今年のノーベル賞物理学賞は、愛媛県生まれの米国人である真鍋淑郎氏、ドイツのKlaus Hasselmann氏、イタリアのGiorgio Parisi氏(以下氏は省略)が受賞した。真鍋とHasselmannは地球温暖化のモデルを作ったことに関して、Prisiは複雑系の理論への貢献に関して、夫々の優れた業績が評価された。

 

今年のノーベル物理学賞は、二つの研究で構成されたもので、それらの関係は濃厚とは言い難いと思う。ノーベル賞委員会による記者会見がyoutubeで公開されている。

 

 

前半の真鍋とHasselmannの研究は、気候変動のモデルという強い関連性がある。真鍋氏は熱力学と流体力学を用い、地表面温度に関する数学的モデルを作った。そして、二酸化炭素の濃度が倍になれば2度程気温が上昇するという結果を導き出した。Hasselmann は、乱雑に変化する天候がどのように気候という長期変化を起こすかという問題に対する、海と大気を含めたモデルを提出した。

 

上記記者会見で、これらの業績の科学的面について解説されたが(上記動画の7:30-15:30) 、かなりわかりにくいのは、やはり専門化された分野の最先端は、我々一般大衆にはわかりにくいということだろう。

 

この記者会見の中で、音声だけの放送だが、理論物理の方で授賞したGiorgio Parisiが記者の質問に答えていた。最初の質問が、真鍋とHasselmannの研究とParisiの研究の関連性を問うものだったが、やはり関係つけるのはかなり困難な様子だった。(上記動画の16:30から)

 

尚、真鍋さんも他のテレビのインタビューに答えている、その動画を下に引用する。https://www.youtube.com/watch?v=yt246lKVhr4

 

2)最初に引用した動画で知ったのだが、地球温暖化を最初に考えたのがFourierであった。フーリエとは、物理(熱伝導)や数学(フーリエ変換)で有名なあのフーリエである。太陽から地球に来るエネルギーの大半が可視光線で、それは直接地表に届く。そこで大半は熱に変換され、大気がなければその全てが赤外線放射で再び宇宙に放出される。フーリエは熱を暗黒エネルギー(dark energy)と呼んだ。

 

このメカニズムだけの場合、地表面の温度はマイナス18度(摂氏)となる(黒体輻射と見做した場合)。大気があれば、それが一部の熱を一時的に保持し、地表面は暖かくなる。このあたりの解説は拙ブログでも行なっている。下の解説ブログの②の図(7)にこのエネルギー収支の図を掲載した。

https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12539856071.html (最新の解説)

https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12545727156.html(以前の解説の再録版)

(上図はウィキペディア「地球エネルギー収支」からとった。)

 

 

フーリエの考察から70年後、二酸化炭素の影響を考慮したのがアレニウスである。Svante Arrheniusはスウェーデンの科学者で、電解質の研究でノーベル賞を受けている。物理化学の祖の1人ともいわれ、化学反応論のアレニウス・プロット(化学反応の活性化エンタルピーを求めるため)も彼の発明である。

 

アレニウスは、論文:「On the influence of carbonic acid in the air upon the temperature of the gruond」で、空気中に熱吸収に活性な物質が増加すれば、大気温度が上昇することを予言した。そのような寄与が大きいのが二酸化炭素と水蒸気である。

 

その論文では二酸化炭素が倍になれば、4−6度の温度上昇が起こると予測されているが、それは若干大きすぎる。このあたりの解説は、インターネットではVictor M Ponceという人が2011年にアップしている。http://ponce.sdsu.edu/global_warming_science.html

 

それから又およそ70年後に、より正確な予測をしたのが真鍋淑郎博士らである。このモデルでは海洋と大気の両方を、地形や緯度で細かく分割して計算している。真鍋らは、そのような複雑な計算モデルを構築し、スパコンを用いて定量的な気候予測を可能にしたのだろう。 (以上)

 

追補: 他に、太陽活動の変動による寒冷化についても触れないと不公平かもしれない。それは、太陽風の地表面への到達量が増加し、それにより生じたイオンが核となって曇ができ、その遮光効果で地球が寒冷化するメカニズムである。似た現象が、火山の大爆発で大気中の微粒子が増加してでも発生する。恐竜の絶滅は、衛星が地球に衝突して、空中に大量のチリがばらまかれ、このメカニズムで地球が寒冷化したという説が有力である。

 

(追補は9時30分追加、11時45分編集;9日夜若干の補足を括弧内に追加、日本語の修正少し)

自民党所属の高市早苗議員が総裁選立候補の際、自分は首相になっても靖国参拝をすると宣言したことを、923日の本ブログで批判した。それ以前の914日には、「総理大臣は靖国神社に公式参拝すべきでない:メルケルが安倍総理に勧めた戦後の総括」と題する記事で、その理由をすこし詳細に解説した。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12697976286.html

 

日本の為に戦死した兵士の霊を祀る神社があるとしたら、そこに参拝するのはその国の国民の義務だろう。その論理は、何処の国でも共通であり、主権国家体制と伴に広く受け入れられている。そして現在、国家のトップが他国を訪問した際に、その国の為に戦死した兵士の墓に参拝するのは普通のことである。ただ、靖国神社にその資格があるかと言えば、「無い」というのが現在の私の考えである。(補足1) すこし補足の意味でここで議論する。

 

同じ様な話をグダグダするようで、恐縮ですが。。。

 

首相が靖国神社を公式参拝することに反対する二つの理由:

 

最初の理由である、サンフランシスコ講和条約に違反することについては、以前の記事を見ていただければ判るように、東條英樹以下の戦争指導者が戦犯でありながら、合祀されていることと関連している。それは、東條英機らを直接批判して言っている訳ではない。

 

彼らを戦犯として受け入れることで講和せざるを得なかったことは、日本の不幸かもしれない。しかし、そのような条件で講和することしか、日本はできなかったこと、そのような破目になる戦争をしたこと、そして、そのような境遇に日本を導いたこと等の責任は時の大日本帝国政府にあり、そのかなりの部分を東條英機以下が負うべきだということである。

 

もう一つの理由は、仮に現代の日本国が、国民の支持により成立しているとしても、その近代日本の建設に、自分の命を犠牲にし貢献したのは靖国に祀られた兵士達だけではない。意図的に拒否された兵士たちが存在することである。以上の二つの理由を明確にするには、明治以降の日本の近代史の総括がなければならない。そこでは明治以降の天皇制が大きく関わる。

 

つまり、戊辰戦争で犠牲になった会津の若者たち、西南戦争で死亡した薩摩武士たちに、近代日本の建設への貢献が無かったのか? 彼らが、近代日本の建設を邪魔したというのだろうか? 急激な西欧的国民国家の建設には、大多数の武士を不平分子としてこれら内戦で一掃する必要があった。

 

そもそも、明治維新とは何だったのか? 英国に定着したユダヤ系資本の利益と結びついた薩長のクーデター政権だったという歴史解釈は正しいだろう。 朝鮮併合と満州進出、その流れを作った日清・日露戦争(補足2)は、薩長の支配階級に徴兵され使役された被支配階級の犠牲によってなされた。その後の大陸から南方への進出は、薩長支配階級により大東亜共栄圏構想として正当化された。

 

この歴史観が恐らく現在の日本国民一般の歴史観に近いはずである。その証拠に、もしそれが日本国民の意志として成立しておれば、日本人の愛国心はもっと明確だろう。(補足3)

 

大東亜共栄圏構想は日本の敗戦により、大陸侵略のために捏造された動機だとされ、東京裁判史観により置き換えられた。そしてその受容が、サンフランシスコ講和条約の条件とされた。その一方、靖国神社の博物館である遊就館の展示は、戦前の大東亜共栄圏構想を正当化しているとされる。https://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2014-01-11/2014011103_01_1.html

 

その矛盾を抱えたまま、そして、その総括もしないままに、今後も国際社会の中で重要な国として存在出来ると思うのは、右翼の傲慢だろう。そのような1人には、高市氏にはなってほしくない。

 

この種の議論は特に右翼系のyoutuberが盛んに議論している。その一つを引用する。

 

 

その右系の方の意見は上記私の意見とは90度異なる。私は、どちらかというと、上記youtuberが批判している前大阪市長の橋下徹さんの意見に近い。そこで以下のようなコメントを書いた。

 

橋本さんの質問の前提として、過去に総務大臣時代に靖国に参拝したことがあるということです。この問題はアーリントン墓地への参拝とは同一ではありません。そのことを高市氏はわかっていない。何故なら、靖国神社には連合国が平和に対する犯罪人として決めた人たちが合祀されていること、そしてその見解を敗戦国である日本は受け入れるという条件で、講和したからです。つまり、首相の靖国参拝は国家としての意志としてとられ、それは連合国との講和の条件に反することになります。勿論、それは事実ではないと国際的に説得できるなら、話は別です。その近代史の総括を日本はしていません。つまり、日本が国連の敵国条項に触れる唯一の国家であることを、もう少し深刻に考えるべきです。全ての問題は、戦争に負けたことに由来します。

 

 

 

更に、靖国参拝をする人たちの欺瞞的な論理を攻撃した7年前の文章も以下に引用しておきます。

 

 

 

 

補足:

 

1)その考えが「有る」に変わるには、日本の近代史が総括され、日本国民の為の共同体としての日本国を、国民の大多数が実感しなければならない。そのプロセスの中で、戦死した兵士の墓所としての施設が確認される必要がある。

 

2)ロシアとの戦争は米国資本の支援で可能となり、頃合いを見計らって米国により講和の仲介がなされた。これは米国が満州利権を狙っていたということで理解される。その状況証拠が桂ハリマン協定である。その後、米国との約束に背いて満州利権を独占しようとしたことが、太平洋戦争の原因の一つとなっているという解釈がある。それは、真実なのか?

 

3)この大東亜共栄圏構想が、日本帝国の大陸進出の言い訳であったのは事実である。この部分の徹底した解析は、国際社会において日本が名誉ある地位を確保する上で不可欠である。日本国民はどう考えても、この構想に同意して、徴兵され戦争に赴いたのではないだろう。

因みに、靖国神社と同根(招魂社から生じている)の神社が全国にある護国神社である。そこから、毎年初穂料の納入の要請が自治会に届く。今年は私が世話人であるが、その通知から既に一週間たつが、だれからも寄付の申し出はない。つまり、護国神社も靖国神社も、日本の国のために戦死した兵士の魂を祀る社として、本当に受け入れている人、信じている人は殆ど居ないのである。

 

小室圭氏と真子内親王の結婚が発表されてから、天皇に関する関心が増加したと思う。その中で、右系の方々に根強いのが、「天皇君主制という政治システムの日本を、日本そのものと考える思想」である。例えば、磐田温氏がWill増刊号で、「日本にとって皇室とは日本そのものだと思う」と言っている。政治体制についての話なので、岩田氏の言う日本とは、日本国のことだと思われる。

 

 

言葉の定義をしっかりしておかないと、インチキ議論に巻き込まれるので注意が必要である。①「日本=日本国、つまり行政組織としての日本国家」なのか、あるいは「②日本=日本列島を中心とした地域と、そこに棲む住民つまり日本人達が持つ歴史と文化との総称」なのか、その峻別が(論理的)議論には必須である。

 

岩田氏らは、天皇家が神話の世界から続いている家系であるということに言及し、この「天皇制=天皇君主制」を日本(①の意味での日本)の有史以来の伝統として、それは日本そのものであるから大事にすべきだと言っている。そして、本来水と油のような異国の思想であるエドモンドバークの保守主義に言及して、それが日本の保守主義だと言っている。

 

それとの比較において、河野太郎氏の合理的考え方と河野氏の女系天皇容認論を、天皇君主制を崩壊に導く可能性故に排斥しておられる。恐ろしく粗雑な思考を信じておられると最初感じた。しかし、それは粗雑な思考と言うよりも、巧みな誤魔化しなのかもしれない。 

 

天皇君主制は、明治の革命或はクーデターの時に薩長下級武士と京都の貴族の一部が、統幕と日本国支配のための戦略として利用した政治制度であり、それは有史以来の伝統ではない。つまり、岩田氏と司会の山根氏は、天皇君主制というクーデター政権の国家制度を守ることが保守主義であると、インチキ説を流布しているのである。

 

私も、女系の人たちから新天皇を選ぶのは、伊勢神道に親近感を持つ者の1人として、問題であると思う。それは日本一の名家である天皇家と伊勢神道を精神文化の中心に置く日本の伝統に反するからである。しかし、ここでの日本は、あくまでも②の非常に広い意味での日本である。

 

つまり、岩田氏の意見が、女系の人を天皇にすることは天皇が日本の精神の中心にあるという伝統を破壊するという批判なら、全く同感である。ただ、彼らの天皇君主制を維持することこそ保守主義という論理、更にそれが日本国民の近未来の平安にとって不可欠だと言う論理は、明らかに破綻している。

 

何故なら、あの第二次世界大戦における日本の悲劇は、天皇君主制が主なる原因の一つだったからである。天皇君主制を、日本を普通の国にする上で不可欠と考えるのは間違っているし、あの戦争で死亡した300万人余(平和の罪として連合国に殺された少数の人たちを除く)の命を軽視することにもなる。それにも拘らず、彼らが現職総理の靖国参拝を支持するというのは、論理的に矛盾している。それを強引に誤魔化すから、外交問題を徒に大きくし、且つ、右翼は胡散臭いとか恐ろしいという感覚を国民に与えるのである。

 

その誤魔化しの原点にあるのが、日本の天皇というシステム(天皇と伊勢神道を中心とした日本の精神文化)と、日本の天皇君主制という政治システムを、意図的なのだと思うが、混同していることである。そして、次節以下に述べるように、130年ほど時代を遡れば、その原点に存在する隠蔽された真実を発見するのである。

 

以上のことを考えれば、もっとも相応しい解決策は、前回のブログ記事で書いたように、江戸時代以前のように、日本の行政を天皇から切り離し、江戸までの伝統的な天皇というシステムを取り戻すことである。それについては926日の記事「真子内親王の結婚および皇室のあり方について」で書いた。

 

 

2)現在の日本の不完全な政治体制

 

勿論、現在の天皇と行政の関係は形式的だという考えは正しいのかもしれない。しかし、天皇が総理大臣の任命を拒否したらどうなるのか? そのような事態に対応する規定は無いだろう。つまり、日本の政治体制はその基本的な点でも不完全である。

 

日本の政治体制の不完全性といえば、憲法9条を思い出す人が多いだろう。ただ、憲法9条は改正できる。その他の多くの不完全性は、例えば担当者を替えるなどの方法で補填できる。しかし、外国の勢力が天皇を抑えたらどうなるか? 「こんなことを考えるのは日本人ではない!」と思考停止してしまう人が多いかもしれない。

 

しかしその事態は、江戸末期から明治の初めに、実際に日本で起きたことである。つまり、幕府を信頼する孝明天皇を排除することに成功した薩長は、幼帝である明治天皇を支配下において、徳川を滅ぼして日本国の新しい主となったのである。この間の出来事、そしてその背後に英国のユダヤ資本があったことなど、現在の日本国は隠蔽している。何故なら、その日本を支配する勢力が現政権まで、連続的に日本国を支配しているからである。しかし、その事実が最近暴かれつつある。(補足1)

 

 

3)真実を隠蔽する歴史:

 

「歴史は、真実隠蔽の物語である」は、漢の武帝の時代から現代まで“知る人ぞ知る真実”である。明治維新が日本の近代における隠蔽の宝庫なら、米国における2019年大統領選挙も同様である。(補足2)中国も、ウイグルでの出来事や法輪功弾圧の凄惨な現場を隠蔽している。

 

人は、隠蔽の歴史から目を背けている。その理由は、専制政治の中でゴミ屑のように扱われたくはないからだろう。日本では、或いは日本でも、その姿勢が文化となり国民性となって定着している。

 

例えば、多くの日本人は、原爆の被害を受けた後、その加害国を非難するのではなく、ひたすら核兵器を怖れ核兵器から遠ざかるように行動した。その習性は、核物質について、あるいは“核”や”原子”という言葉自体に対してさえ、忌避反応を示す日本民族の非合理性として定着している。(補足3)

 

日本での原発反対の声も、東日本大震災以前には、このような言葉に対する忌避反応だったと思う。その国民的習性に、福島原発の事故が裏書きを与えることになってしまった。それに迎合しているのが、河野太郎氏や小泉純一郎氏の原発廃止論である。(補足4)

 

天皇という言葉が、崇拝とともに恐怖の対象だったことを覚えている高齢者が多数生存しているだろう。その結果からか、その言葉は我々の日常の語彙から取り除かれている。もうその時代から脱却すべきである。

 

日本国は、天皇家や旧皇族に、元々の地位や財産を返却するべきである。その上で、日本国憲法に記載された様々な国事行為を廃止し、天皇を日本の精神文化の中心として扱うだけにして、日本の政治から切り離すべきである。

 

そして、天皇の地位の継承に、日本政府が介入しないことである。そうすれば、女系天皇論など議論は不要である。

 

補足:

 

1)明治維新とは、薩長下級武士らが中心になり英国ユダヤ人資本の支援の下、天皇を旗頭に利用することで行なったクーデターである。つまり(はっきり言おう)、孝明天皇を暗殺して、天皇制を薩長と結託した下級貴族が乗取ったという説が、明治維新の一つの有力なモデルである。孝明天皇は薩長よりも徳川慶喜を信じていた。そこで天皇を交代させることで、実権を薩長側が握ったのである。その一つの情況証拠として、孝明天皇を祀る神社が建造されなかったことがある。平安神宮に合祀されたのは昭和になってからだという。

詳細は、https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12466516110.html に書いた。

 

2)2019年の米国の大統領選挙は国を挙げての不正選挙だった。それは、アリゾナ州での選挙検証で最近明らかになった。

 

 

 

しかし、このことは米国でも日本でも、主要マスコミは殆ど流さない。10年後には、仮に次回選挙でトランプ政権が誕生しなければ、完全に消えているだろう。米国の対外政策は陰謀と隠蔽の宝庫である。

 

3)原爆資料館の前には、原爆で一般市民を大虐殺した国家を非難する言葉はなく、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と書かれている。この言葉は、日本人の論理的思考を放棄した文化を表している。その中に、「一般国民という下々の人間にとって、論理的思考など虚しいだけだ」という、恨みに満ちた気持ちが込められているようにも感じる。

 

4)原発を廃止して、カーボンニュートラルを発電で実現することなど、不可能である。地球温暖化はこの100年で0.74度であり、日本の工業競争力を地に落としてまで目指すことではない。このカーボンニュートラル運動や電気自動車以外を禁止する欧米の大資本の運動は、科学的ではない。気候変動は皆無ではないが、それへの個別対策の方が安上がりであり且つ効果的である。

  https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/aug_wld.html

 

(13時20分、編集および補足4とそれに関する部分追加;10月25日、第3のセクションを整理縮小)