「めくら」と単語を発しただけで、謝罪をするNHKの常軌を逸した自主規制。
クロ現キャスターの才女、国谷裕子さんも戸惑ったにことだろう。
「めくら」が不適切な言葉なら、「めあき」はいいのか。
「目が不自由」ならいいのか。
「ブラインド」は差別用語ではないのか。
反論を出し始めるとキリがない。
立花氏が発した「めくら」という言葉は、「物事を理解しようとしない」、あるいは「物事の本質が見えていない」という意味のちゃんとした日本語である。
国語辞典には、
「めくら」とは
1.視力を失っていること。盲目。
2.文字を理解できないこと。
3.物事の筋道や本質をわきまえないこと。
とある。
言葉というものは、それ自体無色透明なもので、色のついた「差別用語」となるには、話し手、使い手の想い入れがあって初めて色彩を放つのである。
差別用語をいうならば、前後の関係、使う人の差別的主観によってはじめて「差別という色彩」を持つことになる。
このくらいのことは、常識で少し考えれば理解できそうなものである。
ところが近頃のメディアは、視聴者からのクレームの電話や手紙を受け、無色透明なはずの単語自体に「差別用語」のレッテルを貼る傾向が多いように見える。
そのことは、事件を正確に伝える責務を持つメディアの担当者が、言葉というものを軽々にとらえているためだろう。
何度も言うが、言葉というものは、無色透明の単なる表現の道具にすぎない。
表現は話し手の主観である。
話し手の意図によってある表現行為に組み込まれたときにはじめて、話し手の世界感を表す色彩をもつ言葉として、相手に届く。
今回のNHKの謝罪に見られるような、気配りを装った欺瞞的で保身的な風潮がある。
最近のNHKニュースのアナウンサーが、ニュース原稿をカンだりする場面をよく見かける。
彼らが、いかに言葉というものを軽く見ているかが現れているようで、NHK全体の質の低下が見えてくる。
この傾向は、NHKに限ったものではない。
フィギュアやゴルフの中継でキャスターやアナウンサーが、「ここは難易度が高い」などと意味不明な表現を当たり前のように使っているのも、言葉の意味を考えることなく、思考停止状態で使用していることの表れだろう。
言葉の乱れを煽っているのは、メディア関係者であるというのは確かなことだろう。
『立花隆「めくら」発言にNHKが謝罪 「文脈から判断すべき」「言葉狩り」と疑問の声
2015/12/ 4 18:43
NHK「クローズアップ現代」の番組内で評論家の立花隆さん(75)が「めくら」と発言したことを受け、国谷裕子キャスター(58)が「不適切な表現」だとして謝罪した。
めくらは目の不自由な人に対する表現で、いわゆる放送禁止用語の1つとされている。しかし、ネット上では「視覚障害者への言及では全くない」「謝罪する必要があるのか」として問題視するべきではない、という見方が多い。
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協議の結果、放送では使わないことが決まった。その年の大河ドラマでは「『片落ち』という言葉で代用した」という。
』(j-cast news)
http://www.j-cast.com/2015/12/04252399.html?p=all