やり方、すなわち手法が悪い場合や
カードゲームなどで手持ちの札が悪い場合などに使われる。
遠く離れたフランス語の表現にも類似した表現がある。
フランス語では「手」を表す言葉 "main" が使われ、「いい手を持っている」は
"Avoir une bonne main" 、これは直訳そのもののよう。
「もう降りるよ」は"passer la main" となる。
「その手があったか?」など、日本でも「手」という言葉は、よく使われる。
「手」は、日本やフランスでも「素手」は、不浄という感覚があるようだ。
日本では神社仏閣に入るときは「手水舎(ちょうずや)」で手を清めてお参りする習慣がある。
フランスの慣用句には、"Jeux de mains, jeux de vilains."
と韻を踏んだような表現がある。
この意味は「手の遊びは百姓の遊び」というもので、
素手で触れたりするのは高貴な人間のすることではない、などととされていたようだ。
そのため貴族は、防寒というより素手では触れないように常に手袋を常用していた。
フランス人は、20世紀初頭ごろまで「決闘」の習慣が残っていた。
主にプライドを傷つけられたと言っては「決闘」をしていた。
これはプライドをかけた戦いであるから、いわゆる上流階級のもの。
すなわち、この決闘は素手ではなく「武器」で闘う。
19世紀の貴公子と呼ばれたロベール・ド・モンテスキューは、幾度となく決闘している。

直接、手で殴り合ったり、締めワザなどをするのは、下々がすること。
決闘は、ピストルおよび剣などの武器で勝敗をつけるというもの。
ヨーロッパは、おしなべてそのよう。
相手から挑まれた以上、"降りる (passer la main)" は恥というものらしい。
このたび、NATO に所属するメインの国々が、
グリーンランドに軍隊を送ったのもそのようなプライドによるものとすれば、理解できる。
「トランプさん、おヌシは、決闘するつもりか?それなら、オレたちも黙っちゃいない」
という意思表示らしい。
一癖二癖あるのが世の中というもの。
それが効いたか、トランプ大統領も武力交戦は避けたようである。
その「手(main) は食わない」というところだろうか (^。^)
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