BOOTS STRAP 外国語と ゆかいな哲学の館 -15ページ目

BOOTS STRAP 外国語と ゆかいな哲学の館

ありふれた日常を考察する
<芦屋・三宮>

江戸時代の参勤交代は、「お江戸日本橋 七(なな)ツ立ち」と謳われていた。
「七ツ」は、すなわち「午前四時頃」。
その時刻には、参勤交代の旅支度が整っているという意味になる。
江戸の朝は驚くほど早いということでもある。

そんな早い江戸でも、大晦日は特別だったようだ。
街じゅうが早い朝を迎えてお正月の準備。
正月の準備で代表的なものは「餅つき」。
たいてい、大晦日に餅つきが行なわれていた。
そんな一日を詠んだ松尾芭蕉の句に、
「有明も 三十日( 晦日) に近し 餅の音」というのがある。
もう、朝早くから餅つきの音が響いていたという。


江戸時代の支払い方法は「掛け取り」。
大晦日に一括してツケを払う。
借金している人は、取り立てに窮して七ツ立ちで早朝から逃げ回ったものらしい。
江戸時代は旧暦のため、月の形状を見ながら生活していた。
30日は、微かに月が見える程度。
15日は望月(もちづき)と呼ばれる満月の日となる。
借金取りに追われる人は、
「大晦日とかけて餅つきととく。
そのこころ(意)は、
餅つき(望月) はあっても、ツキが無い」こんなコトを言っていたようだ。
また、そんな人が借金逃れのために「ついてしまう」のが餅ならぬ「ウソ」。
「餅はついても、ウソつくな」

明日は、大晦日。
紅白でも観ながら、一杯といくか。
大江戸の時代に比べれは、平和な時代のようだ。

*無断転載を禁止します。
*严禁复制粘贴**本"Boots strap"博文禁止复制粘贴。如有发现,本人将采取法律措施。

*2カ所のブログランキングに参加しています。
↓↓下のアイコンにポチッとお願いします。押すとランキングのページに行きます。お手間ですが戻ってきて、もう一つ下のアイコン(にほんブログ村)にもポチッとして頂ければ、、、。

エッセイ・随筆ランキング
↓↓ にほんブログ村は、こちら。  
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村

フレンドリーでリーズナブルな外国語スクール
*外国語リニア
芦屋市大原町12-1 プティビル 201

<了>

アメリカの兄妹デュオ・カーペンターズ(Carpenters)のヒット曲 ”Yesterday Once More”は、
♪ "When I was young, I'd listen to the radio~" という歌い出しでスタートする。
この歌詞は「子供の頃、ラジオから好きな曲が流れてくるのを待ち焦がれた」
という心境が綴られている。
このカーペンターズ兄妹が子供の頃は、1950年代。
その頃は、レコード・プレイヤーやステレオセットというものも、まだ普及段階の頃。
レコードは買うものではなく、
もっぱら、ラジオから流れてくるヒット曲を待ち望みながら聴くものだった。
そんな子供の頃、好きだった曲はシャララララやウォウォウ〜 というバックコーラスが入っていた、と懐かしむ思いが描かれている。


そんな子供時代を過ごした世代の人には大きく共感できるもの。
彼らより少し後の年齢となる当方も、やはりそのような子供時代を過ごしたせいか、
この曲がヒットした70年代初頭、そんな子供時代が思い浮かんできた。

時は過ぎ、好きな曲の入ったレコードを買う楽しみが一般化してくる。
その頃、よく話題にしたのは「最初に買ったレコードは何?」。
そして、レコードジャケットを見て、思わず衝動買いをしたことなどが思い出話となった。

先日、当方のクリスマスパーティーにハンドパン奏者に演奏をしてもらったが、
そのアーティストが新しくCD をリリースしたと紹介。
新しいアルバムは、CD プレイヤーがなくても音楽配信からも入手できると紹介していた。
もはや、ジャケットを楽しむ時代ではなさそうだ。

今の子供達が大きくなった時、音楽の聴き方がどんなものになっているだろうか?
その頃、
もう、当方は存在していないか...^^;

*無断転載を禁止します。
*严禁复制粘贴**本"Boots strap"博文禁止复制粘贴。如有发现,本人将采取法律措施。

*2カ所のブログランキングに参加しています。
↓↓下のアイコンにポチッとお願いします。押すとランキングのページに行きます。お手間ですが戻ってきて、もう一つ下のアイコン(にほんブログ村)にもポチッとして頂ければ、、、。

エッセイ・随筆ランキング
↓↓ にほんブログ村は、こちら。  
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村

フレンドリーでリーズナブルな外国語スクール
*外国語リニア
芦屋市大原町12-1 プティビル 201

<了>

短編小説の中でも、非常に短い小説の事を『掌編(しょうへん)小説』と呼ぶ。
「掌」は、てのひらのこと。
掌編小説という呼び方は、日本文壇でついた呼称。
いわば「てのひら」 ほどの小説。ちょっと小粋な呼び名とも言える。
この「掌」 だが、別の呼称として「たなごころ」 とも呼ぶ。
これは、「手(タナ) 心(ココロ)」というのが訛(なま)ったものという説がある。
いわば、「手の心」という意味になるだろうか。
デューラー 「祈りの手」

また、慣用句に、「掌(たなごころ)を指すように明らか」という言葉がある。
この言葉の用法としては、「彼の無実は、掌を指すように明らかだ」のように使われる。
意味は、「極めて明白で、疑問の余地がないようす」。
「掌を指すように明らか」というのは、何とも奇妙な表現だが、
この言葉の語源は、『論語』八佾(はちいつ)第三に出てくる一つの逸話。
これは、ある人が「天帝の儀式の意義」とは何なのでしょうか?と孔子に尋ねた。
すると孔子は「私はそんなことは知らない」と答え、続けて、
「そんな事を知っている人物がいるとすれば、天下はここにあるようなものだな」
と「掌」を指した、というところから来ている。

その答えは「掌」にある、と言えば、手のひらを開いて、しみじみと真実はいかに?などと、
ひと頃までならそう考えただろう。
石川啄木の歌に、
「はたらけど はたらけど猶(なほ) わが生活(くらし) 楽にならざり ぢつと手を見る」とある。
じっと見つめる「手のひらの真実」というところだろう。

今の「掌」で探る真実は、その「掌」 にスッポリおさまるスマホから。
スマホで、なんでも検索して回答を得ることができる。
まさに「掌」を指で押さえれば、たいていの調べものができてしまう。

孔子は、2500年ほど前に生きていた人だが、
「掌」を指差して真実を探る、そんな時代の到来を予見していたのだろうか。

*無断転載を禁止します。
*严禁复制粘贴**本"Boots strap"博文禁止复制粘贴。如有发现,本人将采取法律措施。

*2カ所のブログランキングに参加しています。
↓↓下のアイコンにポチッとお願いします。押すとランキングのページに行きます。お手間ですが戻ってきて、もう一つ下のアイコン(にほんブログ村)にもポチッとして頂ければ、、、。

エッセイ・随筆ランキング
↓↓ にほんブログ村は、こちら。  
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村

フレンドリーでリーズナブルな外国語スクール
*外国語リニア
芦屋市大原町12-1 プティビル 201

<了>