「蚕の社(かいこのやしろ)」と呼ばれるので、その方が馴染みがありますね
古くから祈雨の神として信仰された神社であり、境内には珍しい三柱鳥居があります
現・石製の鳥居は呉服商だった三井家の寄進⤴︎
嵯峨野・太秦周辺は渡来系氏族の秦氏が開拓した地で、広隆寺・松尾大社・蛇塚古墳などの関係寺社・史跡が知られることから、木嶋社もまた秦氏ゆかりの神社といわれています
ここから広隆寺へ
秋晴れの美しい空だぁ〜
多くの弥勒菩薩像が新羅王国から献上されましたが弥勒信仰は「花郎」という制度と深くつながっています
イケメンざくざくな韓流ドラマ「花郎」を観た方も多いかと思います
新羅国は秦氏の郷里と言われてますからね
宝冠弥勒半跏思惟像(国宝)はアカマツを使っていて韓国由来の素材、韓国国宝83号に類似していることからも新羅仏説が有力です
これは日本には象がいなかったので何かを写したのでしょうかね
嵐山へ移動しました
嵐山の紅葉の風景ではなくマニアックなものから撮影してます
葛野大堰(かどのおおい)
5世紀末、秦氏が治水のために築造したもの
ここは桂川…ではなく大堰川です
渡月橋のすぐ上流は「大堰川」と呼ぶのです
(さらに上流は保津川だし、名称変わりすぎでややこしいですね)
この葛野大堰は、BC250年ごろ秦氏祖先の秦の昭襄王が行った治水事業「都江堰」(世界遺産)を模範としたと言われています
この都江堰は数世紀に渡り行われた治水事業であり、あの諸葛孔明も工事を指揮したと言われています
ここから虚空蔵法輪寺さんへ
十三まいりで有名なお寺なので関西ではご存じの方も多いでしょう
狛犬ではなく、珍しい狛虎⤴︎と狛牛⤵︎
丑年・寅年生まれの人の守り本尊でもあり、そちらの参拝客も多いです
それ以外に虚空蔵菩薩の使いといわれる知恵を授ける羊もいます(こっちは触りましょうね)
十三まいりは知恵を授けられるので帰りに渡月橋を渡る時振り返ってはいけません
法輪寺さんの舞台といわれる展望台からの景色は圧巻です
西山の霊峰愛宕山、右手には東山三十六峰が一望でき京都タワーも見ることができます
五山送り火の鳥居形は低い位置なので見えにくいのですがそこも見えます(当日は立ち入り禁止でしょうが)
中でもまっすぐ法輪寺に向かうように架かった渡月橋
渡月橋は昔々「法輪寺橋」だったそうです
橋代も徴収していたそう(人生ゲームみたい)
法輪寺への参詣のための橋
こうやって上から眺めるとそれがわかりますね
最後に松尾大社へ
日本第一醸造神、お酒の神社というイメージですが、それは亀の水を酒造家たちが仕込み水にしているから
聖武帝御世に湧き出で、松尾大神から「この霊泉を飲めば病を癒やし延命す、これで酒を醸せば家門繁栄する」とご宣託があったそうです
狂言「福の神」では松尾明神は神々の酒奉行とされ、それは八百万の神々に松尾大神が山田の米と山裾に湧く水で一夜で酒を造り、大杉谷の杉の器で供応したという逸話からです
この話でわかることは米麹による酒造であり、秦氏の酒造技術はやはり大陸系だということがわかります
わたしも亀の井で御神水を100円で買った瓶になみなみと入れました(笑)
霊亀の滝
応神天皇の御世に来朝した秦氏は秦始皇帝の子孫ともいわれ、謎も多くこれみよがしに歴史の表舞台に出てこないのですが、よく言われる養蚕機織技術だけでなく、そこに基づいた税徴収システムの構築しています
「大蔵」(貢を納める)を設置し、秦氏が出納長官に就任しているのですが、大蔵というと財務省の昔の呼び名でお馴染みの大蔵省です
こうして見ると秦氏は土木建築、製鉄、治水、灌漑や農法だけでなく経済、宗教、文化などさまざまな面で日本の国に影響を及ぼしている
秦河勝については申楽の祖とも言われ、金春家は秦河勝公の子孫と言われています
いわゆる本拠地である太秦は「葛野秦氏」、そしてもうひとつの「深草秦氏」は深草・伏見稲荷神社にも深い関わりがあります
伏見稲荷神社はそれより古くから存在しており、秦氏は古くからある信仰を否定するのではなく、むしろその中に深く入り込んでいく形ですね
藤原氏のような権力欲が希薄なのか私たちが習う歴史の教科書では大々的に語られないのですが、とてつもない影響力を持っていたのではないでしょうか
下鴨神社の糺の森も実は秦氏管轄の元糺の森というものが西にあり、それは秦氏が賀茂家と姻戚関係になったりして譲ったものでは?と言われています
松尾大社から元糺の森、そして糺の森から四明岳は冬至の日の入り、夏至の日の出と一直線になるようです
こういう関係性は日本にはたくさんあって、出雲大社や伊勢神宮、熊野大社、阿蘇山、富士山など山と神社、つまり自然と神はつながっているのです
しかし、今のように測量の技術も発達していない時代に気が遠くなるような距離をつかんで正確に配置していることには驚きです
古代
古代文明…マヤなどもそうですが、天文学においての知識や技術は現代人の想像をはるかに超えていますね
人間と自然、人間と神が今よりもっともっと近い存在だったのでしょう
たまにこのように京都市内を回るのも楽しいです