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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

今なお、泥試合が続いているらしい体操協会。

宮原選手のパワハラ告発以前の話だが、塚原夫妻も体操界に君臨していた女帝(?)に不満をいだき、これに対抗してのし上がってきた経緯があるらしい。

これは、体操協会の運営システムに問題があるのは、間違いないだろう。
このまま塚原夫妻にとってかわるのが、宮川側だとすれば体操界のジャンヌダルとして讃えられ、「歴史は繰り返す」の格言通り、次世代の女帝に君臨する可能性も否定できないだろう。

「久しく権力の座にいると腐る」という格言は、こんな小さな集団ですら当てはまるようである。
結局は、どっちもどっちということだろう。

ネットを見ると天然キャラの高須某が、宮川支援を声高に叫んでいるらしいが、TVなどのメデイアまでがこの尻馬に乗って視聴率を稼ごうとしてる様子を見聞きするにつけ、ある意味現代日本人の軽薄さ、滑稽さを見せつけられているようで眼も耳も痛い。

中国・ロシアをはじめ世界中の笑いものになっていることは容易に予想がつくが、大いに悔やまれる。


「 女帝闘争、体操協会の血塗られた歴史 クーデター、集団ボイコット…
産経デジタル 2018/09/03 17:06

 体操のリオ五輪女子代表、宮川紗江(18)によるパワハラ被害の訴えに、日本体操協会の「女帝」と異名を取る塚原千恵子女子強化本部長(71)と夫の塚原光男副会長(70)は文書や音声データで猛反論した。大揺れの協会だが、お家騒動はいまに始まったことではない。塚原夫妻は46年前、当時の「女帝」にクーデターを仕掛けた側だった。27年前には別の女性幹部らと激しく対立、塚原夫妻に対するボイコットが仕掛けられた。協会の歴史は血で血を洗う女帝の抗争史ともいえる。
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 千恵子氏は現役引退後は朝日生命体操クラブの女子監督を務めるほか、2012年ロンドン五輪では体操女子代表を率いた。息子の直也氏も04年アテネ五輪の金メダルを獲得している。

 順風満帆にみえる体操人生は、激しい権力闘争の末に勝ち取ったものだった。光男氏は1982年、「女帝」と称された荒川御幸強化本部長の「横暴を告発する」と雑誌に寄稿して弓を引き、ついには追い落としに成功した。

 89年に出版された塚原夫妻の共著『熱中夫婦ここにあり!』(実業之日本社)では、選手兼コーチだった光男氏が、“女帝”から、「あなたは選手だから、コーチとしては不適任」と言われ、「頭に血がのぼるのが、はっきりと分かった」と振り返っている。

 選手の選考で不公平が生じていたとし、「このままでは日本の女子体操はまったくダメになってしまう」との問題意識で引退の記者会見を開き、女子体操界の問題を訴えたとしている。
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 千恵子氏は92年8月の「文芸春秋」に『あえて日本体操界を告発する』と題した文章を寄稿。協会がおかしくなった理由として前年のボイコット事件を挙げ、「私たち夫婦の追い落としを狙った行動」と不満を漏らした。
女帝闘争、体操協会の血塗られた歴史 クーデター、集団ボイコット…: 宮川紗江と全面対決状態の塚原千恵子氏。半世紀近く体操界で女の闘いを繰り返してきたという © zakzak 提供 宮川紗江と全面対決状態の塚原千恵子氏。半世紀近く体操界で女の闘いを繰り返してきたという
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 「少しでも選手の力を伸ばすように、選手がやりやすいように考えてやるのが、コーチの役割だ。それなのに、その命がけであるはずの現場で、指導者という立場の人間が、選手の心を傷つけるようなことを言ってもいいのだろうか。私たちは、それだけは絶対に許せなかった」

 歴史はまた繰り返されるのか。」 (msn news)
https://www.msn.com/ja-jp/sports/news/%e5%a5%b3%e5%b8%9d%e9%97%98%e4%ba%89%e3%80%81%e4%bd%93%e6%93%8d%e5%8d%94%e4%bc%9a%e3%81%ae%e8%a1%80%e5%a1%97%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%9f%e6%ad%b4%e5%8f%b2-%e3%82%af%e3%83%bc%e3%83%87%e3%82%bf%e3%83%bc%e3%80%81%e9%9b%86%e5%9b%a3%e3%83%9c%e3%82%a4%e3%82%b3%e3%83%83%e3%83%88%e2%80%a6/ar-BBMNZQ5#page=2

メディアがこぞって塚原夫妻が体操界を牛耳っているとして宮川選手のパワハラ告発を支持しているが、みんながみんな同じ方向を向いていることに違和感を禁じ得ない。

この記事にもあるが、いい年をした大人が「18歳の女の子が命を懸けて言っている」という理屈にもならない感情論を億面もなくとうとうと公言する様子を見ると、この人達の頭の中はロリータ感満載なのかといささか滑稽さを感じざるをえない。

また、宮川選手の記者会見で語る表情を観察していると、どことなく芝居がかっているように見えてこれまた違和感を禁じ得ない。

一方で、塚原夫妻の体操界への影響力が相当なものであることは、森末、池谷などの体操界出身者らの塚原夫妻への批判もあることから権力闘争があることは推測できる。
人が多数集まれば、ピラミッドの頂点を目指すのが出世欲というものが出るが、その手法がすべてパワハラにあたるとも言えない。
逆に上位者の警告や激励、叱咤が自分の気に入らないものであれば何でも「パワハラ」というのもおかしな話である。今回のパワハラ問題はこれに近い感もある。

塚原夫妻を擁護するつもりはさらさらないが、一方の宮川選手のパワハラ発言にもいささか違和感を感じる。どっちもどっちではないかの感が強い。


『体操・塚原夫妻“音声爆弾”自爆の危険 逆にパワハラ立証するようなもの
9/2(日) 12:02配信

塚原副会長は余裕の笑顔!?

 体操女子でリオデジャネイロ五輪代表の宮川紗江(18)が日本体操協会の塚原光男副会長(70)と妻の千恵子女子強化本部長(71)からパワハラ行為を受けたと告発した問題が、混迷を深めている。31日には塚原夫妻が文書で見解を発表。宮川に対して不適切な発言があったことは認めたものの「宮川選手を脅すための発言はしていません」と、パワハラを全面否定した。しかも潔白の証拠となる“録音爆弾”があることも明らかにしたのだが…これが思わぬ波紋を広げているのだ。
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 塚原夫妻は今後、会見を開くことも検討している。「私たちの進退については第三者委員会の結果等も踏まえ、各関係者と協議することも検討しております」(文書原文ママ)と現時点では辞任の考えがないことも示したが、果たしてどうなるのか。旗色は甚だ悪くなる一方のようだが…。』(yahoo news)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180902-00000002-tospoweb-spo
自分の周りでも中国人と聞くと毛嫌いする人が少なくないが、中国人は自尊心はかなり強いというのは事実だが、道徳面からもそう捨てたものではない。

大学時代、帰化申請がなかなか認められないと嘆いていた中国人の知人がいたが、その父親から彼の経営する中華料理店の賃貸借問題で大家さんから退去を求められているので民法上ではどのようになるかというのでアドバイスを求められたことがある。

その知人とともに詳しい話を毀棄に父親の家に出向いたところ、自分の息子と同年代の若造に向かって「先生」と深々とお辞儀をされたのには驚くほかなかった。
「いえいえ。自分はまだ学生で『先生』ではありません。」と丁寧に諭したところ、
「自分が教えをこう人に対しては『先生』と呼びます。また、礼儀正しい人には礼をもって接するのが中国式です。」と応じてくれたのには二度びっくり。

これまでこれほど丁寧に礼を尽くす日本人には接したことがなかったので相当な衝撃で面食らってしまった記憶が残っている。
その方によれば、「中国人はほんとうは礼儀正しく情の深い人が大好きで、自分もそうありたいと思っていますが、人数がとても多く、民族も多種多様なのでなかなか理想どおりには行動できないのですよ。もっぱら漢字を使う国は中国と日本だけ。より自由な日本は他の国より身近に感じられてよいです。」と教えてくれた。

日本が大好きな中国人は我々が思っているより多い。
そんな印象を抱かざるをえない言葉だった。
ある意味、中国人は日本人よりも礼儀正しいの好きなのかも知れない。

今の政府にしろ官僚にしろ、日本人のあるべき信条を理解し、日本人としての誇りを持っている人々がどれだけいるのか大いに疑問でもある。

この記事が事実だとすれば、石川選手へエールを送る中国人応援団の行動には我々日本人も学ぶべき点は少なくないだろう。



『 卓球チェコOP、中国の観客が石川佳純に「加油!」 相手は中国選手なのに・・・=中国メディア
モーニングスター株式会社
2018/08/29 18:12
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 スポーツ競技における中国式の応援は至ってシンプル。みんなで声を合わせて「加油」(ジャーヨウ)と叫ぶのだが、声の大きさや人の多さから、しばしば相手選手に大きなプレッシャーを与える。26日の卓球チェコオープン決勝戦では「中国選手と対戦する日本選手に、中国人が大声援を送る」という珍しい光景が繰り広げられた。

 中国メディア・東方網は26日、同日の卓球チェコオープン女子シングルス決勝で、中国の文佳選手と対戦した日本の石川佳純選手に対し、中国の応援団が「加油」と大声援を送ったことを伝えた。

 記事は、試合中に中国のファンが「石川佳純がんばれ」と叫んだほか、ネット上でも「石川が文佳を下して女子シングルスで優勝して欲しい」とのコメントが飛び出したと紹介。中には文佳選手が失点した際に「もう文の負けは決まりだ」などとヤジる人もいたと伝えている。

 そのうえで、「石川はプレーやマナーが相当よく、中国に多くのファンがおり、彼女を応援するファンがたくさんいることは理解できる」とする一方、「文佳をヤジるというのは全く必要のないこと。二軍選手とはいえ、わが国に勝利をもたらすべく頑張っているのだから、リスペクトされて然るべきだろう」と評した。
・・・・・・・・・・・・・・・・』(msn news)
https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e5%8d%93%e7%90%83%e3%83%81%e3%82%a7%e3%82%b3%ef%bd%8f%ef%bd%90%e3%80%81%e4%b8%ad%e5%9b%bd%e3%81%ae%e8%a6%b3%e5%ae%a2%e3%81%8c%e7%9f%b3%e5%b7%9d%e4%bd%b3%e7%b4%94%e3%81%ab%e3%80%8c%e5%8a%a0%e6%b2%b9%ef%bc%81%e3%80%8d-%e7%9b%b8%e6%89%8b%e3%81%af%e4%b8%ad%e5%9b%bd%e9%81%b8%e6%89%8b%e3%81%aa%e3%81%ae%e3%81%ab%e3%83%bb%e3%83%bb%e3%83%bb%ef%bc%9d%e4%b8%ad%e5%9b%bd%e3%83%a1%e3%83%87%e3%82%a3%e3%82%a2/ar-BBMAUCi#page=2
脳科学者の茂木健一郎氏が世の入墨差別に対して「日本の国際的恥'」と叫んでいるらしい。
※「国際的恥」の意味が分かりにくい。

個人の意見を述べることは特に問題ではないが、自分と意見の異なる相手に向かって「日本の国際的恥」とか「偏見と無知」などと罵ることは、その言動自体が「偏見と無知」であり、「恥」でもあるというべきだろう。

脳科学者が専門外の社会現象について「論理的にこうあるべきだ」というのは、毒にも薬にもならないだろうが、いやしくも科学者が論理を盾に主張するのなら論理的な物言いをすべきである。

下の記事を読む限りでは、前提と結論の間に飛躍がありすぎて非論理的な展開となっている。
例えば、「インバウンド(「日本にやって来る」という位の意味だろう)のお客さんが増えている今、(利用制限を)放置すれば日本の国際的恥である」と述べているが、入墨自体とは何の関係もない話である。
それとも、外国人は全員タトウを入れているとでも思っているのだろうか。

ちなみに米国民のタトウ割合は、16%という(2013年、米国ピュー研究所発表)。また、ホワイトカラーでは0%という話もある。
ということは、米国においてすらタトウを入れる者は少数であって一般的とはいえないことになる。
この時点で茂木氏のいう外国人=タトウ者説は、逆に人種差別の偏見の疑いがある。

日本においても中国においても、「犯罪者」に入墨を入るという歴史的な習慣が続いてきた。
これは、善良な一般人と前科者を区別する政策的な目的があった。

また、任侠の世界でも入墨を入れることで一般市民との差別化を図ろうとする意図も見られるとヤメ検のボスから聞いたことがある。

風習は時の流れで変化していくものだが、入墨に対する庶民の感覚はそう簡単には変わらないというのが社会科学的な捉え方のようである。

茂木氏の感覚や考え方自体は個人の自由だが、その主張の内容はそういった社会科学的に綜合的視野に欠けているといえそうである。

タトウが簡単に消せるものならそれほど問題にはならないだろうが、消したくても消せなかったり、元通りには戻らないことも一般庶民がタトウ自体を煙たがる理由の一つだろう。

一端の脳科学者を自称するのなら、タトウ推奨につながるような発言(たとえ誤解であっても)は避けるのが賢明だろう。



『 茂木氏、タトゥー差別に問題提起「日本の国際的恥」日刊スポーツ新聞社
2018/08/24 10:36

脳科学者の茂木健一郎氏が、タトゥーを入れている人が温泉やプールの利用を制限されることを「差別」だと批判し、「撤廃するべきだ」と訴えた。

かねてタトゥーへの偏見に反論してきた茂木氏。タレントのりゅうちぇるが家族の名前を刻み入れたタトゥーを披露して一部から批判を浴びている騒動を受け、24日更新のツイッターで再びタトゥー問題に言及した。

茂木氏は、タトゥーを入れている人が温泉やプールの利用を制限されている現状について「いわれなき差別は撤廃するべきだ。インバウンドのお客さんも増えている今、放置すれば日本の国際的恥である」と指摘。タトゥーと反社会的勢力を結びつける見方について「すべてのタトゥーの方がそういう行動に出るということは、集合論としてもちろんならない。ベン図を書けば、小学生でも理解できるだろう」と否定した。

タトゥーを不快だと感じることを理由にプールなどの利用を制限するべきだと主張する声については、「これは、(おそらくは偏見と無知に基づく)自分の感性を、パブリックな場の運用のルールにせよ、と主張していると解釈できる」との見解を示し、「自分の感性に基づいて、公のルールを決めろ、という主張が、論理的にどのような構造をしているのか、少し冷静に振り返ってみれば、誰でもわかるはずだ(と私は信じる)。個人と集団の関係。その意味で、タトゥーの方の入浴、プール利用の禁止はナンセンスだということは自明だろう」とした。・・・・・・・・・・・・・・・』(msn news)
https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e8%8c%82%e6%9c%a8%e6%b0%8f%e3%80%81%e3%82%bf%e3%83%88%e3%82%a5%e3%83%bc%e5%b7%ae%e5%88%a5%e3%81%ab%e5%95%8f%e9%a1%8c%e6%8f%90%e8%b5%b7%e3%80%8c%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%ae%e5%9b%bd%e9%9a%9b%e7%9a%84%e6%81%a5%e3%80%8d/ar-BBMmgE7#page=2
タイトルに「橋下徹"あえて言う。負けたからよかった"」とある。

自分で自分の名前を口にして主張するというアピールの手法は、最近辞任したどこかの元会長に似ていて気持ち悪いが、橋下氏の言う中身は、大抵の日本国庶民が想い、感じていることだろう。

ただし、彼が言うのは戦争肯定論ではなく、戦争は回避されるのがベストだが始まってしまった戦争が敗戦という形で終わったのは「結果オーライ」と言わざるをえないということだろう。
無論、戦死や東京大空襲、ましてや原爆投下による被害を是認するものではないと思いたい。

懐古主義もいいが、安倍エセ自民のいう懐古主義だけはいただけない。
それは、万が一にも自分自身が徴兵される側に立つとは思っていないボンボン的支配の発想があるからである。
また、それは軍事利権と深く結びついている点も無視できない。

日本に限らず、軍備の必要性をことさらに強調する連中の中には決まって「だれも戦争したいとは思っていない」と主張して、周囲の賛同を得ようと便法を用いる。
しかし、その言葉の裏には、「戦争の当事者にはなりなくない」。が「戦争で一儲けはしたい」という本音が見え隠れする。

安倍晋三やトランプなどはその典型だろう。
これを踏まえて安倍政権を支持する人々は、戦時の大本営のように戦後よりも戦前が自分にとって都合が良いと考えているのだろう。



「 橋下徹"あえて言う。負けたからよかった"
橋下 徹
2018/08/15 11:15
上空からパラシュートを展開して落下するロボット=14日午後、福島県南相馬市
宇宙エレベーター実現へ、着陸実験
オマロサ・マニゴールト元補佐官(左)とトランプ米大統領(右)=2015年12月、ニューヨーク(AFP時事)
トランプ氏、暴露の元補佐官を「犬」

第二次大戦に敗れたからこそ、戦後の日本人は世界的にも珍しいほどの自由を手に入れることができた。日本は戦争に負けてよかった。橋下徹氏が、政治家時代には決して公にすることができなかった本心を今明かす。プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(8月14日配信)より、抜粋記事をお届けします――。

戦前社会は、とてもじゃないが我慢できない!

橋下徹"あえて言う。負けたからよかった": 写真=iStock.com/burdem © PRESIDENT Online 写真=iStock.com/burdem

広島、長崎の原爆死没者慰霊祭が終わり、来る8月15日は、終戦・敗戦の日を迎え、全国戦没者追悼式が行われる。

僕はひねくれた性格なのか、世間で当たり前のように言われることに関し、逆の視点からも考えてしまう。

(略)

僕も知事、市長の時には大阪の戦没者追悼式に毎年参加し、追悼の辞を述べ献花をしてきた。

一時、安倍晋三首相の追悼の辞の類が毎年同じ文章だと批判されたけど、追悼の辞の類は毎年変えるものではない。そもそも安倍さん自身が全て考えて作成するものではない。僕も追悼の辞や挨拶の類は、担当部局に作成を任せていた。通常の記念式典では、事前に用意された紙は読まずに、その場で自分の言葉で挨拶を述べていたが、追悼式の類では、事前に用意された紙をしっかり読み上げていた。そして、もちろん毎年同じ文章である。

追悼の辞では、戦没者の皆様に感謝を述べる。今の世で僕たちがこのように生きていけるのも戦没者の犠牲があってのことだ。そして二度と同じ悲劇が起きないよう平和に向けてしっかりと活動していくことを決意する。これは全くその通りで、当然何の疑問も湧かない。

僕が深く考えてしまうのは、では、先の大戦である太平洋戦争がなかった方がよかったのかどうかである。

これは戦没者の皆さんや、特にご遺族の方々には大変不謹慎な物言いにもなるので、言い方を慎重にしなければならないことは十分承知している。ゆえに政治家時代には発言しなかった。でも社会人になって問題意識を持ってから、ずっと自分なりに考えてきたのだが、やはりあの大戦で日本が負けたことは、戦没者の皆さんやご遺族の皆さんに大変感謝し、大変申し訳ないと思いつつも、全体として僕にとってはよかった、という結論に達している。実は、このような考えを戦没者追悼式の追悼の辞に入れようかとも考えたのだが、それはやはり止めた。

こう言うと、自虐史観! 弱腰! 売国奴! と猛烈な非難を浴びるだろう。特定の思想団体からは、激烈な抗議を受けるだろう。先の大戦で日本は勝つことができたはずだ! と主張する人から、先の大戦は避けるべきだったと主張する人まで、あの大戦で負けた方がよかったという人はいないだろう。

僕が自分なりに調べたところでは、どう考えても、戦前の日本社会は嫌だ。特に軍部が歯止めなく増長してきた昭和初期から大戦突入に至るまで、もちろん戦時中の軍部のあの態度振る舞いも含めて全てにおいて、とてもじゃないが我慢できない。

アメリカにもあるプライバシー監視などの政府からの圧迫

誤解がないようにしないといけないのは、日本の国を守るために命をかけて戦って下さった個々の兵士の皆さんには本当に感謝している。だけど自分たちの保身を第一にし、組織の権益を守るために汲々とし、いかに自分が責任を負わないようにするにはどうすればいいかだけを考えていた軍指導部に対しては腸が煮えくりかえる。そう言えば、森友学園問題での財務省の公文書改ざんや国会での虚偽答弁の組織行為はこの軍指導部の行動様式に通じるところがあるね。さらに軍指導部だけでなく現場においても、特に唯一の本土決戦となった沖縄戦では、軍が沖縄県民を犠牲にしていた事例が山ほど判明している。

(略)

だいたい戦前の日本が良かった! と言っている自称インテリたちは、文句言いが多い。今の日本政府や地方自治体に対して、それこそ野党政治家に対してもボロカスに文句を言っている。あんたら、戦前の日本だったら、監獄にぶち込まれているよ!

 政府や軍(自衛隊)に遠慮することのないこの日本がどれだけ素晴らしいか。

(略)

先進国のアメリカやイギリスだって、政府には怖さがある。諜報機関を持ち、国民のプライバシーはかなり監視されているのが現実だろう。

しかし日本には諜報機関がなく、盗聴を許す法律の範囲で厳格なルールに従って盗聴が行われるくらいだ。しかも盗聴の年間件数は微々たるもの。もちろん日本政府も色々と情報収集しているのであろうが、日本国民は日本政府にビクビクせずに暮らしている。

僕も戦前に暮らしていたらどうなっていたか。いまと同じ調子でやっていたら監獄にぶち込まれていただろう。でもそんな軍の強い社会においては、ビビッておとなしくしていたかもしれない。

たぶん、今、威勢のイイことを言って、戦前の社会を肯定する人たちは、戦前の社会体制の下ではおとなしくいい子ちゃんになっているパターンが多いと思う。

こんな今の日本と戦前の日本を比べて、戦前の方がいいというのは僕には理解できない。戦前の日本の方がいい、という人たちは、紙一枚で軍に入らされ、上官からは暴力を受け、戦地に送り込まれても、また何か政府批判をすればすぐに監獄に入れられて拷問を受けてでも戦前の日本の方がいいと言うのかね。

民間人になったから言える戦没者への「御礼」

太平洋戦争が避けられていたら、軍は残っていただろう。ましてや戦争に勝っていたらどうなっていたか。当然、明治憲法下の政治行政がそのまま残る。もちろん、その後の時代の変化に伴って、日本の政治行政の仕組みも徐々に変わり、最終的には今と同じほどの自由を国民が享受することになるだろうが、それにはもっともっと長い年月がかかるだろう。敗戦を経験することで、我々は猛スピードで、今の自由を享受することができた。このスピードのために300万人以上の犠牲が必要だったと言い切れるのか、ここが悩みだ。

確かに300万人以上とも言われる犠牲者が出たことを、簡単に肯定するわけにはいかない。しかし、あの太平洋戦争に負けたことが、今のように国民が世界でも珍しいくらい広く大きな自由を享受することができるようになった決定的要因なのではないか。

こういうことをいうと、「橋下お前は、GHQのWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)に洗脳されて自虐史観に陥っている。お前はアメリカなどの戦勝国に感謝し続けるのか、原爆投下を肯定し続けるのか」と批判されるだろう。

だから悩み考え続けてきた。まだ多くの人を説得できるだけのものを持ち合わせていない。戦勝国に感謝はしたくないし、原爆の投下も肯定したくない。戦没者に対して、皆さんが亡くなられてよかったです、とも言いにくい。だけどあの大戦があったからこそ、敗戦があったからこそ、戦後このスピードで今の自由があるとも感じている。あのまま戦争を避けていたり、戦争に勝っていたりしたら、日本の政治行政は、せいぜいトルコ程度の民主主義にしかなっていなかったのではないか。

(略)

僕は今は民間人の立場で、戦没者の皆さんに感謝と哀悼の意を表したい。そして「戦争があり敗戦があり、戦前の政治行政システムがぶち壊されたからこそ今の自由を享受できています。戦前の政治行政システムを命をかけてぶち壊して下さり、ありがとうございました」と知事・市長のときに追悼の辞に加筆しようとした言葉を、民間人となった今、述べさせてもらいます。やっぱり、どのように考えることも、何を言っても、政府をどのように批判しても自由な今の日本社会は、戦前の社会に比べてはるかに素晴らしい!

(略)

(ここまでリード文を除き約2900字、メールマガジン全文は約8900字です)」(msn news)
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e6%a9%8b%e4%b8%8b%e5%be%b9%e3%81%82%e3%81%88%e3%81%a6%e8%a8%80%e3%81%86%e3%80%82%e8%b2%a0%e3%81%91%e3%81%9f%e3%81%8b%e3%82%89%e3%82%88%e3%81%8b%e3%81%a3%e3%81%9f/ar-BBLWrXq#page=2