菅原文太。芸能人としては珍しく、堂々と政府批判をする気概をもった人となりは敬服できる。 | popo♪のブログ

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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

日本の芸能人の多くは、政府の批判をほとんどしない。

政治色を持つと、メディアが敬遠するから、とたんにお飯の食い上げにつながってしまうという。
大御所の映画俳優であってもそうした台所事情に直結する事情は同じだろう。

その代表作とされる「トラック野郎」や「仁義なき戦い」などはほとんど見たことがない。

庶民の味方、弱者の味方を演じた菅原氏は、映画を離れた現実の世界でもそれを貫いたといわれる。
往年の名優とされる菅原氏は、映画一筋に生きた高倉健氏とは対照的な生き方をしたらしい。

この人の言動を見ていると、形式的な主義主張よりも、人として貫くべき信義そのものを重視しているように見える。
映画の中の任侠道を現実の世界でも貫くという義侠心の強い性格の人らしい。

時の政権に媚びを売る芸能人がはびこる中、権力に対抗する姿は好漢の呼び名にふさわしい。

この好漢は、真の保守と言えるかもしれない。


※菅原文太氏の沖縄県知事選挙の演説は、Youtubeで見られる。


『BLOGOS    マガジン9
    2014年12月03日 12:02

菅原文太さんの「遺言」と、「沖縄方式」の叡知

「マガジン9」の更新日は毎週水曜日。だから、原稿はいつも火曜日に書く。でも、火曜日に仕事がある日は、月曜日になるべく下書きを作っておく。今回も、そのパターン。
 で、月曜日(12月1日)、少し下調べをしようと思ってパソコンを開いたら、なんと、菅原文太さんの訃報。11月28日に亡くなっていたという。書こうと思っていたことが、一瞬で頭から飛び去ってしまった。

 文太さんは、ぼくらの青春の時代像の最も重要なおひとり。先日亡くなった高倉健さんとは違う意味で、揺れ動く時代を映し出した人だった。
 健さんがヤクザという様式美のカッコよさを体現したとすれば、文太さんは力でその様式を破壊しようとした。だから、健さんはあくまで日本刀で切り結び、文太さんは銃弾と血でカタをつける。健さんが「死んでもらいます」であれば、文太さんは「弾はまだ残っとるがよ」なのだ。
 ともあれ、ぼくらの青春のおふたりが、たった1カ月のうちに去ってしまった…。

 文太さんには、ぼくはことのほか思い入れがある。それには、つい最近の出来事も影響している。沖縄でのことだ。
 11月1日、いまからたった1カ月前、文太さんは沖縄にいた。沖縄県知事選での翁長雄志候補の応援のためだった。この日、那覇の野球場は1万3800人という人で溢れかえっていた。翁長候補支援の「うまんちゅ1万人大集会」だった。
 その大観衆の前で演説に立ったのが、文太さん。動画が残っている。ぜひご覧いただきたい。
 市民ネットTV局・デモクラTVの「沖縄タイムス・新沖縄通信」第11号(デモクラTVのアーカイブでいつでも視聴可)の約22分あたりに、その演説が収録されている。ぜひ、観てほしい。あまりのカッコよさに、震えがくる。
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 文太さんの妻・菅原文子さんのコメントには、こうある。

    …「落花は枝に還らず」と申しますが、小さな種を蒔いて去りました。ひとつは、先進諸国に比べて格段に生産量の少ない無農薬有機農業を広めること。もう一粒の種は、日本が再び戦争をしないという願いが立ち枯れ、荒野に戻ってしまわないよう、共に声を上げることでした。すでに祖霊の一人となった今も、生者とともにあって、これらを願い続けているだろうと思います。
     恩義ある方々に、何の別れも告げずに旅立ちましたことを、ここにお詫び申し上げます。

 長年連れ添った夫婦は、顔かたちから心まで似てくるものだというが、この文章の端麗な寂しさに、文太さんの想いがそのままに浮かぶ。
 文太さんの「遺言」を無にしてはならないと、強く思う。
』(blogos)
http://blogos.com/article/100440/