読売演劇大賞 追記あり | 温故知新 YEBISU NOTE

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 京都での学生時代、関西ローカル番組で「そとばこまち」という劇団のメンバーが映し出され、なんとなく興味をもった。ただ、実際にその劇団を見だしたのは、自分自身も学生を終える頃だったと思う。その頃、その劇団の演出、主宰をしてたのが看板俳優でもあった、つみつくろう=辰巳拓郎

後に、NHKの朝ドラの主役として俳優デビューする。座付作家だったのが安田公堂=蒔田光治「トリック」等のテレビプロデューサー(東宝)


因みにそとばこまちという劇団名は三島由紀夫の戯曲集「現代能楽集」の中の一編、卒塔婆小町より


辰巳拓郎が抜けるころ、看板俳優として注目され出したのが、同志社大学喜劇研究会から移籍してきた槍魔栗三助=生瀬勝久。この人の無名時代から舞台をみているが、舞台上での存在感はすごかった!その生瀬勝久に続く位置にきたのが、山西あつしだった!この人は京大工学部の学生で、卒業後は一旦、一般企業に就職してたと思ってたので、2000年代あたりからテレビで見かけだしはじめたときは、えっ👀⁉️と思ったが、意外とよく見かけるので、流石だな!

とも思っていた。特に、相棒で

あの水谷豊を相手にして、ごく自然に「暇か?」と声をかけることができるのもまた凄い(笑




その山西、本年、読売演劇大賞

の最優秀男優賞受賞、それに加えて芸術選奨の演劇部門ということで、一気に注目を浴びている。

演劇大賞での受賞スピーチで、

「生瀬勝久さんに出会い人生が狂った」とか言ってたのには笑ってしまった。しかし、ホント、感無量の彼を見て、80年代のそとばこまちを知ってる自分もなんか自慢げな気持ちになれた。


男優賞は、山西だが、女優賞は池谷のぶえ、この女優さん、あまり知らなかったのだが、一昨年だったか、映画「浅田家!」をみたとき、ストーリーには特段関係なく、出番も少なかっのだが、なんか滅茶苦茶存在感がある人だと驚いたことがある!!!→ホント、凄いインスピレーションというか、この人は何者だ!!と脳天直撃されたような不思議な気持ちになった。受賞スピーチも「芝居」というものにやや距離をおきながら見ているような気もしたし、言葉の端々にウィットを感じさせた。



大賞とかにも触れたいのだが、近頃、芝居をみていないのでなかなか書くことが出来ない。しかし、やはり、芝居をみようと思えばやはり、首都圏か関西圏かどちらかに住んでいなくては、話しにならないと思えてきた。昔は、Eテレで日曜夜に芸術劇場で舞台劇を見ることが出来たが近頃はやってるかどうかもわからない。銭はかかるが、上質の芝居が見たいものである。


というか、山西にしても池谷にしても、人物像は印象的であるが、

作品は見ることができていない。


TDLやらUSJ、あるいは雑多な繁華街などどうでもよいことであるが、都会に住むとしたら「劇場」は絶対に欠かせないものである。



本年の読売演劇大賞受賞 
演出家の藤田俊太郎さん

 




 追記  書き忘れていたが、「そとばこまち」はもともと、京都大学内の演劇サークル。上記した辰巳拓郎、蒔田光治はじめ、京大生だった者が多い。辰巳、山西ともにクイズ番組によく出てくるのもその影響があるかも、、

受賞スピーチもみてほしいが、山西は生瀬に出会って人生が狂ったとは言ってなかった!夢の遊眠社など様々な劇団を見て人生が狂った!と言ってた(笑

昨年の主演男優賞の段田安則がプレゼンターだったが、本年の山西の受賞を自分のことのように喜んでいるのがはっきりとわかった。

流石、京都演劇人の仲間。(段田は立命館から東京の夢の遊眠社で演劇人生をスタートしている)


1980年代初期、東京では東大生野田秀樹率いる「夢の遊眠社」が

圧倒的人気!そのころ、関西では、大阪芸大系の「南河内万歳一座」と「新感線」が実力No1といわれていた。そとばこまちは、辰巳、生瀬、山西などのタレントを数多く輩出してる。現在も関西の人気劇団として「そとばこまち」は存在するが、2000年以後、生瀬、山西の退団後は別の劇団のように変わったようである。