海北友雪の龍図 妙心寺 麟祥院 ~京の冬の旅~ | あべしんのブログ

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京都・奈良・滋賀。寺社、古墳、花……、史跡をぶらぶら散策するおじさんの日記です。
京都市内は、ランニングしながら、ぶらぶらしていることもあります。

皆さま、ご無沙汰しております。
なかなか、このブログに手をつけられないでおります。申し訳ありません(!?)。
ちょっと散歩に出かけることができましたので、記事にしておきます。


第53回京の冬の旅(非公開文化財特別公開)が始まりまして、はや一月が経ちました──期日も残り4週間足らずです──。
今年のテーマは「京都に見る日本の絵画~近世~現代~」と言うことで・・。

妙心寺の3つの塔頭寺院が特別公開されています。たいへん“お得感!”があります。それから、妙心寺ならば“散歩圏のエリア内”ですので、とりあえず──拝観させていただきました。

1箇所目は、麟祥院です。
徳川3代将軍·家光公が、春日局の冥福を祈るために創建した妙心寺塔頭寺院です。大きい方(春日局の墓所がある方)の‘麟祥院’は江戸(東京)にあるそうですが、こちら(京都)にも建てられたみたいです。
元々は、この東側(現在の花園高校の敷地内)に今より大きいお寺があったそうですが、明治時代に現在地に移されました──廃仏毀釈の影響(!?)──。


話を「京都にみる日本の絵画」に戻します。

京都の寺院は《美術館のようなもの》ですよね。名はある絵師障壁画が各所にあって・・。
ただ、時代の流れか、多くの障壁画[高精細複製画]に置き換わり、《[実物]は博物館で見よう!》と言う流れになってきていますよね。ちょうど今《その過渡期》のようで!

久しぶりに公開されています、ここ麟祥院でも、上の門前のパネルに見えます「雲龍図」[高精細複製画]に替えられる最中のようです。
対になっています、東西2面のうち、東面の「雄龍図」[高精細複製画]だそうです。そして、西面の「雌龍図」[実物]だそうです。
よく見ますと、[実物]の方には傷があったりしますし、量感も違う感じ画します。また、雲や鱗の絵の具の薄れ具合も微妙です。

今回、[実物][高精細複製画]を見比べることができます。それから、次の特別公開を考えますと《寺院で“ホンモノ”見る最後の機会》かも知れません。
そして、同じ海北友雪の「西湖図」「瀟湘八景図」も見ることができます。
江戸時代前期の「近世絵画」にご興味のある方は、是非“美術観賞”に出掛けられては・・。
麟祥院は、妙心寺の北門側にあります。

それから、京都の寺院と言えば「お庭」ですよね。
お庭を眺めながら、‘ぼおーっとする時間’を過ごすのもいいですよね。

因みに、上の写真の左端に写っていますのは、御霊屋(おたまや)です。小堀遠州作と伝わります春日局像が安直されています。
この御霊屋は、春日局後水尾天皇から仙洞御所の建物(釣殿)を下賜されたものだそうです。前にも何回か書いていますが、現在の京都御所の建物は“最近の”ものですよね。15~16世紀の御所の“歴史的建造物”を見るならば、仁和寺大覚寺をはじめとする洛中洛外の寺院に行くのがいいですよね。これも、そのうちの一つです。

それから、このお庭は“小堀遠州風”だそうですが、お寺は春日局の嫁ぎ先の稲葉家ゆかりのものですので・・。
淀城から移されたシャチホコがお庭に配されていました。

最後に、余談ですが──。
麟祥院の向かいの並びにあります、塔頭寺院天球院も、この度、特別公開されています。
天球院につきましては、以前に記事にしましたので詳しく書きませんが・・。
こちらでは、京狩野派の狩野山楽・山雪(山雪山楽の養子)の障壁画を見ることができます。

考えてみれば──。
お父ちゃんの狩野山楽は、元々は浅井家臣の家に生まれました。浅井家織田信長に滅ぼされて、豊臣秀吉に仕えたのですが・・。
秀吉の命により狩野永徳の弟子になり、絵師として身をたてることになったのです。
「君は絵の方が向いてるみたいだから、絵師になりなさい」って感じでしょうか?

話を、海北友雪に変えますが──。
友雪のお父ちゃん(こちらは実の親子)の海北友松も、やはり浅井家に仕える武士の家に生まれました。そして、やはり友松も、時代の流れに翻弄されてか、海北家再興を目指すもかなわず、絵師として身をたてることになりました。

もしも、両者が──。
浅井家ゆかりの豊臣家ゆかりの武士として過ごしていたとしても──。
その後、幾度かの“天下分け目の戦い”で敗者側に着いていれば、滅んでいた訳ですから。
「絵師で良かった!」ですよね。今、こうして、4世紀後の人々が、その生きた証を感じているのですから・・。

そんなことを考えながら、天球院も拝観してみるのものいいかも!


あっ、それから!
さらに余談ですが──。
友雪のお父ちゃん(海北友松)の「龍」については、近々、レポートするかも知れません。