早足で駅に辿り着き、電車に乗った。家へ帰る。さすがにこの時間だと座れるな。



「おい。」



 いきなり肩に手を置かれた。ケイだった。



「はっ?何?お前何で…。」


「お前が何だよ!駅に着くまでずっと俺のこと無視しやがって!」


「え?ずっと付いて来てた?ごめん、素でわかんなかったわ。」


「お前今日どうしたの?大丈夫?何かあったんなら話せよ。」



 ケイが急に真面目モードになった。いつもお調子者だが、悩み事なんかを話すと真剣に考えてくれるいい奴だ。



 さすがに頭おかしいって思われるか?俺。でもまぁケイになら…。



「あのさ、リーチ・ヘヴンできたじゃん。あれ、なんかおかしいと思うんだよね。」


「リーチ・ヘヴン?何が?何がおかしいの?」



 ユーマは昨日からの一連のことを全て話した。思いの外、ケイは真面目に聞いて、真に受けている様子だった。



「でさ、しかもこれ。父さんからのメール。」



 そのメールを読んで、ケイが口を開いた。



「おい、これ、何かあるわ。てかさ―――。」


「何?」


「そのメール、いくら俺でもさ、見ちゃって良かったわけ?なんか超意味深じゃん。それ。」



 意味深?どういう意味でだ?



「いや、そのさ、もしかしてだよ?あくまで可能性だけど。ユーマの親父さんがなんかその一件に絡んでるぽくねぇか?」



 父さんが?リーチ・ヘヴンとどういう関係に?



「いや、見てくれて良かったよ。俺もそう思ってた…俺だけじゃ、どうしようもねぇし。」



 あっと言う間に、降車駅まであと1駅の位置であった。

「おはよーーー!」



 ユーマのクラスメイト、ケイ。クラスのムードメーカーだ。ユーマとは幼稚園の頃からの幼馴染。高校生になった今でも互いに一番の友達である。



「よ、ユーマ。おはよ。」


「おう。おはよう。」


「どうしたんだよ。元気ねーじゃん?変なビデオ見て寝てねーんだろ。」


「ばーか、お前と一緒にすんなよ。」



 リーチ・ヘヴンについてこいつに言ってもなぁ。そもそも知ってんのか?電流のこと。



「あ、てかさ、さっき駅の掲示板で見たけど、第二中で集団食中毒とか何とか言ってたぜ。レナちゃん大丈夫なの?」



 …食中毒?



 ちゃんと理解できなかった。食中毒など想定外である。



「…ごめん、ケイ。俺今日サボるわ。」



 ユーマはそう言って鞄を引っ掴むと教室を後にした。



 食中毒なわけねーだろ。



 根拠は無い。が、そう確信していた。絶対に、リーチ・ヘヴンに関係あるはずだ。



「あ、もしもし母さん?なんか二中で食中毒って…。」


「そうなのよ…レナも倒れたみたいで…今ナカノさんと病院に向かってるんだけど、みんな意識が無いみたいで…レナ大丈夫かしら、どうしたらいいの、一体何が…。」


「母さん!しっかりしろよ。大丈夫だよ。食中毒ぐらいでへこたれる様なやつじゃねーだろ。とにかく落ち着いて。何かあったら連絡して。」



 食中毒じゃないことは確かだ。この勘は当たってる。ユーマはそう確信した。携帯でニュースを確認する。確かに、第二中での集団食中毒について報じられていた。



 食中毒じゃねーだろ。ちゃんと調べろよ。


 俺が、真相を突き止める。

 翌朝、ユーマの通う高校。1人の女子生徒が暗い顔で登校して来た。



「サキどうかしたの?今日元気ないじゃん。」


「うん。ママがね、倒れちゃって。昨日。」


「えっ、大丈夫だったの?今日学校来ていいの!?」


「うん、今病院にいるけど落ち着いてる。こんなこと初めてだったからさ、びっくりしたし疲れちゃって。」


「大変だね。何か困ったことあったら言ってよ。」



 ユーマはその会話を聞いていた。昨夜、ユーマの家の近所でも、人が倒れて救急車で運ばれた。日中、リーチ・ヘヴンを見に行き、間近で放電を見たという老夫婦だった。



「何ともないみたいで良かったけどさ…どうしちゃったんだろ、急に。」


「お母さん疲れてたんじゃない?それか夏バテとか。」


「やっぱそうだよね~。もう歳なのに昨日あの暑い中友達とリーチ・ヘヴン見に行ったみたい。熱中症か何かかなぁ。てかあたし今日夕飯作んなきゃいけないんだけど!」



 リーチ・ヘヴンを見に行った?ということは放電も見たのか?



 ユーマの中で、そのことは昨夜の老夫婦の1件とリンクした。いや、でも、まだたったの2例だ。偶然である確立の方が高い。もし、もっと同じような事例があれば…。



 あの電流、そんなに強かったのか?感電したとか?でもそれならその場で倒れてもおかしくないよな…。そもそも、倒れたことと関係あるのかもわかんねーか。



 妙に色々と考えてしまう。それに、父親のメールも気になる。タイミングもタイミングだ。そして、ユーマは突然思い出した。妹、レナのことである。現在中学2年生のレナは、最近反抗期なのか、母親とも、ユーマとも、あまり口をきかない。久々に帰って来た父親ともあまり話さなかった。だから昨日の食卓でもいつも通りほとんど喋らなかった。だから気づかなかった。しかし、昨日の朝、母親がレナに言っていた。



「レナ、今日リーチ・ヘヴン見に行くんでしょ。プリント出さないから勝手に見ちゃったわよ。ほらお弁当。今日は好きなの入れといたから。」


「何勝手に見てんの?お昼だって買うから別にいらなかったし。」


「じゃあちゃんとプリント出して。ほらもう時間よ、行ってらっしゃい。気を付けてね。天気良くないみたいだけど、写真撮れたら撮って来てね。」



 あいつ、昨日あの放電を見たかもしれない―――。



 嫌な予感がした。そういう予感は当たるものだ。


 午前、8時30分頃。ある中学校で、多くの生徒が一斉に気を失った。

「おい、ちょーあれ見ろよ。あの白い塔。なんか雷的なの出てるけどいける?」


「うわマジだ。電気出てんじゃん。こえー。」


「できたばっかなのになー。まあとりあえず今日カラオケ半額だからさー。」


 天気は曇り。蒸し暑い昼下がり。数多くの国民が、電波塔、リーチ・ヘヴンから稲妻の様な電流が放たれるのを見た。しかし、駅前を歩く人も、買い物帰りの主婦も、コンビニから出てきた人も、だからと言って特に不安がるわけでもなく。むしろ、今にも降り出しそうな雨の方が気がかりであった。



 夕方、とある家庭。高校生、ユーマの家である。



「母さん、今日見た?リーチ・ヘヴンから雷みたいなの出てたよね。」


「それ見てないのよ。でも今ニュースですごいやってるわ。事故かしらね?」



 ただいま、とも言わず、ドアを開けると靴を脱ぎながら母にそう尋ねた。帰りのホームルームの際、ぼーっと窓の外を眺めていると、リーチ・ヘヴンから電流が放たれるのが見えたのだ。



「俺見たけどさ、なんかすごかったよ。まぁ何でもないっぽいけど。」


「事故だったら怖いわね。停電とかあるのかしら?」


「停電はないんじゃん?電波塔って何する塔か知らないけどさ。今日夕飯何?」


「もう今日はおそうめんでいい?暑いしちょうどいいでしょ。」



 母、息子、娘。いつもの楽しい食卓である。食事の最中、ユーマの携帯が鳴った。父親からのメールだった。



『ユーマ、変わりは無いか?もし何かあったらすぐ父さんに知らせなさい。仕事用の方ならいつでも連絡つくからな。じゃ、2人を頼むぞ。またすぐ帰る。』



「父さんからメールだ。変わり無いかって。今向こうは午前中とかかな?てか今どこにいるんだろ。」


「さあね。動き回ってる人だから。またしばらく帰って来ないわねぇ。さ、早く食べちゃって。」



 いつもこんなメール送って来ないのに。2人を頼むぞって何だ?



 珍しい父親からのメールに、何かいつもと違うものを感じ取った。“2人を頼むぞ”というこの言葉が引っかかる。母親に言うと同じ様に、もしくはそれ以上に不安がるだろう。だから言わなかった。まるで、何かあるかもしれないみたいじゃないか。



 考え過ぎか。そりゃこの家に男は俺1人だもんな。しっかりしろってことだよな。



 ユーマは勢い良くそうめんをすすり、口をいっぱいにして席を立った。



「ユーマ先にお風呂入っちゃって。ユーマ入んないならレナ入って。」


「俺入るよ。今日早く寝たいし。」



 もう一度先ほどのメールを見た。



 ま、大したことじゃないでしょ。

「では、今日の会議としてはこの辺で…。」


「そうですね、ではまた後日。」


「解散。」



 大人たちは席を立ち、静かに部屋を出るとそれぞれがいつもの彼らへと戻っていった。



 “不在着信3件”


 ある男の携帯の画面。うち1件は息子からのものだった。



「もしもし?電話何だった?」


「あ、いや、今日さ、母さんの誕生日だから何か買って来てくんねーかなと思って。俺はもうケーキ買ったんだけど父さんからも何かあると喜ぶだろーなと思ってさ。あ、でもあれだからね、忙しいならいいよ!」


「そうだな…せっかく今は日本にいるしな。何か買ってくよ。あ、別に忘れてたわけじゃないぞ。」


「わかってるよ、そんなの。って忘れてただろ?まぁいいよ。とにかくさ、今日は帰って来てよ。じゃ、ちょっと電車乗るから俺。じゃーね。」


「ああ。気を付けてな。」



 そうか。今日は誕生日なんだな。俺のいない間にまた歳を取って…。



 1年のうちほとんどの日数を海外で過ごす国際的な政治ジャーナリスト、サトウは、早めの夏季休暇ということで、3日前から日本に帰って来ているのだった。と言っても、何か重大な事件が起これば即出国ではあるが。家族は妻と高校生の息子、中学生の娘。日本にいる間は、なるべく家族と家で過ごすようにしている。



 花にしようか。ユリが好きだしな。



 その時、日本上空で起きた、とある小さな変化。それを知らせる電話が、サトウのもう1台の携帯を鳴らした。



「サトウさん、今解散したばかりですが、早速変化が見られたようです。そんなに規模は大きくないので、大丈夫かと思いますが…。」


「A-20か?またいつものやつだろ。もし大ごとになりそうだったら知らせてくれ。」


「はい。ではまた。」



 サトウは電話を切りながら、高くそびえ立つ塔に目をやった。ちょうど1年前に出来上がった、世界最高の高さを誇る電波塔である。いつ、どこからでも見える。青い空に良く映える、高い高い、真っ白な塔。天まで届く、リーチ・ヘヴン。



 さ、ユリを買って、シャンパンでも買って帰るかな。



 気だるい暑さの、よく晴れた午後だった。