関東大震災後、帝都復興院が活動を開始したのは震災から1ヵ月後だったという。
この頃の官僚は、富国に心血をそそいでいたらしい。
復興院の指揮は、後藤新平総裁だった。
高校生の頃に読んだ「大風呂敷」。
この本から後藤総裁について学んだ記憶がある。
当初は、江藤新平と後藤新平がごっちゃになったこともあるが。
明治政府の高級官僚には、庶民のために人生をかけた好漢たちが多くいたらしい。
今の霞ヶ関上級官僚には、見る影もない。
昔流行った、「明治は遠くなりにけり」というフレーズ。
今頃になってようよう実感できた気がする。
『官公庁:復興庁10日発足、復興相に平野氏 MSN編集トピックス
平野復興・防災担当相を復興相に、中川前文科相を防災担当相に内定
[東京 9日 ロイター] 藤村修官房長官は9日午後の会見で、10日の復興庁発足に伴い、新たな復興相に平野達男復興対策・防災担当相が就任し、平野氏が兼務していた防災担当相に中川正春前文部科学相が就任することを内定したと発表した。 (ロイター) 』(msn topics)
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