「【雑学】江戸時代の武士はキュウリがたべれなかった」というのは、諸説あるらしい。 | popo♪のブログ

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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

正確に言うと武士ではなく、宮仕えをする侍の話。
※私見では、「武士」とは、もののふ。つまり、戦う人(武人)のこと。主人を持っているか否か、身分の有無を問わない。「侍」は読んで字のごとく、主君に仕える人。
それはさておき。

侍は、キュウリを輪切りにするのを控えたという。
主君の家紋に似たものに刃物を当てるのは忠義に背くということだろう。

これは以前、何かの折に調べたことがあって、下の記事とは少しちがった。
そこで少しまとめておこう。

これには諸説あるらしいが、その1つの説に家紋説というのがある。

これにも2つほどあって、一つは、下の記事のような徳川家紋説。

もう一つは、織田家紋説。
 
もともと織田家の家紋は、木瓜(もっこう)の断面をかたどったとされる。
こちらのほうが有力説らしい。

なぜ、木瓜紋と言うかといえば、単に似ているということだけの話らしい。
知る人ぞ知る八坂神社の神紋がこの木瓜紋。
※織田家紋とは微妙にちがうらしい。
これは上から見た鳥の巣をかたどったものらしい。

神道では、鳥は神の使者という。
神社に鳥居があるのは、その止まり木だということを聞いたことがある。
信長は、戦勝祈願のため熱田神宮に詣でたとあるので、神道とは深い関わりがあるのだろう。

その二つ目。
これはwikiにも出ている。
江戸時代、中国から入ってきたキュウリは完熟ものを食べていたらしい。
黄色い完熟キュウリは、触感も味もよくない。
水戸のご老公は、こんなものが食えるかと一蹴したらしい。
というわけで、ほとんどキュウリは食べられていなかったという。

品種改良で食べられるようになったのは、幕末から明治にかけてだったという。

キュウリの丸かじりもいいけど、浅漬けやお漬物もいい。
ごはんの食べ過ぎに気を付けようね。反省)


『【雑学】江戸時代の武士!キュウリが食べれなかったのは何故ですか?

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 実は、江戸時代の武士はキュウリを食べてはいけなかったそうです。

 特に、徳川家の武士は食卓にキュウリが出されるものならば・・・ 打ち首や切腹をしなければいけなかったと伝えられています。

 美味しいキュウリが食べられないのは何故だろう?

 これはきゅうりを輪切りにしたときのお話です。

 「アッ! 徳川家の家紋である三つ葉葵にそっくりだ!こんなものを食べられっこないよ・・・ きっと罰があたるだろう」(右上画像参照)

 ということで、武士はキュウリを食べる事を自粛したのだそうです。(情報提供:安田雑学 編集担当:水野陽子)』(msn topics)
http://topics.jp.msn.com/wadai/searchina/article.aspx?articleid=1553561