※本記事、公開から一日経って、放言し過ぎたなぁと思い始めまして。加筆・修正を始めました。短慮&舌足らずで面目ない…
※いろいろ気を遣ったら放言じゃなくて意見言上程度になっちゃった。放言だなんてするもんじゃないですね。やれやれ…
※赤いのが加筆部。


話題の南スーダンですけども。
もう「日誌は破棄しました」とか「やっぱりありました、順次公開します」とかじゃなくて。
ジャーナリスト随行させて、現地で起きていることをテレビに映しなさいよ。このご時世に、なんで何ヶ月も前の出来事を、いまさら紙媒体のリソースから知らなきゃいけないのよ。アナクロの極みやんか。
と、思ったけど違うのか。そう言えばベトナム戦争でアメリカが世論の支持を失って以来、戦争(と、私は南スーダンの状況を認識してますが)を自由に報道させる事はなくなったんだ。日本国民は自衛隊の活動状況を知る事は出来ないんだ。日本だけでなく恐らくどこでもそうだけども、それ自体が民主主義の限界を示している。

「戦闘があったと日誌に書いてあるのは一般的な用語としての戦闘であって法律用語としての戦闘行為じゃない」って、傑作です。面白い!
けっきょく自衛隊は、どこには派遣しちゃいけないのか。「戦闘」と「戦闘行為」の間に境界線を引くのが本意なのか。いや、まさか。そんなものは詭弁以外の何物でもないでしょう。自衛隊を南スーダンに派遣する事は前提で、自衛隊の役割を拡大する事も前提で、その既定路線に沿って現実を解釈するために、語の定義を弄んでいるでしょう。
しかし、それをやっても政権の支持率に致命傷は受けないと考えているから、こんな強引な事をするのでしょう。その支持率を与えているのは我々国民だ。如何なものかと思います。

日本は戦争をしないし、戦力も持たない、という平和憲法を前提にするなら、やはり落ち着いた状況の土地にしか自衛隊を派遣してはいけない。その前提で、自衛隊は良い実績を積んできたはずじゃなかったか。そして
南スーダンのPKOはもう失敗しているでしょう。南スーダンは自衛隊の活動場所としては、やっぱり相応しくない。

とは言え、国際社会が介入しなければ南スーダンに人道は無くなる。だから、自衛隊がこの状況に適しているかはともかく、国際社会が介入して戦闘をやめさせられるなら、それは望ましいと思います。
だが、武力介入で本当に現地の状況を落ち着かせられるかどうか…?

乱暴なことを言えば、
あれはもう、双方のリーダー(キールとマシャール)が外道すぎるから、本当に人道を守りたかったら、さっさと両勢力のリーダーを抹殺したほうがいいと思う。といっても国際法を順守する自由主義諸国としては非合法に暗殺はできないから……アメリカ兄貴が「テロとの戦いの一環」と称してターゲット暗殺が主務の特殊部隊を投入……でもトランプアメリカだしなぁ。しかも、別に米軍特殊部隊も無敵というわけじゃない。上記記事にあるチーム6(WikipediaによればDEVGRUというのが正しい呼び名らしい)ではないにしても、ネイビーシールズも部隊ごと全滅したこともあれば、最近も作戦で死傷者が出ているそうな。国際社会による介入、と言うは易く行うは難い。

個人的には、日本を含め国際社会が南スーダンに戦闘力を展開することには賛成です。それがないと、本当に民族浄化が起きる。でも、それは平和維持活動なんて生易しいもんじゃなくて、戦車もヘリも参加したガチ戦闘行為に、多国籍部隊も「喧嘩両成敗!」と言わんばかりに本気で攻撃しに行く、ほとんど三つ巴の戦争を繰り広げるくらいの覚悟になろうかと。民族浄化を止め、ガチ戦闘行為にも巻き込まれないためには、外道の各勢力トップ暗殺作戦(トップだけじゃダメだというなら幹部みな殺し!)は不可欠と。
それくらい、あの土地は地獄なんじゃ無いでしょうか。しかも、アメリカは(これはオバマ政権時代からそうだし、もっと言えば程度の差こそあれベトナム戦争やソマリアでの痛手からずっと続いていると思いますが)この状況に本気で関わる気がない。正直、見通しは暗い。
怪我したくないなら、関わっちゃいけない案件と思いますが、放置したら人道が死ぬ。もう散々やってきちゃってますけど。人道の見殺し。しかし、恐らく手をつかねて見殺しにしてきたわけではなく、志のある人が必死に関わろうとして、声をあげて、それでも見殺しになってきたのがアフリカの人権だろうから…

お気楽なブログが口を突っ込むには重すぎる事柄でしたね。

ただ、取り敢えず安倍政権の説明は滑稽だと思う。
現地の人権も守られるべきですが、自衛隊員の皆様も無事に帰国していただきたいです。
って、自殺者が出ているというニュースと、それは自殺じゃなく揉み消された戦死じゃないのかみたいな指摘も見たな…
ソース探して貼りたいですが、今は余裕がなく。
こりゃ世界の終わりなんじゃないですかね。我々の知る世界は既に命脈が尽きたのと違うか。

イギリスがEUを離脱するから、ではなく。
トランプ・アメリカになっちゃったからでもなく。
北朝鮮の金正恩同志が核をオモチャにするからでもなくて。

プーチンですよ。問題はプーチン大帝だ。
もう、世界は「ザ・ワールド・オブ・プーチン」になっちゃったんじゃないかね。

そう思う根拠を述べよう。

第一に、とにかくプーチンに違を唱える者がいない。
最後の決め手はもちろん、トランプがプーチンわっしょいしながらアメリカの大統領になっちゃった事だけど、本邦日本の安倍総理も、人権も民主主義もこれっぽっちも尊重する気の無いプーチンさんと故郷山口で仲良くしようとしたりしてる。挙句、いいようにあしらわれた。大帝に秋田犬を献上しようとして断られたそうだが、貰ってもらえなかった秋田犬と安倍総理は、どこか似ていると思う。
いや、失敬。我が国の首相のマヌケっぷりは、もうこの際どうでもよろしい。対オバマでは、よく頑張った事も認めよう。他に首相が務まる人間がいない日本政治の御寒い現状も、ついでに認めよう。そんな事よりプーチンだ。
気付けば世界はプーチンと仲良しの独裁者だらけではないか。フィリピンのドゥテルテ、シリアのアサド、トルコのエルドゥアン、東欧にも一人二人、似たような奴がいたように思う。エジプトのシーシ大統領も独裁っぷりがひどいようだが、まだプーチンと蜜月、というわけではないかな? それにしても、プーチンを兄貴のように仰ぎ見る独裁者の専横をだれも止められない。世界はついこの間、特にアラブ地域で次々と独裁者を倒したじゃないか。あの流れはどこに行った。頼りになるのはドイツのメルケル首相とイギリスのメイ首相くらいか。(別に関係ないと思うが、どっちも女性だ)フランスはオランド大統領が、気付けば韓国のパク・クネ並の支持率だそうだ。これでフランス大統領に極右のルペンが当選したりしたら、「先進国」も独裁者だらけになりかねない。イタリアは首相が憲法改正の国民投票で敗北して、ついこのあいだ辞職した。ボロボロだ。

第二に、プーチンが国内基盤を固めすぎている。
どんな政治家も、国際社会で外交を展開する以前に、国内で政敵に負けない事が重要だ。民主主義国家のリーダーは、選挙と国民の支持を気にしなければならない。(加えて、独裁化を回避するために、どんなに人気でもだいたい8年くらいしか政権を維持できない規定があったりする)しかし、独裁者は一般的に選挙や国民の支持を気にしなくてもいい。選挙なんて在って無きが如しだし、国民の中に批判勢力が生まれたら弾圧して物理的に抹殺すればいい。それでも反政府勢力の攻撃や暗殺の危険には怯えなければならないものだが、プーチンは(過去に何度も暗殺の試みはあったらしいが)多くの独裁者の中でも、特に国内の勢力維持に成功しているように見える。プーチンはもうすぐ20年になんなんとする長期にわたり世界の有力なリーダーであり続けており、国内に脅威が少ないため、何事につけ強気に出る事ができる。だから、世界最強の軍事力を誇る米国の大統領であっても、プーチンにかなわない。

第三。プーチンはあまりにも手段を選ばない。
プーチンを批判していたアレクサンドル・リトビネンコをイギリス領内で毒殺したのは、まず間違いなくプーチンの指示に基づくロシアの諜報機関の仕業だろう。この度はアメリカの大統領選挙にも介入したと言われている。では、たとえばある国の政治に介入するために、その国のリーダーを毒殺する事は出来るだろうか。簡単ではないかもしれないが、やって出来ない事はないだろう。
そもそもリトビネンコの一件は明らかに見せしめだ。あの一件に加えて相手の弱みの一つも握って揺さぶれば、道を譲らない他国首脳はいないだろう。

それで、繰り返すがプーチンは人権も民主主義もこれっぽっちも尊重する気が無い。あれは悪魔ですよ。なのに本邦日本の首相はへらへらと歓待したりして……いやそれはどうでもよろしい。
あんなのが幅を利かせて、これから世界はどうなるんだろうか。人権も民主主義も、終わってしまうんじゃないか。まともな世界が終わりつつあるんじゃないか。

なんか不穏な空気だな、と思っているうちにズルズルと皆殺しの目にあった第二次大戦時のドイツユダヤ人の運命が、今度は我々の運命にならないことを祈っているんですが、どうも雲行きは怪しい気がしてならない。
古い記事ですが。
それな! と思ったので引用。


SMAP解散危機、ベッキー騒動は「ニュース」なのか?
2016年1月21日(木)18時00分
志葉玲(フリージャーナリスト)Newsweek日本版

「僕も中東での戦争などのニュースをもっと取り上げたいんですが、そういうのは、視聴者から敬遠されるらしい。テレビ局では、リアルタイムで視聴率をモニターしているんですが、ニュース番組中、戦争のことをやると、見事にそこだけ視聴率が落ちるんですよね...だから特集企画も通りづらいんです」
あえて、強調するが、マスメディアの中にも、ジャーナリズム精神を持った有能で良心的な記者やディレクターは確実にいる。だが、彼らが十分、やりたいことをやれず、そのジャーナリストとしての能力を発揮しきれないのは、彼らだけの問題ではなく、間違いなく視聴者や読者側の問題でもある。より多くの人々が社会的なテーマや政治、国際情勢に興味を持ち、良心的な仕事ぶりにはエールを送るなどをしたら、日本のメディアはもっとマシになるのではないだろうか。メディアは単に批判するだけのものではなく、育てるものでもあるということを、多くの人々に考えていただければ、と願う。