1)馬渕元ウクライナ大使による拉致問題解決に向けた話

 

最近、元ウクライナ大使である馬渕睦夫氏により北朝鮮の拉致問題の解決を妨げるものについての話がyoutube動画で公開された。https://www.youtube.com/watch?v=lC8gNmqxaAU

 

 

最初の方で馬渕大使は:
 

「北朝鮮による日本国民の拉致は、国家による侵略行為であり、戦争行為の一種である。本来なら、日本は北朝鮮に対し攻勢に出て然るべきだが、それが何十年と出来なかった」

「それが、北朝鮮問題というか、朝鮮半島情勢、或いは戦後日本の政治体制と言って良いのですが、それの闇というものの縮図である」

 

と仰っている。この言葉は本質的に正しいと思うが、文章①「攻勢」の意味が不明確であることや、文章②が回りくどい表現になっていることが不思議であり、その理由がわからない。特に②の「闇」とは何なのか、この動画の後の方にも説明がない。米国の朝鮮半島政策のことを言うべきなのだが、それを意図されているのかどうかもこの表現では分からない。
 

そして、
➂「この本質的問題があるにしても、とにかく拉致被害者を全員取り戻すことが政治的に重要であるから、様々な方法(タクティックスと言っておられる)を使って政治的解決をすべきである。その為に前提条件なしに金正恩に直接会ってこの問題を提起するのは、正しい方法だと思う」

 

と発言されている。しかし、そのような解決は間違いである。その指摘が本記事の目的である。


④「(上記①の理解に基づき)日本がこの問題を正面から取り上げるには、その為の土台が出来ていない。土台とは、軍隊が無いこと、そして情報機関がないこと等である。北朝鮮にはそれら両方があり、そこに日本と北朝鮮の差が生じている」と。
 

このあたりから、話が世界に対する情報戦について、日本が何もしてこなかったこと、国内メディアがまともに報道しなかったことなどを非難する内容となる。拉致問題について、正しい出発点(①の本筋論)に立ちながら、それ以下の議論は方向としては正しいものの、纏まりを欠く分かりにくい話で、非常に残念である。


上記➂の間違った議論になるのは、一つには、以下の様な分かりにくい言葉や表現を用いるからだろう。つまり、「政治的に重要」の政治的という言葉、「金正恩と直接会う」ことの政治的外交的定義付け、「問題を提起する」での提起という言葉など、意味が分かりにくい。何故このような表現になるのか、理解に苦しむ。そこで、以下のようなコメントを書いた。


非常に分かりにくい話です。根本にあるのは、朝鮮戦争が終わっていないことと、日本が北朝鮮を承認していないことです。日韓基本条約では、北朝鮮を含めて朝鮮半島全体を韓国の領土としていますから、韓国の了解を得て軍隊を(日本の立場としては原野と同様である)北朝鮮に出兵して取り戻すのが本筋の解決法です。(補足1)


それができないのは明らかですが、そのような解決に対する障壁を取り除くという考え方で、拉致問題の解決策を探るべきです。メディアの責任は、拉致問題の解決とは次元の異なる話です。
 

この大使の言葉の分かりにくさを、以下のような疑問文形式で指摘したい。


馬渕大使は上記③の部分で、「前提条件なしに金正恩に直接会ってこの問題を提起するのは、正しい方法だと思う」と発言されているが、日本の高官がどのような資格で、金正恩に会い、どのような(提案、叱責、懇願)を行うのか? 


日本国政府の文書に、金正恩との交渉をどのように書き残すのか? 国交がないのだから、国家の首脳間の会談ではあり得ないし、拉致という文字で合意文書など出来るわけがない。「行方不明者を探し出してくれてありがとう」と言って、「未承認国家のひとから日本国民を引き渡してもらった」と書くのだろうか?(補足2)

2)本質を離れた解決法の模索は、問題を複雑化し解決不可能にする:

この動画における馬渕大使の拉致問題の本質についての記述(上記①)は全くその通りであり、この点には敬意を表したい。政治家は兎も角マスコミまでもが、この本質論を明確にしてこなかった。勿論、自民党は日本を換骨奪胎する米国への協力者であり、マスコミはそのプロパガンダ機関であるとすれば当然なのかもしれない。(補足3)

 

ただ、馬渕大使の対策は、被害者のことを第一に考えた末のことであるとしても、間違っていると思う。一般の国民がそれが本筋の解決法だと考えると、拉致被害者の方にむしろ失礼になる。


つまり、拉致被害者の救出は、山で遭難された人の救出とは訳が違う。彼らの救出は、日本国と日本国民の義務である。それは国境を守れなかった日本国家の失政によるのであり、原状回復(つまり被害者を取り戻すこと)は日本国の威信をかけて行うべきことである。


拉致が北朝鮮による日本国への侵略行為だと考えれば、その被害者は、侵略戦争における戦死者あるいは捕虜となった人たちである。つまり、現在のウクライナ戦争におけるウクライナ人被害者やロシアの捕虜になったウクライナ人たちと全く同じ状況である。


ここでもう少し冷静になり、問題の本質を歴史を遡って考え、そのうえで損害を最小に抑えるもう一つの本質的な解決を考える。第一に注目すべきは、朝鮮戦争である。北朝鮮のこの行為は、彼らの国家防衛の一環であり、そのためのスパイ養成の為になされたことと考えるべきである。


従って、日本国が、拉致被害者の救出の一環として行うべきことは、この朝鮮戦争の正式な終結を関係諸国に要請し、その後日本と北朝鮮の間で平和条約を締結することである。(補足4)平和条約締結交渉の中で、拉致問題を解決するのである。

 

戦争状態も終わって居ない未承認の国から、捕虜だけ多額の資金と引き換えに取り戻すのは、(同盟国である米国や韓国の)敵側への軍費供給にあたる。


そのような解決法では、時間をとりすぎると言うのなら、上記のように日本も戦争の当事国となり、軍隊を派遣して北朝鮮から被害者を救出するしかない。どちらかの解決法にも努力しないのなら、日本国は国家としての基本的な要素も思想も有していないことになる。


日本国は、国民の命と財産を守るという最も根本的な機能も持たないで、国民に納税などの義務を押し付けていることになる。この一方的に”ぼったくりやくざ”のような日本国に対して日本国民はどのように対すべきか、一人一人がそれこそ命を懸けて考えるべきである。(補足5)


北朝鮮との国交樹立だが、それは北朝鮮が共産主義独裁の国であるとか、非人道国家であるとかの問題とは別である。そもそも北朝鮮は、英国やドイツを含め、世界のほとんどの国と国交を持ち、国連に加盟済の国であることを考えるべきである。そして、早急に国交を持つべきである。それが核兵器による攻撃などの悲惨な未来から日本を救う方法の一つである。


それら以外の解決法はない。拉致被害者を取り戻すために、直接金正恩に会うなど、言語道断であると思う。日米は軍事同盟を締結しているのだから、朝鮮戦争終結前に、日朝が平和条約を締結することはあり得ない。

3)朝鮮戦争が終結しないのは何故か:

 

朝鮮戦争が終結しないのは、恐らく米国が朝鮮半島を不安定に保ちたいからだろう。それは、米国が東アジアにおける存在理由を確保するためである。これはマッカーサーが朝鮮戦争に勝利しようとした寸前で、トルーマンがその考えを拒否し、マッカーサーを司令官から外したことからも想像がつく。


その後ソ連が崩壊し21世紀になり、共産圏の経済が停滞して資本主義圏との差が開いたときから、北朝鮮は継続的に朝鮮戦争を終結し、米国、中国、韓国、北朝鮮の間で平和条約の締結を望んでいたと思われる。


実際、2016年1月のロイターの記事に、「北朝鮮は中国を仲介として、米国(国連軍、追補1)との朝鮮戦争を終結し、平和条約を締結することを望んでおり、それが叶わないのなら、もっと核実験を行うと主張している」との記述がある。http://www.reuters.com/article/northkorea-nuclear-usa-をidUSKBN0UM12S20160108

繰り返すが、マッカーサーが極東を支配していた頃から現在まで、米国は北朝鮮を極東でのトラブルメーカーとして育てたかったのである。そして、北朝鮮の核武装も米国の希望通りだったということになる。北朝鮮制裁により、韓国や日本に恩を売る形で、米国の存在感を東アジアに示すことができるからである。

 

これは、中国やロシアに対して、米国の東アジアにおける存在感を示すのが主目的だろう。そして、中国にとっても暴れ者の北朝鮮の存在は、米国との綱引きの綱にあたるので、都合がよさそうだ。


ロイターの記事には、「米国と中国の両国とも、制裁の解除や平和条約の締結などのより良い見通しをチラつかせて、核兵器をあきらめさせようとした」という記述がある。原文は以下のようである。dangleの意味を考えて意訳した。
The United States and China have both dangled the prospect of better ties, including the lifting of sanctions and eventually a likely peace treaty, if North Korea gives up its nuclear weapons.


当然、日本人拉致は、朝鮮戦争休戦下のまま地域が不安定化されているために発生した。北朝鮮は、自国の安全をどう維持するかを考え、日本人を拉致して、日本語の教師などにして、スパイ養成などに使役したのである。このような歴史の総括とともに、朝鮮戦争を正式に終結し、平和条約を締結することは、拉致問題の本質的且つ唯一の解決法である。

 

 

終わりに:


このロイターの記事を参照して、「米国が東アジアでの米国の存在根拠を温存し、この領域が完全に安定しない様にする目的で、北朝鮮問題を温存してきた」との指摘は、過去の記事(2016年1月24日)で行っている。以下の二つの記事をご覧いただきたい。
https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12466514866.html
https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12466514862.html

米国ネオコンのウクライナを反ロシアに育てる企みと同様に企みが、緩衝国である朝鮮半島でも行われていたのだと思う。

 

追補1)ウィキペディアによれば、朝鮮戦争の当事国は韓国と北朝鮮であり、交戦国は国連軍と金日成の軍及び中国共産党義勇兵である。北朝鮮は国連に加盟しているので、当然終わっている筈の戦争である。正に、この部分が馬渕氏の話す闇の部分だと思う。

 

追補2)ロイターの記事中の英文の訳が間違っているとの指摘を受け、「米国と中国はどちらも、制裁の解除や、北朝鮮が核兵器開発を放棄し、平和条約の締結などより良い見通しをぶち壊した」から本文中の訳に変更しました。

 


(11時30分、一部文章を修正、補足4追加、終わりにのセクション追加;6月20日早朝、追補1の追加と文章の間違い3か所ほど修正;6月21日引用英文の訳を変更)

補足:

 

1)この方法は、本筋の解決法のうちの直接的方法である。日本国にとって損害の小さいもう一つの本質的解決は、以下に書くように、朝鮮戦争の正式な終結から、日本と北朝鮮の間の平和条約(多分日朝基本条約のような呼称になるだろう)締結交渉の中で解決する方法である。

2)小泉政権では国民から集めた税金を北朝鮮に与えることで何人か取り戻したが、それは上に書いたように、本質的解決にほど遠く、むしろ本質的解決を妨害する愚かな方法であった。それは、ダッカの日航機ハイジャック事件の時、福田赳夫総理が取った超法規的措置と同様である。
勿論、小泉内閣は、北朝鮮との国交樹立を考えたのかもしれない。しかし、朝鮮戦争の正式終結と米国、中国、北朝鮮、韓国の間の平和条約前にそれが可能と考えたのなら、愚かである。

3)日本の近現代史の様々矛盾点について、「国難の正体」などの馬渕睦夫氏の本で教えてもらった。従って、この文章も馬渕さんの本から学んだ延長での思考である。

4)朝鮮戦争を継続する理由は、韓国にも北朝鮮にもない。それは、米国のトランプ政権のとき、文在寅韓国大統領、金正恩北朝鮮首席の間で確認されたことである。朝鮮半島の両国には朝鮮戦争を継続する意味が消滅していることは、後で述べるロイターの記事内容からも明らかである。

 

5)本当に日本が国家として何も持っていないのなら、日本国を解体するのか、日本から逃げるのか、それぞれの地方が独立するのか、自分達の生命と財産を守ることを独自に考えて行動すべきである。拉致問題への解決に向けて何の行動も日本政府が行わないことは、重い政治的犯罪である。青いバッジを背広に着けて納得している政治家連中の姿が非常に疎ましい。

 

 

張陽チャンネルは日本からのニュース解説としてはトップクラスの質を維持している。彼は、ウクライナ戦争の今後についても素晴らしい解説をしている。ある情報によると、張陽さんは中国北京生まれの方で、現在は日本に帰化されていると言う。 https://gakumaji.com/archives/411

 

以前の当ブログサイトで、キッシンジャー元米国務長官がダボス会議で行った、ある意味で不思議な演説を紹介した。「ウクライナは、この2月のロシアの侵攻以前に支配下にない地域(東部ドンパス地域やクリミヤ)の領有を諦めるべきだ」という言葉である。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12745583759.html

 

「ある意味不思議な演説」と言うのは、キッシンジャー氏は、“ウクライナを利用したロシア潰し”という米国ネオコンの政策の中心に居る人物と思って居たからである。実際、キッシンジャー氏はロックフェラーの代理人という言葉を良く耳にする。(補足1)

 

今日の張陽チャンネルでは、ウクライナのゼレンスキーに対しての同じ様な厳しい発言を、あのヒラリー・クリントンが行ったことに言及している。それを聞いて謎が解けた感じがする。それは、張陽氏の言葉にあるように、米国ネオコンもこの戦争の幕引きを考えているということである。https://www.youtube.com/watch?v=y_p0n0HGOnM

 

つまり、今回の長引くウクライナ戦争の責任をゼレンスキーに負わせるために、「ウクライナがNATOとロシアの間にある緩衝国であるという、地政学的運命をゼレンスキーは十分理解して居ない」と言っているのである。(補足2)

 

そして、「我々が対峙すべきは中国であり、ロシアではない」と共和党が言っているセリフを横取りして、自分達の”罪逃れ”を始めたのである。ヒラリークリントン氏が同種の発言をしていることは、その「ネオコンによる幕引き開始のモデル」が裏書されたことになる。

 

米国民主党政権は、今回これほど深くロシアを追いつけることは考えて居なかったことを示す出来事がこの戦争の最初の段階にあった。それは、戦争が始まって数日後、米国はゼレンスキーにキエフからの脱出を勧めたことである。

 

その提案をゼレンスキーは、私が必要とするのは逃げ場ではなく武器だと言って拒絶した。この言葉は彼を世界の英雄に仕立て上げた。しかし、その結果、多数のウクライナ市民の犠牲者を出し、且つ、世界を食糧危機や経済危機に陥れようとしている。

 

米国は、ウクライナを使ってロシアを潰す戦略を、民主党政権が盤石になってからのこと(つまり、トランプを完全に潰した後のこと)と考えていたのだろう。今回は、ロシアに宥和的だったトランプと共和党をこの秋の中間選挙で打ち負かすことに役立てば十分だったのではないのか。

 

トランプ潰しの武器にするだけなら、ゼレンスキーがキエフを脱出した段階で、ロシアに「主権国家を侵略する極悪国」の烙印を押すことができる。今回のロシア潰しのステージは、それだけで十分である。しかしゼレンスキーの予想外の抵抗が、世界を食糧とエネルギーの危機に導き、且つ、米国を深刻なインフレに導いており、バイデン政権側に不利になってきたのである。

 

自分は生贄になりたくないとゼレンスキーは考えているのだろうが、欧米などから援助があって当然だと考えて戦っている姿はやはり異常である。長く持たないのは当然だろう。

 

 

2)岸田首相の愚かさ:

 

このウクライナ戦争の複雑なメカニズムを全く知らない、そして、知らされて居ない岸田首相は、馬鹿なことを昨日の記者会見で語っていた。今後も、ロシア制裁にとことん付き合うこと、そのためにNATOの会議に日本の首相として初めて参加すると語ったのである。

 

ロシアは、中国を抑えるための本当の意味での味方になりうる唯一の国である。それに、エネルギーの供給元でもある。NATOの構成員でもないのに、NATOの尖兵のようにロシア制裁に精を出す馬鹿さには呆れる。

 

ウクライナ国民の命と引き換えに自分の名誉を守りたいゼレンスキーと同程度あるいはそれ以下である。ロシアが北海道を、そして中国が沖縄から本州までを支配するという日本の未来地図の実現に、自分が精を出していることに気がつかないのだろうか?

 

これは付け足しだが、岸田総理の「新しい資本主義」も、クラウス・シュワブの「ステイクホルダーの資本主義」の真似をしたのだろうが、ひどい内容のようだ。その謳い文句を以下に記す。

 

様々な社会の課題を成長のエンジンに変え、持続可能で力強い成長を実現する、それが新しい資本主義である。実現するためには、企業が保有する320兆円の現預金、個人が保有する1100兆円の現預金を、しっかりと分散して投資に向けることが大事です。。。(補足2)

 

岸田総理は、個人や法人のお金を社会の様々な活動に投資すると言っているのだが、それは中国習近平がアリババの資産を貢がせたことが羨ましくて思いついたのだろうか? そのお金は、政府の無駄遣いのため発行した国債が民間に流れ、それを日銀が回収した結果なのに、この厚顔無恥なセリフに呆れる。(補足3)

 

課題をエンジンに変えるというのは、天才技術者の言葉でなければ、単なる言葉遊びか何かだろう。それは「プラスチックゴミを材料に」と同じだからである。(補足4)通常、ゴミは焼却して熱エネルギーに替えるのがもっとも経済的である。

 

個人や企業の現預金について、投資に向けるべきなどと政治家が軽々しく言うのは、本当に愚かだ。何とか庁を新設して対処するという官僚のポストを増やすことで、政権安定を狙うのも愚かだ。そんな愚かな発言のなかでも、最大のものが上記NATO会議への参加である。

(9:10編集、補足3追加)

 

補足:

 

1)キッシンジャーはハーバードの政治学専攻で、卒業後同学部の教官から、外交問題評議会(CFR)に入った。1960年の大統領選挙から、ロックフェラー家との付き合いが深い。(ウイキぺディアより)

 

2)なによりも大事なのは、政治の質の向上である。そのためには、日本のマスコミの質の向上が大事である。その後の質問の貧弱なこと、目を覆うべきレベルである。最後までは聞いていないが。。。

 

3)政府の無駄遣いのためだけではありませんという声が聞こえそうだ。尤もな意見だが、大量の国債発行をした結果の現在の日本の姿を見た時、このような評価は当然だと思う。

 

4)プラスチックの再利用のためには、光学的に瞬時に機械で分別可能にするための目印をつける必要があると思う。例えば、塩ビは青色に、ポリエチレンは赤に、ポリスチレンは黄色にするとか。

今回、サンデル教授のトロッコ問題を再び書くことになった。それは、president onlineの中の記事:“「人を助けず、立ち去れ」が正解となる日本社会”(2019・10・21)を今朝たまたま読んだからである。https://president.jp/articles/-/30327

 

トロッコ問題: 暴走するトロッコの先に、作業員5人が居る。このままでは5人が殺されてしまう。ただ、トロッコの線路前方に分岐があり、その切り替えレバーを切り替えて進行方向を変えれば、5人を助けることが出来る。しかしその場合、切り替えた進行先に作業員が1人おり、犠牲になる。レバーの近くに居るあなたは、どうするのが正しいか? 1人を犠牲に5人を助けるべきか、そのまま5人を見殺しにして去るべきか?

 

president onlineの記事では、この問題を授業に取り入れた岩国市立東小と東中で、児童の保護者から「授業に不安を感じている」との指摘を受けて、両校の校長が児童・生徒の保護者に文書で謝罪したことを紹介している。そして、日本社会では「人を助けず、立ち去れ」が正解となると書いている。

 

私は、この記事は「自分ならこうする」或いは「正解は無い」などの結論を出していないので、この問題を考える上では評価に値しないと思う。ただ、保護者の言葉に過剰に反応する日本の学校の現状から、日本社会の脆弱さを指摘する気持ちは分かる。それでも、表題(上記下線部分)は不適切である。

 

このトロッコ問題は、一時話題になったので、多くの方が議論している。レバーを中立にするとか、トロッコを急停止させる方法があるとか、問題の趣旨を変更して議論する無意味な投稿も多くあった。

 

それらの中で、NEWSポストセブンの記事に、この問題(補足1)に対する真面目な回答があった。例えば、山口真由さんは、自分なら法律の観点から判断するとした上で、何もしない(レバーに触らない)と答えている。また、茂木健一郎さんの答えは、「(詳細がわからないので)その場面にならないと分からない」だった。https://www.news-postseven.com/archives/20200428_1557445.html?DETAIL

 

茂木健一郎さんの指摘の通り、何らかの付帯条件無しに、この問題に答えることは不可能である。ただ、現代社会を前提にした場合は、山口真由さんの結論は正しいだろう。


 

2)トロッコ問題は回答不能である:

 

この問題について、以前議論したことがあった。善悪、そしてそれらを議論する道徳や倫理は、人間が社会を作って生きることになって初めて出来たと思う。そして、以下の様な意味の文章を書いた。ただ、以前投稿の文章を読み返してみたところ、自分だけ分かった気になっている拙い文章だと気づいたので、ここで再度解説する。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12567158034.html

 

 社会を作る目的は、敵や災害から構成員の生命や財産を守り、日々の生活を効率的進めるためである。そして、構成員間の協力体制を築き守るために、善悪と道徳及び倫理を創った。従って、社会を構成する前提に関わる問題、つまり社会内、且つ、構成員の生命に直接関わるこの種の問題は、道徳や倫理の問題とはなり得ない

 

これでも分かりにくいかもしれないが、トロッコ問題への正しい理解であると確信する。以下、この問題とその周辺を考えてみる。

 

社会内とは対照的に、社会外の人間の生死は、問題として設定し得る。同様に、社会形成以前の原始の状況下にある人には、道徳や倫理は無関係である。社会内でもそのような情況(原始の情況)が、瞬間的に現れることがあり、その場合、法を適用をしない根拠の説明に「緊急避難」という言葉が用いられる。(補足2) 
 

ただし、上記トロッコ問題の場合、自分自身の生命には何の関係もないので、5人を救うことは緊急避難にはあたらない。従って、自分が社会の構成員として居続けたいのなら、つまり犯罪者となりたくないのなら、山口真由さんの出した答えの通り何もしないことである。

 

しかし、自分の大事な人(親族など)が5人の中に含まれるなどの理由があり、この社会から一時的に離れる覚悟を持つことが出来るなら、レバーを手にして5人を救うかもしれない。ただしその場合は、社会に戻った瞬間に殺人犯として罪を問われることになる。

 

山口さんは、「限界状況でやむをえないとなれば、犯罪とならない可能性もないではないが…」と書いている。限界状況という言葉は「緊急避難」の意味だろうが、裁判所がまともなら犯罪とはならない可能性は無いと思う。勿論、親族の命を救う行為であることと、そのほかの4人の命を救う行為なので、相当減刑されるだろう。

 

しかし、殺人罪に問われることは間違いない。そして、トロッコの進行方向を変えた結果、殺された一人の親族から恨まれ、場合によっては襲撃される可能性もある。それでも、5人を救いますか?という話になり、上記のように特別な状況にないのなら、誰もが何もしないだろう。

 

この場合、もし自分がレバーの近くに居て、事件後に「何故あなたはレバーを操縦して5人を助けなかったのか」と問われることが分かっていたなら、5人を助けないとその後非常に拙いことになるかもしれない。(補足3)
 

具体的になれば、この問題は無数に変形可能となる。

 

 

3)戦争や死刑といった殺人行為は禁止すべきか:
 

上に、社会外の人間の生死の問題は、社会内の道徳や倫理に照らして議論の対象になりえると書いた。具体的には、死刑と戦争がある。

 

死刑は、特別な刑である。その判決は、罪人を社会の外の存在と見做すことにより可能となる。ある犯罪行為により、社会から放り出され”社会の敵”と見做された人は、死刑になる可能性がある。あくまで死刑反対を叫ぶのは、自分と自分の味方の命を軽視する主張であり、「戦争絶対反対」の姿勢と似ている。勿論、冤罪もあり得るので、死刑判決は科学的な捜査と論理的な裁判が前提となる。慎重で論理的な判断を要するのは、戦争開始の決断と同様である。
 

ここで戦争は、自分たちの社会の外に存在する人(外国の人)に対する攻撃であり、自分たちの社会を守るために必須なら、最終的な手段としてあり得る。その権利を放棄することは、既に述べたように自分達とその子孫(つまり、自国民)の命の軽視にあたる。日本の人は、この厳粛なる事実から目を背けている人が多い。

 

トロッコ問題を延長して、このような議論が学校で為されるのなら、それは有益な授業となる。勿論、そのような教育は、義務教育の最後の方に限るべきだろう。
 

ここで戦争に関する理解は、時代とともに地域とともに微妙に変化することを書いておきたい。それは、「国際社会」に対する認識が時代や地域によって変化するからである。


 

補足:

 

1)実際の問題は、トロッコ問題を相当変更している。しかし、本質的には同じ問題なので、トロッコ問題への回答として、紹介した。

 

2)ここで、緊急避難とは、一時社会のルールから離れることが容認されるケースのことである。空間的に社会から隔絶された場所(密林や孤島の中)に無期限に閉じこめられた場合とか、自分の生命に危険を(客観的に検証しうるほどに)感じた場合などである。これらの場合、自分自身の生命を守るためにとった行為に関する責任は免れられる。
 

3)レバーを切り替えると当然殺人罪を犯すことになる。一方、何もしない場合、社会からバッシングを受けてノイローゼになるかもしれない。究極の選択を強いられることになる。そのような場合でも、5人を救うことは合法であると功利主義的な法整備を行うべきではない。