今となっては、果たして何者?というところである。
彼はマルチな才を発揮し、詩人、小説家、劇作家、画家、映画監督などを挙げることができる。
日本でその名を知られるのでいえば、監督作品となった映画『恐るべき子供たち』。
ジャン・マレーを起用した『美女と野獣』や『オルフェ』を挙げることができる。
多才と言えるが、失敗も少なからずある。
人生の蹉跌は、まず高校時代。俊英が通う学校として知られるリセ・コンドルセを中退。
何事にも、ついて行けない、いわば「あかんタレ」。
かえって、このことが活き、後に小説『恐るべき子供たち』を生み出すことになる。
ただ、10代にして、そんな挫折を味わうが、
強気な母親に連れられ、17歳にしてフランスの社交界デビューを果たす。
残念ながら、雰囲気について行けずマゴマゴ。
その姿を見たプルーストが後見人のように面倒を見たりと交流を持つことになる。
縁が深いのか、プルーストに死にも立ちあっている。
そんな社交界人士との交流のみならず、ピカソ、ピカビア、モディリアーニなどモンパルナスに集うボヘミアンと呼ばれるアーティストたちとの交流も深めてゆく。
また、当時、バレ・リュスと呼ばれたロシアンバレエ団の演出をしたりすることになる。
「人たらし」の面があり、人との”縁”を通して才能が開花したとも言える。
南仏マントンの街には、彼の名を冠したジャン・コクトー美術館がある。
岬に立つ美術館は、かつてのイタリアが作った城砦。
それがそのままジャン・コクトーの作品を集めた美術館になっている。

この美術館を訪ねてみた。
こぢんまりとしているが、インパクトがある。

彼は、1950年代を彩った歌姫エディット・ピアフのため、
芝居『Le Bel Indifferent』を制作している。
ジャン・コクトーとエディット・ピアフは同じ日に亡くなっている。
それも一つの”縁”というものなのかもしれない。
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