こんどのSTAP細胞問題では、多くの研究者やメディア記者たちがバッシングを繰り返したし、今なお続けている。
STAP論文のミス自体より、これを何倍にも増幅させたバッシングそのものが、日本人に対する世界の信頼を失っていく気がする。
「日本の学者やメディア記者は、些細なミスを取り上げて非力な若手の女流学者を執拗に追い回すが、ノーベル賞受賞者や行政組織などの権威・権力の前には異常なまでに従順さを保つ。」
海外の学者やメディアからは、そう思われているという話を耳にする。
だとすれば、同じ国籍の日本人に対して「世界の信頼を失った」と軽微なミスを理由にバッシングするメディア記者らの行為は、結果として日本に不利益を招く反日行為に当たると言える。
武田教授のいう「朝日新聞の反日」行為と同じことを、三大紙を含むほとんどのメディアがやっているということになる。
まさに、自虐的日本人による自虐史観が、学者やメディア記者にも深く浸透していることの典型例を見ているようにも思える。
下の記事には、「謙虚」と「自虐」をはき違えた反日日本人に対する批判が述べられている。
この「履き違い」にすら気づかない学者や記者がなんと多いことか。
専門家、研究家以前の、社会人としての素養の問題だろう。
昔、指導者的立場の端くれにあった者としては、実に耳が痛い話である。
昨今の態様を見聞きするにつけ、若者以上に大人たち自身の道徳観が崩れているように感じる。
権威あるとされる学者が、かけ出しの女流学者の単純ミスを取り上げ、「学者失格」と平然罵倒する。その無神経さは、日本の道徳観からは遠くかけ離れている気がする。
心が偏狭なのだろう。
弱い相手を思いやると言う日本人特有の哀憫の心、武士の情けというものをなくしている。
かえって、権威ある学者というだけに哀れに思える。
学校教育というものの在り方を今一度、日本人としてどうあるべきか道徳教育の根本から考え直す必要があるように思える。
『STAP事件簿18 深層(3)科学の世界の反日日本人
私は、「南京虐殺」というのはフィクション(架空の物語)で、事実は普通の戦争だったという考えだが、中国が「南京虐殺があった」と日本を批判するのは仕方がないと思う。
もともと中国は南京で30万人が虐殺したなどと言っていなかったのに、日本の中の反日日本人(この場合は朝日新聞と本多記者)がはじめて30万人と言ったり報道し、それに日本人自身が追従するのだから、仕方がない。
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今回の事件の火種がどこから出たのかはまだ不明だが、日本人が日本人の優れた論文や若手研究者をわざわざ根掘り葉掘り調べて貶めることはあり得ないので、火種はアメリカか、もしくはまたまた反日日本人が登場したのだろう。
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そして今回、アメリカ人の論文のミスは咎めずに(たとえば温暖化のホッケースティック論文(ウソの論文でアメリカ人が書き、大いに日本の新聞が報道したもの。
2009年のクライメートゲート事件でインチキがばれたが、報道せず。
そのほか温暖化関係では多くのインチキ論文があったし、影響も大きかったが、アメリカ人だから報道しないという取扱いをした)、邦人のミスだけを根掘り葉掘り追及する朝日新聞。
ああ、いやだ。日本の良さを強弁する必要はないが、誠実、礼儀を守る日本社会に戻りたいものだ。
(平成26年4月13日)』(武田教授のブログ)
http://takedanet.com/2014/04/post_7236.html