カフェでお客と待ち合わせだった。
約束の時間まで少しあったので、先にコーヒーを頼み本を読んでいた。
僕の座った席は店の隅のソファだった。
右手にはパーテーション代わりの低い本棚があり、その向こうは本や雑貨を扱うショップになっている。
「簡単なアンケートにご協力いただけますか?」
「現在お使いの携帯はどちらの通信会社ですか?」
本棚越しに若い男たちの声が聞こえている。
格安スマホの販売キャンペーンらしい。
こちらは声しか聞こえないのだが、優しげで爽やかなお兄さんの声につられてか、引きも切らずにお客が立ち寄っているようだ。
「でもそういうのは家族と相談しないと」とおばさんの声。
「ちゃんと電波つながるんかね」とおじさんの声。
「私そういうのわからんわ」とおばあさんの声。
若い女の子の声も聞こえてきた。
「めっちゃギガ使うんですけどー、家族割とかなってるしー」
「ちょっとプラン調べてもいいですか」とお兄さんの対応は紳士的で優しい。
いろいろとプランご提案中のところに、もう一人の女性がやってきた。
「あやか、アンケート終わった?」
女の子の連れらしい。
「ちょっと待って、いまプラン聞いてるしー」
タブレットを操作する手を止めて、お兄さん、連れの女性にニッコリ笑った(に違いない)。
愛想のいい声が聞こえてきた。
「あ、お母さまでいらっしゃいますか」
「いえ、、、友達なんですけど」
「・・・」
危うく図書館から借りた本をコーヒーまみれにするところだった。
図書館に行くと、玄関の前に何か落ちていた。
キノコか。
キノコだ、やっぱり。
掃除の行き届いた、松葉一本落ちていない玄関先に、誰が落としたのか。
それとも置いたのか。
1階の小川未明文学館で、今日は「食べられるキノコ講座」でもやってたのか。
この暑さに?
童話の入口みたいな不思議さを覚えながら、新しい本を借りて玄関に向かうと、きのこはまだそこにあった。
「お帰りはこちら」と指をさしているようだった。