BOOTS STRAP 外国語と ゆかいな哲学の館 -7ページ目

BOOTS STRAP 外国語と ゆかいな哲学の館

ありふれた日常を考察する
<芦屋・三宮>

日本語に「いい手」「悪い手」などというものがある。
やり方、すなわち手法が悪い場合や
カードゲームなどで手持ちの札が悪い場合などに使われる。
遠く離れたフランス語の表現にも類似した表現がある。
フランス語では「手」を表す言葉 "main" が使われ、「いい手を持っている」は
"Avoir une bonne main" 、これは直訳そのもののよう。
「もう降りるよ」は"passer la main" となる。
「その手があったか?」など、日本でも「手」という言葉は、よく使われる。

「手」は、日本やフランスでも「素手」は、不浄という感覚があるようだ。
日本では神社仏閣に入るときは「手水舎(ちょうずや)」で手を清めてお参りする習慣がある。
フランスの慣用句には、"Jeux de mains, jeux de vilains."
と韻を踏んだような表現がある。
この意味は「手の遊びは百姓の遊び」というもので、
素手で触れたりするのは高貴な人間のすることではない、などととされていたようだ。
そのため貴族は、防寒というより素手では触れないように常に手袋を常用していた。
フランス人は、20世紀初頭ごろまで「決闘」の習慣が残っていた。
主にプライドを傷つけられたと言っては「決闘」をしていた。
これはプライドをかけた戦いであるから、いわゆる上流階級のもの。
すなわち、この決闘は素手ではなく「武器」で闘う。
19世紀の貴公子と呼ばれたロベール・ド・モンテスキューは、幾度となく決闘している。


直接、手で殴り合ったり、締めワザなどをするのは、下々がすること。
決闘は、ピストルおよび剣などの武器で勝敗をつけるというもの。
ヨーロッパは、おしなべてそのよう。
相手から挑まれた以上、"降りる (passer la main)" は恥というものらしい。

このたび、NATO に所属するメインの国々が、
グリーンランドに軍隊を送ったのもそのようなプライドによるものとすれば、理解できる。
「トランプさん、おヌシは、決闘するつもりか?それなら、オレたちも黙っちゃいない」
という意思表示らしい。
一癖二癖あるのが世の中というもの。
それが効いたか、トランプ大統領も武力交戦は避けたようである。

その「手(main) は食わない」というところだろうか (^。^)

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<了>

傑出したアーティストや文学者などに共通する事柄があったりするもの。
たとえば、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ゲーテ、ベートーヴェン、シューマン、
アンデルセン、フランクリン、ビスマルクなど。
これらの人物に共通するのは左利き。
左手を使うと逆の脳である右脳が発達するのでアーティストには左利きが多いという説がある。
統計上、犯罪者も左利きが多いという話もある。凡人ではあるが、かく言う私も左利き。
大人になってからは特に意識することもなく過ごしているが、
子供の頃は何かと言われもしたので精神的な影響を与えたかもしれない。

人物を探って行く方法として”精神病理的側面”から追究する学説もある。
その一つがパトグラフィ(Pathographie)と呼ばれているもの。
精神医でもあるヤスパースは、ヴァン・ゴッホについて、パトグラフィを用いて分析している。
確かにゴッホは神経症的な雰囲気を持っている。
一枚の絵を見て精神的な病理を感じさせるムンクも、何やら感じさせるものを持っている。
そのほか象徴派やシュルレアリズムをみると、同様の感覚に襲われるものも多い。

映画の世界で成功したといえば、スピルバーグ、ルーカス、キャメロンの3人が挙がる。
キャメロン監督も左利きのようである。
スピルバーグ監督は左利きではないが、長編出世作となった1971年公開の映画「激突!(原題: DUEL)」は、ホラー的要素を持つ映画。


これは神経症的な側面から描いた作品とも言える。
この映画の正確な登場人物は、車を運転している主人公一人のみ。
タンクローリーを追い越してから、このタンクローリーに悪魔的につきまとわれ、
精神的に追い込まれてゆくというストーリー。
ほぼセットも要らず、安上がりの映画だった。それが大ヒット。
スピルバーグ監督作品の中ではわが推薦の一作。

「神経症」が映画に彩りを添えているとも言える。

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<了>

「パスカルの賭け(Pari de Pascal)」なるものがある。
このパスカルは、かの有名なフランスの哲学者であり数学者。
彼の名を冠した幾何学の「パスカルの定理」や物理学の「パスカルの原理」がある。
いわば、超天才。
そんな彼が最も傾倒したのは錬金術だという。
すなわち卑金属を「金」に変えるワザを見つけたいと研究に没頭。
彼は当時、異端とされたキリスト教の一派であるジャンセニストであった。
彼の著書『パンセ』の中にあるのが「パスカルの賭け」。
この賭けは「神」が存在するかしないかというもの。
今に至るも、科学的メスをどのように入れようとも、神の存在は否定も肯定もできない。
そこで彼が説いたのは神が存在する方に賭けた方がメリットが大きいということ。
ただ、信仰ある人から見れば、神の存在を「賭けで使うな!」だろう。


また、あのナポレオンもその面では、同様なところがある。
宗教に関する論理もちょっと面白い。彼の言葉に
「宗教は国家を維持するのに不可欠である。社会の富の不平等は宗教なしには維持できない」
と出てくる。
すなわち、彼も神が存在する方に賭けた方が安定した社会ができると説く。
国家元首となれば社会の安定化のため、自身の地位の安定のため、
そのような判断をするものかもしれない。

トランプ大統領のアメリカでの支持基盤は、キリスト教のいわゆる福音派。
彼らの熱狂的支持ということでも知られる。
ただ、トランプ氏はスキャンダルも多く、
いかなる点でもキリスト教的な倫理観から遠く逸脱した人物に見える。
だけども、アメリカ国民が熱狂的支持として、彼を選出して今がある。

ただ、今のところ、これは危険な「賭け」だったとしか見えない。
彼の就任で、世界は何やかやで、大わらわ (@_@;)

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<了>