臨床実験中である。イスラエルは、積極的にその役割を高い金を出して引受け、2月9日現在、人口100人当たりの接種回数67.8回と圧倒的な世界最速ペースで集団免疫達成を目指している。考え方によれば恐ろしい話である。

 

 

懸念I(生物兵器としての応用):

 

この方法だと、どのような病原性ウイルスが発生しパンデミックとなっても、遺伝子解析が出来れば、同じ原理でワクチンの製造ができる。便利だが、生物兵器の開発に拍車が掛かりそうな気がする。

 

実際、このワクチン製造法は、9.11のころに米国国防総省が軍事兵器として開発を始めたという話が、チャネル桜の番組の中で大阪市大名誉教授の井上正康氏により紹介されているhttps://www.youtube.com/watch?v=dybhsdHtlis

 

 

つまり、予めワクチンを造っておいてから、敵対国に開発したウイルスをばらまけば、国土やインフラを破壊せずに、その国を自国民の住処とすることができる。世界の人口削減と自国民の増加を考えている国には、理想的な兵器である。

 

 

懸念II (アナフィラキシーショック):

 

ワクチンの副作用だが、ファイザー社のものにはポリエチレングリコールがかなり多量に含まれており、そのアレルギーが考えられる。しかし、アレルギーは他のワクチンにもあるので、考慮すべきであるが、最大の問題ではなさそうである。

 

懸念III (細胞免疫には働かない可能性):

 

RNA ウイルスは HIV同様に高変異性と考えられている.ウイルスが細胞で複製する際の変異頻度が、DNA をゲノムに用いる微生物の数千倍に達するという。つまり、変異株の中には、ワクチンが効かないウイルスの存在が懸念される。

http://jsv.umin.jp/journal/v55-2pdf/virus55-2_221-230.pdf

 

 

更に、上記チャンネル桜の番組で、井上名誉教授は、ADE(抗原依存性免疫増強)による重症化の危険性が指摘している。そこでの発言の趣旨は、日本では東アジア全域での風邪に対する免疫が、Covid-19の重篤化を抑えているので、ADEの危険性の方を重視して、国民全員接種という危険なことは、西欧諸国での効果を見てからでも遅くないということである。

 

ADEとは、抗体でマークされたウイルスをマクロファージなどが取り込むが、消化出来ず、そのウイルスに感染してしまう現象のようだ。この詳細は分かっていない様だが、細胞免疫が不完全な場合に発生するようである。(補足参照)

 

 

 

つまり、ファイザー社などのm-RNAワクチンでは、細胞免疫が出来ない可能性があるので、免疫暴走で重篤化する危険性があるというのだろう。ある臨床医がこのことに対する警告の文章をネットにアップロードしている。http://www.nobuokakai.ecnet.jp/nakagawa222.pdf

 

補足:

(以下の補足は、本文中に引用番号をふっていません)

 

1)特定のウイルスを対象にする獲得免疫のプロセスは、主に樹状細胞により感染したウイルスに関する情報伝達に始まる。樹状細胞は鼻腔、肺、消化管、皮膚などに広く存在する。その情報が白血球の中のヘルパーT細胞によりB細胞に伝達され、ウイルスの機能を妨害したり貪食を助けたりする抗体を体液中に放出する。抗体と結合したウイルスは、マクロファージなどの貪食の対象となる。このB細胞の抗原放出の働きを液性免疫と呼ぶ。更に、同様の情報を受けたキラーT細胞による感染した体内細胞の貪食を主役とするのが、細胞免疫である。

この細胞免疫は、感染した細胞がウイルスが生成した蛋白を消化し、その一部を標識としてMHC(主要組織適合性複合体)の上部に提示し、自分がウイルスに占領されていることを示すことに始まる。そして、ヘルパーT細胞により情報を受け、更に同じくヘルパーT細胞が放出するサイトカインという刺激物質で活性化されたキラーT細胞が、ウイルスに感染した細胞を貪食するというプロセスで終わる。この細胞免疫の情報が、キラーT細胞に記憶されるが、スパイク蛋白のm-RNAの投与だけでこの記憶が発生しない可能性がある。それがADEを強めることになり、心配される。

 

下の文献は、ADEと関係するMHC(人白血球抗原=LHA)の役割について解説しています。

 

この当たりのことに関しては、素人の私には十分なことが書けません。上記二つの文献とチャンネル桜の井上大阪市大名誉教授の話を参考にしてください。

 

2)今回のコロナ肺炎に対する日本の医療体制は非常に貧弱である。それは、上記チャンネル桜の番組で元厚生労働省の技官の方が指摘しているように、病院のほんの一部しか、新型コロナの治療に当たっていないことである。人口当たり世界最大のベッド数を持ちながら、欧州の患者数よりも一桁以上少ない患者でも、医療崩壊の危険性があるという。内閣は、この弱点を日本医師会などと調整して、克服出来なければ、総辞職して、それが出来る体制を樹立すべきである。(補足2は、10時50分追加)

1)民族、国家&国境という概念の発生

 

欧州中欧部には、農業に適した土地など、人類の棲息に適した土地が大きく広がっている。多くの民族が、農耕技術や運搬技術の発達や地理的な影響などを原因に、ユーラシア大陸内を移動して、生存競争を展開してきただろう。生き残りの方法として、共通の言語や宗教で団結し、集団を作ることは、広いユーラシア西部では必須だったと思う。生存競争とは、言うまでもないが、民族内での王位の奪い合いと民族間の戦争である。

 

民族がこのように大きな空間と人の流れの中で生じたとするのなら、島国には民族という概念は無い筈である。たとえば、日本を考えると、何時も同じ顔の人達がトップを目指して繰り返し争う時、言葉や宗教、文化でまとまったヤマト民族など、生じる筈はない。

 

亡き勝谷元彦氏は、著書「ディアスポラ」の中で、登場人物の諏訪に以下のように語らせている。

民族という概念は、19世紀になって初めて出来たのである。海にかこまれているという地理的理由から、「日本人」という考え方は自然に成立していたが、近代になって、国家として島から外に押し出していくにあたり、まとまりを作ろうと慌てて作ったのが民族なる言葉なのだ。 

 

ここで、日本人とは単に人間というくらいの意味であり、団結という意味合いはない。他民族と比較対立させる構図を、国民に意識させるために、ヤマト民族なる言葉がつくられたと言うのである。(補足1)

 

国家とか国境という概念は、民族よりも遥か後に生じた。アテネやローマなど温暖な地域では、それらの民族が都市を形成して、日常生活を護る区域とした。これら都市国家は、城と都市と国が同じ名詞で語られている。

 

もっぱら籠城戦の為の日本の城と異なり、ユーラシアでは都市全体を城壁で囲っている。経済活動が城郭の外にも広く広がっていなければ、当然、農業を行って食料の調達など十分には出来ない。城壁外では多くの民族が混ざって棲み、国境など無かったのである。

 

主権国家の枠組みが、国境という概念とともに明確になるのは、1648年のヴェストファーレン条約以降である。その後、市民革命を経て国民国家が成立し、多くの民族は国家をもち国境警備を厳格にするようになった。

 

その歴史の中で、国を持つことが出来なかった民族も多い。ユダヤ人や華僑など、地球規模に散らばった民族も多いが、多民族への同化や虐殺などで消滅した民族の方が多いだろう。(補足2)

 

2)ディアスポラとそのアイデンティティ

 

この苦難の歴史の中で生き残るには、離散民族(ディアスポラと呼ぶ)においては特に、人と人との繋がりが大事である。そのネットワークが強固であった人たちが生き残る。そのネットワークは、ユダヤ教などの宗教や民族の文化と不可分である。(補足3)

 

その土地の主なる民族との競合と彼らからの虐待の中で、アイデンティティを保持し生き残るには、強固な人と人のネットワークを、民族の文化と不可分な形で維持することが必要である。そのネットワークが目立つと、虐待の原因となる可能性が高いので、出来るだけ隠匿する方が有利である。

 

この人と人の固い約束を、無理なく普遍化する方法として、神との契約に転化することになったのが、一神教誕生のメカニズムだと想像する。つまり、神と人との契約は、人と人の繋がりのモデルである。例えば、キリスト教の神から人への愛(アガペー)は、人の間の愛のモデルであるのと同様である。(補足4)

 

別の表現では、神と人との契約は、人と人との契約を束ねるバンドである。神との契約を固く保持することで、信者同志が結束できる。宗教では、結果が前提と入れ替わる特徴を持つ。尚、聖典の中の律法や箴言は、国家に於ける法律のモデルだろう。(補足4)

 

このヤハウエ神の信仰の基本は、上述のように神との契約である。この天地を創造した「神」という概念と、「契約」という現実世界の概念との間に、ある種の不調和を感じるだろうが、上記のような発生の経緯を想像すると無理なく理解できるだろう。

 

尚、現代の人権尊重、民主主義、法定主義など、世界の骨格は、この一神教をモデルとして作られたと思う。

 

3)世界を支配する武器ポリティカル・コレクトネス

 

陰謀と計画は、多くの場合、一つ企みの両面を表現したものだろう。あるグループが、有限の資源のなかで、その他全体の中で生存するため、ある企みを密かに考えたとする。それをグループ内で計画(約束)と呼べば、その外では、陰謀と呼ぶ筈である。

 

厳しい離散民族として生き残ったマイノリティが、ある巨大な国家の殆どを支配したとき、つまりマジョリティを支配したとき、その伝統的手法は、政府の強力な統治と世界支配のための主なる道具となった。人種差別撤廃、マイノリティの権利拡大、女性差別反対などで、歴史や現状を無視した理想論を武器として用いるのである。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12466516667.html


その国際的なバージョンが、ダボス会議が主張する2050までのカーボンニュートラル政策や、最近言いだしたグレートリセットなどである。後者は、現代の資本主義の世界で主流となる、株主中心資本主義を、利益関係者資本主義に変更しなければならないという理想論である。

 

それら理想論は、国際的なバージョンを含めて、ポリティカルコレクトネス(ポリコレ)と呼べるだろう。それらは、世界の支配層が世界の人たちを煽動するための武器である。彼らは、同じ起源のひとたちなのだろう。


かれらの話は、目的地を主張する理想論ばかりであり、そこに至るプロセスに関しては誤魔化している。これらポリコレ、例えばカーボンニュートラルや地球温暖化説などは、世界の産業を自分たちの予定する範囲で独占しようとする単なる世界経済の支配のためなのか、グレートリセットという貧困化と世界の共産党支配のためなのか、私には未だ解らない。

 

彼らがグレートリセットの旗を振る時、理想主義者としての恐ろしい姿が見える。かれらは、無秩序にエネルギーを蓄積して、爆発を待っている。それは世界の終わりの神話を再現するためなのかもしれない。

 

 

以上で今回のエッセンシャルな話は終わりだが、直近の例を追加したい。それは、オリンピック関連で森元首相の発言に対する国際的にも執拗な攻撃があったことである。それは、男女差別撤廃というポリコレ御旗を掲げて、世界中から老人一人を袋叩きにする悍ましい光景を為した。彼は、単に日本社会での遅れた女性の活躍の実態を、素直に語っただけである。

 

もし、それがオリンピックとの関連で許すべからざることだというのなら、何故男女差別の強烈なアラブ諸国をオリンピックに参加させるのか?答えてもらいたい。人種差別というポリコレが政治の武器でないなら、何故中国はオリンピックを開催できるのか、答えてもらいたい。

 

(2月15日早朝、補足4の追加、「宗教では、結果が前提と入れ替わる特徴を持つ。」という文の削除;語句の編集)(コメント議論等、歓迎します。)

 

 

補足:

 

1)殆どの日本人は、自分たちを日本国に棲む一つの民族であると考え、且つ、上記文章の意味など簡単に理解できるというだろう。しかし、私は日本人の殆どが、民族間の生存競争を、理解していないと思う。何故なら、国防軍を持てない憲法を持つ異常が解らないからである。生存競争として頭に浮かべるのは、個人間の競争である。

 

2)たまたまある人のブログで知ったのだが、アルメニアという国の民も、300万人が黒海とカスピ海に挟まれた小さい地域にある住むが、同程度の人数が世界中にばらまかれているとしう。そして、第一次大戦中に150万人が虐殺されたという。(ウィキペディア参照)クルドやロヒンギャの民は、現在でも国を持たない悲劇の真っ只中にある。

 

3)現在でも、イスラムの民が厳格な慣習を守る宗教を信じ、シーア派とスンナ派などの区別をして争いの中にある。両派は考え方の違う二つのグループというより、互いに争う隣接する二つのグループの異なる名称として理解すべきだろう。

 

4)西欧の法は、ソクラテスの毒杯で分かるように、古代ギリシャの哲人達の時代に既にあった。ギリシャ・ヘブライ文明という言葉があるように、大きな枠で漠然と法の起源を語っていると理解してほしい。

 

5)一方、絶対王政の皇帝は、人と人との繋がりを破壊する。配下の支配には、愛ではなく恐怖を用いる。そこには契約も法も不要である。共産党支配の中国は、この形態に近い。

 

 

以下の記事は、2019年に書いたもので、最初に地球温暖化説の解釈を書いた2014年の記事のものに、海水温の変化の項目を加え、より定量的に評価したものです。昨今の地球温暖化の政治利用に対して、批判的に書いています。

 

 

 

1)海水温変化と気温変化

気温の変化を観測する場合、観測ポイントが徐々に都市化することによる温度上昇が重なるので、真の気温変化を正確に出すことはかなり難しい。そのことは専門書にも記載されていた。http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke04.html

 

そこで、海水温の変化を観測し、それを基に地球温暖化を考えることが有力になってくる。最近、気象庁のHPに海水温変化の詳細が掲載されているのを見つけた。下図は、全地球海水表面温度(上)と世界の平均気温の経年変化である。この100年間、海水温は0.54度/100年、平均気温は0.74度上昇している。しかも、その相関は非常に高い。

 

この高い相関関係および海水の大きな熱容量を考えると、気温は海水表面の温度に支配されていることがわかる。世界の平均気温における観測ポイントの都市化の影響があるのは確かだろうが、それを差し引いても地球気温の上昇、および、全地球規模の最近100年の0.5度以上の温暖化は事実であると分かる。勿論、その0.5℃の気温変化がどの程度重要なのかについての議論は慎重に行うべきである。時間は未だある。

 

気象庁のHPには、全世界のほかに日本近海の表面温度のデータも掲載されている。それによると、この100年間に日本近海で1.12度ほぼ直線的に増加している。(日本近海のグラフについては補足1)更に、日本海の方が東北沖よりも温度上昇の勾配が大きいなど、海水表面温度が、工業化によるエネルギー消費に影響されていることも十分考えられる。

更に海水面から700mの深さまでの海水(表層水)の温度の全球平均の経年変化(下)と表層水への蓄熱量(上)を示したのが下図である。この図で注目されるのは、1980年あたりからの急激な温度上昇である。それに伴って、かなりの蓄熱が表層水に生じて居る。蓄熱量は、表層水量に比熱と温度を掛けて計算されるので、図において完全に並行しているのは当然である。横にその蓄熱量を用いて、地表面からの余分な熱の流れについての概略を示した。

 

図中に計算の概略を示したように、その蓄熱速度は最近20年ほどの平均で、0.28 W/m2となる。つまり、太陽で温められた地表面からそれだけの熱が流れ、海水の温度上昇に使われている。W(ワット)は毎秒ジュール(J/sec)。尚、地表面への太陽エネルギーの流入は平均して342W/m2である。この0.28 W/m2という量は重要だが、パニックになるほど大量ではない。

 

IPCC(2013)によると、2001年から2010年までの人工衛星などによる観測から、大気の上端では地球に入ってくるエネルギーが出て行くエネルギーよりも平均で0.5W/m2大きかったとしている。つまり、増加したエネルギーの約60%が700m深までの海洋表層に蓄えられていたということになる。(気象庁のHPより転載)

 

地球での蓄熱は、表層水のほか、深層水への熱の移行、大気温度の上昇、地殻土壌や岩石の温度上昇などが考えられる。大気の熱容量は10m程の海水に相当するだろうから、大きくはない(1〜2%)。地殻への蓄熱は、地面は地表面積の30%であることや、対流が無いことによる断熱性などから、海水に比べてそれほど大きな値ではないだろう(おそらく数%)。従って、多少過大見積もりのような気がするが、双方の誤差も考えれば0.5 W/m2 での地球温暖化の見積もりは、妥当な結論だと考えるべきだろう。

 

2)地球温暖化の確認と、CO2増加による気象変動

以上、太陽から平均として342W/m2で加熱される地球は、その99.85%を宇宙に返している事がわかった。つまり、0.015%程度の太陽光エネルギーが地球の温暖化に使われている。

 

4年前のブログで、世界の気温上昇のデータを用意する場合、この都市化による温度上昇分を差し引かなければならないことを指摘した。https://rcbyspinmanipulation.blogspot.com/2014/08/blog-post_26.html

しかし、以上の考察により、ここ40年程の地球温暖化は事実である。そして、その原因として人間の活動にあることは疑う余地はないだろう。

 

ここで、人間の活動の内、人類が消費するエネルギーの温暖化への直接的影響を考えてみる。世界の一次エネルギー消費は2018年で約140億TOE(補足2)である。このエネルギーを仮に地球表面全体一年間で用いるとした場合、1平方メートルあたりのワット数で表すと、0.036 W/m2となる。この計算は、地球表面積と一年間を秒に換算して、両方の積で、上記エネルギーとの商を計算するだけである。

 

この極一部が温暖化に貢献する。一次エネルギー消費全体の値は、上記0.5 W/m2という値よりは一桁小さいので、仮に全部が温暖化に貢献するとしても、全体の10%程度の温暖化効果しかない。従って、地球全体の温暖化の主原因にはなり得ない。ただ、ローカルな海水温度の上昇や、気象変動などには影響が考えられるという点で重要かもしれない。(補足3)

 

次に、温暖化による気候変動はどの程度か考えてみる。台風は空気の大規模な対流であり、温度の上昇した地表面(海水表面)を冷却する働きがある。また、通常の風雨も緩慢だが、台風と同等の働きがある。従って、地球が温暖化しているのなら、台風発生数や降雨量に影響が出ると考えるのが自然である。そこで、気象庁のHPにあるデータを用いて、グラフ化した。昨日の記事にその結果を書いたが、台風発生数や降雨量ともに有意の差は見られなかった。

https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12539774934.html

https://rcbyspinmanipulation.blogspot.com/2019/10/blog-post_26.html

 

従って、今後も台風の発生や降雨量の急激な増加はないだろう。また、これまでのデータを延長すれば、地球気温が更に0.5度程度上昇するまでに、20−30年ほどの時間がある。その間に、発生する台風数や降雨量は人間の生存を脅かすほどにはならないだろう。

 

その間に、二酸化炭素を発生しないエネルギー産生の方法開発とともに、二酸化炭素増による地球温暖化のメカニズムの精緻化を図るべきである。大事なことは、何もかも無事に保ったままで、これまで通りの発展は無いという自覚であり、それは多少の負担には耐えるという意思を持つことである。つまり、治山治水事業に投資するなどの方法も、重要な対策である。

 

人間が高度な文明社会を享受するには、一定量のエネルギー消費は必須である。また、発展途上の国においては、経済発展なくしては平和への道はあり得ない。従って、その100%の解決はあり得ないかもしれないが、人類は団結してそれを成し遂げるべきである。

 

地球温暖化の危険性を過大視するように宣伝し、金儲けをしようとする身勝手な人々を諌めること、そして、彼らが引き起こす混乱とそれによる争いの悲劇を防止することも非常に大事であると私は思う。

 

3)地球温暖化対策と人類の協調

 

繰り返すが、二酸化炭素削減はすべきだろう。しかし、極端な目標を立てて、人類を分断することは避けるべきである。

 

例えば、「世界経済フォーラム」は9月23日、CO2排出量の多い重工業で、2050年までにCO2排出量をゼロにするミッションを背負った活動を8つも発足したという。対象となったのは、トラック・バス、海運、航空、アルミニウム、セメント、自動車、総合科学、鉄鋼の8業界である。

 

また、世界経済フォーラムは別途、自動車業界ではEVと自動運転を推進し、乗用車からのCO2を95%削減する活動も発足。それにはBMW、フォード、Uberが幹部企業となることが決まったという。https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191019-00067794-gendaibiz-int&p=1

 

「世界経済フォーラム」という私的な団体は、地球温暖化に関する危機感を煽り、世界の政治と経済の操縦に使おうとしている。それに呼応する形で、「国連気候アクション・サミット2019」でも、スウェーデンの16歳の少女グレタ・トゥーンベリさんを使った衆愚政治的手法を用いて、2050年までにCO2排出量をゼロにすることという世界経済フォーラムの提言への参加の空気を醸成した。

 

彼らは、地球温暖化説を掲げて、世界の政治や経済を自分たちが儲かる方向に導こうとしている。走行時には二酸化炭素を発生しないテスラ社の代表的車種などは、自動車を製造して充電しそれで走るという全段階での二酸化炭素発生量の比較では、トヨタのプリウスに劣るという。https://blog.evsmart.net/electric-vehicles/electric-vehicle-eco/#title03

 

それにも関わらず、地球温暖化を喧伝して、ハイブリッド車を禁止して、自分たちがそのシェアを取ろうとしている。そのような方法は、衆愚政治的手法を用いなければ成立し得ないので、あのような少女を使ったプロパガンダを行うのだろう。冷静に考えれば、EVにこだわる必要などないからである。

 

また、2050年までにCO2排出をゼロにするという必然性は、科学的には明らかではない。これは、上記のように極端な目標を掲げて、等しく問題意識をもって人類が協力していくという体制を破壊する思想である。この影には、欧米の一部の金融資本が、世界市場の独占を狙った陰謀があるのだろうと思う。

 

なお、今日のそこまで行って委員会で、竹田恒泰氏は地球温暖化を完全否定していた。また、同じ番組でサイエンスライターの竹内薫氏は、逆の温暖化説を完全に擁護していた。日本の国論を統一するには、このような誤解をなくすよう、テレビ局も出席者の教育と精査という部分で努力すべきである。

 

補足:

1)同じく気象庁のHPからとった日本近海平均の海水温のデータを、世界平均と並べて下に示す。

 

2)TOEは石油1トン分の燃焼エネルギーを示す。4.2 x 10^10J (42GJ)である。

 

3)日本近海の海水表面温度の上昇は、日本海側や西日本の太平洋側の方が、東北沖よりもかなり大きい。そのようなローカルな温度変化には、海流の他にある程度その近くの地域のエネルギー消費が影響している可能性もある。https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/data/shindan/a_1/japan_warm/japan_warm.html