これはフロイトが提示した一つの心理学用語で、母親に思い入れる気持ちから、
父親に対して強い対抗心を抱く概念。その名の如く、複雑な精神傾向を有するもの。
フランスのボードレール(Baudelaire)には、まさに、その傾向が見られる。
彼は、19世紀半ば、第2帝政期頃の詩人。
詩集『悪の華』や『パリの憂鬱』などの著書で知られる。
エドガー・ポーの著書をフランス語訳をし、ポーを紹介した人物でもある。
彼は、その時代のダンディとして知られる。
6歳の時、彼の父が死に母親カロリーナは間を置かず軍人であったオービックと結婚する。
そのことが、幼いボードレールに愛情面で複雑な影を落とした。
エディプスコンプレックスの故か、長じては、素行不良でもあったが、
なんとかパリ大学に進む。
そこで、20歳に達して父親の莫大な遺産を相続することになる。
学業を捨て散財生活で、わずかの間に蕩尽してしまい、禁治産者になる。
終生、カネに困った生活となるが、この肖像画に現れるごとくダンディないでたちを続けた。
この辺りが、いかにもボードレールというところである。
『悪の華』に収められている彼の詩に「通りすがりの女へ」と題する詩がある。
我が魅かれる詩でもある。
長くなるので、簡単に紹介すると、
街で見かけた長身の女性。黒い喪服を着て悲しみの表情をたたえ、
華奢な手でスカートの端を手で摘んでいる。
そんな通りすがりの女性を描写するほどに瞬時に想いを寄せる。
そして、最後のところで
「いやいやもう手遅れだ おそらく二度とは会えないだろう
余は汝の行き先を知らず 汝も余の行方を知らぬ
愛しあえただろうと思える女」
と結んでいる。
すなわち、ふと通りすがりの喪服姿の女性に心惹かれる。
しかし、それは、通りすがり、もはや再び会えないこともわかっている。
だけども、彼女こそ愛しあえたであろう女性だと想いを寄せる。
この辺りがダンデイでもあり、
この辺りこそ、彼が持ち続けていたエディプスコンプレックスそのものだろう。
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