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見に行った。

やっぱり面白かった。
前にオーズとゴーカイジャーの3D見に行ってたし、今回は2Dだからあの時より力いれてないのかなと思った。
全然ちがうよ。
今回のあの迫力で2Dなんだから3Dなんて飾りですよ。

テーマソング三連続は興奮したよ。

仮面ライダーはやっぱりいい。
ワクワクドキドキできる。

次はギャバンvsゴーカイジャー見に行くぜ。
うちの地域食べ放題だと2500円からが当たり前で、物価が高い(田舎のくせに)

探すとすぐに見つかった。
土日だったから「土日もこの値段なのか?」とすぐに疑った。

即電話。

1980円でしかも空いてるらしい。

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食べ放題にランクがあって1980円は一番安いランクだ。
どんだけ種類が食べられたとしても食べる量は一定だから安い方がいいに決まってる。

牛はロースとカルビくらいしかないがどうせカルビしか食べないからいい。

豚と鶏もあったからよかった。
牛も確かに食べたいけど豚や鶏の方が好きになっている今日この頃。
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ほっとぺっぱー特典で最後にアイスを貰えたよ。

明日仕事だったけどおろしニンニク使うのに遠慮はしねぇぜ。

昔から3K、臭い・汚い・キツいと言われる職業です。ナースは。

バスという公衆の面前で地方国立大学の学生が看護師をバカにしていたという話を聞いていろいろ考えた。

汚いし、忙しい仕事やってられないとか、言われてたらしいが。

確かに忙しいが、忙しくない仕事なんて低脳にしかできないだろ、と思う。
経験則では暇な仕事にクズは群がる。
暇だから仕事以外の足の引っ張りあいをして時間を潰すからね。
仕事はある程度「純粋な仕事のストレス」を与えなければ精神衛生上よくない。その他の気にしなくていいことにストレスを感じるようにフォーカスが変わるからだ。そしたら細かい人の動作とかが気になりだしすぐにイライラして不幸の悪循環に陥る。
それでも忙しいのが嫌と言うなら人間やめちまえばいいんだよ。
忙しくて自分ができないことはできないんだから諦めて人に迷惑かけないようにだけすればいいんだから。


そして「汚い」という観点について。
俺は高校を出てすぐ看護学校に行く前の春休みに介護のバイトを始めた。

認知症とのコミュニケーションだったり下の世話だったりいろいろ衝撃を受けた。

小さい老人ホーム。ちょっとしたことでは感染予防の手袋は使わない。
そこで俺の固定観念はぶっ壊れた。
結局慣れて入居者の人と仲良くなって、素手でその人の入れ歯を洗ってあげたりとかしていた。

今は病院だし、そんなのはあり得ない。感染予防の必要あるし。
汚い、なんて観念は特に感じない。
(人間だから臭いとは思うがな)

トイレの手伝いするし、便がどんだけ下剤かけてもでない人にはお尻の穴グリグリすることもあるよ。

便出すのが人間なんだからそれが汚いなんてのは人間の冒涜だと思う。

トイレでウォシュレットついてるのが当たり前だし、最近は自動で流れるのだってある。
つまり便や尿を見なくても生活できるわけだ。

マジな話、そいつらは自分がうんこやおしっこをしている実感がないからそんなことが言えるんだろう。
自分だって汚いうんこを日常的にしてるし、五体満足じゃなくなれば明日にだって他人に処理を任せなければならないかもしれない身なのに。

だから、子供のわがままを言ってたんだね。
就職難で思うどうりに行かない進路。
選択肢は3つ。
①多大なる労力を使い、さらに失敗するかもしれない就職。
②大学院。脛かじり継続。
③専門学校。堅実な資格が取れたりするが脛かじりは継続でさらに大学四年間の評価はされない。

そら、わがままのひとつもいいたくなるわね。

無理やり就職してもいいとこないし院行っても猶予伸ばしただけだから③がいいと思うな。

見てると一回社会でてから専門行ってる人は凄い。
ガッツも能力も桁違いだったよ。
だから単純に③でなくて就職→専門がいいね。就職先良ければそのまま居座ればいいし。

就職するまでわからなかったが看護師でも職場環境のいいところもある。

だから自分に言い訳して選択肢狭めるのはもったいないな。

しんどくて嫌なことも多いし、なかなか仕事が覚えられない。
俺はバイトでは覚え早いとよく言われてて2週間くらいで一人立ちできてたのに。先輩に仕事が覚えられないと漏らすと「当たり前や」と一喝(笑。
一人前になるにはその先輩も三年くらいかかったと言っていた。
俺の周りの先輩ほとんど10年以上働いてるベテランだらけなんだよね。

なんだかんだ言ってこの仕事、たまに楽しいと思う時もある。
頑張ってこの環境を手に入れたわけじゃないから運が良かったんだな。









今日些細なことにとても腹を立ててしまった。
些細なことに腹を立てても仕方ないし、もったいないのは分かってるんだけでも。

凄く小さなことで凄く腹を立てる。

それは日頃のストレスレベルが小さいし、周りの人にとても大事にされているから衝撃が大きいのだろう。

それって幸せなことなんだけど。

就職先では1番要注意人物と思っていた人は実は意外と優しかった(品がないしたまにイライラしてるけども)
なんとか俺の看護師嫌いも最近治り始めてるとこだ。

仕事のストレスはあるにはあるけど自分が不当に扱われなくなったことがストレスレベルを著しく下げたのだろう。

ネットで見つけた暗くジメジメしたところに生える花の写真を見て俺は綺麗だなと思った。
その花は森の奥深くで光合成をせずに腐ったものやバクテリアを養分にして生きている植物らしからぬ花だった。
リリィは気持ち悪いといった。
リリィにその写真の花を見せた理由、それは俺が自分自身のセンスを疑ったから。

リリィはそこまで見破った訳ではないだろうが的確な答え。
その花は良からぬものに繋がる、呼び寄せるもの、そんなものが綺麗に見えるのはまだまだなんだって。

これから物の見るセンス、綺麗の基準が変わるだろう。

俺が快を示しリリィが不快になるもの、それはどれも異界の雰囲気を漂わせるもので良からぬものだ。

リリィ曰くかつて俺は黒く渦巻くオーラを背負ってた。そんな時に俺が好んだものがそういった良からぬものたちだ。

良からぬものたちは俺に奇妙な安心感を与えてくれた。
厳密には綺麗と表現するにはまた違う感情を抱いていた。
安心感。

良からぬものたちは俺に何も与えてくれないし、まして悪いことを誘う。
だからおれは例の妙な安心感を毛嫌いする。

不幸なものは全て跳ね除けるくらい天使に愛され、幸せになってやります。




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おいしかったー
ハーフバケットとかいう名前の結構大きいバケットとピザもついてたし。

生パスタってあんまり食べる機会ないし良かったよ。
昨日、ふらりとムラサキスポーツに入ってスノボのところを見ていたらよくしゃべる店員に捕まってしまった。

ブーツに1番金をかけるべき、ということで色んなブーツを履いた。
その中で1番履きやすかったのがアンブッシュというブーツ。
履いた瞬間しっくりきた。

38000円のブーツ。ふらりと入った店でそんな金を使うのもどうかと思う。
一晩考えることにした。

38000円で何ができるだろう。国内の旅行くらいならリリィと行けるかな。
2人で行くからケチらないと40000は越えてしまうだろう。

色々考えたら俺ってそんなに欲しい物ってないんだな、と思った。

俺の趣味はテイルズウィーバー、読書、インターネット(インターネット見るのが当たり前の昨今趣味と言えなくなってきてるけど)、仮面ライダー、コロコロくらい。

服は滅多に買わない。
金のかかるものはあまりない。

40000のかねをもらったらきっと俺は美味しいものを食べることにするだろう。

凄く欲しかったバイクも買ってしまったし物欲はもう無いに等しい。

どうせスノボやるなら長く使うものだしいい物を早く買った方がいい。

リリィはスネながら「今年もスノボいけないのか」と言う。

(まだ怖くてやったことのない)グランドトリックを決めまくっている俺の姿が脳裏に映る。

社会人になったからって社畜になるつもりはない。
大人こそ遊ばないといけない。
大人こそウカウカしていたら働くにかまけて遊ぶ暇を失い、そのまま死んでしまう。
だから頑張って遊ばないといけない。

そして働く時は働き、しっかりとオン・オフをつけて行こうなんて思っていない。

あわよくば一生オフで。
無理ならば働きながら気分はオフで。

働くのは生活なんだからそれが苦になるなんて本来間違っているから。

そう思わないと社畜になってしまう。

頑張って遊ばないといけない。
頑張って遊んでると頑張らないでも遊べるようになるはず。

今までの学生時代は制約が多すぎたし、遊ぶことは悪だった。

遊ぶことは生きることだ。遊ぶことを悪と言うなら生きることへの冒涜だ。

スノボを本気で遊べるようになりたい。
アンブッシュを買うことにした。

ブーツを買うと、当然ビンディングも欲しくなるわけで。
ブーツの性能を活かすビンディングはこれまたお高い。
だが、これも乗りかけた船。
バートンの1番いいビンディングにした。
これもまたしっくりくる。

これを手持ちのボードにつければいつでもゲレンデに行ける。

早く今までと違う足回りを実感してみたいですな。





リリィ曰く、出会った頃の俺は黒いオーラで満ちていたと言う。
何があったの?と聞かれて困った。
父親と喧嘩していた。でも、どうやらそれだけでもないようだ。
考えて見れば、俺が中学の時まで遡ってしまう。

中学生の頃から自分という存在を意識しはじめた。いわゆる自我の目覚め。
自我が目覚めてやったことが3つある。

①なりたい自分のデザイン。
②なりたい自分になる為の努力
具体的には歌を歌い、ギターやベースの練習をはじめた。思想を成長させるために本を沢山読んだ。
③そして空回りしてうまくいかず環境(大人)のせいにした。

中学校が大嫌いだった。昔の低級な軍服がモチーフのダサい制服(学ラン)を強制的に着せられ、一年年上なだけのバカに偉そうにされる。教師は教師で自分が社畜だと理解できず偉そうにするカスばっかり。

これが当たり前のことはわかるが今考えてもあの環境はクソだったと思う。

都合のいい「子供扱い」と「大人の自覚」の理不尽なカクテル。
何の説明や意義もなく勉強をして、毎日学校にくる事が前提とされている。頭のおかしな社会経験のない教師の言いなりになるのが当たり前とされている。

バカで何も感じない人ならどれだけ楽だったのだろう。だが、俺はそうじゃなかった。(当たり前である)不遇な環境(大人)に俺は頭を押さえつけられた。
自らを俺は認め、「間違ったことをしていない」といい聞かせる。
バネが押さえつけられた反動で弾けるがごとく、「怒り」という感情が芽生えた。
きっとそれが黒いオーラの種になったのだろう。

怒りを原動力に俺は今までいた「いい子」の世界に決別することにした。
そして、何も悪いことをしていないのに不良呼ばわりをされるようになった。
夜出歩いたり未成年禁止のものを嗜む程度のことなのに。
腐った大人どもの枠から逃れられたことで高揚感を手に入れた。
これが自分ってやつなのか。
黒いオーラと高揚感は切っても切れないようになってるらしい。

高校の頃受けた軟禁・虐待で人格がすり替わる程黒いオーラは増長し、同時に飢えて餓鬼を呼び寄せた。

双子座。リリィ曰く双子座は性格に二面性(中に2人)があるらしい。黒いオーラの持ち主と白いオーラの持ち主。

久しく俺は白いオーラの持ち主の方を見ていなかった。
リリィと出会った頃、おれはこの人と会うと自然体で居れて、楽で安心ができるということに驚いた。

白い俺を愛し、かといって黒いオーラも憎むでなく認めるリリィに居心地の良さを感じた。

生きてるうちに黒のオーラの持ち主は狡猾に要領が良くなっていく。白いままじゃ尚更生きていくのは難しくなる。

白いオーラがあるのを長らく忘れていた。今まで人に見せることのなかった要領の悪く幼稚な白いオーラ。それがリリィには見えていた。
白いオーラの持ち主は生まれた時から13才までの本来の自分。

その本来の自分で居られるってことが自然体で楽でいられる。

かといって、怒る時にでてきたり嫌な仕事を引き受ける黒いオーラの持ち主。それも含めて自分だからないがしろにするわけにもいかないし、別の人格として尊重するのも二重人格に傾倒してしまう。
二面性のバランスを保つことが必要となってくる。

2つのオーラ。
黒いオーラはかつて餓鬼を呼ぶ程増長した。しかし、怖がることはない。
古傷を忌むこと無かれ。



喉の奥が今までずっと詰まっていた。
そのせいで喋りにくいし、いびきもかいていた。
何の病気か耳鼻科で見てもらったが原因は不明、喉の形にも異常はなかった。
何にもないのに喉が不快になる病気があるらしくそれの漢方薬をもらった。

それを飲んだり飲まなかったりしていた。

今日夢を見た。
ピンク色の肉腫みたいな、2センチくらいの玉が2、3個が喉の中にあるのを。

で、現実に起きた瞬間咳き込んで、その玉と唾がでてきて、布団を汚した。
なんだよこれ、と思いティシュで拭いてまた寝た。

起きたら喉の圧迫感がなかった。
あのピンク玉が入っていたんだな。

なくなってよかった。
リリ曰く、人は魂の場所を探していて、その人が居心地のいいところにいる。
例えば、意地悪な人は意地悪が好きだから意地悪なところにいる。
不幸な人は不幸が好きで、悲劇のヒロインになりきれる場所にいつく。

本当に不幸になりたい奴なんていないが居心地がいいから居座ってしまう。
それも結局自分が望んでいることになってしまう。


この考え方、理解はできるが実感はできなかった。

今日本屋でうろついていた時、幻想文学のところで立ち止まった。
「ちょっと前までこういうの好きだな」と思っていた。

「食とエロス」と見出しがついた雑誌を手に取る。

グラビアがついていて、その写真には可愛くない女がチョコレートソースを口から垂れ流し、血のような苺ジャムを体に塗りたくっていた。

漫画には食べる女にフェティシズムを持つ男の話。

挿絵はグロテスクでエロいものばかり。

ちょっと前まで、俺こういうの好きだったな、と思った。
そこでわかった。俺の前居た魂の場所はここだったのだ。

きっとあの時ならあの絵を見て安心感のような充実感のようなものを感じていたのだろう。それが居場所というものだ。

おれはあんなジメジメして気持ち悪いところにいた。
欲望を肯定していた。それは生きることだから。
欲望を肯定するあまりの過食。それは大罪。
過度のエロス、耽美は欲望を肯定するあまりできた産物だ。
それは背徳で、背徳には良からぬ連中が集まってくる。

欲望を肯定する。それは逆に言うと俺が飢えていたのだ。
俺は欲望に忠実に生き、生を全うしようとした。その行きすぎた欲望の源は生へのエネルギー(エロス)なんかではなく単なる飢えだった。

その世界の深みに嵌るごとに飢えは巨大になっていく。
その飢えが餓鬼を呼んだりしていたのだろう。

今は、あんなものを見ればおぞましいとしか思わない。

俺は飢えていないからだ。それもリリのお陰だが。