文科省といえば、ゆとり教育で児童の学力を低下させた前科がある。
1980~1990年代の学校教育は、文科省がゆとり教育を奨励し、学力低下、競争力低下が著しい影響を及ぼした悪政だという批判がある。
怒らない先生。競争のない学校生活。
普通の社会では、ありえない異常な世界。
そのまま、社会に出た若者たちが。パニックに陥るのは、当たり前のことだろうね。
上司に怒られたら、会社に出てこなくなるなど「現代型うつ病」が問題になっているらしい。
これもその一つかもしれない。
小学校での英語導入や教科書デジタル化など。
やることが実に子供っぽい気がする。
この記事にある、デジタル化推進の慶応大学大学院の中村教授。
そのインタビューを聞いたことがある。
「子供のころ、学校に行くとTVがあった。わくわくして学校に行った。今の学校にもデジタル機器があればいい。」
たしかに、分かりやすいたとえではある。
しかし、学校教育とデジタル化の必要性とは結びつかない。
デジタル機器は、あくまで道具にすぎない。
根本の問題は、道具ではなく、人にある気がする。
モンスターペアレントにしても給食費未納などの問題。
その原因は、学校や教師に対する世間の評価が低いことにあるだろう。
これは文科省のもつ現実を無視した理想主義と机上の空論が、もたらした結果といえそう。
ぶつ切りの対処療法では、世間の評価は上がらない。
「教師は、皆の尊敬を集めるリーダー的存在でなければならない」とまでは言わない。
しかし、少なくとも上司や父兄・生徒に迎合する存在であってはならない気がする。
子供たちの感覚は、案外鋭い。
校長や親にこびる先生とそうでない毅然とした先生とは、区別ができるという。
「親の背を見て子は育つ」と言われる。
学校では、「教師の背を見て児童は学ぶ」といえるのかも知れない。
ここが学校教育の基本だろうね。
確かに、教科書の電子化は、一時的には目を引くかもしれない。
しかし、デジタル化は、しょせん道具の問題。
つまりは、枝葉末節の話。
この話には、学校教育の根本問題を先送りにしているようにしか見えない。
文科省にも、この教授にも、本気で学校教育の改革に取り組む姿勢が見えてこない気がするのでした。
『デジタル教科書普及、日本の課題は誤解と予算…中村伊知哉氏 RBB TODAY 11月22日(火)15時15分配信
e-Learning Awards 2011フォーラムにて11月21日、慶應義塾大学大学院中村伊知哉教授による「教育クラウド~デジタル教科書最前線」と題した基調講演が行われた。中村氏は、デジタル教科書教材協議会(DiTT:ディット)の事務局長としての活動も行っているが、日本での状況や各国との比較を交えながら、普及への課題の解説と取り組みを紹介した。
◆100年前と変わらぬ教育ツール
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◆日本は遅れる教育現場のIT化
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◆各国のデジタル教科書事情
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◆日本の課題は誤解と予算
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◆次のフェーズは成果実績の積み重ね
・・・・・・・・・・』(yahoo news)