私の世界観 第2話 母の背負った孤独① | 20代の引きこもりを解決!  “人生どん底”から抜け出す  親子のリスタート実践プログラム

20代の引きこもりを解決!  “人生どん底”から抜け出す  親子のリスタート実践プログラム

今からでも遅くはありません。最悪な関係になっていたとしても、親が子どもを信頼するための心の在り方を知り、具体的な方法「聞くこと」を実践していくことで、安心感を持って子どもの将来を信じて見守ることができます。

こんにちは、安藤ひさこです。

 

昨日から私の世界観ブログとして記事を書いています。

 

早速3人の方がメッセージをくださいました。

 

ありがとうございました。

 

とてもありがたく思いました。

 

ここまで書いていいのかなとドキドキしているところもありますが、自分と向き合うために書いていきますね。

 

 

 

まだお読みでない方は、こちらをお読みくださいね。

 

私の世界観 第1話~双子で産まれた私。

 

 

今日は第2話 母の背負った孤独①

 

 

27年前の母と私です。

 

3姉妹の三女だった母、幼少期に実父の弟夫婦に養女に出されました。

 

上の二人のお姉さんは母が3歳になる前に二人とも亡くなっています。

 

当時はチフスでなくなる人も多かったのです。

 

そして実父も母が2才の時に亡くなってしまいました。

 

なので、実母は母を実父の弟夫婦に養女に出したのです。

 

 

 

のちに、実母は父親違いの妹を産んでいます。

 

今はこの叔母だけが母の身寄りです。

 

 

 

母は幼少期から愛されることを知りませんでした。

 

養父母(のちに私にとっては同居していたおばあちゃん)は下宿を営んでいました。

 

当時戦時下では下宿の学生さんがなによりも優先。

 

母はいつも食べるのも残り物。

 

おねしょをすると、おばあちゃんに真冬でも裸で外に放り出されることもあったそうです。

 

母にとって厳しい幼少期でした。

 

そんな中、おじいちゃんは母を大事にしてくれたそうです。

 

茶華道や和歌をたしなみ、学問を大事にするおじいちゃんの影響で、母は勉強に励みました。

 

名門の女子高におじいちゃんは母を進学させました。

 

でも大学に進学したいと望む母に、おばあちゃんは「女に学はいらん」と大反対。

 

母は進学をあきらめました。

 

この頃、初めて自分が養女だったと知った母は、心がくじけてしまったと後で話してくれました。

 

 

そしてその後結婚したのが父。

 

柔道が強く国体選手でもありました。

 

当時某自動車メーカー勤務でした。

 

 

 

母の友達の紹介で知り合い結婚。

 

ようやく母の孤独は解消されるはずでした。

 

 

 

が!!!この父、3人男兄弟の末っ子。

 

国体に出たということで田舎のヒーローになっちゃって、おばあさんに散々甘やかされてきました。

 

だから気に入らないとちゃぶ台をひっくり返す、暴れる。

 

上司が気に入らないことを言ったと言っては殴り、会社を辞めることを繰り返すのです。

 

どうしようもないダメ男。

 

なのに、ぱっと見、優男なのでモテる。

 

で、浮気を繰り返し、母が妊娠中にも相手の女から何通も手紙がきて「旦那と別れてくれ」

 

母はそれも耐えていたのでした。

 

 

 

ところが母を大事にしてくれたおじいちゃんが、私たちが生まれる半年前に死去。

 

父は目の上のたんこぶがいなくなったとばかりに遊びたい放題になりました。

 

 

 

出産後も母は私たちを育てながら、いつも心穏やかではなかったそうです。

 

孤独を抱えながら幼少期から気丈に生きてきた母。

 

母にとって父の裏切りは、養女である事実を知った時と同じくらい、他人を信じる気持ちを打ち砕いたものだったと思います。

 

 

次の記事はこちら。

 

最後までお読みくださり、ありがとうございました。