BOOTS STRAP 外国語と ゆかいな哲学の館 -33ページ目

BOOTS STRAP 外国語と ゆかいな哲学の館

ありふれた日常を考察する
<芦屋・三宮>

近くの神社には、今、「七五三まいり」と書かれた幟が鳥居の横に掲げられている。
思えば、11月の風物詩でもある。
この風習は、徳川5代将軍徳川綱吉の長男の健康を願って行われたことによる。
着飾った子供たちが神社にお参り、手には「千歳飴」というのが定番。
この千歳飴という名が示すごとく長寿を願う風習でもある。
昔は、乳幼児の死亡率が高かったため厄払いのために執り行われたもの。
神田明神サイトから

厄払いと言えば、大人の大厄は、女性ならば、33歳。男性ならば、42歳。
そういった年回りには、神社仏閣に赴いて「厄払い」を受けるのがよいが、
厄年の一覧表を見ると、厄年とされるのは、61歳まで記載されていた。

「厄払い」は、世界の様々なところで行なわれている。
例えば、フランスでは8のつく年が厄年。
厄年を迎える人のために木の皮の帽子を作り、それを一度かぶせ、
それをみんなが見ているところで焼いて厄払いする。
中国は、年男、年女が厄年とされ、赤や金色のものを身につけることで厄払いする。
イギリスでは、厄年の人の年の数だけ木の実を集め、それをみんなの前で焼く。
また、トルコなどでは、人をかたどった人形を作り、それを流すという風習もある。
まるで流し雛のよう。
災厄から逃れたいという思いは世界どこに行こうが変わらない。

災厄から逃れたいと思うのは人の常であるが、良寛さんで知られる良寛和尚の言葉に、
「災難に遭う時節には災難に遭うがよく候」というのがある。
え〜っ?!という思いになる。
それに続く言葉として「死ぬべき時には、死ぬのがよい。これこそが災難を逃れるための最も優れた方法である」と出てくるが、、、
人間、そのような域に到達するのは難しい。

当方は来年、「八方塞がり」の年回りに当たるらしい。
「災難に遭う時節には災難に遭うがよく候」
とは言うものの、
ここは、やっぱり厄払いに行ってこよう...ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘

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<了>

パッチ・アダムス(Patch Adams)は、アメリカの「クラウンドクター」として知られる医師。
いわば「道化師の医師」。
彼の著書『パッチ・アダムスと夢の病院』(1998年刊)は、
日本でもベストセラーになり、
『Patch Adams(邦題=パッチ・アダムス)』(1999年公開の)と題する映画も大ヒット。


このパッチ・アダムスが開いた病院では末期癌の子どもたちに夢を与えようと、
道化師の医師となって現れるというもの。
それまで塞ぎ込んでいた子どもたちが、
道化師が現れるやイキイキとした反応を示す子ども達を描いていた。
それがふと思い浮かんできて、パッチ・アダムス氏は、どうしておいでなのか?
と思い調べてみると80歳にしてご存命。
そして、現在もクラウンドクターとして医療に従事しているとのこと。

また、「道化師」で思い浮かんだのは、イタリアの映画監督フェデリコ・フェリーニ。
彼のイメージする道化師(パリアッチョ)は、クラウンドクターとは全く違う存在。
フェリーニの言葉には、しばしば、このパリアッチョが出てくる。
彼が子供の頃になりたいものの筆頭が、このパリアッチョだったという。

このパリアッチョは、上記の「愛」に溢れたクラウンではなく、
どちらかといえば、人間の不都合な側面を表現する怪しき創造物の化身。
サーカスなどで笑いを取るのが役割だが、秩序に敢然と立ち向かう怪物でもある。
妖しげな存在だが、
不都合も、不条理も何もかも含めて、最後は笑い飛ばす!
これが、フェリーニがイメージするパリアッチョ。

クラウンのパッチ・アダムスもフェリーニの道化師も目指すは、笑い。

笑いは「愛」か?

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<了>

『徒然草』の39段に、「浄土宗」の開祖である法然について書かれたくだりがある。
その部分を抜粋すると、
「往生は、一定(いちじょう)と思えば、一定。不定(ふじょう)と思えば不定なり、といはれけり。これも尊し」
これを解釈すると、
(法然上人が語ったところによると)「極楽往生が出来ると言えばできるもの。
出来るか出来ないかわからない、と思っていると、どうなるかわからないものだ、と言われた。
これも尊い言葉である」となる。
『徒然草』で取り上げられる人間は、たいてい否定的に描かれているが、
この「わかったかわからない」言葉を、著者である吉田兼好は「尊い言葉」として表現している。

法然が浄土宗の布教をした頃は鎌倉時代初頭。
吉田兼好は鎌倉時代の末期。相当な時代の隔たりがある。
それだから、このようにベタホメすることが出来るとも言える。
同じ時代に生きた人を信頼するのは難しい。
よく言われることだが、
イエス・キリストは遠い街に出かけて布教すれば、人々はイエスを信じて従ったが、生まれた地ナザレでの布教は難しかったとある。
「立派なことを言っていても、ヤツは大工の倅(せがれ)じゃないか?!」というところでもある。

アルゼンチンの元サッカー選手・ディエゴ・マラドーナ氏は、
「神の手ゴール」や「五人抜きゴール」などゴールを量産。まさに伝説的人物である。
ただ生きている間は、薬物疑惑などゴシップネタの大いなる供給者であった。
アルゼンチン代表監督も歴任したが
思うような結果を上げることはできず2020年に死去。
生きている間は、胡散臭さが残っていたが、亡くなってより伝説だけが蘇ったのか、
各地で銅像が造られたりした。
その一つ、2022年にスペインに誕生した像には誰しも驚いた。


それほど遠い昔でもないのに、似ていないにもホドがある。
「笑っている場合ではない!」
本人なら草葉の陰からそう叫びたいに違いない。

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