フルタチさん間違いだらけの日本語がひっかかるSP ~ 金田一 秀穂氏のいい訳に疑問 | popo♪のブログ

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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
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フルタチさん【古舘vsフジテレビ女子アナ間違いだらけの日本語がひっかかるSP】

夕食に定食を注文しながら流れていたのが「間違いだらけの日本語」というフジのバラエティ番組。

文章中の言葉の間違い探しで、使われていた「見かけ倒し」という言葉に対し、見た目ほど中身が立派ではないときに使う言葉だから、「言うことは立派だが中身が伴っていない」ときに使うのはおかしいと指摘したところ、これに対して言語学者の金田一秀穂氏は、一瞬、とまどった顔をしながらも、「立派なことをいいながら中身が大したことがないのもそう見えるので「見かけ倒し」は間違いではない。」との反論解説を行った。

しかし、一般的な指向の観点からは、どう見ても「見かけ」は「見た目」や「外観」を指す言葉であって「言葉の中身から受ける印象」を指すものではないように思える。

この金田一氏の反論は、たとえ言語学者だろうと怪しいものは怪しいし、ただの言い分にしか聞こえなかったのは自分だけだろうか。

「立派なことを言いながら中身が伴わない」と似た言葉に「大言壮語」などがあるが、これを「見かけ倒し」というには違和感が残る。

少なくともいくつかの国語辞典を調べた限りでは、「見かけ倒し」の意味は、外観や見た目を指しているものばかりで「大言壮語」のような意味合いで解説をしているものは見当たらなかった。

言葉は、流動的な存在なので時代や場所によって変化するといわれる。
が、やはり違和感は残る。

言語学者の名誉にかけて(?)、金田一氏のより詳しい解説を聞きたい気がする。