マイナビニュース内埜さくら女史の「電車の中で化粧をする女子が嫌がられる理由」は一理ある。 | popo♪のブログ

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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

ときどき、ゼミでも話題になることがある。
今日、地下鉄で女子が夢中で車内化粧をしていたとか。

以前、他人の目を気にしない女子は、脳機能に欠損部分があると思われるという精神分析の専門家の話を書いたような気がする。

こういう人は、基本的に、KY人間なのだという。
恋愛関係でも、そのうちに地金が出るので結末は見えているともいう。

以前に比べると車内化粧女子を見かける回数が増えたような気もする。

ゼミのG君は、「電車の中でウンコしているのと同じだろう。」と嫌悪感を語る。

たしかに、欲求が先に立って他人の目は気にならないという点では、似ているかもしれない。

下の記事によれば、「周りの人は、恥じらいの欠如に嫌悪感を抱く」としているが、それも一理あるかもしれない。

「恥じらい」というものは美徳という情緒面に集約されることが少なくない。
たしかに、そういう面も否定できない。

しかし、「恥じらい」も含めて「他人の視線を気にしない」ことは、社会生活を送る上で、とても危険なことだという指摘がある。
つまりは、「恥じらい」というは、生存競争を勝ち抜くための本能的な脳の働きだという。
特に、日本人は、これが発達したらしい。

戦国時代や幕末の動乱期に、他人に対するちょっとした配慮を欠いたばかりに落命した人々は少なくないという事実が挙げられる。

現代では、大昔に比べると生命身体に対する危険も激減しただろうが、ゼロというわけではない。

もちろん、そういう生命身体の危機を自ら招いてしまう「他人の視線が気にならない」という言動は、車内化粧だけではない。
歩行中や自転車運転中の携帯使用もその例のように思われる。

そういう軽軽な言動を取る風潮が蔓延し始めたのかもしれない。

それらに対して、我々が嫌悪感を感じるのは、生物のもつ生存本能から出ているのではないかという気もする。

いずれにしても、周囲に配慮しつつ、嫌がられる言動は極力慎まないと、その分、危険を自らの手で呼び込むことになるということだろう。

そういう女子を見かけたら、自らの身を引き締めるための天の啓示と思うことにしよう。


『【レポート】電車の中で化粧をする女性に嫌悪感を抱いてしまう理由
    マイナビニュース
    2013年07月31日10時00分

近年よく見かけるようになった、電車内でメイクをする女性。中には1ミリでもずれたら大変なことになるアイラインを見事完全に引ききる女性や、つけまつ毛をして電車を降りる頃には別人の顔になっている女性もいます。ですが、電車内で平然とメイクをする女性を見ていて、いい気持ちがしない人もいるのではないでしょうか。

○嫌悪感は女性の"恥じらい"の欠如によるもの

なぜ、電車内でメイクをする女性に少なからず嫌悪感を抱いてしまうのか。それは、不特定多数の前で平気でメイクを直す女性には、恥じらいが微塵も感じられないからです。
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○化粧は隠れて行うこと

さらに、メイクは日本語で化粧と呼びますが、「粧」という言葉に送りがなをふると「めかす」と読みます。めかすとは、身なりを飾り立てておしゃれをする、という意味。ですから化粧はその言葉の通り、「化けてめかしこむ」こと。化けてめかしこむ瞬間を、同性である女性が見ていて心地いいはずがありません。いつもは隠れて行うことを、わざわざ赤の他人に暴露されているような感覚に陥るからです。
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(内埜さくら)』(livedoor news)
http://news.livedoor.com/article/detail/7910105/