三体Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ(早川書房) | 走りーまんは少年野球を応援します

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 このたび、ようやく中国SFの超大作を読み終わった。三体Ⅰと三体Ⅱ(黒暗森林)を読了したのはだいぶ前なので、読んだばかりの三体Ⅲ(死神永世)についてメモ書きを残しておく。

 

 

 

 



 大雑把に三体シリーズのストーリーを振り返ると、数十年前に起きた中国の文化大革命で人類に絶望した女性科学者が、宇宙にコンタクトをはかり、地球の存在を知った三体文明との長きにわたる対立が始まる…というものである。

 ※以降、ネタバレ含みます。

 三体Ⅰは、文革で人類に絶望した葉文潔が太陽で電波を増幅させる手法で地球外知的生命体に向けて発信。それを受信した三体星系の文明が、地球侵略をはかる、というお話である。暗い文革の描写から始まり、三体星系によるプロパガンダであるVRゲームでやたら中国の歴史が出てきたり、どうなることかと思ったが、なかなかそれはそれで今までに無い魅力があった。だんだんと後半は三体星系による工作を暴いていく話になり、スピード感が出てくる。最後の客船をナノワイヤーでぶった切るシーンは迫力があって良かった。最後に人類は「虫けら」呼ばわりされて終わるわけだが、「ここから長きにわたる地球VS三体の戦いが始まったのだ…」という序章感にあふれており、とても良かった。

 三体Ⅱ(黒暗森林)は、一気に未来を舞台にした話になる。三体文明が攻めてくる、にも関わらず、智子によって地球の科学技術発展は妨害されて筒抜けになっている。ただし、人類の思考だけは三体文明には読み取れない。このために起案されたのが、「面壁計画」だった。最初のアリの描写が、最後の暗黒森林理論に結実するストーリーテリングが秀逸だった。さらに、4人の面壁者と破壁人との頭脳戦もスリリングで良い。人類の科学が進歩して「良かった、良かった」の空気をドローンの水滴がぶち壊していく様も絶望感があって好き。でもなんと言っても、最後の最後にたった一人で三体文明と対峙したルオ・ジーが格好よすぎて物語の絶頂を迎える。シリーズ3作の中でも最も人気があると言われているのが頷ける。確かに物語としての完成度は3作の中で一番高かった。

 そして三体Ⅲである。これは、賛否分かれるだろうな、と思う。

 あらすじは、と言われても、読んだ人には分かるが、なかなかあらすじを描きにくい。少し無理矢理にまとめると、面壁計画と同時に進んだ「階梯計画」というものがあった。これは人類の脳だけを三体星系に送り込むスパイ計画だった。なぜなら三体星系は人類の思考を読み取ることができないからだ。この計画に貢献した若き女性エンジニア、チェン・シン。この女性が本作の主人公となる。チェン・シンはルオ・ジーの後継者として抑止力の行使役を担うが、引き継ぎ後わずか数分で三体星系の攻撃を受けたのに抑止力を行使できない。宇宙に残っていた艦船が結局、三体星系の座標を発信することで事なきを得る(得ていないが)ものの、結局それは地球の座標も全宇宙に発信することになり、地球は来る最終攻撃に備えることになる…というものである。最後の最後はもうアレなんだが、まあ、そこは読んでみて、と。

 正直なところ、前作の黒暗森林の物語としての完成度が高すぎたため、個人的には少し残念な作品となってしまった。それでもその壮大さ、面白さは素晴らしいものである。気になった点をいくつか。

①風景描写、背景描写、科学描写が前作までと比べて雑になっている
 本作は、冷凍睡眠技術が前回よりも高頻度で登場し、簡単に言ってしまえば、都合良く主人公が歴史的な転換点に居合わせる。そのため本作を「テンポが良い」と捉える向きもあるが、私はなかなかそう思えない。どうしても「ご都合主義」に傾くし、「当該シーン」をつなぎ合わせるだけでは小説は成り立たないからだ。

 特にその世界を実感させる(一見冗長でも)描写が減った結果、やはりストーリーに没入することが難しくなった。さらにⅠ、Ⅱよりも未来の話になるため現実感に乏しく、それを頭の中で再現させるにはより丁寧に細部を描写しなければならないにも関わらず、そこが雑になってしまったのは致命的だった。

 なかなか具体的には難しいのだが、少しだけ例を挙げてみる。オーストラリアの大移住は、前代未聞のプロジェクトであるだけに、もう少しプロセスの描写がほしかった。艦船が出くわす「4次元」についても、発生の理屈が今ひとつ伝わってこなかったのでディティールがほしい。三体星系が天明を保護した狙いは何だったのか、どのように発見されたのか、何故厚遇されたのか--描写が欠けすぎていて、今ひとつのめり込めなかった。

 特にウェイドに経営権を譲るするあたりから加速感がひどくて、もっと丁寧にできなかったのかと残念な気持ちになった。

②主人公に共感しにくい
 ネット上で主にたたかれている理由がこれ。私は、別に主人公に欠点があることは問題ないと思う。だが、行動に必然性がないのと、あまりに世界に重用されすぎている理由が乏しいことが引っかかった。

 そもそもチェンシンはなぜいきなりソードホルダーになれたのか。女性や母性といったキャラクター、そしてPIAで重要なポジションを担ったバックグラウンドは理解するが、それだけで人類の未来を託すに値するかというと疑問だ。特にソードホルダーはたぶんに政治的な役割を担うし、決断力やある意味での冷酷さが必要なことは、読者の中でも当然想起される。つまり「主人公だからソードホルダーにした」それだけではないかと思ってしまう。このあたりも先述したご都合主義につながる。あくまで物語としての(つまり小説内の世界における)必然性がないと、それは物語として機能せず、読者は置いてけぼりをくらってしまう。

 もう一つ、どうしてもアレだったのが、天明の存在、なんだと思ってんの?ということ。あれだけ自己犠牲を払い、そして人類に対してすさまじい執念でヒントを送った天明。そして星をプレゼントという今時めずらしい甘ったる~いロマンチズムを据えてまでいたのに、最後ナレ死みたいなことさせるの、理解に苦しむ。あの千数百万年タイムスリップするくだり必要ですかね?

③ハードSFに一気に振れすぎている
 物語の後半は、特にハードSFに振り切れる。訳者あとがきで、前2作が商業的成功を念頭に置いたために最終作はあえて作者の趣味に走った、的なことが書かれているが、それ自体は構わないと思うし、一定層の支持があるのも、まあ頷ける。しかしですね、これまでのテンポで読んできた読者には、このスピードアップというかギアチェンジは、どうしてもついていけないレベルだと思う。あくまで、お話として風呂敷をたたんでいくことを大事にしてほしかった。この辺は特に三体Ⅱの完成度が高かっただけに余計に見劣りしてしまう部分もあるかと思う。

 逆に素晴らしかったと思う部分ももちろんある。特に寓話の完成度と、その後の謎解きの部分だ。

 天明がチェン・シンとの面会で語った寓話には、人類に対する助言が巧妙に隠されていた。中世風のお話ながら、非常に完成度が高く、すんなり読み進めることができた。この手の「物語の中の物語」はポピュラーな手法ながら、相当に作り込まないと読者も白けてしまう。寓話としての完成度もさることながら、その後の解読も非常にワクワクさせられた。

 冷静に考えれば(いや考えなくとも)「チェン・シンはこれ一発で全部覚えきれたんかい、ありえへんやろ」とか「唐突に寓話を延々と続けたら、さすがに三体人も怪しむだろ」「時間オーバーでも思いやりって、三体人のキャラと違うやろ」--等々ツッコミどころは沢山あるわけですが、それも「まあご愛敬だよね」とスルーできるくらい面白い読書体験だった。

 あと、暗黒森林攻撃ですよね。これは伏線が引いてあったこともあって、なかなかにドラマチックだったし、今まで読んだことのない強烈な描写だった。3次元を2次元にしてしまう、という科学的説明がもう少し丁寧だったら、余計に心躍っただろうな、と思ってしまう点が唯一残念である。


 しかし、3作通して、久々にガッツリのめり込めるSF大作を読めたな~、というのが率直な感想である。SF大作といえば、僕のイチオシはもうハイペリオンシリーズで譲れないのだが、それを彷彿とさせる読み応えのある小説だった。

 なんでも「三体X」という公式スピンオフがあるらしく、いや、もう既に買ってあるのだが、これも少し時間をおいてから読みたいと思う。