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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

昔々、まだ20代の頃だったか、ディズニーの「Mary Poppins」を見てホンワカ気分になったことがある。

(画像は「http://gensun.org/aid/233364」より抽出)

若かりし頃のジュリーアンドリュースの美しさと歌声以外には、あまり印象が残っていないが。

あれから?十年の月日が流れて、ふとしたことから「ディズニーの約束」(原題"Save Mr. Banks")というDVDを見ることになった。

(Amazonより)

最初は何のことかよく分からなかったが、やがて物語が進むにつれて「メリーポピンズ制作秘話」であることに気づいた。

実は、いま日本で流行りの「感動ものドラマ」は、製作者の意図がミエミエで全く受け付けない。
が、この「Save Mr.Banks」には、無防備もたたってかヤラレてしまった。
かといって、日本の感動ドラマのような違和感や不快感は1つも残らなかった。

アメリカ映画大好き人間なのかもしれない。

1作目の「Mary Poppins」、そして「Save Mr.Banks」を見ておいて、今度の新作「Mary Poppins」をみるといいかもしれない。

また、新作の「Mary Poppins」を見ないにしても前二者は見ておくと楽しめるかもしれない。

いつになるかは分からないが、また一つ楽しみが増えた。


『 「メリー・ポピンズ」新作映画製作!約51年ぶり 1 / 36
シネマトゥデイ 2015.9.15

 「メリー・ポピンズ」の新作映画が、約51年ぶりに作られる。ディズニーの下、企画が進められていると Entertainment Weekly が報じている。
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 当時としては珍しかったアニメーションと実写の合成で注目を浴びた映画『メリー・ポピンズ』。メリー・ポピンズ役のジュリー・アンドリュースは、同作で第37回アカデミー賞主演女優賞を受賞した。『シンデレラ』『クマのプーさん』など数々のディズニー映画の音楽を作ったロバート・B・シャーマンとリチャード・M・シャーマンによる名曲は、現在でも人気を博している。(編集部・高橋典子)』(msn news)
http://www.msn.com/ja-jp/entertainment/celebrity/%E3%80%8C%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%94%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%80%8D%E6%96%B0%E4%BD%9C%E6%98%A0%E7%94%BB%E8%A3%BD%E4%BD%9C%EF%BC%81%E7%B4%8451%E5%B9%B4%E3%81%B6%E3%82%8A/ar-AAeiEZM?li=AA59yB
ちょっと息抜きという話でもないが、東関東から北関東にかけては災難続きである。

そんな中での犬を救助した話の記事の一部に妙な話があった。

自衛隊員が犬も一緒にヘリで救助を行ったのは、ルール違反ではないのかという指摘があったという。

この指摘は多分ネトウヨの誰かがしたのかもしれないが、その指摘の主がこの救助活動をニュースで見て本当に疑問を感じたのなら、一度、自分の感覚を疑った方がいいかもしれない。

場合にもよるが、社会常識の感覚をもっていれば、この救助活動に何の違和感も疑問も感じないはずである。

ただ、純粋に法的な問題として素直に疑問を抱いたのなら、それもありかもしれない。

ということで、常識では、問題なしだが、法的にはどうかを考えて見よう。

自衛隊法の災害救助活動にに関する規定では、警察官職務執行法と海上保安庁法を準用している条文がある。

自衛隊法94条がそれ。

簡単に言えば、災害救助活動に際しては、国民の生命、財産を守るための活動について現場の自衛官に裁量権があるという趣旨を含んだ規定である。

法的には犬は「物件」すなわち「財産」なので、本件の救助活動は、法定の裁量権の範囲としてなんの問題もないと言える。

犬と言えども生き物の命が救われたことは一安心だが、その一方で行方が分からない人々の安否が気になる。

安倍内閣と霞が関は、安保法案はいったん置いて、早急に全力で救助活動にあたるべきだろう。


『自衛隊員が犬も一緒に救助! これは称賛される対応かルール違反かで論議
2015/9/11 18:50
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   インターネット上では、犬の命まで救った自衛隊員を称賛する声が相次いだが、これを「ルール違反」と指摘するツイートが投稿され、議論を呼ぶこととなった。

   住民のもとに自衛隊員が降り立ったのは10日16時ごろ。救助は女性、男性の順番で、2人が抱きかかえていた犬も一緒にヘリコプターに引き上げられた。
 途中で落ちないようにするためか、犬を袋に入れられる工夫もなされた。

   救助された女性は搬送先の公園に到着後、NNNの取材に対し「本当は、犬は置いてくればよかったのかもしれないですけど、自衛隊の方に『お願いします』と言って連れてきました。子供の犬なので置いてこられなかったので...」と話し、感謝の言葉を述べた。
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   そうした中、あるツイッターユーザーが「陸上自衛隊が要救助者に抱えられた犬を救助しました。ルール違反ですが意外と隊員は融通が利きます」と投稿した。その下には、犬が「家族」であることを被災者に確認した上で救助にあたったとする会話のやりとりを載せていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・』
SEALDsメンバーは、討論慣れしていないので、安倍シンパの田崎記者にしてみれば赤子の手をひねるより楽チンだったかも知れない。

田崎記者は、一度、山本太郎議員と討論してみるといいが、弁の立つ反対派が相手の場合は、理由をつけて逃げ回るタイプのように見える。

SEALDsの奥田君は甘い!-Boxingチャンプの内山選手ではないが-

フジTVが奥田君を呼んだ目的は、ただ一つ。

議論でSEALDs福司令官を凹ますためである。

ほかの目的がある-ましてや好意的に意見を聞きたいなど-とは到底考えにくい。

そうであるなら、あの手の輩とやりあうならば、事前にそれなりの対策を準備していくべきだっただろう。

議論・討論に勝つのに必要なのは技術である。

誇大から、論争術などと呼ばれてきた。

奥田氏の主張の中身が薄いから論争に負けたと吹聴するテレビマンもいるようだが、無知そのものである。

残念なことに、海外は異なり論争術や弁論術は日本の学校では教えていない。

だがらかどうか、日本人は、外国勢と論争になったときに簡単に負けてしまう。

捕鯨、マグロなどの漁獲制限論で水産庁官僚が抑え込まれてしまったのはその典型例だろう。
また、日本の外交力、交渉力も諸外国のそれに比べるとかなり非力といわれている。

まあ、そういう挫折も若いうちの経験である。

また、同時に、安倍政権側に立つ連中が、いかに姑息かも知ることができただろう。

そういう意味では、いい勉強になったのではないだろうか。

もし、その場に山本太郎議員がいたなら、田崎記者の反論に対しては「前の衆院選は、憲法違反。」と最高裁が判断していること即座にぶつけて、どう思うかと逆質するだろうね。

議論討論のやり方は、山本太郎議員に学ぶといいかもしれない。


『SEALDs・奥田愛基氏にフジ番組で相次いで反論 放送後にはTwitterで「反省」
2015年9月10日 15時13分
トピックニュース
9日放送の「みんなのニュース」(フジテレビ系)で、SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)の中心メンバーである奥田愛基氏が、出演者から相次いで反論を受ける場面があった。
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なお放送直後に、奥田氏は自身のTwitter上で、「選挙で勝ったら、なんでもして良い訳じゃないでしょうよ…。」と呟き、田崎氏や番組の作りに苦言を呈している。』(livedoor news)
http://news.livedoor.com/article/detail/10574303/
すでに終焉の元政治家にコメントを求める産経も終焉の仲間入りということだろう。

石原慎太郎元代表は、昔からその毒舌は自身の方に向かっているので知られている。
森喜朗元総理と同じタイプの元(?)政治家である。

自身のことを「やがて雲散霧消する」「全く無意味」とは言い得て妙でもある。

枯れ木も山の賑わいというのも、彼らのことだろう。

こういう類の身の丈を知らない政治家とメディアが、太平洋戦争を煽り、日本に惨劇を招く元凶になったとの意見もあるが、おそらくは的確な指摘だろう。

石原、橋下、安倍の三者は性格が似ているだけに、共同体にはなれないだろう。


『【安保法案】石原氏、国会デモを一刀両断! 「やがて雲散霧消。全く無意味」 2 / 30
産経新聞 2015.9.11

 作家で元東京都知事の石原慎太郎氏は10日夜のBSフジ番組で、8月30日に国会周辺で行われた安全保障関連法案に反対する大規模集会について「やがて雲散霧消する集団でしかないね」と切り捨てた。

 石原氏は集会について「非常に全く無意味な感じだ。なんの力もない。デモそのものは空気の結晶だ」と指摘。主催者が参加者を12万人と発表したことについては「嘘だ。勘定したらいい」と述べた。警察当局は3万3千人としている。

 石原氏はまた、かつて日本維新の会でともに共同代表を務めた橋下徹大阪市長と8月末に会談し、政界引退を撤回するよう慰留したことを明らかにした。

 新党結成表明直後に会談したという石原氏は「君は絶対に政治家をやめちゃいけないぞ。必ず(政界に)帰ってきてくれ」と訴えた。だが、橋下氏は「もう政治家はやらない。私は法律家が似合っている」と断言したという。

 一方、日本維新で一緒だった維新の党の松野頼久代表については「松野君なんていうのは、民主党が泥舟になって沈む寸前に船から真っ先に逃げたネズミじゃないか。僕は、そんな人間は信用できない」と語った。』(msn news)
http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E3%80%90%E5%AE%89%E4%BF%9D%E6%B3%95%E6%A1%88%E3%80%91%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E6%B0%8F%E3%80%81%E5%9B%BD%E4%BC%9A%E3%83%87%E3%83%A2%E3%82%92%E4%B8%80%E5%88%80%E4%B8%A1%E6%96%AD%EF%BC%81-%E3%80%8C%E3%82%84%E3%81%8C%E3%81%A6%E9%9B%B2%E6%95%A3%E9%9C%A7%E6%B6%88%E3%80%82%E5%85%A8%E3%81%8F%E7%84%A1%E6%84%8F%E5%91%B3%E3%80%8D/ar-AAe9nB1?li=AA570j
下の記事は、白岩賢太とかいう某編集長のSEALDsに対する批難記事である。

編集長というから、産経より少しはまともな記事だろうと期待して読んでみた。

が、その予期は見事に外れた。

いきなりのツッコミで申し訳ないが、表題から「国語ミス」で始まっているのが痛い。

その表題の「僭越ながら、『苦言』を少し」という部分。

まず、「僭越」の使い方が滑稽である。

国語辞典によれば、
「僭越・・・自分の地位や立場を越えて出過ぎたことをすること」
とある。

「僭越ながら」という言い回しは、謙虚さを示すことで自分意見を聞いてほしいときに使う言葉である。
しかし、記事の内容を見ると謙虚な気持ちなど微塵も現れていない。
というより、上から目線の物言いである。

語り手が「僭越ながら」と取ってつけたように言う場合、彼は言葉というものを大事にしていないことが多いらしい。
つまり、その言葉一つ一つに重み、あるいは深みがなく、軽薄であるということ。
当然、そこに説得力はない。

2つ目は、「苦言」の使い方が間違っている。

同じく、国語辞典によれば、
「苦言・・・本人のためを思い、言いにくいところまであえて言って、いさめる言葉。」
とある。
これは、言葉の意味を知らないという国語力の問題である。

産経記者のような安倍自民擦り寄り系の論客(?)に多く見られるタイプである。

「SEALDsのためを思って」と読み取れる言葉はどこにもない。
ただただ批難に終始しているにすぎない。

表題だけで、これだけ突っ込みどころがあるのだから、全文について突っ込んでいくとすると単行本が一冊書きあがりそうな気配である。

いつものことだが、安倍晋三擦り寄り記事は、底が浅く、論理性が見られない場合がほとんどある。

これまで見た擁護論は、憲法学者や某大学教授でもさえも、ほぼ十羽一絡げの居酒屋談義レベルであったのには、がっかりである。

彼らが、この程度の思考力しかないのに、各々の組織の中枢に安閑として座していられることが不思議なほどである。

安倍自民中央政府の周りでは、高い公的地位に就くのには、出世術や処世術に長けているだけで十分であること。
そして、その見識や良識などの中身はどうでもいいということ。
・・・らしい。

だとすれば安倍自民は、自ら潰れる道しか残っていない。


『SEALDsのみなさん、僭越ながら「苦言」を少し
    白岩賢太 2015年09月08日 18:54

まずは下記のスピーチ文をご覧いただきたい。

    今日はどうしても言いたいことがあって、この場でスピーチさせていただきます。「戦争法案」は絶対に廃案にしなければなりません。こんな政権に日本を任せるわけには行きません。(中略)
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そもそも「戦争法案」などというレッテルを貼り、一方的に批判するのはいかがなものか。
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それともう一つ、「絆が抑止力」という言葉。
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気安く対話できる関係を築ける自信がそんなにおありなら、ぜひ今すぐにでもわが国の外交官としてその手腕を発揮してほしい。
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(iRONNA編集長、白岩賢太)』(BLOGOS)
http://blogos.com/article/132765/