要約:

 

バイデン政権のストック・オプション行使の際の課税に不満のイーロン・マスク(テスラの創業者)は、「来年までにその税金を支払うために持ち株の10%を売るが、それにあなたは賛成ですか反対ですか?」とフォロワー等に質問のツイートをした。それに回答を送った人の57.6%が、イーロン・マスクの期待に反してイエスと回答した。世界一の金融資産保持者と言われて、まだストック・オプションで暴利を貪るのなら、課税は当然だろう。
 

本文:

 

米国テスラ社の創業者社長のイーロン・マスクは、民主党のストック・オプション行使の際の含み益に対する課税に怒りが収まらないようだ。ここで面白いのは、E.マスクはこの税金を支払うために現在保有のテスラ株の10%を売ろうと思うが賛成か反対か投票してほしいとツイートしたことと、その結果である。

 

この話の解説を及川幸久氏がyoutubeで行っているが、及川氏は共産主義的なトンデモナイ政策だというニュアンスで話している。それに対するコメントのほとんどは及川氏の考えをそのまま受け入れて、左翼のトンデモナイ政策だとしているが、私はそうは思わなかったので、調べてみた。

 

https://www.youtube.com/watch?v=1Gn7EdDbeJc


米国の人たちも私と同様に感じたようで、回答者の57.9%が株を売却して税金を支払うことに賛成したようだ。この件、ロイターに報じられている。イーロン・マスクがバイデン政権のどのような増税案に文句を付けているかはここでは大事なので、ロイターの記事のその部分の原文と私の翻訳を補足として記載する。(補足1)

 

及川氏はこの動画の中で、ストック・オプションについては何も話していない。そこで、以下のようなコメントを投稿した。
 

ロイターの記事では、ストック・オプションで来年手に入れる2286万株(一株6.24ドル)に対する含み益(株価−6.24)x22860000 $ に対して半分ほどの税金を取られると言う話です。従って、ストック・オプションを行使しなければ、税金を支払う必要がありません。彼が現在もっている株の含み益ではないので、ある意味(普通の市民感覚では)当然の課税です。それが半数以上のツイッターフォロワーが売ることに賛成した理由です。

 

ストック・オプションとは、会社の従業員や役員に対して、自社株を一定の安い価格で買う権利の付与である。会社の業績が上がれば株価に含み益を生じた時にその貰った権利を行使すれば、会社は僅かながらの増資になる一方、購入者は時価との差額の含み益分がボーナスになる。会社のために働いて、将来大きな利益を得ようと、従業員や役員は考えるだろうというのが、ストック・オプション制度の目論見である。従来の株主には株の希薄化になるので、その付与には株主総会での決議を要する。
 

イーロン・マスクはテスラ社の創業者であり、大株主なのだから、今更ストック・オプションを行使する必要はない。このままで配当金が高額になるように会社のために働く動機は十分にある。強欲資本主義の一つの光景として面白いと思った。そして、ツイッターでのフォロワー一般は、普通の米国市民であり億万長者ではない。日本の感覚でも、米国市民一般の感覚でも、イーロン・マスクは十分強欲であり、その回答の過半数が、ストック・オプションを行使するなら、株を売って税金を支払えと考えるのは当然である。自分の感覚の悪さを露呈しただけである。

 

このストック・オプション行使時の含み益は、日本では所得税の対象となる。所得額として計算されるのは、株数と時価との差額の積から、要した経費を差し引いた額である。その株を売却したときには、利益の20%が分離課税の対象になる。当たり前である。 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1543.htm

 

上記及川さんの動画では、含み益に課税するなんて可笑しいという風に主張しているが、そして、視聴者のコメントも圧倒的にその主張に同意した内容である。源報告に沿って、動画配信してもらいたいものである。

 


 

補足:
 

1)Musk has previously said he would have to exercise a large number of stock options in the next three months, which would create a big tax bill. Selling some of his stock could free up funds to pay the taxes.

As of June 30, Musk's shareholding in Tesla came to about 170.5 million shares and selling 10% would amount to close to $21 billion based on Friday's closing, according to Reuters calculations.

 

マスクは以前、今後3か月以内に多数のストックオプションを行使する必要があり、それによって多額の税金が発生すると述べていました。 彼の株の一部を売ることで、税金を支払うための資金を得ることができます。
 

630日の時点で、E.マスクのテスラ株保有は約17,050万株に達し、金曜日の終値に基づいて計算すると、10%の売却は210億ドル近くになります(Leuterの計算)。

https://www.reuters.com/business/autos-transportation/musk-should-sell-10-his-tesla-stock-twitter-users-say-2021-11-07/

 

 

 

初めに:

 

2年ほど前に書いた以下に再掲の記事を、この24時間以内に読まれた方がいる。そこで自分も読み返してみた。ボケが進んだのか、このSCAPINに言及したことをわすれていた。極めて重要な内容なので、再掲することにした。ここでもう一度表題の件、主張したい。

 

日本が外国の干渉で歴史が歪められたのは、明治維新に始まる。西鋭夫著「新説・明治維新」、そして、原田伊織著「明治維新という過ち」にあるように、明治維新は“吉田松陰と長州テロリスト”が、英国の書いたシナリオで成し遂げた。従って、大日本帝国は彼らの革命政権が天皇家を乗っ取り、日本国民を騙して創り上げられた国家である。

 

その延長上にある現在の日本政府は、従って英国とロスチャイルド系大資本の傀儡政権の本質を払拭出来ていないのである。

 

その後の戦争も、日本独自の大陸侵略戦争のように見えるが、その背後にそれを操り、協力的な姿勢の米国と米国ユダヤ資本が存在した。大日本帝国がロシアを破ったのは、戦費を工面した米国のジェイコブ・H・シフなどユダヤ系資本と(彼らが既に隠然たる力を有していた)米国政府が、日露の講和までお膳立てをした結果であった。

 

その事実をまともに理解しなかった大日本帝国政府は、彼等のシナリオから著しくズレた行動をとったため、飼い犬に噛まれた主人の強烈な仕置として起こったのが、所謂太平洋戦争である。その悲惨な歴史の残物が竹島・北方4島に関する領土問題である。

 

この領土問題は、日本が近隣諸国とまともな外交関係が築けないように仕掛けた米国の罠だと言われている。このような自国の歴史を全く知らない国民、知ろうとしない国民に、参政権を与えて良いのだろうか?

 

ーーーー 以下、再掲記事 ーーーーー

 

1)韓国による竹島占領は、李承晩ラインの設定により始まる。しかし、それは2本の連合国最高司令官司令(SCAPIN)の延長でしかない。一つは、「若干の外かく地域を政治上行政上及び行政上日本から分離することに関する覚書」として1946年1月の連合国最高司令官司令677号(SCAPIN-677)である。その第3項には以下のようである。

 

3 この指令の目的から日本と言ふ場合は次の定義による。

日本の範囲に含まれる地域として:

日本の四主要島嶼(北海道、本州、四国、九州)と、対馬諸島、北緯30度以北の琉球(南西)諸島(口之島を除く)を含む約1千の隣接小島嶼;

日本の範囲から除かれる地域として:

(a)欝陵島、竹島、済州島。(b)北緯30度以南の琉球(南西)列島(口之島を含む)、伊豆、南方、小笠原、硫黄群島、及び大東群島、沖ノ鳥島、南鳥島、中ノ鳥島を含むその他の外廓太平洋全諸島。(c)千島列島、歯舞群島(水晶、勇留、秋勇留、志発、多楽島を含む)、色丹島。

 

つまり、このSCAPIN-677により、日本の行政範囲から竹島、歯舞群島、色丹島などが除外されたのである。また、「日本の漁業及び捕鯨業に認可された区域に関する覚書」として、SCAPIN-1033が出され、所謂マッカーサーラインが引かれた。その第3項にリアンクル岩礁の12海里内に立ち入っては行けないと書かれているという。

 

そのマッカーサーラインがサンフランシスコ講和条約(1952/4/28)で消されることを考えて、李承晩がそのまま独自に宣言したのが、李承晩ラインである。日韓基本条約締結により李承晩ラインは廃止され、それに代わって日韓漁業協定が締結された。李承晩ラインの廃止までの13年間に、韓国による日本人抑留者は3,929人、拿捕された船舶数は328隻、死傷者は44人を数えた。

 

拓殖大学客員教授の濱口和久氏のニュース記事「韓国の仮想敵国は日本?」(2014年11月28日)によると日本政府は、李承晩ラインの問題を解決するにあたり、日本人抑留者の返還と引き換えに、韓国政府の要求に応じて、常習的犯罪者あるいは重大犯罪者として収監されていた在日韓国・朝鮮人472人を放免し、日本国内に自由に解放し在留特別許可を与えた。

https://web.archive.org/web/20141214163339/http://www.data-max.co.jp/politics_and_society/2014/11/24120/1128_hmg_1/

 

2)自民党政府の日本国民に対する二枚舌

 

先ず、以上を整理する。

竹島はGHQの指令(SCAPIN-677)により日本行政区域から除外された。そして、日本漁船の操業出来る区域の境界線として、マッカーサーラインを示した。(SCAPIN-1033) それらが、サンフランシスコ講和条約で廃止され、竹島が日本領土となることを恐れた李承晩は、マッカーサーラインをそのまま韓国の主権が及ぶ範囲として決定した。それが李承晩ラインである。

 

講和条約後も、日本は口先で竹島の領有権を主張したが、それにも関わらず、韓国に拿捕された漁民の日本側への引き渡しと引き換えに、日本の刑務所に服役中の重大犯や常習犯472人を釈放して、日本国内に住まわせた。

 

従って、以下のように筆者は結論する。

①日韓での拿捕された日本漁民と日本国内刑務所で服役中の朝鮮・韓国人犯罪者との引き渡し交渉での合意、②竹島区域に関して、SCAPIN-677の指令と異なった合意がサンフランシスコ講和条約でなされなかったこと、及び、③日韓基本条約において竹島が日本領であるとの合意がなされなかったこと、以上①—③により、実質的に日本政府は竹島を韓国領土として認めたことになる。

 

韓国の竹島領有権主張を認めた上で竹島領有権を主張することは、相手国の悪行を日本国民に喧伝することで、日本に外交権がなかったことを隠すためである。サンフランシスコ講和条約後も、日本が憲法を改正して独立国にならなかったのは、米国と日本を統治している大日本帝国の生き残りが、自分達のために結託したからである。

 

同様のことが歯舞群島や色丹島の領有権の主張にも言える。SCAP-677でそれらの島々は、日本領から外された。それらの日本返還を明確に述べた日ソ共同宣言(1956/12/12)に署名し、批准しながら、平和条約締結を諦めたのは米国の外務省(米国ではどういう訳か国務省と呼ぶ)のトップであったダレスの恫喝による。

 

吉田茂はサンフランシスコ講和条約締結(1952/4/28)直後に、憲法改正すべきだった。それをしなかったのは、私の想像では、明治維新の際の薩長土肥政府の中で出世した自分たちとその一族、仲間たちの名誉を守るためだったのだろう。敗戦の総括がなされれば、彼らは国賊として裁かれることになるからである。(補足1)

 

政府の鳩山一郎は、1954年に総理大臣に就任している。憲法改正には、吉田茂の自由党や日本社会党の支持がなければ不可能である。日ソ共同宣言とその後の平和条約への道を創ったのは功績だったが、ダレスの恫喝を受けて、その後12月23日総理大臣を辞任している。米国国務省による妨害が、日本とソ連(ロシア)との平和条約締結を妨げたとして、プーチンロシア大統領も明言している。つまり、日本は独立国としてのソ連外交が出来なかったのである。

https://www.huffingtonpost.jp/2016/12/18/putin-dulles_n_13703530.html

 

それにも関わらず、自民党日本政府が北方4島や竹島を日本領土として主張するのは、米国の属国としての日本の地位、それを選択した自分たちの売国的政策を隠すためである。そのために、悪役となったのが韓国でありロシアである。それが、世界各国が、日本は過去の戦争の結果を認めていないと言って攻撃する理由の一つのだろう。

 

3)結論:

 

以上、多少皮肉な見方なのかもしれないが、日本国民は未だ自分達の国家をもっていないということになる。そして、米国政府の下で占領政治を続けているのは、薩長土肥の日本帝国の生き残りである。

 

その体制維持の為に、中央集権体制を維持している。国会議員は、実質的に中央政府からの御用聞き、或いは、地方からの陳情屋に過ぎない。その国会議員という職業を維持するために、一票の格差が2倍以上の小選挙区制という選挙制度を堅持している。

 

つまり、150年前に決定した小さな区割り(県という)から、その地方に国家から与えられる利益と直結した形で国会議員を置くのである。国家から与えられる利益が、自民党以外の人物が国会議員になれば無くなってしまう場合、その県から選ばれる議員は必然的に自民党所属議員となる。単なる御用聞きなので、知識も知性も不要であり、世襲制の方が中央政府支配層には有利である。

 

この所謂55年体制は、官僚が政治を立案し主に行うことで、一応体裁を整えてきた。従って、外務大臣は外務省の意見で動くのだが、外務省は米国の指示を第一に優先する。そのために、外務次官経験者が駐米大使に就くことが慣例となっていた。

いろいろ、補足すべきことはあるが、今日はこの当たりで話を終わる。

 

補足:

1)吉田茂は、1878年高知県出身の竹内綱の5男として生まれ、1881年(明治14年)8月に、旧福井藩士で横浜の貿易商(元ジャーディン・マセソン商会・横浜支店長)・吉田健三の養子となる。養父・健三が40歳の若さで死去し、11歳の茂は莫大な遺産を相続した。(以上ウイキペディアより抜粋)

以下は、今年の夏に書いたものに少し手を入れて再度公表する記事である。小さなミスがあり、評価が低かったようなので、読み返し修正した。これがわからない人は。。。

 

日本人よ、この碑文をよく味わえ これが人類の近未来だと思って、対策を考えよ

 

ーーーーーーー

岡田英弘著「歴史とは何か」には、「歴史は物語である」と書かれている。物語(歴史)の著者は、その歴史の舞台である国或いは地方を統治した者である。アジア最古の歴史書である司馬遷の史記は、前漢の武帝の指示により書かれた物語である。同様に、日本書紀は天武天皇の指示により書かれた大和朝廷の物語である。それら歴史書では、前者では漢、後者ではヤマト朝廷の正統性が主張されている。

 

そして外交は、これまでの両国家の物語としての歴史(或いは改竄した歴史)を前提にして行われる。"真実の歴史"を明らかにし、それを主張するのは学者の仕事であるが、それをそのままリアルタイムで政治の舞台で主張することは、プロパガンダと見做され、陰謀論という言葉で逆襲される場合が多いだろう。

 

同じ地域でも王朝が交代すれば、新たな歴史が出来上がる。そこで過去の歴史を持ち出すことは、現王朝により犯罪として裁かれるだろう。王朝は、彼らが正統とする歴史の延長上で政治を行う。地下にゴミが埋まっていても、それを掘り返すことに専念していたのでは、森友学園の建物は永遠に建設できないのと似ている。(補足1)

 

この現状に至った経緯を、素人ながら考えてみたので以下に記す。西欧で出来た19世紀の政治文化は、過去の遺物であることを知るため、そして同時に、現在とその延長上に出現するだろう政治文化について考えるためである。

 

1)西欧の主権国家体制下に出来上がった戦争文化の発生について

 

主権国家間の戦争は、自国を善とし敵対国を悪とする、善と悪の戦いである。この戦争のモデルは、国民が戦争参加する上で必須である。有史以来かなり長い期間、戦争での決着は相手側の人間を完全に殺すか奴隷にすることで着けられただろう。その場合、勝った方が善となり、負けた方は悪ということになり、勝者の歴史は自然と正史として定着する。これが「力は正義なり(Might is right)」であり、「勝てば官軍」の意味である。

 

この戦争のあり方(戦争文化)が、徐々に変化したのは、経済構造の変化による。(補足2)農業や工業の発達により、国家も巨大化し権力の移動のサイクル、つまり歴史サイクルが長くなった。また、文明の発展は、限られた能力の人間に様々な仕事を要求し、それが必然的に仕事の専門化と分業の原因となる。異なるタイプの人々が協力して社会全体を支えることになる。

 

戦争はそれを専門とする兵士が行う。政治は政治家が行う。畜産は、畜産専門の農家が行う。家畜の屠殺と解体は専門とする肉屋が担当する。その結果、社会を構成する大部分の人々は、血なまぐさい現場から離れることになる。戦争間の期間も長期となる一方、個々の戦争は大規模になり、悲惨な光景を見ることになった。それに嫌悪感を感じるのは、本来社会をつくり協力して生きる存在の人間なら当然である。

 

近代史の主舞台である西欧は、17世紀に所謂主権国家体制を作り上げ、皇帝たちは婚姻関係を結ぶことで自国の安定を考えた。そして次第に、その主権の一部を返上して国際条約を締結する時代に入る。西欧諸国は、同じキリスト教という文化の背景を持つこともあって、人道を重視するようになる。そのような結果として出来たのが、19世紀の西欧における戦争文化だと思う。(補足3)

 

主権を互いに認める国家群のなかで、戦争の決着に影響をしないような悲惨な事態は避けるという事前の約束が、1899年のハーグ陸戦条約である。捕虜虐待の禁止や一般市民の殺傷禁止などのルールが戦争に持ち込まれた。そして、19世紀から20世紀の初めまでの西欧では、「戦争は外交の一形態」(クラウゼヴィッツの戦争論)という”戦争文化”が出来上がった。2028年、パリ不戦条約が締結され、最大61カ国が参加するまでになった。

 

戦争は勝敗が着いたと当事国が判断した所で講和を行い、敗者が勝者に紛争の原因となった利権を渡すことと、一定の賠償金を支払うことで決着する。多くの場合、仲介国があってこのような講和が実現しただろう。この情況は、個人を構成員とする社会に似た、主権国家間の社会“国際社会”の発生である。国際的権力はないものの、条約という権威だけの社会が出来上がったということになる。

 

2)西欧の戦争文化の退化と破壊:

 

その戦争文化の部分的な破壊は、“国際政治経済”に西欧以外の多くの国々と民族が参加したことが原因となって起こったのだろう。あらたな参加者は、ヨーロッパから遠いアジアと呼ばれる地域(トルコより東)や米大陸の人たちである。民族として代表的なのは、流浪の民として世界に散らばったユダヤ人や極東に生きるモンゴリアン(蒙古人、中国人、日本人)たちだろう。

 

産業革命以降の経済規模の拡大もあり、経済体制が金本位制(或いは銀本位制)から紙幣と云う“金(gold)の預り証”が取引を仲介する資本主義の時代になると、金融がその中で大きな力を有するようになった。そして、金融取引に長けた人たちが最初経済において、そして次第に政治において大きな力を持つようになった。この世界経済と政治の変質(貿易や国際金融の進展)は、世界史の舞台を西欧からアジアや米大陸を含む世界全体に拡大した。

 

西欧という狭い範囲でのキリスト教文化は、遠く離れた野蛮人の地に向かうことで、神通力を失う。異教徒は元々敵だが、野蛮人はそれ以下であり、強姦、強殺、アヘン漬けの対象になったのだろう。“化外の地”では、人間は手錠を外された獣に先祖返りするのは、洋の東西を問わない。

 

その結果、これまで欧州限定で成立していた戦争文化は変質し、①国際関係の原点は野生の原理であること、②歴史はそれまで生き残った戦勝国の成功の物語であること、③講和は自国の戦争モデルの放棄であること、が世界の戦争文化となり、人類の政治文化は原始時代に向かって大きく退歩したと思う。そこでは真実は主役から完全に沈み、「力は正義なり」の野生のルールがそのままの意味で主役として復活した。

 

3)講和条約の意味を日本人はもっと深く考えるべき

 

それでも敗戦国の国民が全員殺されたり、奴隷になったりする時代までは未だ戻っていない。現状、戦争が決着すれば、敵も味方も、講和条約により新しい出発点に就く。講和条約の本質は、戦勝国のモデルが嘘を含んでいるとしても、それを正史として採用し、戦敗国は自国の作ったモデルを放棄することである。

 

講和条約後の敗戦国は、未来志向で新たな出発をしなければならない。勿論、歴史の検証を自国で行うことは可能である。しかし、それは歴史家の仕事であり政治家の仕事ではない。講和条約で一端受け入れた勝者の歴史はキャンセルできない。それを政治家が主張すれば、過去の戦争をもう一度やり直さなければ成らなくなるからである。

 

日本と同じ敗戦国のドイツが、安定な戦後外交を構築できたのは、ナチスを殲滅したからである。それはドイツにとって決死の決断であり、そして何よりも旧体制に関係した人たちとその周辺にとっては、新しいドイツで生きることは苦痛を伴う服従とでも云うべき毎日だった筈である。

 

数年前に、ナチスの収容所で門番をしていた93歳の老人が有罪の判決を受けて服役した。この件を5年前に「ドイツの狡賢さと日本の愚かさ」と題して記事を書いたが、それはドイツが20世紀後半に復活した「力は正義なり」の原則に改めて屈服したということだろう。

 

日本は、その屈従を味合う機会を奪われた。この戦後処理は、苦痛を伴うので歓迎できる訳がないが、再出発には必須のプロセスである。それはドイツのメルケルが来日したときに安倍総理に進めたことであった。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12466514445.html

 

上記引用の記事を書いたとき、それを報じた韓国のメディアの厚顔さに呆れたのだが、もし他国が言ったのなら、筆者はその時点でもそれに耳を傾けたかもしれない。この日本が独自に戦後処理をする機会を奪ったのは、米国占領軍と吉田茂以下の日本の支配層であった。米国はそれにより、日本を再起不能にする事ができるが、吉田茂はそれに協力した売国奴ということになる。

 

その結果、日本は、あの戦争体験をまるで天災のように感じることで過去に葬りさった。それが広島の原爆慰霊碑の「あやまちは繰り返しませんから」という訳のわからない言葉の意味である。日本人にとって、靖国に参拝しないことが罪深きことではない。あの戦争の処理をやり過ごしたことが罪であり、そして何食わぬ顔で靖国に参拝することの罪深さに、全ての日本人は気づくべきである。

 

戦争の再評価をしないで、当時の戦争を指揮した人物の子孫たちが、未だに日本の政治を支配している。そして、台湾有事のときには集団的自衛権で日本も参戦せざるを得ないだろうと言い出す始末である。(補足4)そして、それへの不満であらわれたのが、直前に紹介したブログ記事「中国の対日本先制核攻撃論」である。https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-07-05/QVSOPEDWRGG201

 

最近youtubeで国際問題を語る及川幸久氏やHaranoTimesさんらの動画を観る時、合間に、日本の右派の方々による近代史の解釈変更を主張する出版物の宣伝が非常に頻繁に入る。それらは、林千勝氏、藤井厳喜氏、西悦夫氏などによる「国際共産主義に毒されたFルーズベルトが、卑怯な手段を用いて日本を戦争に誘い込んだ。それが太平洋戦争の真実である」と記述する出版物の宣伝動画である。

 

勿論、この考え方は米国でフーバー大統領の著作「裏切られた自由」に書かれているモデルを含む。しかし、それは米国では正史として受け入れられている訳ではなく、依然としてFルーズベルトは米国の英雄である。日本の場合、降伏とその後の講和の段階では、当時の軍事政権に対する絶対悪という連合国側つまり米国側の評価を受け入れて講和した。差し当たり、その講和を重視すべきであり、それが日本が国際社会で生き残るために必須だろう。

 

差し当たりとは、この歴史の検証は米国の仕事であり、日本の仕事ではないということである。つまり、日本側がFルーズベルトの罪を主張出来るのは、米国側の歴史見直しがあったときである。真実が大事なのではない。日本人にとっては、日本の安全と平和が大事なのである。

 

エピローグ:「力は正義なり」から「金は正義なり」への世界の変化

 

真実が世界を制覇する時代が来るだろうか? これまでの歴史が、捏造の歴史であることを発見してしまった以上、古代からの歴史を再検討しなければ、まともに「真実は軍より強し、ペンは剣よりも強し」の時代は来ない。

 

実は現在、我々の世界は「力は正義なり」から「金は正義なり」へと既に変化しているのである。そして、それとバランスを取るように現れたのが、米国で生じた真実こそ大事だという運動である。所謂「キャンセルカルチャー」運動である。キャンセルカルチャーを奉じる人たちは、栄光の米国建国の歴史も否定する。

 

その運動は、誰かが米国を完全に乗っ取るためである。つまり、真実がお金の支配下に入ったことを意味する。(それを企んでいるのは「金は正義なり」を心底から信じている人たちである。彼らが、理想主義者という少し頭の足りない人たちを利用して、兵士として用いるために作り上げたのが、キャンセルカルチャーである。

 

アルファベット三文字の運動も同じ人達による。彼らは、「金は正義なり」を奉じる人たちのサーヴァントでありソルジャーである。soldierの語源には、金のために働くの意味があるので、頭が足りないというのは筆者の誤解かもしれない。

 

この先、世界の戦争文化が、更に野蛮化する恐れは十分にある。上記soldierの雇い主が後押ししてきたのが、国際共産主義運動であり、その結果が、欧州にあった戦争文化の完全破壊であり、核兵器による人口削減計画の出現である。日本やインドがその犠牲にならないことを願いつつ、この文を閉じる。

 

 

補足:

 

1)安倍総理の時代の一大スキャンダルである。その解決もろくに出来ないのが日本という国である。

 

 

2)生物のこれまでの進化は、突然変異で生じた様々な変化のなかで、生存に適したものが生き残るという自然選択説で説明できる。それがダーウインの進化論である。社会の構造変化の理論は、食物、衣類、住宅や乗物などの生産技術の進化とそれに伴う経済構造(下部構造)が、上部の政治構造(上部構造)の変化の原動力になるという思想である。これは史的唯物論の基本的考え方であり、カール・マルクスの著作『経済学批判』の序文に書かれた理論である。

 

3)これも筆者自身による仮説であり、何処かの書物からとったものではない。

 

4)この麻生副総理の言葉を知ったとき、厚かましいにも程があると思った。一般人が云うのなら兎も角、これを麻生氏や安倍氏が云うべきではない。彼らは、戦後の政界に居てはならない人物達である。何故なら、彼らは吉田茂や岸信介の孫であり、その七光で政界に入った人物だからである。

 

5)2020年の米国大統領選挙、2021年の新型コロナ肺炎(covid-19)を利用する人たちによるランセット(Lancet)など有名医学誌におけるインチキ論文や声明の発表などが、これを実証している。